第4話 やめろって言ったのに・・・
※本作は異世界×スポ根×師弟ものです。
拳しか信じてこなかった天才女子ボクサーが、異世界で“教える側”になる物語。
軽めのノリで進みます。
観客席は、思っていたよりもずっと近かった。
木製の簡易ベンチ。
柵の向こうには、土と血と汗の匂いが混ざったリング。
——いや、リングというより「囲い」だ。
(……近っ)
ロープも低いし、床は板張り。
クッション性なんて皆無。
しかも。
「……グローブ、なし?」
コロンの手には、何もついていなかった。
素手。
完全なベアナックル。
(マジか、ここ……)
観客は酒を飲み、賭け札を握り、試合前からやたらと騒いでいる。
「今日は新人同士か!」
「ちっせぇ方、すぐ潰れるぞ!」
その声が、全部コロンに向けられている。
コロンは、控えめに深呼吸してから、リングに上がった。
細い。
肩幅も狭い。
対戦相手は、一回り……いや、二回りは大きい。
(体重差、下手したら二十キロ以上ある)
日本のボクシングなら、まず成立しないカードだ。
でも、ここでは関係ない。
ゴングが鳴る。
——カァン!
開始直後、相手が突っ込んだ。
大振りのフック。
「……っ!」
コロンは避けた。
ギリギリ。
(反射神経は悪くない)
でも、次が遅い。
カウンターもない。
コンビネーションもない。
ただ、逃げて、耐えて、前に出る。
——ドン!
「ぐっ……!」
二発目が、コロンの頬をかすめた。
観客がどっと湧く。
「ほら当たった!」
「やっぱちっせぇとどうしようねーな!」
(……くそ)
私は無意識に、拳を握っていた。
(ガード上げろ。距離取れ。足使え)
言っても、届かない。
コロンは殴られながらも、前に出た。
——バン!
今度は、腹。
鈍い音。
ベアナックル特有の、生々しい衝撃音。
「……っ!」
コロンの体が、くの字に折れる。
(やばい)
(……ダメだ。気持ちだけじゃどうにもならない——)
でも。
コロンは、倒れなかった。
歯を食いしばって、立ち上がる。
ふらつきながらも、前に出る。
「やるじゃん」
思わず、呟いていた。
技術はない。
体格もない。
でも、心が折れてない。
(……弟と、同じ目だ)
3年前に、行方不明になった弟。
弱いくせに、泣きながら立ち向かってきた背中。
重なった。
——バンッ!!
今度は、思い切り顔面。
「っ……!」
コロンが、後ろによろける。
次で倒れる。
誰が見ても、そう思う場面。
——その瞬間。
「下がれ!!」
声が、出ていた。
自分でも驚くくらい、大きな声。
「距離取って! 真っ直ぐ下がるな、横!!」
観客が、一斉にこちらを見る。
「……は?」
「誰だ今の」
コロンが、一瞬だけこちらを見た。
目が合う。
(……聞こえた?)
次の瞬間。
コロンが、横に動いた。
相手のパンチが、空を切る。
「——あ」
会場が、どよめく。
(やれる)
コロンは、私の言葉を信じた。
そこから、少しだけ流れが変わった。
避ける。
耐える。
前に出る。
相手も苛立ち始めている。
「ちっ……!」
雑になったパンチ。
(今だ!)
私は、立ち上がりそうになるのを必死で抑えた。
(右、ボディ!)
——ドン!
コロンの拳が、初めて相手の腹に入った。
浅い。
でも、確かに当たった。
観客がざわつく。
「おっ?」
「当てたぞ?」
コロンは息を荒くしながらも、前を見ている。
もう、逃げてない。
ラウンド終了の合図が鳴った。
——カァン!
立ったまま、コロンは息を整えている。
負けている。
でも、心は折れていない。
私は、気づいてしまった。
(……ダメだ)
(こいつ、放っとけない)
ただの見習い拳闘士。
たまたまパンをくれた少年。
それだけのはずだった。
でも。
拳を振るう姿を見てしまったら、もう——
「……次、ちゃんと見るから」
誰に言うでもなく、私は呟いた。
気づけば、完全に“観る側”じゃなくなっていた。
——コロンの試合は、まだ終わっていない。
(つづく)




