第3話 拳闘士になりたい? あぁ、無理だね
※本作は異世界×スポ根×師弟ものです。
拳しか信じてこなかった天才女子ボクサーが、異世界で“教える側”になる物語。
軽めのノリで進みます。
コロンに案内されて向かったのは、王都の中心部から少し外れた場所だった。
石造りの建物が並ぶ中で、ひときわ大きく、そして物騒な空気を放つ施設。
鉄製の門。
壁には無数の傷跡。
建物の前には、筋骨隆々の男たちがたむろしている。
(……あ、ここだ)
空気が違う。
完全に、血の匂いがする。
「ここが……拳闘士ギルドです」
コロンが、少し誇らしそうに言った。
「へぇ……思ったよりガチだね」
私は自然と背筋が伸びるのを感じた。
リングの前に立つときと、同じ感覚。
「じゃ、早速登録しよっか」
「え?」
コロンが目を丸くする。
「す、すぎなさん……本気なんですか?」
「当たり前でしょ。拳闘士になりたいんだもん」
門の前に立つと、警備らしき男がこちらを見下ろしてきた。
「なんだ?」
「拳闘士の登録を」
即答した。
男は、私を上から下までじろりと見て、鼻で笑った。
「……女?」
「そうだけど?」
「無理だな」
早い。
一秒も考えてない。
「は? なんで?」
「客が入らねぇ」
それだけ言って、男は肩をすくめた。
「……は?」
意味が分からなくて、思わず聞き返す。
「拳闘は興行だ。
金払って見るのは、血と迫力だ」
男は、私の体をもう一度見た。
「その細腕で殴り合っても、盛り上がらねぇ」
「——あ?」
一瞬、拳が出そうになった。
でも、ここで殴ったら即アウトなのは分かる。
「強さは関係ないってこと?」
「関係ねぇな」
きっぱり言われた。
「貴族も商人も、見世物として楽しみに来る。
女の拳闘士なんて、縁起が悪いって嫌がる奴も多い」
身分。
偏見。
そして金。
(……なるほどね)
「つまり、あたしは“売れない”ってこと?」
「そういうことだ」
男は興味を失ったように、手を振る。
「帰りな」
横で聞いていたコロンが、慌てて口を挟む。
「で、でも! すぎなさん、すごく強くて……!」
「見たことあるのか?」
「い、いえ……でも……!」
「なら話は終わりだ」
コロンは、それ以上言えなくなった。
私は、ふうっと一つ息を吐いた。
「……了解」
踵を返す。
悔しくないわけじゃない。
でも、不思議と冷静だった。
(まぁ……異世界初日で即登録とか、うまくいきすぎだよね)
ギルドから少し離れたところで、コロンが申し訳なさそうに俯いた。
「す、すみません……」
「なんでコロンが謝るの?」
「僕が……期待させちゃって……」
私は、ぽんっとコロンの頭に手を置いた。
「いいって。世の中、そんなもん」
それは、日本でも散々味わってきた。
才能があっても、女だと舐められる。
結果を出しても、「女の割に」って言われる。
リングの上だけが、平等だった。
(……この世界も、似たようなもんか)
そのとき、コロンがはっと顔を上げた。
「あっ……時間……!」
「?」
「僕の試合、もうすぐ始まります!」
「試合?」
「は、はい! 見習いですけど……一応、正式な試合で……」
コロンは、少しだけ不安そうに笑った。
「……よかったら、見ていきませんか?」
一瞬、迷った。
拳闘士になれなかった。
登録もできなかった。
でも。
ここまで来て、拳を交える世界を見ずに帰るのも癪だ。
「……見る」
そう答えると、コロンの顔がぱっと明るくなった。
「本当ですか!?」
「うん。あたし、拳を見るの好きだから」
それは嘘じゃない。
殴り合いは、言葉より正直だ。
その人間が、どんな覚悟で立っているか、一発で分かる。
観客席に案内される途中、私は周囲を見渡した。
酒を飲みながら笑う男たち。
賭け札を握る商人。
貴族らしき人物が、余裕の表情で見下ろしている。
(……なるほど)
拳闘は、戦いじゃない。
“見世物”だ。
コロンが、控え室の前で足を止めた。
「……行ってきます」
「うん」
小柄な背中。
細い肩。
正直、体格だけ見れば不利なのは明らかだった。
でも——
(……目は、死んでない)
リングに上がる直前、コロンが振り返る。
「すぎなさん……」
「なに?」
「……見ててください」
その一言が、胸に引っかかった。
「……あたしが見るなら、ちゃんと戦いな」
コロンは、力強く頷いた。
ゴングが鳴る。
異世界で初めての拳闘が、始まろうとしていた。
(つづく)




