表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/6

第1話 転生しましたけど、いやちょっと待って

※本作は異世界×スポ根×師弟ものです。


拳しか信じてこなかった天才女子ボクサーが、異世界で“教える側”になる物語。


軽めのノリで進みます。

負ける気なんて、一ミリもなかった。


「——万丈すぎな選手、お願いします!」


 控室のノックも、スタッフの緊張した声も、全部いつものルーティーンの一部にしか聞こえない。私はストレッチをしながら軽くシャドーを始める。グローブが空気を切る音は、私にとって心臓の鼓動みたいなものだ。


 今日の相手は、北朝鮮。

 アジア大会の予選とはいえ、向こうは“国の威信”を背負ってくる。勝てば英雄、負ければ処分。そんな世界から来る選手は、だいたい目つきが違う。


 でも、あたしは怖くなかった。

 だって——無敗。

 男子だろうが女子だろうが、殴るのは同じ。倒すのも同じ。


 物心ついたときから、私の家にはサンドバッグとグローブしかなかった。

 父も母もボクシング経験者で、幼稚園児の私がグローブをつけたら、家族全員がめちゃくちゃ褒めてくれた。


「天才だわ、この子は」

「世界とるぞ、すぎな」

「うへへ〜見てろ世界〜!」


 褒められたら嬉しい。

 嬉しいからもっと努力する。

 それがそのまま強さにつながって、小学生の大会では男子すら全員倒し、中学では誰も私の相手にならなくなった。


 ただし——恋は別だった。


『いやすぎな、恋愛対象としてはちょっと……怖い』

『殴られたら死にそうじゃん俺』


 これ、マジで全員に言われた。

 だから私は、恋も青春も体当たりでリングの外に放り投げた。


「世界とるから。ボクシングで全部証明してやる」


 オリンピックで金をとり、それをベガスのプロ契約に繋げる。

 そのつもりで今日の試合に臨んだ。


 控室を出ると、相手の控室が半開きで、中が一瞬見えた。

 北朝鮮の女子選手が、異様に鋭い目でこちらを睨んでくる。


『あなたの無敗記録、今日で終わりです』


 通訳を通して聞こえたその一言で、普通の選手なら萎縮するかもしれない。

 けど私はむしろ嬉しくなった。


「へぇ……いいじゃん。やろうよ」


 リングに足を踏み入れる。

 その瞬間——


(……ん? なんか滑る?)


 リングがぬるっとした感触。

 どうやら前の試合が終わった後、何か細工が施されたみたいだ。


 嫌な予感はした。けど、今さらブツブツ言っても試合は始まる。


 ゴォォンッ!!


 ゴングが鳴る。

 相手のジャブは鋭い。けど、タイミングは読める。いつも通り。


(いける。三ラウンド目で倒す)


 そう思った矢先。


 ずるっ——。


「っ!?」


 足が大きく滑った。

 上半身のバランスが崩れたところに、相手の右が飛んでくる。


(まずい!)


 頭は避けた……つもりだった。

 でも、避けきれず、勢いはそのままコーナーポストへ——


 ガッ!!!!!


「あ——」


 後頭部に直撃する衝撃。

 視界がぐにゃりと歪んで、音が遠のく。


(やば……これ、マジの……)


 意識が、落ちた。


***


「……青い」


 最初に見えたのは、やけに鮮やかな青空だった。


 体育館の白い天井じゃなくて、本物の空。

 雲がふわっと浮いていて、太陽が容赦なく照りつけてくる。


「え、外……? なんで?」


 ガバッと上体を起こすと、ザラザラした石畳が目に入る。

 鼻には土と香辛料みたいな匂い。


 私はまだ、試合用ユニフォームのまま。

 汗で湿ったスポーツブラも、グローブもつけたまま。


「……いやちょっと待って。ここどこよ?」


 辺りを見渡す。

 石造りの建物に、木製の看板。

 馬車が通りすぎていき、通りには露店がずらり。


(え、ヨーロッパの観光地……ではないよね?

 ていうか見たことない服装……なんか時代が混ざってる?)


 通行人が、私を見てヒソヒソ言ってくる。


「なんだあの格好……」

「肌を出しすぎだろ……」

「どこかの部族か?」


「部族じゃねーよ!」


 思わず突っ込んだけど、意味なかった。みんな避けていく。


 とりあえず話しかけてみる。


「すみませーん! ここってぇどこすか!? 」


「怪しい者め、離れろ」

「は? 怪しいのはそっち——」

「触るなっ!」


 キレイに拒否された。

 むしろ怖がられてる。


「……なにこれ。いやもしかして、ほんとに……」


 頭を抱えたまま、深呼吸する。


(これ、異世界転生ってやつ……?

 試合中に事故って……気づいたら異世界……?

 いやそんなバカな……)


 でもスマホもない。見たことない文字の看板。

 オシャレな路地裏カフェなんて存在しない。代わりに焼きたてパンの匂い。


 じゅる……。


 その匂いを吸った瞬間、胃袋がきゅーっと縮んだ。


「やっべ……倒れる……」


 計量終わってもリカバリーしか食ってないし、試合前の緊張で水もろくに飲んでない。

 まして異世界転生(?)直後。

 エネルギーはゼロ。


 さらに追い打ち。


「……のど……かわいた……」


 ヤバい。

 本気で、ロープに倒れ込む寸前の選手みたいな状態。


 ついに膝をつくと、視界が揺れた。


(マジでこのまま異世界初日に死ぬとかやめてよ……

 チャンピオンベルトどころか、自己紹介もできてないのに……)


 前のめりに倒れそうになった、そのとき。


「——あ、あのっ!!」


 背中の方から声が飛んできた。


 ふり返る気力は……ない。

 けど、近づいてくる足音がやけに軽い。


(誰……?)


 視界が暗くなる。


 やばい、本気でまず——


 と、そこでふっと体が支えられた気がした。

 温かい腕。小さめの手。


「だ、大丈夫ですか!? 歩けます!?」


 少年っぽい声。

 けど、優しい。


(なんか……すごい必死な声……)


 完全に倒れ込む直前で、私はぎりぎり目を開いた。


 そこにいたのは——


 大きな瞳で私を見上げる、子犬みたいな少年だった。


(……つづく)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ