なにも知らない子供
決行まで後2日_。
商店が並ぶ大通りを抜け、吸血鬼族が住む路地裏へと足を踏み入れた。
昼間でも薄暗く、ひんやりとした空気が漂っている。
「ヴァネッサー。いる?」
「いるよ♡」
「うわっ。びっくりした…」
気配もなく背後から抱きつかれた。振り返ると、ヴァネッサが微笑んでいた。
「どうしたの?怖くなっちゃった?それならヴァネッサお姉ちゃんが…いてっ」
乾いた音が響いた。見ると、吸血鬼族の次席であるルシアが腕を組んでいた。
「こーら。道草を食わないの。あっ、魔王様来てくださったのですか?歓迎致します」
ヴァネッサとは違い、上品で礼儀正しい。
「ありがとう、ルシア。それと偵察ご苦労さま。…血は足りてる?」
吸血鬼の食事である血はあたしを含めた魔族から少しずつ集めている。
「ええ、お陰様で」
「アタシは足りない♡リリスちゃんの血ちょーだい♡」
「いいよ」
「じゃあ遠慮なくっ。いただきまーす♡」
首元にヴァネッサの鋭い歯が立てられた。チクッとした痛みが広がる。それと同時に血が抜かれていくような不思議な感覚もある。
「おいし♡ルシアちゃんも飲んだら?」
口元に付いた血を指で拭き取りながら、後ろで肩を震わせているルシアに声を掛けた。
「っ」
「ルシア、おいで」
「で、ですが…魔王様、その…」
「いいよ。遠慮しないで」
ルシアはそっと顔を上げた。
「し、失礼、します……」
ルシアは自身の黒髪を軽く抑えながら、目を閉じた。
_チクリ。
「……ありがとうぎざいます、魔王様」
「じゃ、本題に入ろっか♡」
「うん。2日後の作戦なんだけど、吸血鬼のみんなには」
「夜明け前に行動、でしょ?」
ヴァネッサが唇に指を当てて言った。
「そうだよ。それでね、やってもらいたいことが二つあるの。一つは敵の動きを完全に把握して。人数、士気、装備、分かるだけ全部」
「了解です」
「暗闇なら任せといて♡」
二人とも迷うことなく頷いた。
「2つ目は、指揮官を優先して狙うこと。今回は遠距離攻撃でいいかな?」
「もっちろーん♡吸っちゃっていい?人間の中では結構美味しいんだよねぇ、生きた人間の情熱的な血♡」
「…魔王様の前では黙りなさい」
「いてっ」
再びルシアに注意されたヴァネッサが頬を膨らませた。
「うーん。まあちょっとぐらいは吸っていいよ。……もう帰るね」
「はい。お気をつけて」
「またね♡」
「うん。またね」
路地裏を抜け、大通りに出る。
「いらっしゃい!出来立てのパンはいかがかな?」
「今日はなにして遊ぶっ?」
「まおうさま、こんにちはー」
楽しそうな笑い声も、商人の明るい声も、全部戦いとは無縁のようで_。
獣人の子が尻尾を振っていた。多分まだ四歳ぐらい。
戦いを知らない子供だ。絶望を知らない子供。人間の恐ろしさを知らない子供。平和に包まれた子供。
「……こんにちは」




