前途多難
回想はこれくらいにしておいて、今目の前にある問題に向き合わなければいけない。せめて妻とまともに会話できるようにならなければ。俺は再び頭を抱える。
何をそんな簡単なことを、と他人は皆そう思うだろうが、これが本当に難しい。妻のあの瞳に見つめられると、何故か顔が一気に火照って会話どころではなくなる。そんなこと彼女にバレたくないから毎度そっぽを向かざるを得ず、顔を見られる前に逃げなければと焦って変なことを言ってしまう。こんな状態で共に食事なんて絶対に無理だ。
女性が苦手なわけじゃない。興味がないわけでもない。ただ何となく面倒だから親しくなるのを避けてきただけで、相手が誰だろうと会話くらいは普通にできていたのに。こんなことは初めてでどうしたらいいかわからない。だからと言って彼女を手放すのは嫌だ。自分でもよくわからないがとにかく絶対に嫌なのだ!
そんなわけで、まるで筋肉でできているかのようなカチコチの脳みそを捻りに捻った末、俺はある策を思いついた。
***
「旦那様、行ってらっしゃいませ!……って、あら?」
いつものように元気よく挨拶をしてきた妻は、振り返った俺の顔を見て驚き、そして怪訝な表情を浮かべた。
「旦那様、どうして仮面なんか…。」
「マイブームだ。」
「マ、マイブーム…?」
「ああ。」
それ以上の質問は認めないと言わんばかりに、即座に言い訳をしてごまかした。
しーん、と辺りが静まりかえる。使用人たちは皆呆気に取られ言葉を失っていた。ただ1人、妻の世話係であるサラだけが必死に笑いを噛み殺そうと頬を引くつかせている。
一晩考えたあげく、俺はいっそ仮面をつけて頬の辺りまで顔を覆ってしまえばいいと結論づけた。そうすれば赤くなった顔を見られることはないと。現に今も妻の姿を見て顔の火照りを感じてはいるが、気付かれていない安心感から顔を向けて話ができている。
「…コホン。では行ってくる。」
「えっ…あ、待って、旦那様!」
いっそ笑いたいなら笑ってくれと思いながら正面扉へ向かうと、妻が焦ったように呼び止めた。不意を突かれて振り返ると彼女はいつの間にかとんでもなく接近していて、仮面を隔てた至近距離にドアップの妻の顔があった。
「な、ちょっ、お前!い、いきなりなんだよ!」
「挨拶を返してくださってありがとうございます!私とっても嬉しいです!改めて、いってらっしゃいませ!!」
今まで見たどの笑顔よりも幸せに満ち溢れている。何なら恍惚としている。こいつもこいつで頭がおかしいんじゃないかと思いながらも、しばらくぼーっと見惚れてしまった。これは一体、いつになったらまともな夫になれるのだろう。俺はこの先ずっと、妻の前で仮面を外せないかもしれないと途方にくれるしかなかった。




