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お屋敷での生活

「ソロ様はお仕事が長引いているそうなので、今日もご夕食には間に合わないそうです。」

メイドが気まずそうに言い、私を食事の間に案内した。これはいつものこと。屋敷には旦那様と私、そして使用人たちのみが住んでいるため、旦那様がいなくては私1人で食事をすることになる。

「お腹が空いたわ。今日は何かしら。」

「ニファ様のお好きな仔牛のシチューと伺っています。」

「まあ!なんて素敵なの。すごく楽しみね。」

「ニファ様が毎度喜んで下さるので、料理人たちも張り切っているのです。」

私の機嫌が良さそうなのを見て、メイドのサラは少しほっとした様子でそう言った。

このお屋敷に嫁いできて幸せなことは幾つかあるが、1つは何と言っても料理が美味しいことだ。実家の料理も美味しかったが、食材や味付けが違っていて新鮮でいい。一緒に食べる相手がいないのは少し寂しいが、料理の味が楽しみであまり気になっていなかった。

デザートまでゆっくり食事を堪能し、満たされた気持ちで自室に戻ろうとしたところ、使用人の1人が私に少し弾んだ口調で声をかけた。

「ニファ様、恐れ入ります。今、ちょうどソロ様がお帰りになったようです。」

「あら、それじゃ出迎えないと。」

私は緩む頬を抑えられないまま玄関へと向かった。ここの使用人たちは最初こそよそよそしかったけれど、最近では私に親しみを持って接してくれるようになった。それを無礼と取る見方もあるようだが、私は素直に嬉しい。サラによると「ソロ様は悪い方ではありませんが無口なので、ニファ様が来てから屋敷が明るくなったと皆喜んでいます。」とのことだ。


「旦那様、お帰りなさいませ!」

嬉しさを抑えることもせず満面の笑みで挨拶すると、たった今帰ってきた旦那様が苦虫を噛み潰したような顔で私を見た。

「朝言ったことをもう忘れたのか。いちいち挨拶なんてしなくていい。」

「挨拶は必要なことです。夫を温かく送り出し、そして迎え入れることは妻として当然の務めですから!それに私、少しでも旦那様のお姿が見たいんです!」

「っ……!はあ……まったく。」

一瞬少しだけ面食らった様子の旦那様は、いつも通りまたそっぽを向いてしまった。こいつには話が通じないと諦めたのか、ため息をついてその場を後にした。お疲れのようで少し心配になるが、ここでまたつけ回したら更に疲れさせてしまうだろう。今日は大人しく寝ることにする。

「私、本当に旦那様に惚れてしまったわ。あのお姿を毎日見られるなんて、なんて幸せなんでしょう。」

興奮する私を、使用人たちは同情的な目で見つめていた。


***


「ニファ様、少し休憩なさってはいかがでしょう。」

屋敷の管理について学んでいると、サラが遠慮がちにそう提案してきた。

「そうね。今日は天気もいいし、お庭を散策してみたいわ。」

「今ご準備しますので、少々お待ちください。」

サラは机に置かれた飲みかけの紅茶などをテキパキと片付け、部屋を後にした。私は伸びをして一息つく。そういえばお屋敷に来てから外の敷地をあまり見てこなかった。実家の伯爵家よりは広くないが、丁寧に管理されているのが遠目でもわかる素敵な庭園がある。庭師さんにもお会いしたら挨拶しなくては。私はここの夫人なのだから。


「ニファ様、ご準備できました。」

日傘やらを用意してくれたサラに案内され、庭園を散歩することとなった。途中、侍従長のウォルターが案内を交代し、一箇所ずつ丁寧に説明してくれた。正面玄関と正門を繋ぐ道の左右に、対照的に花壇やベンチが置かれている。白いレンガ造りで、正門から見て左側の中心にはドーム型の屋根のついた休憩スペースが、右側には噴水が据えられていた。噴水に近寄ってみると、白いレンガのそこかしこに陽の光にきらめくカラーストーンが埋め込まれており、それらは遊び心をくすぐる素敵なデザインだった。

「このお屋敷は元々、ソロ様のお祖父様が住まわれていました。あの方が亡くなられてからは随分と使われずにいたのですが、ソロ様が成人なさる時、ここにお1人で移り住むことを希望されたのです。」

「ウォルターは、お祖父様の頃からお仕えしていたの?」

「はい。お祖父様がご存命の頃は、ソロ様とお兄様のお二人で遊びに来られてはよくこの庭園を駆け回っていらっしゃいました。ソロ様が噴水のカラーストーンを引っこ抜こうとしてお兄様にお叱りを受ける場面などもありましたな。いやはや懐かしい。」

「まあ、なんて可愛らしいお話なの。そういうの、もっと聞かせてちょうだい。」

思わぬ旦那様の幼少期エピソードに心を大分持ってかれた。あの冷たい旦那様にもそんな可愛らしい子ども時代が!いや、そりゃ当たり前なのだけど。

「ほっほっ。ニファ様は本当にソロ様のことがお好きですな。」

「もちろんです。一目見た時から心を射抜かれてしまったのですから。」

胸を張って自慢げに言うと、ウォルターは目を細めながら、少し神妙な顔で頷いた。

「ええ、しかし、ニファ様……その、使用人の立場でこんなことを申すのは、不敬なことだと存じておりますが、」

「いいのよ、気にしないで言ってみて。悪気がないことはわかってるから。」

「…恐れながら申し上げます。ソロ様の態度について、ニファ様はご不快に思われていないでしょうか。」

ウォルターの疑問はおそらく、屋敷の使用人が全員聞きたかったことだろう。確かに旦那様の私への態度は明らかにぞんざいだ。挨拶しただけで話しかけるなと睨むし、食事もほとんど共にしないし、初夜はおろか夫婦共々お互いの部屋に入ったことすらない。改めて考えたらひどい。そう、だいぶひどいのだが。

「私自身なぜだかわからないけれど、不思議と落ち込まないんです。」

本心からそう思っている。

「使用人の方々が優しいので、居心地はいいですし。それに何となくですが、旦那様は私を本心から嫌ってるわけではない気がして…。自惚れかもしれないですが信じています。いつか向き合える日が来るって。」

根拠のない自信を語ってみせると、ウォルターはなぜか泣きそうな顔をして微笑んだ。

「ニファ様は懐の深いお方だ。私どもはとても感謝しております。どうかソロ様を今後ともお支えくださいませ。」

ついには本当によよよと泣かれてしまい流石の私もたじろいだ。もちろんお支えできるなら一生お支えしたい。果たして旦那様ご本人がそれを許してくださるかが問題だが。

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