冷たい旦那様
「不必要に話しかけないでくれ。」
旦那様はそう言って私を睨みつけると、ぷいと顔を背けてお仕事に向かわれてしまった。いってらっしゃいませと挨拶をしただけなのにこの態度。嫁入りしてから2週間、ずっとこんな朝が続いている。
周りの使用人たちが気まずそうな顔で黙っている中「では、私は部屋に戻ります。」と誰にともなく声をかけてから、言葉通り自室へ向かう。ドアを開け、ベッドに直行し、ぼふんと音を立てて勢いよく飛び込む。枕に顔を埋めて、先ほどの旦那様の表情を頭に浮かべる。切れ長の藍色の瞳が私を睨みつけた。ひどく冷たく、鬱陶しそうに、そしてあまりにも無関心に。
ああ、なんて……なんて素敵なの……!!
私はすっかり旦那様に夢中になっていた。
***
貴族同士の政略結婚なんてよくあること。伯爵令嬢である私、ニファ・オズボーンも、そんなよくある話の流れで旦那様の家門へ嫁ぐことになった。旦那様はソロ・アスターというお名前で、アスター公爵家の次男。ご長男が家督を継ぐことは既に決まっているそうだが、ソロ様も王宮専属騎士として非常にご活躍されているらしく、おまけに容姿端麗との噂。社交界では多くの女性をときめかせている方だと、私も存在くらいは知っていた。
縁談の話はあちらからだった。ソロ様は社交に積極的ではなくお顔を拝見したことがなかったので、お話が舞い込んだ時は妙に実感が沸かなかった。直接関わった記憶はない。我が伯爵家はそれなりに裕福で地位もあったが、目上の公爵家にわざわざ選ばれるほどの理由は特になく、両親も首をかしげていた。
疑問はありつつも縁談はスムーズに進んだ。そして両家の顔合わせが行われた時、私は初めてソロ様のお姿を拝見した。その時の衝撃たるや、今でも鮮明に思い出すことができる。
王国でもトップレベルの強さを誇る騎士様と聞いていたので、全体的に雄々しい殿方を想像していたが、実際は違うタイプの端麗さだった。確かに首から下は想像通り逞しいが、そのお顔は中性的で美しく、物語から出てきた王子様のよう。切り揃えられたストレートの黒髪に、切れ長でどこか冷たさのある藍色の瞳。長く弧を描いたまつ毛。見事に私のタイプど真ん中だった。
「ひゃ、わ…は、はじめまして…」
「ど、どうしたんだニファ!」
恋に落ちた私は、衝撃のあまり呻き声を上げて一瞬固まってしまった。それを見て慌てる愛しき父母と、心配そうに見つめるあちらのご両親、そしてまるで珍獣を見るように表情を歪めたソロ様の視線を一手に受けながら、ああ、幸せな生活が待っているかも!と、1人思わぬ誤算に喜んだのだった。




