料理下手な姫君、毒見役の青年騎士に恋をする
王城の奥、花嫁修業のために設えられた小さな料理部屋に、奇妙な匂いが立ち込めていた。甘いような苦いような、焦げくさいようでいて酸っぱいような……一言で表現できない混沌の香り。
部屋の中心で、王女セシリアは大鍋に向かい、木べらを必死に振り回していた。美しい金の髪は、蒸気でしっとりと張り付き、額には細かな汗。王女らしからぬ姿だったが、当の本人はそれどころではない。
「う、動かないで! ここで止めたら、全部焦げ付いちゃうんだから!」
鍋の中身はもはや料理というよりは、色彩豊かな泥のようだった。赤や黄色や黒が入り混じり、ぶくぶくと泡を立てている。
隅に控えていた毒見役の青年騎士レオンは、顔色を変えずに直立していた。庶民出身ながら剣の腕を見込まれて騎士に取り立てられ、さらに「王女付き毒見役」という名誉と責務を与えられている。だが、今だけはその任務を心底呪っていた。
「……姫様。本当に、それを召し上がるおつもりで?」
「わ、わたくしの努力の結晶ですもの。あなたにまず毒見をお願いするのは当然ですわ!」
セシリアは必死に笑顔を取り繕った。政略結婚を控え、花嫁修業の一環で料理に挑んでいるのだが、結果はいつも惨憺たるもの。
だが彼女は諦めない。王女として政務や舞踏は得意でも、家庭的なことは壊滅的。だからこそ「自分もできる」と証明したかった。
しかし……。
「はい、できました! 愛情たっぷり、特製シチューです!」
皿に盛られたそれは、茶色を通り越して黒に近く、ところどころ緑や赤の塊が顔をのぞかせていた。
レオンは無言で受け取り、深く一礼した。職務だから、と己に言い聞かせ、スプーンを口に運ぶ。
――直後、胃袋が悲鳴を上げた。
「……っ!」
レオンは咳を堪え、何とか飲み込む。瞳に涙が滲むが、決して顔には出さない。
セシリアは胸を押さえ、彼の様子を固唾をのんで見守った。
「ど、どうかしら……?」
「……独特の、風味です」
言葉を選びに選び抜いた末の答え。
セシリアは肩を落とした。「やっぱり不味い」と言われるよりも、この曖昧な評価のほうが胸に刺さった。
俯く彼女を見て、レオンは心が痛んだ。王女という立場にありながら、こんなにも必死に努力している。笑い飛ばすのは簡単だが、それはあまりに酷だ。
「姫様」
レオンは静かに言葉を継いだ。
「……確かに味は不思議ですが、姫様が努力して作られた料理です。それを頂けるのは、私にとって光栄なことです」
その一言に、セシリアははっと顔を上げた。
自分の努力を笑わず、誠実に受け止めてくれる。王宮の侍女たちでさえ、失敗作を陰で笑っているのに。
頬がほんのり熱を帯びる。なぜだろう、彼の言葉がやけに胸に残った。
その日から、セシリアの料理修業は続いた。
卵を割れば殻が飛び散り、パンを焼けば炭の塊になり、スープを作れば鍋が爆ぜる。惨状は数知れず。
その度にレオンは毒見役として召喚され、眉間に皺を寄せつつも一口は必ず口にした。時に胃薬を飲みながらも。
けれど彼は決して「不味い」とは言わなかった。毎回、少しでも良いところを探して伝えようとする。
「今日のは香りが豊かです」「見た目が鮮やかです」……そんなささやかな言葉に、セシリアは救われた。
ある日のこと。セシリアはまた新しい挑戦をしていた。
小麦粉をこねてパイを作ろうとしていたのだが、台所は粉まみれ、髪にも頬にも白い粉がついている。
扉を開けて入ってきたレオンが思わず笑った。
「姫様、まるで雪の妖精のようですね」
「え、ええ!? ち、ちがいますわ! これはただの粉です!」
セシリアは慌てて髪を払うが、余計に白く散ってしまう。
レオンは思わず吹き出した。普段は無表情な彼の笑みを見て、セシリアの胸はどきりと跳ねた。
――こんな顔をするのだ、と新鮮な驚きと共に、心臓が妙に熱い。
その日のパイもやはり失敗に終わった。だが、レオンが「甘味はちゃんと感じられます」と微笑んだとき、セシリアは思った。
この人に食べてもらえるなら、また挑戦したい。
毒見役としてでなく、一人の青年として。
それが彼女の胸に芽生えた、初めての恋の予感だった。
王宮の片隅、ひっそりとした離れ屋に、昼下がりの光が差し込んでいた。
そこに姿を見せたのは、年配の料理人マルタだった。王城の厨房を仕切る大料理長の片腕でありながら、今日は特別に「秘密の指南役」として呼ばれたのだ。
「姫様、ここではどうか余計な気取りはなさらずに。包丁を握るのも、初めは子供と同じ。大切なのは真心です」
セシリアは小さくうなずいた。
レオンに「努力を尊んでいる」と言われたあの日から、どうしても胸の奥がざわついていた。自分の料理を、彼に「美味しい」と心から言ってもらいたい――その一心で、彼女は人目を忍んで指南役を雇ったのである。
最初の課題は、卵焼きだった。
フライパンに卵液を流し込むと、じゅわっと音が弾ける。セシリアは手首をこわばらせ、緊張しながら菜箸を動かした。
結果は――半熟どころか、崩れた黄色いかたまり。
セシリアは肩を落としたが、マルタは笑って言った。
「形はどうあれ、焦げてはいません。まずは合格です」
その言葉に救われ、セシリアは何度も挑戦した。失敗しても失敗しても、繰り返し練習を重ねる。
やがて、ほんのり甘くふわりとした卵焼きが完成したとき、彼女は小さな歓声をあげた。
胸の内に浮かぶのはただ一つ――「これをレオンに食べてもらいたい」。
その日の夕刻、セシリアは早速レオンを呼び寄せた。
白い皿の上には、焦げ跡もなく黄色が美しい卵焼き。少し不格好ではあるが、彼女にとっては渾身の一品だった。
レオンは眉をひそめることなく、一口を口にする。
――その瞳が見開かれた。
「……うまい」
短い言葉。だが、いつも「独特な風味です」などと濁していた彼からすれば、それは驚きの賛辞だった。
セシリアの胸はどきんと鳴り、頬が熱くなる。
「本当に?」「ええ、本当に」――そんなやり取りのあと、二人は思わず見つめ合い、気まずく視線をそらした。
それからの日々、セシリアの料理は少しずつ上達していった。
スープは前よりも澄んだ色をして、味も安定するようになった。焼きたてのパンは柔らかく膨らみ、バターの香りが漂った。
レオンは時折、照れくさそうに「今日のは美味しい」と素直に褒めた。
セシリアはその度に胸をときめかせた。努力が報われた喜びと同時に、彼の言葉が何よりも嬉しいのだ。
ある日、レオンがふと笑顔をこぼした。
セシリアが野菜を切るとき、うっかり指を切りそうになり、慌てて手を払ったのだ。その不器用さが、なぜか彼には愛おしく映った。
「危ないですよ」とそっと手を取られた瞬間、セシリアは心臓が跳ね上がった。
――庶民出身の彼と、自分は王女。身分が違う。けれど、その温もりを感じた指先を離すことができなかった。
そんな甘やかな時間の一方で、王宮の大広間では別の動きが進んでいた。
セシリアの婚礼準備が着々と整えられていく。隣国の王子との政略結婚。両国の友好のための重責。
「姫様、来月には正式なお披露目を」と侍女たちが告げるたびに、胸が締めつけられる。
――あと少しで、この時間が終わってしまう。
料理を作り、レオンに食べてもらい、笑い合えるこの日々が、永遠ではないと突きつけられるたびに、セシリアは切なさで胸を満たされた。
その夜。月明かりに照らされる庭園のベンチで、セシリアは一人膝を抱えていた。
「どうして……こんなに苦しいのかしら」
問いに答える声はない。けれど心の奥では、すでに答えを知っていた。
――自分は、毒見役の青年騎士レオンに恋をしている。
それを自覚した瞬間、涙が頬を伝った。
王宮の奥、あまり人目につかない離れ屋。その一室には、昼下がりの光がやわらかに射し込み、粉塵のような光の粒が舞っていた。
そこに立っているのは、王女セシリアと、年配の料理人マルタである。彼女は王宮の厨房で長年働き、今は引退同然の身であったが、セシリアが密かに頼み込んで指南役として招いたのだ。
「姫様、包丁は踊らせるものではありませんよ。手首を柔らかく、そう……息を合わせるように」
「は、はいっ!」
慣れない手つきで玉ねぎを切るセシリア。だが次の瞬間――
「きゃっ!」
ざくり、と嫌な音が響き、ほんの少し指先を切ってしまった。
赤い血がにじみ、彼女は慌てて口元に運ぶ。
マルタは慌てもせず、手早く布で押さえた。
「姫様、料理には怪我がつきもの。大事なのは恐れず続けることです」
セシリアは小さくうなずいた。痛みよりも、「自分は王女なのに、こんなことで騎士に迷惑をかけてはいけない」という思いの方が強かった。
彼に、レオンに笑われたくない。失敗ばかりでも、努力だけは見てほしい。
その想いが、彼女を何度も台所へと向かわせた。
最初の課題は卵焼きだった。
黄身と白身を丁寧に混ぜ、砂糖をほんの少し加えて焼く。だが最初は焦げて崩れ、二度目は半熟でぐちゃり。三度目には――ようやく形を成した。
味を見たマルタは目を細めて頷いた。
「甘みも塩加減も、ほどよく出ています。これなら、人に出しても恥ずかしくないでしょう」
セシリアは胸を押さえ、ふっと笑みを浮かべた。
その顔に浮かぶのは、ただ一人の騎士の姿。――レオンだ。
その日の夕刻。セシリアはレオンを呼び、そっと皿を差し出した。
そこには黄金色に輝く卵焼きが乗っている。
いつもの黒焦げ料理を覚悟していたレオンは、思わず目を見張った。
「……これは?」
「こ、今度こそ自信がありますの。どうぞ、召し上がって」
彼は慎重に一切れを口に含んだ。柔らかな食感、ふわりと広がる甘み。思わず言葉を失い、そして短く呟いた。
「……美味しい」
それはこれまで一度も聞いたことのない、素直な賛辞だった。
セシリアの胸はどきんと跳ね、思わず両手で頬を押さえた。
「ほ、本当に……?」
「ええ、本当に。姫様の料理が、美味しいと思いました」
視線が絡み合う。数秒の沈黙の後、二人は同時に照れくさそうに笑った。
その笑みは、以前よりずっと自然なものだった。
日々は続いた。
セシリアはスープに挑戦し、少しずつ澄んだ味を出せるようになった。焼きたてのパンは香ばしく、バターの匂いが漂った。
レオンは「今日のは香りがいいですね」「このパンは柔らかくて美味しい」と、前よりも積極的に褒めるようになった。
彼の言葉を聞くたびに、セシリアは心が温かくなった。努力が報われた喜びと同時に、「彼に褒めてもらいたい」という想いが、料理を続ける力になっていた。
ある日、にんじんを切っていたセシリアが、刃先を指に近づけすぎてしまった。
「危ない!」
レオンが思わず手を伸ばし、彼女の手首を押さえる。
指先に伝わる彼の温もり。セシリアの頬は一瞬にして赤く染まった。
彼もまた、慌てて手を離したが、その表情はわずかに緩んでいた。
「……怪我をされたら困ります。私が、心配しますから」
その一言は、職務を超えた響きを帯びていた。
セシリアの心臓は大きく打ち、胸の奥に甘い痛みが広がった。
けれど、甘やかな時間の影で、現実は確実に進んでいた。
王宮では隣国の王子との婚約準備が粛々と整えられていた。結婚式の日取り、婚礼衣装の採寸、祝宴の来賓リスト……。
侍女たちは嬉々として報告するが、セシリアにはそれが遠い世界の話のように感じられた。
「……もうすぐ、この日々が終わってしまうのね」
夜、寝室で一人つぶやいた言葉は、誰に届くこともなかった。
料理を作り、レオンに食べてもらい、笑い合える時間。
それがどれほど愛おしいものか、ようやく気づいたときには――残された時間はあまりにも少なかった。
城の大広間には、煌びやかな燭台が並び、絢爛たる楽の音が響いていた。
今日の宴は、隣国からの使節を迎える盛大な場。王宮の貴族たちが豪奢な衣をまとい、互いに社交辞令を交わしている。
その中央に、王女セシリアの姿があった。淡い水色のドレスに身を包み、胸の内を押し殺しながら微笑んでいる。
――だが、その手は小刻みに震えていた。
「姫様、本日の目玉は、姫様自らお作りになった料理でございます」
侍従長が高らかに告げると、会場がざわめいた。
王女の手料理を披露するなど、前代未聞。貴族たちは驚き、興味と不安の入り混じった視線を向けた。
セシリアの心臓は耳元で鳴り響く。
今日のために、彼女は何度も練習を重ねた。卵焼きから始まり、スープやパイへと挑戦し、ようやく人に出せると自信を持てるまでになった。
けれど、この場で失敗すれば――王女の威信を失う。そんな恐怖が胸を締めつけた。
料理が運ばれてくる。
皿の上には、黄金色に焼き上がった鶏肉のローストと、付け合わせの野菜のグラッセ。味付けはまだ拙いかもしれないが、見た目は十分に整っていた。
セシリアは深呼吸をし、視線を送った。
そこに立つのは、いつもの毒見役――青年騎士レオン。
「……どうぞ」
震える声で差し出すと、レオンは一礼し、堂々と皿を受け取った。
人々の視線が一斉に彼に注がれる。王女の料理を最初に食すのは、彼の任務。失敗作であろうと、毒入りであろうと、彼が口にするのが定められた役割。
レオンはゆっくりと鶏肉を切り分け、口に運んだ。
――静寂。
数瞬の間、会場全体が息を止めていた。
やがて、彼は顔を上げ、はっきりと告げた。
「姫様の料理なら、どんな味でも……私は食べます」
堂々とした声が大広間に響き渡った。
一瞬、時が止まり――次いで、ざわめきが爆発した。
「なんと……!」「あの騎士め……」「王女の料理を称賛するとは……」
貴族たちの声が交錯する。だがセシリアには、その全てが遠くに感じられた。
胸の奥で、熱いものが広がっていく。
彼は笑ってごまかさなかった。曖昧な言葉ではなく、誠実に、堂々と口にした。
――「姫様の料理だから食べる」。
その一言は、政略の思惑も身分の差も超えて、彼女の心をまっすぐに貫いた。
セシリアははっとした。
自分は、この人を好きなのだ。
これ以上ないほどはっきりと、胸に刻まれた。
だが、宴が終わった後、現実は容赦なく彼女を突き落とした。
人気の少ない回廊で、セシリアはレオンに声をかけた。
「……先ほどの言葉、本気でしたの?」
レオンは一瞬ためらい、だが真っ直ぐに答えた。
「ええ。私は騎士として、姫様のお側に仕えております。どんな料理であれ、喜んで口にいたします」
その言葉に、セシリアの胸は高鳴った。けれど同時に、冷たい現実が突きつけられる。
彼は「毒見役として」そう言ったのだ。個人としてではない。
彼女が聞きたかったのは、違う。
――でも、望んではいけない。自分は王女、彼はただの騎士。
身分という壁が、二人の間に立ちふさがっていた。
その夜、セシリアは寝台に伏しながら涙を流した。
「彼と過ごす時間が、こんなに愛おしいのに……どうして、わたくしは王女なのかしら」
心からの嘆きは、誰にも届かない。
一方でレオンもまた、騎士寮の一室で剣を磨きながら、胸の内を押さえ込んでいた。
――本当は、彼女に惹かれている。笑顔を見るたびに、料理を差し出す手を見るたびに、胸が痛む。
けれど、それを表に出すことは許されない。
騎士としての誇りと義務が、彼の口を閉ざした。
数日後。王宮の大広間にて、正式に婚礼の日取りが発表された。
来月の満月の夜、隣国の王子とセシリアが結ばれる、と。
その知らせを聞いた瞬間、セシリアの視界は揺れた。
――終わってしまう。
レオンと過ごした時間も、笑い合った日々も、すべて幻のように消えてしまう。
絶望に包まれた姫の瞳に、涙が静かに滲んでいった。
婚礼を明日に控えた夜。
王宮の廊下は静まり返り、灯された燭台の炎が揺らめいていた。
その奥、誰もいない小さな料理部屋に、王女セシリアの姿があった。
純白の夜着にエプロンをかけ、震える手で野菜を刻んでいる。
「……これで、最後だから」
彼女の瞳には決意が宿っていた。
政略結婚は明日。もう後戻りはできない。
だからせめて――最後にもう一度だけ、あの人のために料理を作りたかった。
毒見役としてではなく、一人の女性として、彼に食べてもらいたかった。
手元は相変わらず危うく、塩加減も少し強い。決して完璧ではない。
けれど、鍋の中にこもるのは彼女の真心だった。
やがて小さなテーブルに、一皿のスープが置かれる。黄金色の光を帯びた、温かな一品。
扉が軋み、青年騎士レオンが姿を現した。
「姫様、こんな時間に……」
驚く彼に、セシリアは少しだけ笑みを浮かべた。
「これが……最後ですの。どうか、召し上がって」
レオンは言葉を失いながらも、深く一礼して席についた。
匙を手に取り、そっとスープを口に含む。
――その瞬間、彼の瞳が潤んだ。
味は素朴で、少ししょっぱい。決して豪華ではない。
だが、温かさが胸に沁み渡る。彼女の努力と想いが、その一口にすべて込められていた。
「……美味しい」
彼は低く、震える声で言った。
「俺は、この味が好きです。姫様の想いがこもっているから」
涙を堪えきれず、頬を伝う。
それを見たセシリアもまた、胸の奥が熱くなり、堰を切ったように言葉を吐き出した。
「わたくし……あなたが好きです、レオン。政略も、身分も関係ない。わたくしは、ただ、あなたと共に食卓を囲みたい」
互いの想いが重なり合った瞬間、二人の距離は自然と縮まり、静かな抱擁へと至った。
――すれ違い続けた心が、ようやく一つになった。
翌朝。
大広間には国王、王妃、重臣、そして隣国の使節が集っていた。婚礼の儀のための荘厳な空気が漂う。
その中で、セシリアは一歩進み出た。
「父上……わたくしは、この婚姻を受け入れられません」
大広間が騒然となる。
国王の眉が険しく寄せられた。
「セシリア、これは国のための婚姻だぞ」
「承知しております。けれど、国のために命を懸け、誠実に仕える者を、わたくしは見捨てられません。レオンは、どんな失敗作であっても、わたくしの料理を真心として受け止めてくれました。そんな彼と共に生きることが……わたくしの幸せです」
その言葉に、会場は再びざわめいた。
レオンは跪き、深く頭を垂れる。
「王よ。私は卑しい庶民の出でございます。ですが、姫様の御心を支え続けることなら、誰よりもできます。どうか……」
沈黙。
やがて国王は大きく息を吐き、厳しい表情を崩した。
「誠実な騎士よ。セシリアを泣かせぬと誓えるか?」
「はい。命に代えても」
その答えに、国王はゆるりと頷いた。
「ならば、この婚姻は取りやめだ。セシリア、お前の意思を尊重しよう」
その瞬間、セシリアの瞳に涙が溢れた。レオンと視線を交わし、二人は小さく頷き合った。
――数か月後。
小さな離れ屋の食卓に、二人の姿があった。
セシリアは相変わらず卵を焦がし、スープを少ししょっぱくしてしまう。
だが、レオンは嬉しそうに匙を口に運び、笑う。
「やっぱり、この味が一番ですね」
「もう……本当に不味くても、そう言いますのね」
二人は顔を見合わせ、声をあげて笑った。
そこには王女と騎士ではなく、一組の夫婦がいた。
たとえ料理が失敗でも、共に食べれば幸せの味に変わる――。
そうして、二人の物語は「食卓」という小さな舞台で、永遠に続いていくのだった。
よろしければ、評価いただきますと嬉しいです。