少女エリカの秘密
突然エリカの口から発せられた言葉に、
中年男は耳を疑った。
「私が死んでいる?
冗談にしては笑えないな。
子供のうちから大人をからかうものじゃない」
男は少し焦りながらも、
ここは大人としての態度をと心がけた。
「ウソじゃないって。
あたしこんなチャラい格好してるけど、
これだけは本当だから!
まあ、信じる信じないは自由だけど」
男はどうしても信じられなかった。
そりゃそうだろう。
会って間もない少女に、
いきなり死んでいるといわれたのだから。
でも、100パーセント信じていないわけではなかった。
いきなり知らない街の真ん中に立っていたこと。
誰に話しかけても無視をされること。
こんなたくさんの人が行き交う街の中心で、
突っ立っているというのにぶつからないこと。
男が死んでいるとすれば、
この不思議な点も全て辻褄があう。
そして、エリカの表情は真剣で、
男の目をまっすぐに見ていた。
「本当のことを告げる時は、
相手の目をまっすぐに見なさい」
男は昔、母親にそう教わった。
後に生まれてきた娘にもそう教えた。
「本当なのか?」
男がそう問うと、エリカは頷いた。
「おっさんはもう死んでるの。
だから、話しかけても聞こえないし、
街のど真ん中にぼーっと立ってても
誰ともぶつかったりはしない」
エリカはそう言った。
男はそうなのかと納得をしたが、
死んだ記憶はない。
それもそうだろう。
死んだのを自覚している人間が、
時間になって遅刻だと慌てるだろうか。
「よく思い出してごらん。
絶対、覚えているはずだから」
エリカにそう言われて、
男は目を閉じて記憶を巡った。
確か、住んでいたのは田舎の方。
今日から東京に出張予定で、
今日は早くに起きた。
朝ごはんを食べて出かける直前、
小学生になる娘に見送られた。
その後、電車に乗ろうとしたとき、
怪我をした子猫が線路の真ん中に居て、
すぐそばに電車が来てしまって・・・。
底まで思い出して、
男はようやく自分の死を認めた。
「私はあのとき電車にはねられて死んだ。
でも、気づかずにそのまま電車に乗り、
この東京に来てしまったのか」
全てを思い出した男の話を聞いて、
「おっさんらしい死に方だね」
とエリカは微笑んだ。
それは、さっきまでのギャルのような
キツイ笑い顔ではなくて、
優しい心からの微笑だった。
「でも君は何故、わたしが見える?
何故私と喋っていられる?」
今の状況からしたら、
普通に浮かんでくる疑問だった。
「あたしもね、死んでるからさ。
でもあたしは、おっさんみたいに
ヒーロー的な死に方じゃないし、
病気でもなかった。
だから罰を受けて、
案内人をやらせられてんの」
エリカは寂しげな表情で言った。
今までの表情は強がっていたのか、
それとも同情を誘っていたのか・・・。
男には全く分からなかった。
「君は何故死んだんだ?」
男が問うと、エリカは淡々と語り始めた。
「あたしさ、自分で言うのもなんだけど、
ダチとか結構多くてさ、
一応彼氏もいたんだよ。
あたしがこんなんだから、
ダチも彼氏もチャラかったんだけどね・・・」
エリカは無理に明るい声を作って話した。
でも、チャラい格好をしていると、
もっとチャラいヤツらに絡まれることも
少なくは無かった。
ケンカもたまにしていた。
そして、その日もケンカになって、
エリカはひどい怪我を負わされて、
病院へ運ばれた。
母親から言われた言葉。
「あんたなんか家族の恥。
どうしてこんなんになっちゃったの!?
もう退院しても帰ってこなくていいから」
その言葉にショックを受けたエリカは、
近くにあった医療機器で
とにかく自分を傷つけまくって、
自殺をしたと話した。
「ね、カッコ悪いっしょ」
エリカの顔は笑っていたけれど、
心では泣いているようだった。
男はなんと声をかけていいのか分からなかった。
「人って死んだらどこに行くか知ってる?」
突然のエリカの言葉に、男は少し考え込んだ。
そういえば、幼い頃に聞いた気がする。
病気で何度も死にそうになった男の祖母が、
「花畑の中に川があって、
そこに橋がかけてあった」
と話してくれていた。
「花畑・・・なのか?」
男が自信なさげに答えると、
エリカは半分正解と言ってウインクをした。
「半分は正解だけど、
それはいい事をした人だけ。
悪いことをした人は、地獄。
聞いたことくらいあるでしょ?」
男は頷いた。
色々な小説やドラマ、アニメ、
そして絵にも描かれている。
でも、本当の世界は誰も見たことが無い。
「おっさんは大丈夫、花畑いけるよ。
地獄は、人を殺したり、
刑務所入りな事やってた人。
さて、あたしはどこにいくでしょうか?」
エリカの全てを見てきたわけではないが、
きっと刑務所入りまではしていないと思った。
けれど、自殺と言う自分を殺す罪をしている。
「あたしみたいなのは真ん中。
つまり、花畑にも地獄にもいけず、
かといって生き返ることも出来ず、
おっさんみたいに迷える霊を
導く案内人をやんなきゃいけないの」
そして、決められた分だけ
迷える霊たちにいい事をしなければ、
生まれ変わることも出来ないという。
「君は、どのくらい前から案内人を?」
男が聞くと、エリカは結構前からと答えた。
そして、指をパチッと鳴らすと、
空からハシゴのようなものがするすると降りてきた。
「おっさん、これに乗っていきな。
生前いい事をした人は、
また人間に生まれ変われる。
悪いことをした人は、
動物に生まれ変わる。
おっさんなら、
またメタボに生まれられるよ」
そう言ってエリカは高らかに笑った。
けれど男は、笑ったときに細くなる
エリカの目尻に涙が浮かんでいるのを見つけた。
「君は、ここで色々な霊を助ければ
花畑にいけると言ったね?」
男は風の中そう叫んだ。
「私も感謝したよ。
君に逢えてよかった。
今度はちゃんとした生きてる世界で会おう。
生まれ変わったら、もう自殺なんか
絶対にするんじゃないぞ」
男は必死でそう叫んだ。
自分でも何故必死になっているのか分からなかった。
「そんな事言ってくれたの、おっさんだけだよ。
サンキュー、おっさん。
じゃあ、お幸せにね」
エリカはそう言って、
男をハシゴに登らせた。
男がハシゴに手をかけて一段あがると、
ハシゴはするすると上に戻っていこうとした。
「本当にありがとう。
また生きている世界で会うのを
楽しみにしている!」
男はそう言うと、遙遠い雲の中に
吸い込まれるように消えていった。