第9話 システムX
「AIの進歩によって、研究が一気に進んだからだ。かつて人類が月を目指して競争した様に、異世界を見つけることに各国は投資をした。投資の理由は、いつも同じだ。新しい資源を求めてだ。大航海時代しかり、宇宙開発事業しかりね。で、その投資がAIのシンギュラリティを早めたんだ」
「シ、シンギュラなんでしたっけ? 何ですか、それ」
「シンギュラリティとは技術的特異点と呼ばれるもので、AIが人間の脳を追い越すとされる分岐点だ。人間よりも賢いAIが誕生する時と言えばわかりやすいかな」
クロスは、乾きを癒すためにコーヒーを一口飲んだ。最後の一口だったらしい。おかわりを入れようと立ち上がった。
彼のおかわりが準備されるまで、しばし待つ。カタリナは自分の分を一口飲んだ。戻ってきたクロスが椅子に座り、話を続ける。
「人間よりも賢いAIは、様々な分野で活躍した。異なる分野のAI同士が対話することでさらなる進歩、いや進化が促されてきた。そして、2033年頃、発見されたんだ。次元の歪みの奥にネットワークを介して、神がいることを」
「カミって、神様のことですか?」
「ああ、そうだよ。今は、それのことをシステムXと呼んでいる。神としてしまうと、宗教的な問題が起きるからね。異世界転生や異世界転移を処理するシステムが存在したとなった」
クロスさんの心の色は落ち着いた青系で、嘘の色も出ていない。
カタリナは、なんだか唐突には信じられなかった。でも、思い返してみれば、そのシステムX、つまり神様と遭遇していた。こっちの世界ではなく、あちらの世界に転生させられたのだから。随分前のことだが、記憶が鮮明に蘇ってきた。
――あなたに、新しい身体と特別な力を授けましょう。
そうして、スキル『心が触れた色』を授かり、ハーフエルフの赤子として生を受けたのだ。種族や性別など選べることはなかった。特殊なスキルも、ランダムなのかすらわからない。少なくとも自ら選択することはできなかった。
「カタリナさんがこっちの世界で仕事ができるのも、そのシステムXの存在があるからだ」
そのとおりだった。カタリナは、向こうの世界からこちらの世界へ、異世界転移している。就労ビザを発行してもらって、外国で働いているようなものだ。
「今は、異世界転移では、スキルというのは付与されないのですよね?」
「ああ、前にも言ったとおり、スキル付与を取り除くことで、期間を設定して安全に戻って来れるようにしているんだ。異世界転移する人全員に、『時限付き強制帰還』のスキルが付与されていると捉えると分かりやすいかもね。海外旅行に行く感覚なのは否めない」
「ということは、昔はその異世界転移でも元の世界に戻ることはできなかったのですか?」
「ああ、そのとおりだよ。特殊なスキルを授かりはするけれど、大抵は向こうの世界で生涯を終えることが多かったらしい。でも、苦労してこちらの世界に戻ってきた人もいる。もちろん簡単ではないけれどね」
「以前から、異世界から戻ってきたと公言する人もいたのですか?」
カタリナは、今の自分がそうだから気になった。姿かたちは変わってしまったけれど。
「そりゃいたよ。でも、大抵は信じてもらえなかったのではないかな。今とは違うからね。その経験を元に、マンガや小説にして、リアルなフィクションを作っていたなんて噂もある。崇拝するゲームメーカーの新作ハードのために無理やり戻ってきた人のマンガやアニメ、異世界を空手の強さで無双して帰還した人の小説などは話題になったね。なかなか確かめようがないし、立証するのも難しいだろうな」
今は転生・転移は管理されているので、証明可能なのだろうと推測したが、カタリナはそれよりも気になっていることを質問する。
「その……今、異世界転生の事務処理が可能になっているということは、神様、いや、えっとシステムXを制御しているということですか?」
カタリナは、核心を知りたくなったのだ。
「ああ、オプトシステムの開発によって、システムXつまり神様との対話、制御が可能になった」
クロスは答えてくれたが、また知らない単語が出てきた。もうちょっと聴きたいと思ったが、定時のチャイムが事務所に鳴り響く。
毎日思うけれど、これがかなり古くさい。お役所づとめなのだと痛感する。
「おっと、すまない。今日は予定があるので、この話の続きはまたの機会にしよう」
そう言うと、クロスは手際良く退社の支度をして、エレベーターへと向かっていった。カタリナももう上がろうと思った時に、気になることが頭に浮かんだ。
彼は、こっちの世界に異世界転生や転移をした人だったりするのかなと。ごく普通の日本人に見えるけれど。ここの仕事は、なんとなく一般の社会人が就く仕事ではないだろうなと思ったからだった。少なくとも異世界ファンタジーには明るそうだ。おすすめのマンガやアニメを聞いてみようかなと思った。