第8話 二つで一つ
「クロスさんは、このスコアの仕組みをどう思っているのですか?」
「ん? ああ、俺の考えを聞きたいのか。うーん、そうだな。異世界転生管理システム、通称、オプトシステムと呼ばれるものがあるんだけれど、それが世界同士のバランスを歪めていると思うよ。自然なものに人工的な管理を加えたことで、歪んでいるのではというのが俺の意見かな。歪みが破滅的な何かを産み出さないか、気になっている」
クロスは真剣な顔つきで答えてくれた。冷静な青色の心。そこに怒りの赤は混じったままだ。でも、抽象度の高い答えで、カタリナの知らない言葉も出てきた。わかったようで、わからない。
オプトシステムって何だろう。とカタリナは思った。
「あ、もうこんな時間か。今日はお開きにしよう。もちろん歓迎会だから俺の奢りだよ」
もうちょっと話を聞きたかったが、カタリナは今日のところはいろいろと聞けて十分だと思った。
まだまだ知りたいことがある。同僚なのだ、聴く機会もあるだろう。
奢りだと言っていたのに、支払いの時にきちんと領収書に「転生・転移管理事務所」と記名してもらっているのを、カタリナは見逃さなかった。
外に出ると夜風が冷たかった。酔ってほてった顔には心地よかった。
*
異世界転生の希望者が多いのは、三月だそうだ。
カタリナは、確かに忙しかったと思う。いや、一日の大半は申請者との面接がスケジュールされているので、ほとんど残業とならない定時退社の職場だ。
勤務時間内に一件一件をきちんと丁寧に対応をしようとがんばっていたから、忙しい印象だった。仕事にも慣れて、こなしていく感覚が心地よかった。
ただ、申請が通らず、がっかりする顔を見るのは辛かった。そして、合格者が異世界転生の説明を聴いて深く悩む姿を、少し羨ましいとも思った。カタリナはあの時、問答無用で転生させられたのだから。
四月に入った。お役所仕事だから、新年度に入ったことになる。
クロスは、何かとオンライン会議が入るらしく、事務処理はカタリナが粛々とこなしていった。管理職というのは大変そうだなと思った。
卒業シーズンの三月とは違い四月は、新生活が始まる時期だ。異世界転生の申請は少なくなるらしい。
多くの人は、新生活に慣れるのに精一杯なのだろう。仕事の合間にクロスが端末で月ごとの申請者数の推移を見せてくれた。
そして、ひさしぶりにクロスが勤務時間中に時間を取ってくれた。いわゆる個人面談だ。部下に対して、仕事やキャリアの悩みとか自由に話して良い機会を作らなければいけないらしい。やっぱり大変そうだな、管理職。
でも、カタリナにとっては、異世界転生について学べる機会だった。大いに利用しなくては。
「今日の分の事務処理、お疲れ様。それじゃ、個人面談をはじめようか」
そう言って、クロスはコーヒーを注いだカップを渡してくれた。彼はコーヒーにこだわりがあるらしい。湯気とともに良い香りが漂よう。
「はい。お願いします。えっと、仕事は慣れてきたなと思います。定時に上がれるのも嬉しいです」
「そうだね。もう一人前と言ってもいいくらいだ。しっかり仕事ができていると思うよ」
クロスに言われて嬉しかった。心の色も嘘をついている様子はない。
「でも、ですね。私は、異世界転生がお役所仕事を介して行われるようになった経緯をよく知らないんですよ。今日はそれを聴きたいと思っています」
カタリナは、以前に異世界転生しハーフエルフの姿になった。その当時は、こんなシステムや業務なんてなかった。唐突に事故に遭い、死んで、目が覚めたら、知らない世界だったのだ。いや、正確にはアニメやマンガ、ゲームで馴染みがあるファンタジーの世界に入り込んでいた。
「では、どうやってこの仕事が生まれたのか。歴史的なことを話そう。この申請業務が運用され始めたのが、約二年前の西暦2038年だ。各国に申請業務の窓口が主に国の管轄で作られた。もちろん申請管理をするシステムもだ。といっても先んじたのは、アメリカ、インド、中国、EUだったかな。日本は法整備が遅れて一年後の2039年からだ」
そういってクロスは、コーヒーカップを持った手で端末とディスプレイを指す。カタリナはうなづく。
「その西暦2038年から遡ること八年前、2030年頃、異世界が存在する可能性を示唆する論文が発表された。それもきちんと由緒ある、権威ある大学や有名な研究機関からだった。複数の分野で同時に出てきたらしい」
カタリナは、興味深く感じた。異世界転生はマンガやアニメの世界では至極お約束の世界観だ。それに追いつくように、科学論文が出たのだ。
「当時は、AIが普及しあらゆる分野で使われ出していたから、誰かによる陰謀論みたいな疑惑もあったらしい。でも、学者たちの中には、納得する者も一部にいたらしい」
「どうしてですか?」
「世界の成り立ちに、その方がしっくりくるということだった。世の中を見渡した時、『二つで一つ』と見なされる仕組みが多いんだ。だから異世界がないとするよりもある方がバランスが良いと、学者たちは直感的に思っていたということだ」
カタリナは、首を傾げてイメージがわかないと訴えた。
「たとえば、昼と夜。太陽と月。男と女。時間と空間。脳とAI。いろいろなものが対になっているだろう? つまりはこの世界に対して、もうひとつの世界があってもおかしくないということさ。面白いことに、遺伝子を保存しておくDNAも、二重螺旋構造をしているんだ。二つの鎖が連なって螺旋構造を取っている。遺伝子が発現する時はそれがほどける。当たり前のように世の中には『二つで一つ』という捉え方ができる概念もたくさん存在している。外見よりも内面を重視するとか言うでしょ」
「言われてみれば、そういうものが世界を構成している感じがします。でも、異世界の存在はどうやって証明、いや発見されたのですか?」






