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勇者の十字架  作者: 凪野 晴
第一章
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第7話 合格点

「差別的とは勘が鋭いな。グレードは、こっちの世界での社会的評価や評判を係数にしたものだ。具体的には、そうだなぁ。どんな職業に就いているか、大企業か中小企業といった勤め先がどこか、部長か平社員といった役職は何か、良家の家柄かなどを元に算出される係数だ。SNSや動画配信のフォロワー数が多いと、グレードも高くなるかな」


「つまり、重要人物度合いってことですか?」


 スペック値の評価も気に入らないところがあったが、グレードもちょっといただけない印象を持った。


「そうだよ。なので、同じ年齢で頭の良さが同程度でも、生まれた家柄でグレードに差がついてしまう。そして、結果としてスコアが変わるわけだ。当然、良い家柄に生まれたら、グレードが良くなるわけだ」


 ふと、係数はどの範囲になるのか気になったので、カタリナは聞いてみた。


 そして、おでんを忘れずに注文する。クロスは、ここにきてサラダを注文した。やはり健康志向なのだろうか。


「で、グレードの係数の範囲だけど、小数点二桁までで表現される。整数値は十を越えるところは見たことないな」


 なんとなくわかったところで、肝心のことを探っていこうとカタリナは思った。


 待つことなく届いた熱々のおでん。その大根を箸で切り、少しでも早く冷まそうとしながら問いかけた。


「異世界転生のスコアって、三千以上あれば合格ですか?」


 クロスの顔を見て、答えを求める。


「んー、半分正解だな」


「どういうことですか?」


 クロスは、グレープフルーツジュースを飲み終わったグラスを傾けながら言った。グラスに残っている氷がわずかな音を立てた。


「合格の範囲は、スコアが三千以上、七千以下だ」


 ということは、九千近いスコアだった天道院は当然、不合格だったわけだ。でも、新たな疑問が湧いてくる。どうして合格範囲があるのか。スコアが一定数以上だったら、全員合格にしても良いのではないか。


 いや、待って。待って。もっと根本的な疑問がある。カタリナはそれを口にする。


「そもそも異世界転生に、どうして()()()()()()()()が必要なのですか?」


 クロスすぐに答えてはくれなかった。テーブルにある端末から、おかわりのグレープフルーツジュースを注文して、カタリナにも「何か頼む?」と聞いてきた。ハイボールをお願いした。追加のつまみとして枝豆も注文した様だ。やはりクロスの健康志向疑惑が深まる。


「スコアができたのは、もちろん理由がある。元世界と異世界の交流が始まったからというのが根本にある」


「それって、どういうことですか?」


「転生や転移は、例えるなら人材の行き来だ。チーム、会社、国、どんな組織でも優秀な人材は確保しておきたい。つまり、隣の世界に行かせるなんてしたくない。こっちの世界で活躍してほしい。そういうエゴが働いているのさ。異世界転生は、例えるならカット&ペーストだ。こちらの世界からいなくなって、向こうにいくわけだからね。損失をだしたくないというエゴだよ。そして隣が得をするのは嫌だというエゴでもあるね」


「あ、そうか。グレードが良いってのは、家柄、役職、フォロワー数などで高い係数になる。みんなに認められているってことですもんね。評判が良い。つまりこの世界で必要とされている」


「そのとおり。そして、スペックはその本人の才能を評価している。優秀で皆から認められているような人物はハイスコアを記録する。上限の七千を越える。優秀で必要な人材だから転生なんてさせない。こっちで役立ってくれ。そういうことだ」


「でも、クロスさん、異世界転生をなんかこう気楽にできるカット&ペーストに例えるのはどうかと思いますよ」とつっこんだ。


 カタリナは、話しているクロスに、ふと怒りの赤を見た。スコアのことを快く思っていないのだろう。でも、どうしてだろう。


 聞いてみたいけれど、スキルで心の色が見えることは、絶対に秘密だ。いまはそれよりも、スコアのことをもう少しはっきりとさせたい。理解したい。


「ハイスコアの人は、異世界転移の期間も短い。それは、向こうの世界で事故など危険な目にあって命を落とすリスクを下げるためですね」


 カタリナは、クロスに確認する。彼は、無言でうなづいた。


 ただの事務職だと思っていた仕事の裏に、人間の、世界のエゴが見える。異世界へと開いた扉を閉じようとする、自由を束縛する何かがあると感じた。


「じゃ、スコアが三千以下の判定が出た場合も、転生ができない理由はわかるかい?」


 クロスが、クイズのように問いかけてきた。ここにも、国と国、組織と組織の交流のように、何かしら思惑が組み込まれているのだろう。


 氷で冷えたハイボール、そのグラスに結露した水滴を手のひらで拭いながら、考える。ひとつだけ思いついた。


「クレームにならないためでしょうか?」


 クロスがその答えを聞いて、眉を上げ、口元がニヤリとした。心の色も黄色。つまり喜んでいる。正解したようだ。


「もうちょっと具体的に」とクロスが促してきた。


「えっと、スコアが三千以下というのは、スペックが低い。おそらくグレード係数も低いということです。つまり、優れた才能が認められない。そして、こちらの世界での評判が良くない。社会に適応できていない可能性もあるかもしれません」


 クロスの心の色は変わらない。推測は正解のようだ。もっと続ける。


「仮にそのような人間を異世界に送ることは、こっちの世界には大きな影響はないでしょう。こっちの世界では異世界に送り出すことに何も抵抗ないかもしれません。でも、それはできないことになっている。つまり、人材を受け入れる側、異世界側からすると、役に立たない人材を送ってくれるな、迷惑だということですね」


「……見事だ。正解だよ。もうわかったと思うけど、二つの世界のバランスを保つためという大義名分が表向きにはあるけれど、裏側は政治的な駆け引きがシステムに実装されているということさ」


 クロスの心の色は黄色。でも、怒りの赤が混じって見える。もう少し踏み込んで聞いてみよう。カタリナはハイボールのグラスをあおった。

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