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勇者の十字架  作者: 凪野 晴
第三章

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第55話 三つの始まり

 カタリナたちは、ミュートロギアの神樹でミコトの魂を見送った後、王都に数日かけて帰還した。


 リーゼの屋敷で、四人でのささやかな祝杯をあげたのだった。王都への帰り道やその祝杯の場で、カタリナは、あちらの世界でのクロスの仕事などをリーゼに話した。オプトシステムによる仕組みの制限によって、苦労した点も含めてだ。


 リーゼは、その話を聴いた後、告げた。


「……良くわかりました。少し考えがあります」


 カタリナは、そう言ったリーゼから静かな覇気を感じたのだった。



 異世界転移の終了期限までは、王都で過ごした。観光もしたが、レンはリーゼとヴィルヘルムに何か相談事をしていたようだった。


 *


 リーゼ、ヴィルヘルムに見送ってもらい、カタリナとレンは無事に女神ヶ丘病院のベッドで目覚める。


 クロスが出迎えてくれた。


 起きてすぐに、レンは同病院でリハビリ中のミコトに会いに行く。カタリナとクロスも付いて行った。


 レンとミコトが病室で会えたことを、病室の入口で確認する。二人は何かを話した後、レンはミコトの頭を撫でていた。


「二人きりにさせてあげよう」


 クロスは、静かにその病室のドアを閉める。彼の心は喜びの黄色だった。


「カタリナさん、ありがとう。君がいたから、上手くいったと思う」


 そう言って、クロスは病院の廊下で頭を下げた。


「いいえ、とんでもない。お役に立てて、光栄でした」


 カタリナもお辞儀をする。この異世界転生に関わる仕事に就けたことが、あらためて嬉しかった。


「そうだ。クロスさん、たまにはビール飲みましょうよ。最初の一杯は、私が奢りますよ」


「お、それ、いいね。お言葉に甘えようかな」


 日が沈んだ帰り道、二人は女神ヶ丘駅の居酒屋で、祝杯をあげた。


 *


 カタリナとレンが戻ってきて、すぐ、クロスは遅めで長めの夏季休暇を取った。異世界転移し、リーゼに会いにいくためだ。女王継承の戴冠式にも出席するためでもあった。


 事務所の仕事は、カタリナとレンに任された。慣れた二人は問題なく業務をこなしたのだった。


 *


 九月に入った。


 霞ヶ関の雑居ビルにある転生・転移管理事務所では、大きな三つの出来事があった。


 一つ目は、事務所の従業員見習いのレンが、本採用を前に退職を決めたことだ。


 彼の中で、今回の一件で思うところがあったのだろう。新しいビジネスを始めたいとのことだった。具体的には、異世界旅行代理店のサービスを立ち上げようとしていた。


 役所として、転生・転移管理事務所が機能している。しかし、相互に転移者をより良く受け入れるには、民間のサービスがあった方が良いと考えたようだ。異世界旅行代理店の従業員は、スコアに関係なく業務として異世界転移できるようにしようとしているそうだ。


 すでに政治家などが持つ既得利権を狙うのではなく、新たに作ろうとするところが彼らしいなと、カタリナは思った。

 

 国からしてみれば、国賓として異世界の要人をお迎えしたり、はたまた異世界に赴く際に外交官をフォローしたりと、民間サービスは必要と判断。容認されていく方向のようだ。異世界の某国からの提案と要請もあったそうだ。確かめてはいないが、できる男の根回しがあったのではと、カタリナは感じた。



 二つ目の出来事は、ミコトが転生・転移管理事務所に見習いで就職することになったことだ。

 

 レンと入れ替わる形だ。クロスが苦労して取った予算もあるので、人件費の枠はある。ミコトは異世界での経験もあるため、管理事務所の業務に適正も高い。三つ目の出来事にも関係するが、事務所の要員が不足する見込みだったので、即採用が決まったのだった。


 カタリナは、ミコトと一緒に働けることが素直に嬉しかった。


 ミコトとリーゼ、二人ともすごいなと、カタリナは思っていた。誰かを好きになるということ。その強さに憧れた。エルフである母はどうして寿命差がわかっていたのに、人間である父と恋に落ちたのだろう。今度、聞いてみたい。


 ランチでミコトの惚気話を聞きながら、そんなことを思った。



 三つ目の出来事は、クロスが事務所職員として、レグナ王国の王都にある転生・転移管理事務所に出向となったことだ。


 こっちの事務所のマネージャーも変わらず兼務という形らしい。大変そうだ。


 レグナ王国から日本国政府へ、互いの交流を親密にしたい相談があった動きが関係しているらしい。


 兼務が可能となった背景には、育休中の同僚さんの力ぞえがあった。オプトシステムを介して高品質な通信が行えるようになったのだ。チャットメッセージのやりとり、多人数での音声通話、ビデオ・オンライン会議も可能にまでなった。


 面白いのはこっちの世界では、パソコンや携帯端末などコンピュータを使うのだが、あっちの世界では魔法を使って同様のことを行うということだ。


 西暦2040年、リモートワークはこちらの世界では当たり前になっている。だが、世界を隔ててリモートワークをする人は稀だろう。


 クロスはいつでも最先端をいっていると、カタリナは思う。


 当の本人は、おそらく育休中の同僚に対して「余計なことを……」とため息混じりに言っていた。いつの世も管理職というのは大変そうだ。


 カタリナは、女王であるリーゼがクロスを絶対指名したんだろうなとも思った。


 なぜなら、クロスの出向就任が決まってすぐ、女王リーゼ・マリア・レグナは、日本の一般人男性と結婚を発表したのだから。

 

 このことに日本政府も驚き慌てたらしいが、結果的に異世界の大国のひとつであるレグナ王国と親密な外交ができるとあって、歓迎ムードになった。


 日本のワイドショーでは、女王の伴侶になった日本人男性を推測する話題で盛り上がっていた。


 事実を知っているカタリナは、ワイドショー番組での薄っぺらい推測の意見交換を苦笑しながら見てた。彼らは異世界の情報を得る術がないから、仕方ないのだ。


「いやー、日本とレグナ王国の親交が深まることを見越してさ。この二国間の異世界旅行が盛り上がるはずだと、ビジネスを始めたレン君、すごいよね!」


 ミコトは、鼻高々だった。


 彼女は髪をセミロングにした。スーツ姿に似合っている。髪色は茶色だ。


「レン君に、黒髪ロングと茶髪ショートボブ、どっちがいい? って迫ろうと思ったんだけどさ。『肩くらいまでのセミロングも似合いそうだね』って、先手打たれたんだよー」


 ミコトは、嬉しそうに嘆いていた。



 そんな中、カタリナ、ミコト、レンの元に、オプトシステムを介して、結婚式の招待状が届いた。十月十日に王都レグナレットで、リーゼとクロスの結婚式と披露宴が行われることになったのだった。


 もちろん、三人とも出席を予定している。とても楽しみだ。



 カタリナは、霞ヶ関の雑居ビルで、今日も自分の仕事をする。


 異世界転生申請の面接対応だ。頼りになるクロスはここにいないけれど、ミコトという後輩がいるから、堂々としなくては。


「高橋さん、先日にご申請いただいた異世界転生申請の結果をお伝えします。審査の結果、異世界転生は合格です。おめでとうございます。また、異世界転移を希望される場合、許可されるのは十泊十一日です。転生される場合は……」


 事務所の窓の外は、雲ひとつない秋晴れだ。

【作者より】

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


この後は、エクストラエピソードとして、カタリナ(1話分)、クロス(2話分)、それぞれのエンディングをご用意いたしました。


楽しんでいただければ、幸いです。

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