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勇者の十字架  作者: 凪野 晴
第一章
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第5話 翡翠のペンダント

 翌日の十一時。


 いよいよ、天道院蓮へ結果の通知を行う面接の時間だ。面接担当はクロスではなく、カタリナとなった。


 てっきり、彼が担当を買って出るかと思ったが、そうではなかったのだ。


「天道院さん、先月一月十一日にご申請いただいた異世界転生申請の結果をお伝えします。残念ながら転生は不合格です。転移を希望される場合、許可されるのは半日、つまり十二時間です。転移される場合は、許可されている期間内で、すでにご案内している AIフォームから日付と転移先をご指定して申請ください。なお、転移先は安全が保障されている場所がリスト表示されますので、そこから選択ください。なお、本結果は四ヶ月間保持されます。再度、転生申請が可能となるのは五月十一日以降となります。よろしいでしょうか?」


 カタリナは、天道院の顔をディスプレイ越しに見た。写真でも整った顔を印象に持っていたが、対面すると二十代後半の好青年なのだと感じる。


 会った女性が彼に抱く第一印象は、概ね好意的なものになるだろう。清潔感があるさらさらとした髪、引き締まった身体、顔は整っているのに優しい印象だ。


「あの、お聞きしたいことがあります。身内の者が、異世界転生しているか知りたいのです。転生・転移管理事務所では、そういった情報は管理されていると思いますが、調べてもらうことは可能でしょうか?」


 天道院は、カタリナの顔を直視し、答えを待っている。


 困った。このような質問への回答、カタリナは持ち合わせていなかった。


 サブディスプレイから、ヘルプをあげる。面接の対話を記録しているAIが模範回答をサブディスプレイに投影してくれた。それを自然な印象になるように読み上げる。


「残念ですが、個人情報保護の観点から、ご親族だとしても異世界転生されたかは申し上げることはできません。ご了承ください」


「でも、身内に二年半以上、ずっと昏睡状態の人がいるんです。ずっと目を覚さないのです。身体の具合はどこも悪くないのに。ひょっとしたら、いやおそらく、異世界に居るのではと思って……」


 彼は、回答に満足せずに食い下がってくる。昨日、クロスから聞いた異世界転移の話を思い出してしまう。向こうの世界で何かあったから、戻れなくなったのかと。


 天道院から嘘の色は見えない。サブディスプレイのAIは、『回答できない旨を再度説明し面接を終了すること』を推奨とメッセージ表示している。


 いきなり、クロスから面接に同席したいというコールメッセージが来た。やはり彼は気にしていたのだ。食い下がってくる天道院の対処も任せた方がいいだろう。


 クロスの参加を許可する。


「お話の途中、すいません。回答できないのは、先ほどうちの者が伝えたとおりです。ご容赦ください。ところで、昏睡状態のご親族がなぜ異世界に居ると思われたのか。その根拠を教えていただけますか?」


 クロスは、低く安心するような声で尋ねた。


「昏睡状態の身内というのは、ぼくの彼女です。二年半以上、ずっと目を覚しません。医者は脳をはじめ身体に異常はない。だから、声をかけ続ければ、目を覚ますかもしれないと言ってます。それにしたがって、可能な限り彼女の病室へ通って声をかけてました。でも、半年前のある日、突然、彼女の左手にこれが握られていました。そしてメモがあったんです」


 そう言うと、天道院は胸元から大きな翡翠がついたペンダントを取り出して、クロスとカタリナに見せた。


「メモには、『虹色となるまで宝石を持ち、ミュートロギアの神樹に掲げなさい』とありました。ミュートロギアの神樹をネットで調べましたけど、何もわかりません。ネットで、異世界に行った人は異常がないのに寝たままになるって話を目にして……ひょっとして彼女は異世界にいるのでは? 助けに来るのを待っているのでは? と思ったんです。だから、考えた末、異世界転生を申請しました。異世界転移で、彼女を迎えにいくために。でも、異世界転移がたったの半日では、彼女を探す時間としては短すぎます……」


 天道院は、途方にくれた顔をして天井を見上げた。クロスが声をかけた。


「お話いただき、ありがとうございました。当管理事務所としては、そのお話についてプライバシーの保護、守秘義務をまずはお約束いたします。ひとつご確認したいのですが、先ほど見せていただいた宝石は緑色でした。虹色にはなっていないようですが、よろしいでしょうか」


「はい。翡翠の宝石は、彼女の手に握られていた時よりも輝きが強くなっていますが、虹色ではないと思います。ぼくが肌身離さず持っています」


 そう言うと、天道院は面接画面にいくつかの写真を並べた。


 毎週日曜日に同じ条件で、翡翠を写真に撮りつづけているそうだ。時系列に並べられた翡翠の写真は、時間が経つごとに輝きが強くなっていることが確認できた。


 魔法のような力が宿っている。そう感じたのもあって、異世界へ行くことを望んだと、天道院は告げた。


 カタリナは、天道院の心の色が落ち着いていることも確認した。何か力になってあげたいが、考えが浮かばない。


 でも、クロスは事務所としてできる限りの提案をした。


「詳しくお話いただき、ありがとうございます。異世界転生の申請は四ヶ月後にまた行うことができます。その翡翠が虹色に輝き出したら、再度申請されるのはいかがでしょうか。少し状況が変わって、異世界転移の期間が長くなるかもしれません。合否の仕組みはお伝えできませんが、申請者の状況によって変わるものであると、お考えいただければと思います」


 天道院は、わずかな希望をクロスの話に見出したようで、お礼と共に「また申請します」と残して通信を切った。


 この後、カタリナとクロスはそれぞれの仕事をこなした。やがて、先に仕事が終わったカタリナは、彼の仕事が終わるのを待っていた。いくつか聞きたいことがあったからだ。


 異世界転生の合否を決めるスコアとは?

 なぜ、合格ラインと思われる三千を越える高いスコアでも、不合格になるのか?

 天道院さんの彼女の身に起きていることは何か?

 そして、再申請を促していた根拠、すなわちスコアは変わるのか?


 あらためて整理すると、疑問だらけだった。

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