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8 真実の断片

 魂の転生について書かれた記述を辿る。


 “輪廻――死者となると神により魂の記憶は消去され、別の魂と融合し、数百年後に新たに生まれ変わる。”

 

(でも、オフィーリアの死後すぐにわたしは生まれているわ。この記述を信じるとしたら、やっぱり前世なんてものじゃないということ?)


 燭台の朧げな灯りの中、眉間にシワを寄せながら、ロザリーは更に目を滑らせ、ある箇所で止まった。


 “反環・反魂”

 魂の輪より抜け出すには、代償が必要。命には命を。術師の命を掛けることで、死者の魂を黄泉より呼び戻す――。


 走り書きのような断片的な記述だ。ロザリーは本を机の上に置いた。


(頭が痛くなりそう! 誰かがオフィーリアの転生を止めるために、彼女の魂を再びこの世に生み出すために、命を懸けて魔術を実行したの? 一体誰が、なんの目的でそんなことをしたのよ。自分の命を捨ててまで?

 魔術師のセオさんになら分かるかしら。でも突然前世なんて話をしたら変に思われてしまうだろうな)


 はあ、とため息が漏れてしまう。


「分からないことだらけだわ。わたし、そもそも頭がそんなに良くないもの」

 

 それに、オフィーリアの記憶を見て、そうしてロザリーとして目が覚めてから、一つ、気がついたことがある。アルフォンスと懇意にしていた令嬢の生家――オフィーリアが恋仲にあると思っていた彼女の出身の公爵家は、現在において没落しているのだ。罪状は、国家反逆罪だ。

 当時は大変な騒ぎになったようで、事件以降に物心が付いたロザリーのような世代ですら、知っていることだった。

 やはりそれも十七年前。

 王の目を盗み国の資金を横領し、それを敵国へ流していたらしい。華やかな暮らしの一方で、その公爵家は資金繰りに苦労していたという。だからこその犯行だった。

 結果として当主は獄中で死亡し、娘達は修道院へ、息子達は親族の下へ下働きで身を寄せる。アルフォンスが想いを寄せていたあの令嬢も、命こそあるものの、王都を追われ、当時のような地位にはいない。

 なぜ二人が現在結ばれていないのか、その理由が分かるようだった。


(だからあの方達はご結婚されなかったのね。不幸が襲ったんだわ)

 

 それに、夢の中で見たアルフォンスは病か何かで死にかけていた。今の彼は随分と健康そうに見えるし、病気の噂も聞いたことがない。あれほどまでに血を吐いて死に向かっているように見えたのに、すぐに瓦解したということか。


 過去と魔術と分かっている事実と分からない事実が混在する。


(ああもう! 頭がこんがらがりそう! わたしにどうしろって言うのよ、オフィーリア!)


 心の中で叫んでも、彼女からの返事は当然のようにない。幻として現れることも、半ば強制的に夢を見させることもしなかった。


(だけど、わたしがオフィーリア姫の生まれ変わりだということを、わたし自身がもう疑ってはいない。変な話だけど、確信している……)

 

 上手く言葉にはできないが、自分の前世が彼女であると直感していた。その上で、自分の身に何が起きているかを正確に見定めたかった。

 はあ、とため息を吐いた時だった。空いていた倉庫の扉から風が吹き込んだ。


(外の窓でも空いていたのかしら?)


 店の方を見たが、窓や扉が空いている様子はない。隙間風が入ってきたのだろうか、古い建物だし――と奇妙に思いながらも倉庫の扉をピタリと閉め、再び机に向き直る。そうして気がついた。

 今の風でページがめくれ上がったらしく、先程とは異なる場所が開かれていた。なんの気なしに目を遣ると、呪いをかける魔術についての記述がされたページのようだ。


 “呪具としての魂”


(……いちいち不穏な見出しだわ)


 そう思いながらも目を通す。


 ――禁術。対象の魂に毒を込め、呪具とする。呪う相手に近しいほどに性能が高まる。対価及び解除は呪具の生命。


(特に関係のない魔術ね)


 ロザリーはその本を閉じた。


 他の本にも何か記述があるかもしれないと、ロザリーは別の本を手に取り始めた。だが遂には目新しい情報もなく、その本のごくわずかな文章以外に、欲しい記述を見つけることはできずに、一睡もしないまま、夜が明けた。



 ◇◆◇


 

 舞踏会二日目。

 慣れないドレスは着付けに手間取る。身を寄せているハリス婦人の手を借りて、なんとか支度を整えた。鏡に写るロザリーを見たハリス婦人は、目を輝かせる。


「綺麗ねえ。美人が際立っているわ」


「よしてよハリスさん、お世辞はいらないわ」


「お世辞じゃないわ。ロザリーは本当に綺麗だもの。だからワイルズさんだって放っておかないでしょう?」


 クスクス笑う婦人に、ロザリーも微笑みで応じた。セオはあらゆる女性に声をかけているのだろうし、自分は綺麗ではない。人の良いハリス婦人には、若い娘は皆綺麗に映るだけだろう。


 きっと誰もが王の心を今日こそ射止めようと、昨日とは異なるドレスを着てくるだろうが、自分は昨日とまるで同じ格好だ。とはいえ目立つつもりはなかったから、都合は良かった。


(町娘には順当な姿だわ。まったく、誰がわたしを招待客のリストに入れたのか知らないけど、いい迷惑というものよ)


 舞踏会に行かなければ、オフィーリアの記憶が蘇ることだってきっとなかっただろう。

 それでも、ロザリーは会場に向かった。アルフォンスに行くと約束したこともあるが、何よりやはり、オフィーリアについて知りたい欲求が強かった。

 

(まだ全部は読めていないけど、魔導書から、あれ以上の収穫は得られなかった。王宮に行けば、またオフィーリアの記憶が見れるかもしれないわ)


 それがどんな真実であろうとも、確かめたい。


(オフィーリアがしでかした罪から、逃げるなということでもあるのかもしれないわ)


 そんな風にも考えた。

 自分本意に振る舞い命を落とした前世の罪を贖えと、そういう意味があるのかもしれない、と。

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