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7 探り始める

 体を激しく揺さぶられて、ロザリーは目を開いた。そうして思いの外、近くにあった他人の顔に悲鳴を上げる。


「わっ! きゃあ!」


「危ない!」


 勢い余ってベッドからずり落ちそうになったのを、セオが腕を掴み静止した。どうやら眠りこけ、セオに介抱されていたらしい。とんでもない粗相に、ロザリーの頬は赤く染まる。


「セオさん? やだ、わたし、どうしていたのかしら」


「踊っていたら突然あなたが倒れてしまって、空き部屋に連れてきました。医者は軽い貧血だろうとのことで、申し訳ありません、服を少し緩めさせていただきました」


 緩んだ胸元を見て、慌ててロザリーはシーツで体を隠した。自分の失態にいたたまれなくなる。


「ごめんなさい、きっと慣れない服で動いたからだわ。ご迷惑をおかけいたしました、もう大丈夫です」


 良かった、とセオは微笑み、そうして後方を振り返った。そこに三人目の人物がいることに、ロザリーはその時、初めて気がついた。彼は少し離れた壁に背をつけ、じっとこちらを覗っている。


「目覚めたようですよ」


 セオの明るい声色に、その人物は静かに答えた。


「見れば分かる」

 

 ロザリーは目を見張る。

 なぜならそこにいたのは王アルフォンス、その人であったからだ。先程の夢よりも当然ながら大人であるが、その表情は遥かに険しいものだった。苦労の陰が、彼の人生そのものに闇をもたらしているように思える。


「アルフォンス様?」


 しまった、と思った時には遅かった。

 目下の者が王の名を呼ぶ必要がある時、敬称として“陛下”と呼ぶのが相応しいが、ロザリーは気が動転してしまい、夢の中のオフィーリアと同じように、彼の名を呼んでしまった。だがアルフォンスは聞き流したようだ。

 

「あの庭園にいた者が倒れたと聞いて、様子を見に来た。回復したようで良かった」


 わざわざそのために、王直々に?

 ロザリーはますます困惑した。

 噂に聞くほどの冷徹さもなければ、オフィーリアに向けた激しい怒りもなかった。ロザリーはオフィーリアではないのだから、怒りなど向けようはないのではあるが。

 アルフォンスの宝石のように光る美しい瞳が、ロザリーを映している。ロザリーは、彼を見続けることができずに目を逸らした。


「わたし、帰らなくては。家族がきっと心配しています」


 身を寄せている老夫婦には、すぐに帰ると伝えて出てきてしまっていた。


「では馬車を用意させよう」


 アルフォンスが平然とそう言ってみせるのだから、ロザリーはますます焦る。家までそう離れてはいないのだし、ドレスは不慣れだが歩いて帰るつもりだった。馬車の金を払う持ち合わせもなければ、そんな大層なものに乗るつもりもない――。

 しかし結局は押し切られる形で、ロザリーは馬車を使うことになってしまった。そもそも王からの申し出を断っていいのかも分からなかった。

 ロザリーが身支度を整えるために、男二人は部屋を出ていく。その寸前で、アルフォンスは振り返った。

 

「明日も出席するのだろう?」


「はい」

 

 気がつけばそう答えていた。行くつもりだった自分にも、ロザリーは驚いていた。



 

 石畳の上を移動する車輪の不規則な揺れに身を任せながら、ロザリーは思う。


(陛下は、わたしのような平民にもお優しい方なんだわ)


 胸が苦しくなるのは、夢の中のオフィーリアと自分が同化してしまったからだろうか。オフィーリアはアルフォンスを最悪の形で裏切っていた。不安を感じ、ロザリーは顔を歪める。


(オフィーリア姫が、わたしに記憶を見せているの? 自分の死因を知って欲しくて? それとも、アルフォンス様を憎んでいるから――? ……オフィーリア、あなたは何を望んでいるの)


 夢の中で語りかけてきた彼女の声は切実で、何かを訴えるかのようだった。


(何を思い出せと言っているの? もうこれ以上は、こわい……)


 今はもうオフィーリアの幻影もなく、ロザリーは一人、膝の上で手を握った。体が震えるのは、夜の寒さだけではない。蘇った記憶があまりにも生々しく恐ろしいものであったから、耐えられなかった。どのみち、記憶の先に待っているのはオフィーリア姫の死だ。

 だが――とロザリーは思う。

 突然蘇った記憶の衝撃で考えることを後回しにしていたが、そもそも魂が別人として蘇るなどということが、あり得るのだろうか。


(前世……それについて書かれた魔導書が、お店にあったはずだわ)


 両親は本の蒐集家としての一面もあり、いつか買い手が付くかもしれないと集めた古今東西の魔導書や関連本が、今も店に眠っている。幼いころからその本を読んで育ったロザリーは、自身に魔力の才能は皆無であったものの、どの本にどのような記述があったかを大体覚えてしまっていた。


 自分の頭がおかしくなっていないと――あるいはおかしくなっていると証明するためにも、魔導書を探ってみる価値はあるはずだった。



 ◇◆◇



 ハリスというのが、ロザリーが身を寄せている老夫婦の名だ。両親の友人で、幼い頃からよく知る彼らはとても親切で、だからいつもロザリーは感謝をしていた。

 老夫婦に顔を見せ帰宅を告げると、帰りが遅いロザリーを心配しつつも、パーティを楽しんだのだと二人共納得したようで、追求はされない。

 今の暮らしに満足している。波風は立てたくなかった。


 夜中のうちに、ロザリーは店に向かった。夢を見るかもしれないと思うと恐ろしくて眠れる気もせず、そうであれば朝を待たずに本を調べようと思ったからだ。

 平素より在庫管理をしているロザリーにとって目的の文章を見つけ出すのにそう苦労はせず、数冊調べた後、倉庫の奥にある本に、その記述があるのを発見した。

 分厚い背表紙の革の本だ。相当古いものだが管理状態は悪くなく、古風な言い回しではあるものの、文字も意味も問題なく読むことができる。魔術の実践が書かれた魔導書というよりは、当時の高名な魔術師が得た知識を、弟子達が綴った本のようだ。


(どこまで真実が書いてあるかは眉唾ものだけど、何か手がかりにはなるかもしれない)


 望みを賭けて、ロザリーは本をめくり始めた。

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