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4 王と少女の邂逅

 見ると薔薇の庭園には先客がおり、少し離れた椅子に腰掛けこちらの様子を窺っていた。それが単なる招待客の一人であれば、ロザリーも挨拶のひとつでも交わしてこの場を後にできたはずだ。そうはできなかったのは、その先客の男の顔が、どう見ても、アルフォンス王であったからだ。


「アルフォンス……陛下……?」


 間違いなく、広間で異国の姫と踊っているはずの王の姿だった。

 この角度からは舞踏会の会場は見えない。だがつい先程まで異国の姫と踊っていた王が、庭に現れるはずがないということは理解していた。正装に身を包んだアルフォンスは会場にいた姿と違わない。


 彼はすっと立ち上がると、迷いなくロザリーに向かって歩いてきた。

 ロザリーは身動き一つできなかった。投げかけられた台詞も、突然現れた彼も、昼間と夜という違いを除けば、まるで先程の記憶の再現のように思えたからだ。


「……へ、陛下は広間にいらっしゃるのでは」


 愚かな言葉を口にしてしまった。

 普段であれば、礼儀を忘れるはずがなかった。だが気が動転して、その投げかけだけが唯一できる精一杯だった。

 

 アルフォンスはその見事な色の瞳を、すっと会場の方へと向ける。


「あれは側近に魔術を施し、擬態させているだけだ。誰も気づかぬとはな、愚かしいことだが」


 吐き捨てるような台詞に反しアルフォンスの態度は穏やかで、たかだか少女一人に構ってはいられないという態度を表しているかのようだった。

 彼に気を悪くした様子がないことに、ロザリーは気づかれぬよう胸を撫で下ろす。

 同時に困惑を覚え、未だ礼儀が戻らないままに質問を重ねた。


「なぜそんなことをなさっているのです。皆様を騙していらっしゃるの?」


 ではあの友好国の姫君も、あそこにいるアルフォンスが偽者だと気づかないまま踊っていたのか。ロザリーは胸が傷み、同時に目の前にいるアルフォンスがひどく身勝手な人間に思えた。

 だがそれも一瞬のことで、この問いは尋ねるべきではなかったとロザリーは思った。空気が凍りついたかのように思えたからだ。アルフォンスの表情は氷のように固く冷たく、その闇を垣間見てしまったかのようにさえ感じた。


 ロザリーは、客達の噂話を思い出す。

 結婚を望まれていたにもかかわらず、今まで王に容易に近づく者がいなかったのは、彼の恵まれた外見に気後れしていただけでは無いということを。彼の纏うまた別の空気――張り詰めて、側に寄ればたちまち命を奪われてしまいそうなほどに緊迫した氷のような冷徹な空気が、彼を一層近寄りがたい人物にしている、という話を。


「くだらないパーティだからだ。あんなことをして何になる」


 ロザリーは困惑した。


(偏屈な人だわ! ご自分の伴侶を探すための舞踏会なのに……。昔はもっと素直で真っ直ぐだったはずだわ、時が経って変わってしまったのかしら)

 

 そういえば、とロザリーは思う。オフィーリア姫の亡き後に独身を貫いていたということは、当時彼が想いを寄せていた公爵令嬢とは結局結ばれなかったということだ。

 機会に恵まれなかったのか? あれほど焦がれていたのに。

 そこまで考えて、思考を外へと追い出した。


(馬鹿なロザリー! また余計なことを考えているわ! 昔のことなんて知るはずがないのに。あれは単なる妄想でしょう?)


 アルフォンスは単にオフィーリアを愛していたから誰も娶らなかったのだ。それが事実で、それ以上のことなどない。

 目の前までやってきたアルフォンスに向けて、ようやくロザリーはお辞儀をして、なんとか言葉を口に出した。


「ここであなたと会ったことは、誰にも言いませんわ」


 だからどうかわたしのことも気にかけないでください。言外にそう伝えたつもりだった。


「ああ、そうしてくれ」

 

 小さく彼も頷いて、そうしてわずかに微笑んだ。まったく愚かなことに、ロザリーはその笑みから目が離せなくなる。冷たいかと思えば、こんな優しい瞳を浮かべる。自分でも戸惑うほどに心臓が高鳴った。

 ――なんて美しく笑う方だろう。

 

(この瞳の温かさを知っている――)


 オフィーリアに向けられた彼の瞳も、こんな空気を纏っていた。そうして同時にそう思う自分の思考が恐ろしかった。


(この感情を打ち消さなくちゃ! わたし、本当に狂ってしまっているわ!)


 憧れと愛情と懐かしさが胸に溢れて、慌ててロザリーは下を向いた。不可解にも目に浮かんだ涙を悟られてはならないと思ったからだ。

 少しの沈黙が訪れた。舞踏会の軽快な音楽が遠く聞こえている。

 

 相手は今日出会ったばかりの人、ましてや身分が違いすぎる国王だ。


「では私は別の場所に移動するとしよう。この場所は君に譲るよ」


 頭上からそう声が聞こえた時にはすでに、彼は背を向け歩き出していて、わずかにロザリーは拍子抜けをした。

 さながら年長者が年下の者に声をかけただけの気さくな会話を――三十四歳と十七歳なのだから年は実際にも離れているが――まさか国王と交わすなんて。


 まだ心臓が煩く鳴っている。緊張か恐怖か判断もつかないまま、ロザリーはアルフォンスの背を見送った。その背が庭木に隠れたところで、ようやく体が自由になったような気がして、くらくらする頭を休ませようと彼が座っていた椅子に腰掛け、ふうと息を吐いた。

 夢から一気に覚めたような心地がした。


「びっくりしちゃった。まさかわたしが、王様とお話したなんて」


 だけどいい土産話ができた。

 そう思いながら、視線を前方に向け、気がついた。


(あれはなにかしら?)


 方向としては、ロザリーが来る前に、アルフォンスが一人で見ていた場所だろう。

 彼が見つめていた先には、薔薇の木が植わっていない区画があった。掘り返されたのだろうか、木を植えるにしては大きく思える穴が、ぽっかりと空いていた。

 ロザリーは、無性に興味を引かれた。

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