あの世界のその境界線(仮)
十数年前の、ある静謐な朝のことだ。
瞼を開けた瞬間、頬に温もりを感じた。
それは涙だった。
私の意志など介在する余地もなく、
まるで魂の深淵から湧き出る清水のように、音もなく、しかし絶え間なく頬を伝い落ちていた。
夢から覚めたばかりだった。
胸腔を万力で締め上げられるような、筆舌に尽くしがたい悲哀に満ちた夢。
この世に存在するはずのない我が子――私の血を分けた子供と、永劫に引き裂かれる夢だった。
まだ学生の身分だった私に、子供などいるはずもなかった。
朝の講義に出席し、
友人たちと他愛のない会話を交わし、
レポートに追われる――そんな平凡極まりない学生生活を送っていた。
将来への漠然とした不安と、かすかな期待を胸に秘めながら、日々を紡いでいたに過ぎない。
それなのに、目覚めてなお、心臓のあたりに深い空洞が穿たれたような、底知れぬ虚無感が居座り続けた。
まるで、かけがえのない存在を本当に喪失してしまったかのように。
歳月は川の流れのように過ぎ去り、姪と再会する日が訪れた。
初めて彼女に会ったのは、まだ二歳の頃。
あれから幾星霜が流れていた。
背丈は伸び、あどけなさの中にも凛とした表情が宿るようになっていた。
前回はようやく単語を繋げる程度だった彼女が、今では舌足らずながらも自分の言葉で思いを伝えようとしている。
その姿に、時の流れと生命の不思議を感じずにはいられなかった。
私の記憶など、彼女の中には残っていないようだった。
無理もない。
あまりに幼かったのだから。
ところが―― 彼女は私の顔を見上げた途端、瞳を見開き、驚愕の色を浮かべてこう呟いた。
「ママかと思った」
そして、まるで磁石に引き寄せられるように私に寄り添い、もう離れようとはしなかった。
その小さな手は私の服の裾をぎゅっと掴み、二度と手放すまいとするかのようだった。
「どうしたの?」
私は表面上の平静を保ちながら、優しく問いかけた。
だが心の奥底では、激しい動悸が鳴り響いていた。
彼女の言葉が、ある種の真実を穿っていることを、私の魂は瞬時に察知していたから。
もしかしたら彼女は、本当に私に会いに来てくれたのだろうか。
無邪気に遊んでいる最中、彼女は不意に顔を上げ、こんな言葉を紡いだ。
「次は会えないかもしれない」
「なんで?」
と私が穏やかに尋ねると、彼女は小さな眉を寄せて真剣に思案し、少しの間の後に、
「保育園があるから」
と答えた。
その瞬間、彼女の瞳の奥に、『もう二度と会えないかもしれない』という切実な不安と、言葉にならない想いが揺らめいているのを、私は確かに感じ取った。
そして、稲妻に打たれたような衝撃が、私の全身を貫いた。
偶然ではない、という確信があった。
時空の境界を超えた、魂と魂の邂逅が、確実にここに存在しているのだと。
世間の目には、取るに足らない日常の一コマとしか映らないだろう。
けれど私にとっては、あの朝の理由なき涙の意味を、静謐に、そして確かに伝えてくれた、かけがえのない瞬間だった。
「じゃあ、今日はたくさん遊ぼうね」
私は彼女の頭を優しく撫でながら、心からの笑顔でそう告げた。
――世界の境界線を越えてきてくれて、ありがとう。
心の中で、そう私は呟いた。
原案をAIで作成・加筆し、作者が修正しております。