人形少女は休めない
拙作ですがよろしくお願いします。
「甘い、幸せを感じる」
カフェの隅でパンケーキを頬張り、糖分による暴力的な幸福感に身を委ねる。この瞬間が私にとっての全てで、このために生きているといっても過言ではない。ただ一つ残念なのが、ずっとこうしている訳にもいかないということである。何を隠そう私ことシア・シャーロックは絶賛逃亡中なのだ。とはいっても、指名手配犯とかそういったものではなく、あまりにも上から仕事を押し付けられるため休暇と称して勝手に姿を消しているだけなのだが。今頃みんなが血眼になって私の事を探しているだろう…想像するだけで震えが止まらないな…。どうして私一人の事を必死に捜索しているかって?それは勿論私が非常に優秀な魔法使いであるからだ。自分で言うのはかなり気恥ずかしいのだが…。
この世界は魔法の世界。とはいっても、その力を持つのは一部の者達のみで大半の者は魔法を使うことができない。故に一部の魔法使い達は自分が選ばれし人間だと錯覚し、時に犯罪に手を染める。そんな彼等を捕まえて市民の平和を守る、それが私達「魔法警察」である。…そんな大義名分を掲げる組織の本部に所属する私は職務放棄中であるのだが。いやこれは休暇だ。誰が何と言おうと休暇だ。
だっておかしい。いくら魔法警察が忙しいといったって180連勤は流石にどうにかしている。それより前だって休暇を貰ったのは全て合わせてもたったの3日だ。それも全部途中で仕事に駆り出されたし。人手だって足りてるはずなのにこんなのおかしい。そうに決まってる。それにここで一週間休んだところで神様はきっと怒らない。もし怒ったら私は泣く。大泣きする。泣きながら神様をポコポコ殴る。
とはいっても休日(?)を取り始めてもう3日、さすがにそろそろ戻らないとまずいか?……嫌だな。絶対長官に説教食らわされる。あの人の長いしねちっこいし絶対受けたくない…。でも帰らないともっと怒られるしみんな困るし…私は一体どうすれば……。
二つの選択肢を行ったり来たりして思考がこんがらがってくる。これ以上悩むといよいよ頭がパンクしそうなので、一旦ここを出てぶらつこうと思って席を立ったその時、突然覆面男が店の中へ押し入ってきた。
「お前が店主か?」
男がマスターの元に近づいて威圧感のある声で尋ねる。
「は、はい…私が店主ですが……如何なさいましたか?」
「見りゃ分かんだろ、強盗だ。さっさと金を出せ」
男はどこからかナイフを取り出しマスターに突きつけた。恐怖で動けなくなってしまったマスターにイラついているのか男は舌打ちをしてまくし立てる。
「さっさとしやがれ!殺されてぇのか!!」
「し、少々お待ちください。今奥から持って来ますから……」
そう言って奥の部屋へ行こうとするマスターを男が引き留める。
「あー待て、もし警察に通報したら分かってるな?この店燃やすぞ」
そう言って男は右手の上に炎を出してこちらへと向ける。
「分かったらさっさと行け」
男はナイフを持っていた手で麻袋を取り出して投げつける。受け取ったマスターは無言で頷き、カウンターの奥の扉の中へと消えていった。金を取りに行ったのを確認すると男はこちらを睨みつけた。
「てめぇらもだ。燃やされたくなきゃ大人しく両手を頭の後ろで組め!」
客たちが一斉に両手を組み出す。疑われたら面倒なので私も男の指示通りにする。マスターには悪いがまだだ。まだ男が油断していない。男が隙を見せる瞬間まで待つ。でないと魔法を放たれて店が燃えてしまう。だからもう少しだけ我慢して…。
少しした後、マスターが大きな袋を抱えて部屋から出てきた。
「こ、これで大丈夫ですか…?」
「チッ……もたもたしやがって」
男は袋を奪い取ると、中身を確認してどこかへ収めた。
「通報したら分かってるな?てめぇらまとめてぶっ殺してやる」
そう言葉を吐いて男が店を出ようとドアに触れた瞬間……。
***
「……は?」
気づけば俺は床に組み伏せられていた。なんだ?一体何が起きた?全くもって状況が理解できない。咄嗟に魔法を放とうとするがどういうわけか魔力が上手く纏まらない。どうにか首を回して上を見ると、そこには軍服調のメイド服を着た女が俺の腕を極めていた。こいつは店の隅にいた……!
「お、おい!この俺を捕まえられたんだ!てめぇも魔法使いなんだろ!?だったら見逃してくれよ!わかるだろ!?俺たちは特別な存在なんだ!もっと自由にやったっていいはずだ!こんなゴミ共の味方したって仕方ねぇだろ!!」
「必死に何か言ってるところ悪いんだけどさ、君もう終わりだから」
そう言ってどこからか取り出した手帳を見た俺は、もう自分が詰んでいることに気づいてうなだれた。
***
男を確保してから少しして、魔法警察が到着した。どうやら私が指示しなくても誰かが応援を呼んでくれたらしい。後は全て彼らに任せてここをでればい
「シア先輩?」
聞き覚えのあるような声がしたが気のせいだろう。そうだきっとそうに違いない。聞こえたとしてもきっと他の人に呼び掛けてるんだ。私と同じ名前を呼んでいたような気もするが多分別人だろう。絶対そうだ。というかそうじゃないと困る。そう思ってドアを開けて店を出
「セ・ン・パ・イ♡」
今度はて耳元で甘ったるく囁くように呼ばれた。それも後ろから抱き着かれて。ゾワっとした感覚で硬直している隙にその娘は抱きしめる力を強めて逃がさないようにして言葉を続ける。
「先輩の事探すのすっごく大変だったんですよぉ?先輩の魔力殆ど辿れないし、もし見つけたとしても先輩のお人形さん達に邪魔されてその間に分かんなくなっちゃうし……。でもぉ、やっと見つけることができてユルハとっても嬉しいですぅ♡これでまたずっと一緒にいられますね♡」
頭にこびりついて離れないようなその声の主…温宮 優瑠羽の顔を覗けば、彼女の瞳の奥に黒くてピンクな感情が渦巻いているのが簡単に分かった。これはやばい。完全にイってる。そろそろ戻らないとまずいとは思っていたが優瑠羽にしょっ引かれて戻るのは話が違う。普通に戻れば長官から地獄のような説教を食らうだけで済んだかもしれないが、優瑠羽がいると長官に会う前に一体何をされるか分からない。最悪監禁されていろいろされる可能性だってあることを考えると身の毛がよだって仕方がない。
「ねえ優瑠羽、その…あんまり酷いことしないでよ?」
「……」
なんで黙るの?あと目泳いでるよ?絶対なんかする気だよね??全く安心できない優瑠羽の態度に不安になりながら私は彼女のパトカーに乗せられた。
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釘を刺しておいたおかげか私は何事もなく本庁に辿りついた。いやほんとは運転席から何度か手が伸びて来ていたのだが、触れる寸前で止まってハンドルへと戻っていった。優瑠羽の顔が複雑なものになっていてなんだかペットにずっとお預けをさせているみたいで申し訳なくなってきたが、暴走して事故られても困るのでそのまま放っておいた。可哀想だから後でご飯でも奢ってあげよう。
そんなことを考えながら車を降りて歩いていると、いつの間にか執務室に着いていた。いつもはフランクで優しい長官だが、今回ばかりは許しちゃくれないだろう。というか、前にも怒らせたことがあるので「今回も」なのだが。あーやだなー怠いなーこのまま帰って布団に埋もれて消えたい。
……ただ、いつまでもこうして突っ立っておくわけにもいかない。優瑠羽も後ろにいるし。心の中の怠惰に鉄拳制裁をかまして、優しく3度ノックした。
「……どうぞー」
若干厳つい返事が聞こえたのを確認してドアノブに手を掛ける。細かな彫刻の入ったそれを回して押せば、開いた扉の隙間から漏れる珈琲の香りが鼻腔にふわりと広がった。中へと一歩踏み入れば、そこはありふれた執務室であるもののどこか非日常を感じさせる懐かしさと儚さが漂っていた。必要最低限の物しかないのに確かな重厚感と気品を感じるこの空間は、何時でもない何時かの何処でも何処かに来たような感覚がして慣れない。
「おうシア、テメェ随分と迷惑かけてくれたなァ?」
ただ、そんな高貴な部屋にいる男もまた高貴かというと、必ずしもそういうわけではない。
「まったくよォ、テメェのせいで一体何件事案がたまってると思ってんだァ?」
「そ、その節は申し訳ない…」
「テメェは魔法警察の主戦力なんだ、その辺自覚してもらわないと困るぜェ」
「すまなかった、反省してる」
「…全くテメェは……って言いたいところだが、生憎説教してる場合じゃねェんだ。まァ二人共座って聞いてくれ」
長官が珍しく引き締まった顔をして言うので不思議に思いながら私と優瑠羽はソファに腰掛けた。
「実はなァ、政府のお偉いさんが護衛の依頼をしに来てよォ、なんでも娘に対して殺害予告が来たからどうにかしてくれだとよ。全く政治家って奴はどうしてこうも面倒ごとを持ってくるんだか」
鬱陶しそうに悪態を吐きながら長官は続ける。
「まがりなりとも政治家の娘だ。少しでも傷付きゃ一体何されるか分かんねェ。ついでに大事にもしたくねェって言うもんだから俺はテメェらに頼るしかねェのよ。どうだい?ここは一つ受けてくれねェか?」
……全く憎い男だ。長官命令といって無理矢理やらせればいいものを態々自分の部下に対して頭を下げるようなことをするなんて。…ただまぁ、その真っ直ぐなところがこの男が部下から慕われる理由なのだが。
「了解しました。休んだ分をここで返します。優瑠羽はどうする?」
「先輩が行くなら私も行きます♡」
二人の了承を聞いた長官は口角をニッと上げて、どこからか地図を取り出して目標場所を指差した。
「テメェらならそう言ってくれると思ったぜ。そうと決まれば今からこの場所に行ってくれ。依頼主には俺が連絡しとく。着いたらすぐに会えるはずだから詳しい話はそっちで聞いてくれ。それじゃあ武運を祈る」
「「了解」」
いつになく真剣な長官の態度に今回の事案の重大さを感じながら私達は執務室を駆け出た。
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指定された場所に着くと、そこにはローマの美術館を思わせる荘厳な庭が広がっており、その中心には一瞬城と見紛うほどに巨大な屋敷が佇んでいた。
優瑠羽と二人してその景色に圧倒されていると、屋敷の方から誰か来るのが見えた。
「シア・シャーロック様、温宮優瑠羽様、本日は態々ご足労頂き有難う御座います。私は此処で執事として働かせて頂いております曾根崎です。早速で申し訳ないのですが、旦那様がお待ちなので部屋まで案内させて頂きます」
やって来たその老年の男、曾根崎さんはそう言うと私達を屋敷の方へと案内し始めた。それにしてもこの爺さん、見た目の割に随分と所作や気配が練り上げられている。どうやら中々やるらしい。だが……
「ねぇ先輩、なんだかこのお爺ちゃん変じゃないですかぁ?」
「うん、なんていうかオーラがチグハグな感じがする」
「ほっほっほ。実は昔魔法警察を目指していたのですが、恥ずかしながら私は魔力はありますが魔法の才能はからっきしでして…。それでも諦めきれなくて体を鍛えていたんですよ。まあ結局叶うことはありませんでしたがね。でもそのおかげで旦那様に出会えてこの屋敷に来ることが出来て、更にはお嬢様の執事として仕えられている。これほど幸せな事はありませんよ……おっと失礼。つい長話をしてしまうのは老人の悪い癖ですね。そろそろ屋敷へ着きますよ」
曾根崎さんの話が終わるころにはもう屋敷の扉の前までやって来ていた。彼の手によって重厚感のあるそれがゆっくりと開かれ、促されるままに中に入った先は異世界だった。外観もそうだったがまるで別の時代から切り抜いたような空間が広がっていることに驚きが隠せない。一体いくら掛けたんだろう。
「ここの主さんいくら何でもお金持ち過ぎじゃないですかぁ?」
「…一般の政治家が建てられる範疇を超えてる。もしかしてかなり偉い人だったりする?」
「会ってみれば分かりますよ。では行きましょうか」
そう言って進み始める曾根崎さんの後を追って踊り場の階段を上り、廊下を右に進んでいると、しばらくしたところで曾根崎さんが止まった。そして、止まった先のドアを優しく軽やかな音で3度ノックした。
「旦那様、お客様がお見えになられました」
「通してくれ」
「……失礼します」
扉の先の声から一拍置いてドアが開かれた。中に入ってそこで人物に私はまたしても驚きが隠せない。だってそこにいたのは……。
「篠崎総理……!」
「やあ、意外と早かったね」
そこにいたのは、この国のトップに位置する男「篠崎晴信」だった。そりゃ長官も面倒臭がるわけだ。総理の娘の護衛なんてこと押し付けられたらきっと誰だってあんな顔する。私だってそうする。
「早速で悪いが本題に入ろうか。そちらの長官から聞いているだろうが、私の娘当てに殺害予告が届いてね。はじめは大量にボディガードを雇おうと思っていたんだが、犯人にボディガード中に紛れられたらまずいと曾根崎に止められてね。そこで、君達魔法警察に護衛を依頼したわけだ。ここへ来たってことはそういう事だと思うが念のため訊こう。この依頼、受けてくれるかい?」
「勿論です。必ず犯人を捕まえてみせます
「それを聞いて安心したよ。娘は突き当たりの部屋にいるから曾根崎と一緒に行ってきてくれ。私は会合があるので失礼するよ」
そう言葉を発した後、篠崎総理は足早に部屋を出て行った。
「先輩、私達を呼びつけたくせに自分はすぐ出て行っちゃうなんていくら総理でも失礼じゃないですかぁ?」
「申し訳ありません。しかし旦那様はお忙しい方なので、何卒ご理解頂けますと幸いです」
「はい、十分理解していますとも。ただ…」
「ただ?」
「いえ、何も」
失礼とは言わないが、優瑠羽の言ったことは確かに私も気になっている。話している時の総理の態度がどことなく不自然な感じがして何か隠しているのではないかとつい勘繰ってしまう。念のため偵察用の人形を何体か行かせとくか。
一応曾根崎さんにも気づかれないように何体か人形を呼び出して透明化魔法をかけて総理の後を追わせた。
それからまた曾根崎さんに連れられて部屋を出て廊下を進み、突き当たりの部屋まで辿り着いた。曾根崎さんが軽やかにドアを3度ノックし、中へと優しく声を掛けた。
「お嬢様、少し宜しいでしょうか」
「……ええ、構わないわ」
少ししてから発された返事を聞いた後に曾根崎さんはドアを開けた。扉の内は高貴な印象を受けながらも白とピンクを基調とした女の子らしくて可愛い空間が広がっていた。そしてその中心には、金髪ツインテの如何にもお嬢様な雰囲気の少女が座っていた。
「護衛の者を連れて参りました。お入りください」
曾根崎さんの合図と共に私達は中へと入った。少女の近くまで進むと視線が合う。いやそんなにじーっと見られるとなんか気まずい。しばらくそんな状態が続いた後に、その少女が口を開いた。
「曾根崎、席を外してくれるかしら」
「…畏まりました。何かあればまたお呼びください」
部屋を出た曾根崎さんの足音が聞こえなくなったところでその少女は再び口を開いた。
「ねえ貴女達!どうしてそんなにかわいい服着てるの!?警察じゃないの!!?」
「…え?」
「一体どんな魔法を使うの!?その服装と何か関係があるの!!?教えて!!!!」
先程までの高貴な印象はどこへやら。曾根崎さんがいなくなった途端にまるでおもちゃを見つけた子供のようにはしゃぎ出す少女に思わず困惑してしまう。
「えっと…お嬢さん?ちょっと落ち着いてくれます?これじゃあお話できないんですけど…」
「あ…も、申し訳ありません!!私ったら気になることがあったらすぐ聞いてしまう性分でして…お恥ずかしい限りです」
「いえ、大丈夫ですよ。気になることがあればいつでも言ってください。答えられる範囲で答えます。優瑠羽が」
「えあ、ちょ、私?!」
うーんやはり優瑠羽はいい反応をする。油断しているところに話題を振ると一気に顔があたふたしだすのが見ててなんかかわいい。
「ほらしてあげなよ、あとでなんか買ってあげるから」
「…じ、じゃあ先輩のために説明してあげよっかなぁ♡」
こうやってすぐ言いくるめられるのもちょろくてかわいい。
「あーでもその前に自己紹介しない?」
「そういえばまだでしたわね!私は篠崎月渚と申します。宜しくお願い致しますわ!」
「温宮優瑠羽だよ~。名字で呼ばれるの嫌いだからよろしく」
「私はシア・シャーロック。お嬢様口調似合ってないしあんまり歳離れてないからタメ口でいいよ」
「ににに似合ってないって何よ!!せっかく頑張ってたのに台無しじゃない!!」
「こっちの方が解釈一致。かわいい」
「か、かわいいって…もう……」
「……」
まずい。隣からとんでもない気配がする。こりゃ奢るだけじゃ足りないか?とりあえず話を進めないとなんかされそうで怖い。
「…優瑠羽?月渚の質問に答えてあげて」
「あ、はい。すみません。えっとね~、私達は魔法警察の中でも上の方だから自分の戦闘スタイルに合った服を着ることを許可されてるんだよ~。まあ使う魔法は秘密だけどね~」
「成程。だから地雷系の制服だったり軍服調のメイド服を着てるのね。ところで」
「優瑠羽」
「りょ~かい」
刹那のうちにピンクの障壁が張られ、直後に轟音と共に衝撃が走った。もしやと思い偵察人形にアクセスを試みるが反応がない。やられたか。でも倒された位置とそこの魔力の残滓から相手の場所は割り出せる!!
「な、何!?一体何が起こってるの!!?」
「優瑠羽、ここは任せていい?本丸を潰してくる」
「もっちろんですよぉ~」
その言葉を後に私は部屋を駆け出た。
***
「…とはいったものの」
遠距離でガンガン魔力弾ぶっ放してくるやつ相手にどう立ち回ろうかな。障壁展開したままじゃ他の魔法使えないしかといって解除したら月渚ちゃんに当たっちゃうんだよなぁ…。うーんしかたない、あれ使うかぁ~。嫌なんだよなぁあれ痛いし。まぁでもやるしかないか。
覚悟を決めて私は月渚の前に立つ。
「月渚ちゃんいい~?絶対私の後ろから出ちゃだめだよ~」
「わ、わかったわ」
そうして後ろに月渚ちゃんが隠れるのを確認してから私は意を決して魔力障壁を解除する。
その途端、全身を激しい弾幕が襲う。
「だ、大丈夫なの!!?ち、血が出てるじゃない!!!」
「よゆーよゆー、慣れてるから」
そう、慣れてる。昔親から散々暴力を振るわれてきた私にとってはこの程度造作もない。そして、そんな地獄から私を救ってくれたのは先輩だ。そんなヒーローにこの場を任されたんなら、やり切るのが私の役目でしょ!
「私の魔法、ちょっとだけ教えてあげる」
「え?」
「受けた魔力を通して相手にアクセスして肉体と精神を蝕むの。相手が遠くにいるほどいっぱい魔力を受けないといけないけどね~。どう?性格悪くない?」
「…いや、すごくかっこいいと思うわ」
「はは、そんな風に言ってくれるのは…先輩以外だと初めてだよっ!!」
瞬間、私は魔法を発動する。瞬きをする間に相手の意識へと潜り込み、無理矢理感覚をリンクする。感覚を同調させることで今の私のダメージが一気に相手に流れ込む。
「……ぅぁぁぁ…」
遠くの方で叫び声がするのと同時に相手の意識が落ちるのを感じる。完全に意識を手放したのを確認したところで私は魔法を解除する。その瞬間、疲れがどっと出てしまい思わず後ろに倒れ込む。
「ち、ちょっと!!しっかりしなさいよ!!」
少し遠くで月渚ちゃんの声が聞こえる。あー、犯人捕まえてもらわないとなー。疲れでぼーっとした頭でそう考えながら私は本部に電話を掛けた。
***
偵察人形からの情報を元に走り続けて辿り着いた場所は、屋敷からかなり離れた船着き場だった。
「……思ったより早かったじゃないか」
「自分の子供を手にかけるなんて人の心ってやつが足りてないんじゃないか?」
「粗大ゴミを捨てるなんて誰だってやることだろう?」
さも当たり前かのようにそんなことを言うその男に感情的になりそうになる。落ち着け私、流されるな。
「……場所を見るに娘を殺した後は誘拐を自演して雲隠れか?随分なご身分だな。総理を独裁者と勘違いしてるんじゃないのか?目的は何だ?」
「目的?そんなもの、魔法の使えん無能者が私の血から生まれたことが許せないこと以外にあるわけないだろう」
「何だと?」
「私の家系は長年続く魔法使いの名家でね、そんな中で無能者を生んでしまったらどうなるか分かるか?ゴミ諸共私まで消されてしまうんだよ。この!私がだ!!…無能者と一緒に消されるなんてそんなことはあってはならない。幸いにもまだ彼らには気づかれていない、だから今のうちに消す。それだけだ」
…こいつは駄目だ。自分が死にたくないからと言いつつその眼は醜い差別の色で染まってる。魔法使いこそが最も素晴らしい存在だと本気で思っている。
「全くもって反吐が出る。こんなのが総理じゃ世も末だ」
「何だと?貴様今何と言った?」
「こんな塵が居ちゃこの国も終わりだって言ったんだよ」
「……不愉快だ。貴様の様な馬鹿も私にとっては処分すべきゴミだ!!」
その瞬間、篠崎の後ろから人影が現れ、私の喉元へとナイフを刺突させてきた。すんでのところでそれを躱して体勢を立て直す。この気配は…!
「曾根崎さん…」
「私は旦那様に命を捧げております故」
そう言って再び刺突攻撃を繰り出してくる。ギリギリでそれを避けながら私は思考を巡らせる。曾根崎は魔法を使っているようには見えない。だというのに身体強化魔法を使った私と互角以上に戦っている。鍛えられて肉体だけでそれができるかといえば恐らくそれは不可能だろう。となるとこの身体能力のタネは…。
「篠崎か…!」
「ご名答!!」
その言葉と共に奴の方から魔力弾が飛んできた。それもまたギリギリで躱してさらに思考を巡らせる。このままじゃジリ貧だな…。あまり手加減できるような感じでもないし、かといって戦闘人形を出す暇があるかといえば微妙なところだ。せめて何か隙が作れれば…。仕方ない。勿体無いがあれをやるか。
そこで私はナイフを避けるのを止め、その刃を腹に諸に受けた。しかし、私の腹から血が流れることはなく、かわりに少量の綿が出てきた。
「んなっ!?」
「どけ」
驚いてる隙に曾根崎を蹴り飛ばす。すぐに体制を立て直して迫ってくるが、それだけの時間があればこいつを呼び出せる。
「召喚 戦闘人形」
その言葉と共に地面に魔法人が現れ、そこから私と同じ背丈の人形が現れた。特にこれといった装備はつけていないがその戦闘能力は波の魔法使いを圧倒する。
「篠崎を拘束しろ」
すかさず曾根崎が止めに入ろうとするが、私が易々とそれを見逃すわけもなくがら空きの腹部に蹴りを打ち込む。その間に戦闘人形が篠崎の元へと辿り着き、あっという間に拘束してしまった。私も宙に浮いている間にバフが切れてしまって倒れ込んだ曾根崎を拘束することで戦いは終了した。
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「そんな…まさかお父様が……それに曾根崎まで…」
翌日、事件が一通り終わったところで月渚に真相を伝えると、彼女はとてもショックな表情をしてその場に崩れ落ちてしまった。まあ、自分の身近な人に命を狙われていたのだからそうなっても当然か…。
「月渚ちゃん、お父さんが捕まってこれからかなり大事になるだろうから、困ったら私達のところへおいで~。できる範囲で助けたげるからさ~」
「うん、いつでも気軽に連絡するといい」
「…ええ、ありがとう」
月渚のことは心配だが、長官に報告をしに行かなければならないので私達は屋敷を去った。
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「……以上が今回の一件の内容です」
「なるほどなァ、それはご苦労さんだったなァ。テメェら二人共今日はゆっくり休んでいいぞ」
「ほ、本当ですか!」
「あァ、シア。テメェにはちょっと働きすぎて貰ってたからなァ。今回ばかりは俺が悪かった。だからゆっくり休んで来い」
「あ、ありがとうございます!やったね優瑠羽、ごはん行こう」
「嬉しいです!行きましょ~♡」
というわけで浮足立った感情で優瑠羽と一緒にご飯に行ったのだが…。
『事件発生。A-6地区で強盗発生。付近の魔法警察官は直ちに現場へ急行せよ』
「A-6って…この地区じゃないですか!」
「どうやら私に休みはないらしい。行くよ、優瑠羽」
「わっかりました~…」
私達の休み無き戦いは続く。
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