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薙刀を下段に構えジリとその間合いを詰めていく、長巻を脇構えに近付き間合いを同じく詰めていく、二人は凡そ先の先を取るには不利な、構えだ、こちらの出方次第で、相手を仕留めるといったところだろう。
新しく彼女たちの居室などを作った際、自分も含め稽古をつけるのに、ついでに作ったものだ、丁度天井が高いので、広めに作ってみた。今は、その道場が出来て、何回目かの合同での稽古の最中。
右手は鼻先の延長上に拳を、左手は鳩尾の延長上、拳一個分に同じく拳を構え、膝と腰を落とし、構えている。感覚を研ぎ、二人の動き、気も含め動きを、感じ、その一瞬を待っていた。待っていた、と言うよりもそう仕向けるといった方が、正確である、わざと、隙を作り相手をおびき出す。相手も、同じように感覚を研がないと成り立たない、相手を、動かし、その前にこちらが、打つ、後の先と言うものだ、先に仕掛けてきたのは、禿の長巻の方だった、脇構えの、間合いがとりにくい遠い所からの打ち込み。地を這うように、刃が、地から湧き出るようにその軌跡は股から入って右肩に抜けるものだった。
つい数刻前は、先の雷撃機乗りに泣かれたものだから、稽古にあまり集中できずにいる、本調子にも中々ならない。どうしても女性に泣かれるのは、こっちも落ち込んでしまう。それが、オレの不甲斐なさが原因ならば尚更だ、まだまだ自分の未熟さを痛感しながら、今、迫りくる木剣と対峙している。
長巻と同時に、薙刀が、その刃を喉、に正確に突きの軌跡をして、急所に直進してきた、長巻の軌跡の側面、刃の横面を正確に右足の踵で踏みつけ、床に叩き落とし床に釘付けにし、侍女の突く薙刀の一撃が喉に届く紙一枚分で、躱し同じく刃の側面を拳で跳ね上げ、柄の部分を追い、打ち込んだ。瞬間薙刀のその部分から、へし折れ、折れた先が、天井高く高速回転しながら、弧を描き天井の配管のパイプの繋ぎ目に突き刺さった。一方、踏みつけている長巻の刃はそのままに、左足でこれもまた、柄の部分を、踏み抜きへし折った。どうも女性に直接打撃は苦手だ、組み敷き捻ったりすることは、何とかできるが、得物を無効化するのが精一杯だ。さて、と言って構えを解いた途端、滑るように地を這うように、再度どこから持ってきたのか分からないが、長巻が唸りを上げて迫ってきた。片手で操るとは、さすが、國際大会優勝者、道場を営み盛り上げてきただけの事はある。とは、言うもの瞬間でもこれだけ俺の思考が組手途中に他の事に回せるような攻撃では、まだまだだ。間合いの外に体を躱しつつ、瞬間、縮地で零距離まで間合いを詰め、片手で操っている方の手を掴み、捻り倒した。二人とも固まったままその場に釘付けに、竦んでいた。暫くして、一言、二人の口から参りました、とのセリフで、稽古は終了となった。
緊張を解いて、折れた、薙刀や長巻の柄を拾い集めながら、大丈夫だった?怪我してないか。と、二人に声を掛けながら折れてぼろぼろになった、長巻や薙刀の木剣を道場の隅に積み上げ、廃棄しようと持ち出そうとすると。禿が、寄って来て、これらは、神木から切り出した霊験あらたかなものなので、私たちで、処分しますと、改めて、居室の別の部屋に持って行ってしまった。
特に重要な事でもないので、そこは、まかせて何気なく持っていく禿の後姿を見ていると、そう、後頭部に異様に熱い、熱いと言っても物理的に熱いのではなく、物陰から、見てますよ、オーラが、何、私だけのけものにして、オーラが、鋼鈑を突き抜けるかと言うぐらい放っている。AIアンドロイドの彼女だ、体術では、確かに体術格闘はAIアンドロイドの彼女と手合わせは、きりがないほど稽古をつけているが、生身の人間で、稽古をつける機会は暫く振りだし、しかも対、武器、得物の捌き方も、中々勉強になるから、先の青い湖の保養所で、提案をしたところ、殿方と、しかも対徒手で稽古をするのも貴重なので、是非にと侍女と、禿は快諾してくれた。そういった経緯も、その場で、話を聞いていたにもかかわらず、相手にしてくれないオーラを光線のように飛ばしている、まったく。と思いながら、深くため息を付いた。
やはり、アンドロイドの彼女の調子も、一度診てもらうことにした。彼女自身の申し出でもあるからだ、先のキャンペーンで、彼女自身が、十分なパフォーマンスが発揮できなかったことに。また、オレの足を引っ張ってしまった事に、納得がいかないようだったからだ。彼女はオーバーホールを希望していたが、俺は、俺自身の未熟さの所為だから、と宥めても、一向に聞く耳を持たず、ならば、ホスピタルで定期点検だけしてもらおうということで、落ち着いた。買出しと、協議会でキャンペーンの報奨金の、受け取りも兼ねて、最寄りの惑星に降り立つことにした。
せっかくの、地上なのだが、禿と、御姫様と、雷撃機に同乗していた、王族の縁者と称するブロンドヘアの娘は、居室の模様替えをするからと留守番をすることになった。何かバタバタと忙しそうな様子だったので、それ以上誘うことはしなかった。都合、雷撃機乗り、侍女とが同行することになり、協議会の事務所へ出発した。
青い湖の保養所の星よりも首都に近いこともあり、事務所は近代的な作りで、かなり広いオフィスだ、エントランスも豪華な彫刻が飾られており、受付嬢もいて、営業の笑顔を振りまいていた。ただ、受付嬢の前を通る度にアンドロイドは敵意むき出しで唸るのは勘弁してほしかった。
手続きを済ませ、次回のキャンペーン、オペレーションのオーダーを検索しつつ、事務所オフィスの待合室のソファに腰を掛けていると、聞き覚えのある声がオレを呼んだ。十人の秘書を侍らせた、旧知の奴だった、女の子のひとりは右腕に絡みつき、一人は左腕に纏わりつき、一人は後ろから首にしがみつき一人は前から首につかまり、後の女の子はボデイガードの様に周りに配置しながらやってきた。歩き難くないかと、声を掛けてきた奴に、挨拶代わりに言ってやった。歩くだけでも女の子を踏んずけてしまわないか、中々、器用に歩いているな、と続けて言ってやった。そんな歩きにくい最中にオレに声を掛けてきた。相手も言われ慣れてるように往なし、お前さんも見ない間に、やるもんだ、と数を数えるように俺の連れている彼女達を数えるように、一人二人、ホウ、と言って、にやりと笑い、アンドロイドちゃんを入れると三人か、まだまだだな、と言い終わると、グイっと近くに顔を近付づけて、真顔になり、お前さん、厄介な奴と絡んだらしいなと言って、ズイッと離れて、お前さんが、この星に来る前、青い湖の星に寄っただろう、そこで、お前さん暴れたらしいな、その時再起不能にした連中のなかで、一番厄介な奴が紛れてたみたいだ、仲間を組んで、お前にお礼参りするため、血まなこで探してるらしいぞ、あいつらは誰も、相手にしない。傭兵仲間はもとより、賊連中でさえ相手にしない鼻つまみもの。だ、で、どうするよ、といって、ニヤニヤしながら、言うもんだから。なあに、つまめないように鼻を摺りつぶすまで。そう言いながら、鋼鉄でできたソファの無垢のフレームをゴキンと金属の悲鳴と共に握りつぶしてしまった。
侍女と雷撃機乗りには、特に用事がなければ、と。女の子はイコール甘いものが好きという公式しか持ち合わせていない俺は、スイーツでも食べてきたら、と。ついでに街を散策することを提案した、彼女達、同胞同志が久しぶりに出会って、二人だけしか話せない事もあるだろうからと。まあ、それは言い訳で、先の十人秘書を侍らした奴の冷やかしに、あらためて、複数の女の子と行動を共にしているおれが、若干気恥ずかしさが手伝ったのは否めない。後で、彼女達と落ち合う場所をきめて、わかれた。
ホスピタルに行く道すがら、全て俺の所為ではある、アンドロイドに今まで、頼り切りだった、だから。彼女達を傷付けてしまった。不甲斐無い戦いをした、すべては、自分だ。戦いは己、一人で完結するべきだと反省し痛感した。彼女にも悪い。AIアンドロイドに、不具合があったら、先代に申し訳が立たない。戦いそのものの為でなく、彼女の痛みの為。だから、ホスピタルに彼女を見てもらうことにした。不安げな彼女に大丈夫、定期的な検査だけだからとドックに送り出した。ホスピタルで受付を済ませ、待合室で待つことにした。その時だった。
見つけたぜ、とまた、後ろから、暑苦しい男の声で俺に声を掛ける奴がいた。
そいつは、包帯を頭にぐるぐる巻きにして、鼻の当りを中心にバツを掛けるように、顔を包帯で巻き、右腕はギプスをしてるのか、白い棍棒の様になっていて、左足は足の付け根まで、一本の白い丸太の様にこれもギプスをし、首にはコルセットを付けていた。ああ、こいつか、俺に仕返し、お礼参りしようとしている酔狂なやつは。確かに見覚えがある、いかにも品の無さそうな雰囲気は、あの居酒屋食堂で、壁にめり込ませた奴だ、その時と同じ女の子だろうか、右と左の脇には、可哀想に、二人が、松葉杖の代わりに重そうにその大男を支えていた。しかも手荒にその子たちを扱っていて、少し涙目になっていたのが、オレの気分を害していた。
続けてそいつは表に出ろと言った。
左右で抱えている女の子が痛々しくて早く決着をつけてあげなくてはと、思いながら表に出てこれから起こすであろう事に、周りの迷惑のかからない所まで来ると待ち構えていたように、そいつの手下と思われる奴らが、スチームモービルからバラバラらと降りてきて俺を取り囲んだ。こいつらもまた、痛々しく包帯や、ギプスだらけの病院帰りの様相だ。
なんだ、お前ら、俺のところに来るより、ホスピタルに行く方が先じゃねえか!包帯とギプスだらけで何するつもりだ、俺はホスピタルで待っていてやるぜ。と、煽ってやると、手下どもは口々に、この前のお礼参りだとか、ぶっ潰す、とか再起不能にしてやるだとか往来の邪魔になる位、道にはみ出して俺を二重三重に囲み挑発しだした。面倒臭くなってきたなと、頭を掻いて逡巡していると、眼の前の、顔を包帯でバツにしている奴が、どこ見てんだ、おめえ。と、続けて、この前やられた、お礼参りしてんだよ、こっち向きやがれ、この前の女たち、おめえの女か!お前をぶッ潰して、全員俺のものにして、売り飛ばしてやんよ。と言って下品に笑いやがった。そのセリフを聞いて今しがた、手荒に女の子を扱っているのを見て、しかも今度は女の子を物扱いしやがる奴は。っと、ザワッと身の毛が逆立ち、血が逆流した感覚。の、次の刹那、そいつのゼロ距離まで縮地。鼻先まで。鼻は凹んでいるが、加えて、包帯で巻いている中心をメキッと拳が、めり込ませた。そのまま伸身宙返りを地面スレスレで回転しながら、自分たちが乗ってきたであろう、スチームモービルに激突しその衝撃で、蒸気が噴き出しモービルに頭を突っ込んだまま足をばたつかせていた。そいつの左右に松葉杖の代わりに侍らして、支えていた女の子は、荷重が一瞬で無くなったものだから、バランスを崩し女の子同士がぶつかりかけたので、ぶつからない様、両手で、素早く左右の肩を支えてあげた。さっきの武骨な男の顔面から、ぽわぽわと柔らかい女の子の肩を触るのは、なんだかこそばゆい、加えて、長い髪がなびいて、すごくいい香りがして、頭に血が上り、鼻から生温かいもの、鼻血が噴き出してきた。まただ、と思いながら、左右の女の子の肩を支えてるので、拭うこともできず垂れ流したままにしていると、ありがとうと言って、右と左の女の子が自分たちのバッグからハンカチかなにかを取りだして、左右から鼻血の処理をしてくれた。近くで見て始めて分かったが、同じ顔。そう、双子だった。それでも至近距離なので、余計大量出血状態になった。
後ろから、てめえ親分の女に手ぇ出してんじゃねえとか、何とか、口々に喚きながら、包帯だらけの野郎たちが一斉にとびかかってきた。今時、親分も無いだろう、とか、暇な奴らだな、とか、この状況で、女の子に手を出すも何もあったもんじゃないが。とか、思いつつ小さく溜息を付くと、鼻血の手当てをしてもらいながら、後ろから来た奴を、上半身は治療受けながら、右足を後蹴りに使い、そいつを宙に舞わせ、落ちてきたところを左足で前から来た奴に蹴り上げ激突させ、二人ともスチームモービルの釜にぶつけてやった、それを合図に、取り囲んでいた奴らが、口々に何か叫びながら、棍棒か何かで一斉に打ち込んできた、手当てしている彼女達に危害が及ばない様、彼女たちをその場で、その体を抱え真上に放り投げた。彼女たちが、悲鳴を上げ、宙に舞っている間にこん棒で打ち込んで来た奴の一人一人、ある奴は、こん棒ごとを拳で顔面をへし折り、ある奴は、そのまま手を掴み、掴んだそいつをこん棒の様に振り回し、向かって来た奴に、ぶつけまくって吹っ飛ばし。ある奴は顔面、あるいは腹、あるいは胸あるいは急所をこん棒ごと、拳と蹴りで、体にめり込ませ吹っ飛ばした。瞬時に二十人ほどいただろうか、折れた棒切れと共に芋虫の様に地面にはいつくばっていた。侍女や禿たちの手合わせに比べたら、欠伸が出る位の、準備運動にもならない。
そして、宙に舞っていた彼女達を受け止め、静かに地面におろした。やっぱりいい香りなので、また少し鼻血がでた。地元のポリスがきたが、どこでも一緒だ、傭兵同士の揉め事。首を突っ込みたがらない。そそくさとどこかに消えてしまった。地面を見ると、もぞもぞ地面を這っている奴が何人かいたが、まあ、死人は出てないだろう。と、もうアンドロイドの定期検査、診察も終わっている時刻に近付いたのでホスピタルに向かった。
診察結果は特に異常はなしとの事だった。むしろ、絶好調との診断だった。安心した。結局は、やっぱりオレの未熟さが原因で、本当にほっとした、彼女に異常が無くて。オレが精進すればいいだけなのだから。
彼女が、ドックから出てきた直後、オレを認めると、パアと笑顔になり。走ってニャーと言って体当たりし、抱き着いてしがみ付いてきた。いつもなら、引き剝がすくらいのことはする俺だが、この時だけは、なぜか、そのままだった。その時の感情は、今までない感情だった。頭を掻きながら、その感情を持て余していた。
ホスピタルの受付で清算をしていると、館内が騒々しく、ナースやら、担架、ストレッチャーを押すドクターやらがバタバタしだしていた、気にせず用事を済ませ出口に向かうと入れ違いで、先程張り飛ばしたばかりの包帯、ギプスの奴らが、続々ストレッチャーや担架に乗せられ入っていった。その中の一人が俺に気付き、俺達、人形遣い、猛獣使いを敵に回すと痛い目見るぞ!とかなんとか、何か喚いていたが、そのまま処置室に消えていった。遅れて、あの双子の女の子が静かに入って来て俺に軽く会釈をして、俺達を見送ってくれた。何か言いたげだったが、しがみ付いているアンドロイドの彼女を認めると、そのまま静かに見送ってくれた。アンドロイドの彼女も何か言いたげだったが、代わりにしがみ付いている力が、ギュッと強くなった。
一方、このとき、おれの戦闘艦で新たな事が起こっていたことには、まだ知らずにいた。
いつも、目を通していただき本当に感謝いたします。