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風防に額をつけて、見るとは、なしに宇宙を見ていた。遠くにある星々は、その姿や位置が変わることなく、その場に佇んでいた。銀河、ガス雲、あの星のどれかが、多分私の故郷母星だろう。遠くに、流れ星が、動いているか動いていないか、分からないくらい、箒のその形がくずれることなく、やはりその形は、肉眼では、その変化は捕らえることが出ない、それくらい、人の感覚で宇宙と言うものは、捉えにくいのだろうか。見上げて変わらない星の位置を数え、暫く何も考えず目を閉じた。もうすぐ、デスドライブオフすると、前の座席に座っているヘルメットの彼女、この雷撃機の主は言った。
眼下には変わらず、相変わらず、宇宙が広がっていた、星の塊や、見上げると、隕石群が、遥か彼方肉眼で見える距離にそれは横切っている、再び下を覗くと遥か彼方で何かが瞬いている、たぶん星のそれではなく、それは、どこかの戦の瞬きだろう、前方にはガス雲が、その花弁を開いた様に、その自然の美しさを咲き誇っていた、少し左に視線を流すと、やはり光が不規則なタイミングで、また、遠い距離で瞬いていた。ここでも、どこかの陣営で、戦が展開されているようだ。遠くの銀河を見るとは無しに見ていると、私の故郷のことが、思い出されていた。そこそこ、自然が残されていて、それでいて、社会生活するのには特に不自由さはなく、何も望まなければ、普通に結婚して、子を育み、孫に囲まれ、そして、いいおばあちゃんになって、死んでゆく、そんなことが、イメージが自分自身の足枷になっていたことは否めない、他の人と違う人生を、一つの脚本しかないような人生を拒否していた自分。風防の硬化ガラスに映った自分の顔が母の、記憶の中にある祖母のそれに酷似しているのを認めると、ギュッと目をつぶって、ゆっくり息を吐いた、ため息に似たそれは風防を一瞬曇らせ、そして、一瞬にして元通りとなった、その数秒の中でも自分の一生が始まって終わる位の長い時間の様な気がした。
自分を変えたくて、色々あって、女学校を卒業してカレッジではそこそこの生活を過ごす事ができたが、不完全燃焼でまだ何か漠然とした自分の可能性を信じて、就職試験を受けた試験のなかで、公務員の情報局だけ合格し、厳しい訓練、まさに血と汗の滲むような訓練の先に自分の求めるものがあるのかもしれないと、元来なんでもこなせていたのが、幸いして、首席で修了した。
いざ、現場に配属となった時には、親の横やりで、戦のない、まったく生死に関わりのない、問題のない諜報機関のお荷物と揶揄されるような、協議会の支所の出先の分室の諜報を担当させられ、要は、ケガ、や、生死を駆け引きするようなところの配属に関し、父が政治家を使って、情報局長を動かし人事を捻じ曲げ、名ばかりの諜報員。に、仕立て上げたのが分かったのは、辞令を受け取って、意気揚々と配属先に気合を入れて、変装して、さあ諜報活動するぞと意気込んでいる矢先のことだった。
協議会の事務所に到着して、そんなに時間はかからなかった、父親本人がお祝いと称してわざわざ、変装して事務所に潜り込んでいるのに、挨拶に来るものだから、気が遠くなるのと同時に誤魔化すのに必死だった。私の仕事を舐めているのだ、自分の子供だからと言って、舐められているのだ、確かに親心もあるだろうが。自分で切り開いてきた道ばかりと思っていたのが親の手の内だったというのが、空しく悲しかった、その反動だろう出世欲をこじらせてなのか、手柄を立ててゆくゆくは高級官僚になって秘書を侍らす日々を妄想しだしたのは。
気が付けば、何回目かのデスドライブオン、とオフを繰り返したころには目の前にあるスクリーンの端に目標物の艦影のマーカーが映り出した、座席の下を潜る様に股の間から伸びている対空機関砲火のトリガーを眺めながら、そう言えば、胸の間に挟んでいる拳銃の事を思い出した。全般的に成績はいいが、特に射撃に関しては誰にも引けを取らない、腕前と自負しているし実際士官学校では常にトップクラスだった。と、どうでもいい事を思い出したのは、あまりに感傷に浸っているせいだろうか。
前の座席のヘルメットの彼女から、もうすぐ目的地だと告げられた。キャンペーンの情報は、協議会の事務所で、傭兵に次の仕事の資料を渡す際に、しっかりその内容を覚えていたから、傭兵の戦闘艦の座標を割り出すのは造作もない事だった。ただ、こちらの雷撃機は、エンジン出力が、戦闘艦に比べ小型なので、必然的にその足が遅いのは否めない。遅くても、キャンペーン終了までに到着して、合流する事には支障がなかった。続けて、彼女は自分自身の事を、少し語りだした。自分の父親が、母星の忠臣であり、尊敬する将軍であったこと、今際の際に御姫様を、お守りする様、遺言した事、自分自身を打ち負かす程の腕前であれば武人として、信用できるとの事らしい。しかし、武士とはいえ、我が父を殺めたやつと行動を共にするのは、どうしても娘として気持ちの折り合いがつかない。貴女はどう思われますか、と意見と言うか、感想と言うか、そんな、彼女の身の上を聞いて求められると、自分自身のことは、なんだか小さく思えて、比較的政治的、軍事的に安定した、どちらかと言えば平和な星系で育ってきた、私のそれに比べれば、一夜にして、何の落ち度もないのにその生活の一切を奪われ、追い出され、彷徨う羽目になった彼女たちに比べれば、何て贅沢な悩みなのだろう、一応、髪に付いている布の、紋章のせいで支族の縁者だと思われているから、当り障りのない返事で切り抜けてから、根本的な問題に今更ながら気が付いた。
アラームが鳴り、戦闘空域に入ったことを報せ、雷撃機乗りのヘルメットから、戦闘準備を告げられた。到着時には、キャンペーンが終わっている計算だが、手こずっているよういるようなので、少し手伝います、と。言葉の途中で、空域に入り一隻の戦闘艦が、正面にみえた、その戦闘艦の後方から、進入し我が機は友軍であることを示すため、翼を左右に振り、その艦を追い抜かした、瞬間、後ろから、主砲の一斉射が、今度は、我々を追い抜いて敵艦に向かって行った。続けて、後で、傭兵の戦闘艦に雇われたなど、理由を付ければ、問題はないと、迎撃機や、直掩機をお願いします、座席下から伸びているトリガーで、機関砲を頼みますと、言い終わると、ブースターの出力を上げ突っ込んでいった。後部座席が、180度回転し、照準器が現れ尾部銃塔、後部銃塔、下面銃塔とそれぞれ独立した、機関砲の担当となった。進行方向と逆の後ろ向きになっているせいで、目標物から遠ざかる錯覚を起こし暫くは、不思議な感じだったが、敵機を落とす度に、あっという間に慣れてきた。操縦桿握っていると、細かい振動と共にトリガーにそれは伝わりそれぞれの照準に敵機が合わさり機関砲から曳光弾が、吐き出された。
情報局の訓練で2、3回戦闘機には乗ったことしかない私でさえ、この雷撃機乗りは、その神業に近い。それほどまでそう感じるほどのテクニックであることは、感覚でわかる、ほぼ一発打ち込んだだけで駆逐艦が、巡洋艦が次々沈んでいく、この機が通り過ぎた後は、大破して沈んでいく船を見送っている感覚になる。わたしは、私で、この機を刈ろうとして追いすがって来る機は残らず落としていった、右から追いつく機をその照準に合わせ、羽をふきとばし制御を失ったまま左に流れていくそれを、追い打ちをかけるよう下部銃塔で止めを刺す、後ろから噛みつく機は尾部銃塔の餌食とした、上下から挟むように襲ってくるものは、弾幕を張り近づかせないようにし、怯んだ方の機を見逃さず、急所を打ち抜き、逃げる機の胴体を真っ二つにした。後ろの彼女から、さすが、王族に名を連なれるお方、さすがでございますと、ヘルメットから、賛辞を言ってきた。その時、頭の片隅に先程の思考の続きが、リプレイされた。そう、後ろの彼女と初めて会ったときは、あの時は、あのハッタリはいいアイデアだと思ったのだが、考えてみると、新型兵器の、秘密を知っているであろう、あのお姫様とやらに接触するためにここまで来たが、このままいけば自然あの傭兵とやらの艦に行くことになる、確かに会うことができる、ただ、銃口を向けた本人に直接だ。当然、王族でないこともその場でバレて、逆にこちらの身がどうなるか。このまま、手伝ったことを加味しても、王族の名をかたり、しかも危害を加えるようといたことは事実で、ただでは済まないはずだ。ほぼ、宇宙に放り出される。
そう、気が気でない状態でも、訓練で体に染みついた事は、戦闘状態であることで自然と出るもので敵機はその間でも、撃ち落としていった自分に少し驚いていた。賛辞をおくっていた、その口調と明らかに違う口調で、私にではない独り言のような、語気が強い、吐き出すような、誰に言っているのか、こんな奴に・・・、私の父が・・・、全然当たってない・・・、どこを狙っている・・・。と、まるで、誰かを叱り飛ばしている憤懣を吐露している。
戦いは終盤を迎え、敵は輸送艦らしきものを残し、徐々に撤退をし始めそれに代わって、どこから出てきたのかその容姿の違う戦艦が、取り囲みだした。暫く残党狩りのため、戦場を駆け回っていたが、やがて、抵抗がなくなり、敵の撤退を確認すると、御姫様とやらがいるであろう戦闘艦に向かって、機首を向けた。私にとって、その艦が、人生の終わりを告げるのか、それとも奇跡をもたらすものか、どちらにせよ、運命に向かって、進んでいることだけは確かである。
座席が、元の位置に回転し固定され、正面にその艦が見えた時、再度、翼を左右に振り、味方、友軍であることを示し、戦闘艦から、着艦位置の指示を受け、ブースターを吹かした。
物語にお付き合いくださり、本当にありがとうございます。