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正面のモニター画面には、現在地と、この艦の航行してきた軌跡。そして、これから向かう目的地が映し出されていた。電探装置の調子が悪いのだろうか、モニターにハウリングを起こしているのだろうか、この艦の近くにマーキングが点いたり消えたりしている、先の青い湖の保養所で骨休めした時に全面的な修理、オーバーホール、補強強化をしたはずだが、また、あの星に寄港したときは、整備に、クレームを入れなくては。と少し自分で、調整できるか、試していると、後ろから、精が、でますね。と侍女が、声を掛けてきた。あ、と俺は、声を出してしまって、固まった。保養所で、AIアンドロイドの彼女と喧嘩を見てから、俺もなんだか気まずい。確かに彼女たちのあられもない姿を、事故ではあるが、見てしまった。見てしまったことに対し、大変申し訳ない事をしてしまった。それは、あくまで、事故だ、だから、一生添い遂げるとか、そう言ったことは、もっと他にいい男性が、君たちが言う殿方が、現れるから、その、俺みたいな、朴念仁じゃなく、もっといい人がきっと。ね、だからその、あんまりそうやって近づいていてこられても、いや、ちょっと、これから、調整もあるから、ちょちょ、ちょっと。と、言ったところで、何しているんですか!とAIアンドロイドの彼女が、飛び込んできた、彼女は、侍女に向かいあの時言いましたよね、この人は、私の物ですって。侍女も負けじと、殿方に物とは何ですか、私も言いましたよね、掟だって。二人とも、鼻が触れるほどの距離で、今にも取っ組み合う寸前の状態になり、言葉にならない、ほとんど唸り声に近い声で相手を威嚇していると。あの、と言って、続けて、もうそろそろお約束のお時間ですが。と、禿がお姫様と共にコクピットに入ってきて、声を掛けてくれた。侍女は2、3言葉をAIアンドロイドに投げかけ、お姫様と言って出て行った。
少し後で、コクピットから出ようとする、禿に向けて、約束って、と聞くと。特にありません、強いて言えばお茶の時間とでもいっておきます、お姉様と胸のエラソーなアンドロイドさんが、喧嘩しそうだったもので、お止めした方がいいと思いました。胸のエラソーな?と俺が問い返すと、口に手を当て、しまったという風に顔を真っ赤にしながら、いえ、ごめんなさいAIのアンドロイドさんですと言い直した。あまりその先は突っ込まないように聞き流した、コクピットを出る寸前に足を止め、あの。この艦には何か、といいかけて、いえ、何でも。それより、お姉様だけでなく、わたしや、御姫様の大事なものを見たことをお忘れなきよう。我々にも意地がありますから。と言葉を残して、つい、とでていった。後ろ姿に向かって、とにかく止めてくれてありがとう、と言って送り出した。向き直って小さなため息をして、とにかく喧嘩はしないように、とAIアンドロイドの彼女に注意する俺。だって、三人が三人ともあなたを伴侶にすると言っているのに、落ち着いて居られますか。と鼻息を荒くした彼女。それに、何!あのちっこい女の捨て台詞、と言って飛んでいくような鼻息をいきまいていた。それを見て、また小さくため息がでた。
合流地点近く、ランデブーポイントに接近したころ、あの協議会の事務所でもらった、次のキャンペーンのオーダーを見返した。オーダーは、こうだ、戦線の伸びた兵站線を断つ事、輸送船団の護衛船排除がその任務であった、そして、輸送船の無傷での鹵獲のための確保、が、そのオーダーだ、オーダー外だが、無力化した後は、同盟星域軍と連盟星域軍が輸送船を鹵獲し、補給ルートを確保するといったものらしい、まあ、露払いの後、おいしいところを持っていくといった寸法か。今回の敵は枢軸星域軍のようだ、今回は、合戦ではないので、名乗りは不要で、軍監は不在だ、恩賞などは、キャンペーンの成功、失敗。出来高のパーセンテージで、決まってくる。駆逐艦が周りを固めて、重巡と戦艦で補完している輪形陣を組んでいるようだ、どれだけ沈めて、どれだけ無傷で引き渡せるかが勝負と言ったところだ。
前回の修理、補修で攻撃力、防御シールドも強化したから、こんなキャンペーン、すぐにでも終わる。同じく、何組かの傭兵が集まってきた。それぞれに絶対座標と、絶対時間を合わせ開始の合図を待った。
御姫様一行は、念の為一番安全な、居住区から出ないよう言い含めている。お姫様連中に傭兵の仕事をさせるわけにもいかない、あの時将軍が俺を武士と見込んで託されたお姫様一行だ。そう思いながら戦闘準備に入っていた、コクピットでは彼女はいつも通り髪の先を端末に接続し座標を入力中だ、主砲の榴弾装填、目標前方の敵。発射用意!アイアイと彼女はいつも通り、元気な返事と、チラチラこちらの様子を伺いながら、にじり寄ってくる。ここまでは、いつも通りだった。合図とともに戦端は開かれ、主砲の光跡がその破壊すべき対象物に向かって宇宙を織る機を織る縦糸のごとく、走っていった。だが、ことごとく主砲は逸れて行った、最初は信じられなかった、今までこんなに外したのは、駆け出しのころ以来だ、もう一度、装填し直し、再度座標を入力した、端末を何度も抜き差しし、接触が悪いのか何度も試しているところを見ると彼女自身も焦っていた。第二弾三弾と光跡は敵に向かっていくが、ズレは修正出来ないでいる。しまった、座標が一々狂ってる、なぜだ、おかしい、照準もずれている、やっぱりついさっきモニターにハウリングの症状も出ていたのは見間違いではないのか。電探も感度が悪い、修理、整備と、補強はしたはずだ、その間も敵艦の主砲は機織の糸の様にこっちに向かってくる。シールド最大出力、を命じ、艦首を捻った。直撃は躱したもののそのせいで、こちらが同時に撃った炸裂弾、徹甲弾が大きくそれ、輸送船の鼻先を掠めていった、オーダーでは輸送船を傷つけるなと、重要項目の一つになっていたから、雇い主から、次からの仕事が入ってこなくなる。とにかく一旦調整し直すにしてもここまで、戦端がひらかれ、入り乱れている状態では立て直しも難しい。音声モニターや、通信では此の艦の不甲斐なさに非難が火を噴いたように投げかけられている。作戦が進行しているので、引くことも、出来ない、そこまで考えると気が付いた、まさかAIアンドロイドの彼女が、狂ってる。まさか、その間もこの艦に何発か着弾している、その度にごめんなさい、ごめんなさい、と謝りながら何とか自分で立て直そうと、非常用の端末を自身に接続し何とか踏ん張っていた。そのうち深刻なダメージを報せる非常用のアラームが鳴りだした。非常用の電源に切替わり、薄暗くなった艦内にアラームが、鳴り響いていた。その間も、ごめんなさいを繰り返しながら、彼女は頑張っていた。もうこれまでか。と、御姫様一行だけでも逃がさなくてはと、居住区を切り離し脱出させようと、居住区用の通信機に手をかけた時、閃光の光跡が、横切った。明らかに主砲や、通常弾の類ではなく、意思があって自在にその軌跡を描いている、今度はその光跡が通った後には、敵駆逐艦、巡洋艦がある物は二つに、ある艦は三つに、または粉々に砕けて沈んでいった。輸送船団の先頭から殿まで、その光跡は走り、殿から今度は輸送船の間を縫うように走り、綺麗に敵艦を沈めていった。見るとそれは戦闘機、いや、よく見ると雷撃機だった、錐揉しながら、エンジンのバーナーが一層輝きを増すことが、出力を上げたことの証左で、可視範囲の始まりから、終わりまでが、通過することで、軌跡を追うように、その通過した範囲の艦がことごとく沈んでいった、一発づつ直撃弾を見舞われた駆逐艦、巡洋艦は、その撃沈する運命から逃れることができなかった、それくらい正確無比。その雷撃機の機首がこちらに向き翼を左右にバンクさせた、味方友軍の合図だが、俺の知り合いで、雷撃機単体で傭兵を生業にしている仲間は記憶にない。その間にも距離を詰め、俺の艦と並ならんだ、再度翼を左右に振り合図をおくってきた。彼女に雷撃機と通信つなげるよう言い回線をひらいた。我、貴艦に着艦を乞う。と続けて、原隊名や官、姓名を名乗り、委細は後ほど、と付け加え。通信が終わった。同時に雷撃機はエンジンの出力を上げ、敵艦の中に突っ込んでいった。どうやら、友軍の類だが、ハッと振り返ると、非常用のアラームが鳴っていたので、コクピットに心配でやってきたと、御姫様一行が知らない間にいた。通信内容は聞いていたようで、侍女や、禿は何か思い出したようで、アッと声を上げたのは、侍女の方だった、確か、と。原隊の所属や、当時軍の雷撃機であることがわかった、正面モニターのリザルト画面の履歴を見ると、あの最後の将軍の所属の部隊であることが確認できた、その生き残りが、生存していたことに侍女たちは喜んでいた。同胞が一人でも多いほうが、心強いのだろう。その後も手動でなんとか、こちらの方も持ち直し、終盤に差し掛かり、こちらが優勢であることが、大勢を占めた頃、輸送船を残し、敵は撤退を始めた。入れ違いに正規軍が輸送船を鹵獲し残っている敵を、完全に追いやり、キャンペーンは終了した。落ち着いた頃、散っていった武士のために拳を目の前に掲げ、片膝をつき拳を床に触れ暫く鎮魂の黙祷をささげた。
ほぼ無傷で、接近してきた雷撃機に、格納庫を指定しそこに着艦させた。風防が開き中からは、戦闘服と、到底戦闘には似つかわしくない、ビスチェを纏ったミニスカートの女性が降りてきた。戦闘服のヘルメットを外し女性と分かった時、俺の後頭部にAIアンドロイドの彼女の、あの視線が突き刺さっていることに、気が重くなった。ハ~とため息を付いていると、戦闘服の娘はツカツカと一直線に俺に向かって足早に近づいてきて、あなたがこの戦闘艦の艦長ですか。と問いただしてきた。俺がその通りと答えた刹那、平手が飛んできた。貴様、わが父を愚弄するか、こんな情けない戦い方をする奴にわが父は負けたというか。貴様!と言い、今度は持っていたヘルメットで殴りかかろうとして、右手を上げた。その時、俺は悟った。そうか、あの将軍の娘か。致し方がない、今回こんな戦い方をしたのだ、ここは素直に殴られようと、覚悟を決めた時。控えい!と凛としたそれでいて良く通る声で一喝したのは、御姫様だった。そちは、この殿方がわらわの未来の夫であることを知っての狼藉か?何より、そなたの父君の忠心を愚弄するのはそちであるぞ、正々堂々武士として生き、散って逝ったものの勝負に異を唱えるか!と、そこまで言って続けて。が、そちの助太刀は大変うれしく思うぞ、感謝する。さすが将軍の娘。礼を申す。と言い終わると、控えていた戦闘服の娘はワッと泣き出した。その泣き声は格納庫に響いていた。
物語にお付き合いくださり、本当にありがとうございます。