水の力と炎の力
光のトンネルをくぐると、そこはさっきとは全く違った空間だった。
壁にはたくさんの本が並び、机の上には様々な色の薬液が入ったビーカーやフラスコがならんでいて、ガチャガチャとビーカーを混ぜる音がし、それから、咳の時におばあちゃんがくれる漢方の飴のようなにおいがした。
白衣を着て、ガチャガチャと実験をしているのは、一瞬人のように見えたが、二足歩行をしているアライグマだった。5匹ほどいる中の1匹が流し台を泡まみれにして洗っていた。そのアライグマの姿を見ながら、「あらいぐまだ。」とゆうすけがつぶやいた。作業中だった別のアライグマがジェムおじさんに気が付き、手を止めて頭を下げている。どうやらジェムおじさんは、ここの偉い人のようだ。
ジェムおじさんが机と机の間を進みながら、「さあ、こっちへ」とその手のような翼で手招きをする。こうすけとゆうすけはきょろきょろと部屋を見ながらついていった。
奥の部屋へ案内され、こうすけとゆうすけはソファにすわった。この部屋も壁一面が本棚になっている。奥には勉強机のような一人用の机が、座った人がこちらを向くように置いてあった。ジェムおじさんが机の引き出しを上から順に開けては閉め、がさがさと探し物をしている。上から3段目の引き出しで、目的のものを見つけたらしく。あったあったといいながらこうすけとゆうすけの前のソファにすわった。
「おまえさんたち、これを見てくれ。どんなふうに見える?」
手のような翼で器用にもっているものは、円柱体で、木で枠組みをされた真ん中にガラスの筒があった。その筒の中で、雲のようなものが形を変えながらフワフワと浮かんでいる。
「雲?」
「わたあめみたい。」
こうすけとゆうすけがそれぞれ答える。
「こうすけくん、持ってみてくれ」
差し出された円柱体をこうすけが受け取った。すると、中心の雲がモコモコとおおきくなて水になり、円柱の中が水でいっぱいになった。
「ほぉー。次は、ゆうすけ君」
こうすけがジェムおじさんに円柱体を返し、それをそのままゆうすけに渡した。すると、水がすっと消えて中心に炎が現れた。
「これはこれは。水の力と火の力か。なんとも。これまでにお前さんらのまわりで不思議なことが起こったことはないかな?」
こうすけは自分が透明に見えたことを思い出して言った。
「さっき、おじさんの家に行く前、僕の体が透明になったんだ。おじさんの庭にそっと行ったとき。」
「うん、お兄ちゃん、声だけになってた。そのあと、急に現れたんだ。」
ゆうすけも言った。
「もしかして、あの時かな。庭に魔法の痕跡を感じた。けど、なにもなかった。そうか。あれはこうすけ君か。」
こうすけは去年の夏のことも思い出していた。飼っていたカブトムシが死んだので、家の裏の南天の木の根元に二人で埋めた。こうすけの家の南天の木は特別で、はじめは1本の木だったようだけど、根元から何本も何本も重なるように生えていて、いちばん高いところは3メートルもあって、まるで南天の森のように繁っている。その根元に穴を掘っていると、一瞬とっても大きな光に包まれた。まぶしさで目をつむり、目を開けた時にはもう何もなくて、思わずゆうすけと目を見合わせた。二人とも気のせいかと思ってそのまま何もなかったように、カブトムシを埋めた。
「うまく透明化できていたな。今度は、両手を前に出して手のひらを上に向けて、”スターティア”と唱えてみてくれんかな。」
こうすけとゆうすけはおじさんの言う通りに手を前に出し、同時に唱えた。
「スターティア」
すると、首元から胸、手にかけてじんわりと熱く感じ、その直後に、こうすけの手のひらから天井に届くほどの大きな水柱が立ち上り、ゆうすけの手のひらからは水柱と同じくらいの大きさの火柱が出現した。
「わっ。」
二人は小さな声を出して一瞬だけ驚いた。だけど、水は冷たくないし、炎も熱くなかった。不思議だけど、これは自分の力なんだと、自然と理解した。頭脳明晰で責任感の強い兄のこうすけの水の力、天真爛漫で活発な弟のゆうすけの炎の力。それぞれ二人らしい力だった。
「これは。ここまでの力だったとは。」
ジェムおじさんが、大きな二ギョロギョロした目で二人をじっと見つめながら話始めた。
「こうすけくん、ゆうすけくん、聞いてくれ。ここはドワール王国という王国なのじゃ。こちらでは、そちらで言う人間のことを”ヒュゴル”と呼んでおる。ドワール王国とヒュゴルの世界は互いに影響しあい、干渉しあい、つながっているが、同じ場所にあるわけではない。ドワール王国は、おまえさんらの世界でいう動物が進化し、繁栄しているのだ。」
「お兄ちゃん、繁栄ってなに?」
小声でゆうすけが聞いてきた。
「うーん、この国では、人間じゃなくて動物が進化して力が広がってきた、ってこと。」
「なるほど。だから、おじさんがフクロウだったり、アライグマが人間みたいに働いていたりするんだ。」
ジェムおじさんが話を続けた。
「もともとドワール王国は、魔法の力でとても豊かな国だった。今のおまえさんらが持っている力だ。この国は魔法の力の大きな結界で囲まれていて、とても平和で安全で、秩序がある国だった。でも、40年前、この国の魔法の力は、急に封印された。誰が、なぜ、どうやって封印したのか、この研究所で調べておるが、まだ封印を解くことができておらん。魔法の力はいくつかのかけらに分けて封印され、その一部がヒュゴルの世界に持ち込まれているということがわかった。その痕跡を追って、わしはあの家に行き、残された魔法の力を使ってあの家の住民として探っていたというわけだ。あの辺りの住民には、わしがもともとの住民であるように魔法をかけていたのだが、おまえさんらには効かなかったようだな。それもおまえさんらの魔法の力によるものか。」
「でも、魔法の力は封印されたのに、なんで僕たちに魔法の力があるの?」
こうすけが聞いた。
「そうなのじゃ。そもそも、魔法の力は生命力そのもの。ヒュゴルの世界では、花が咲き、木々が生い茂るために生まれ、それを生き物たちが摂取して生きるために使われる。もちろん、人間が自由に使えることなんてことはない。なぜ、おまえさんらにこれほど強い魔法の力が宿ったのか。」
その時、「ガオー!!」と大きな動物が叫ぶような声が響いた。