魔法の力
「あぁ、君たちはお隣の子かな。大きくなったね。でも、勝手に入ってきたら駄目じゃないか。」
話しかけてきたおじさんは、目はぎょろぎょろとしてまん丸だけど、こうすけが見た時と違って見た目は人間だった。髪の毛もちゃんとある。服もワイシャツにワイン色のベスト。眼鏡もかけていた。
「あれ、普通に人間じゃん。」
ゆうすけがつぶやいた。見間違いか。
「おじさん、ここに住んでる人?ここ、誰も住んでいないんじゃなかったの。」
ゆうすけが、友達のおじさんに話しかけるように人懐っこく聞いた。
「先週、この家に戻ってきたんだ。ジェムおじさんだよ。覚えていないかい?
いやぁ、懐かしいね。こうすけくんとゆうすけくんだったね。お菓子がたくさんあるんだけど、食べきれなくてね。よかったら上がっていかんかね。」
こうすけは、一度家に帰って頭を整理したかった。それに、お隣はこうすけが物心ついたときからずっと空き家だったので、ジェムおじさんという人も知らなかった。
「そうなんだ。いいの?ラッキー。ありがとうございまーす。」と、ゆうすけがお菓子につられて入っていった。こんな時、ゆうすけは本当に遠慮がない。けど、いつも満面の笑顔と愛嬌でお礼を言うので、お菓子をあげる側をいつも喜ばせてしまうのだった。仕方なく、こうすけもゆうすけについて、おじさんの家に入っていった。
玄関から招かれるまま、リビングに案内されると、不思議な空間だった。なんというか、外の音がまったくきこえなくて、この部屋だけ時間が止まったような、空気の流れも止まっているような不思議な感じがした。古いけどふかふかそうな椅子が6つもある大きなテーブル。彫られた模様が細かく隅々まで描かれていた。周りにも、キラキラした壺や絵が飾られていた。どれも、ライオンやキリン、象や鳥など、動物をモチーフにした模様だった。キッチンの方からジェムおじさんが大きなお皿にたくさんのお菓子を乗せて持ってきた。
「さあ、食べてくれ。年寄りの一人暮らしだとお菓子もあまってしまうからね。お茶も入れよう。ミルクとお砂糖もいるね。」
二人は椅子に座ってお菓子を食べた。とてもおいしかった。こうすけは今までの緊張や疲れがやわらいで、何個も食べた。お腹が落ち着いたのであらためお菓子のお皿を見ると、猫の形をしたクッキーの目がキョロっと動いたように見えた。驚いてじっと見つめたが、ただのお菓子だった。
部屋の奥の窓側には、黒くて大きな犬が寝そべっていた。顔をあげてこちらをちらっと見るとまた元のように寝そべった姿勢になった。
「大きな犬だね。」ゆうすけがこうすけに向って言って、お菓子を片手にしたままゆっくり近づいた。すると犬がゆうすけの方を一瞬見てすぐに元のように伏せて目をつむった。
「犬ってもっと人懐っこいものなんじゃないのかよ。」
塩対応な犬にゆうすけが言いながら、クッキーに手を伸ばした。
「いてっ。」
噛まれたような感触を感じて、手を見るとくっきりと小さな歯型が付いていた。
お皿を見ると、猫の形をしたクッキーがニシシと歯を見せて笑っている。
「ひっ。」
ゆうすけはおどろいて、3歩も後ずさりしてそのまましりもちをついた。
「お兄ちゃん!!!クッキーに噛まれたぁぁぁあああああ!!!!!」
こうすけは口を開けて固まっていた。その光景を見ていたからだ。
クッキーの猫の目がぎょろっと動いて、ゆうすけの手を噛み、笑った。その後はすぐもとのクッキーに戻った。
ジェムおじさが、奥からスリッパをパタパタと鳴らしながら駆け寄ってきて、ゆうすけの手を見た。
「これはこれは。いたずらクッキーに噛まれておるな。いたずらクッキーはヒュゴルには反応せんはずなんだが、いったいどうしたことだ。」
ジェムおじさんは、ゆうすけを見ながら言った。クッキーが噛んだことよりも、クッキーに噛まれたゆうすけに驚いている様子だった。
ジェムおじさんは、なぜだなぜだとぶつぶつ言いながらゆうすけの顔や身体を観察した。
「ま、まさか、魔法の力があるのか?」
ジェムおじさんが、ぎょろぎょろした目をさらに大きく見開いて言った。
こうすけは、はっと我に返って今日のことを思い出した。
「魔法か。魔法なら納得できる。透明になったこと。」
ゲームでもTVアニメでも、だいたいの主人公は魔法が使える。魔法が使えなくても異次元の力を持っていて強い。
ゆうすけは、魔法の力という言葉にワクワクして、目を輝かせた。
こうすけは、ゆうすけと同じようにワクワクする半面、ありえない、冷静になれと自分に言い聞かせた。興奮する気持ちを抑えて、ジェムおじさんに聞く。
「魔法の力ってどういうこと?」
「そうだな。本来ヒュゴルにはないものだ。魔法の力を使えば、瞬間的に場所を移動したり、能力を強化したり、体の機能を回復させることができるじゃ。」
「回復って、病気を治したりすることもできるの?」
「寿命を延ばすことはできんが、強く特別な魔法の力があれば病気を治したり、消耗した体力を回復させたりすることができる。魔法の力とは、生命力そのものなのだ。やはりこの世界にも、魔法のカケラがあるのだろうか。おまえさんたちに見てもらいたいものがある。わしの研究所へきてくれんか。」