第九十一話 かぐや姫と十二人の巫女
この話は約二千六百文字です。
徳田財閥の理事長を乗せた赤いヘリコプターが東富士見町保養所に到着した同じ時刻、上空の大気が振動した。
快晴だった青空に雲が湧き上がり天が渦を巻いてセピア色に変わった。そこには三十五ミリカラーフィルムを反転した色の無い空があった。
生暖かい風が三日月姫の襟元に息を吹きかけ頸を撫でた。三日月姫に随伴している従者の未来も辺りの異常に気付き空を仰ぎ見る。
「未来、顔色が変じゃが、なにか心配があるのじゃな」
「姫さま、滅相もござりませぬ」
「じゃが妾三日月の目には、未来の心が見えるのじゃ」
従者の未来は三日月姫の心遣いに言葉を失い、嬉しさのあまり微笑みが溢れ未来は眼のやり場に困った。
「姫さま未来はーー いと嬉しゅうござりまする」
「未来、妾に包み隠さず申すのじゃよ。三日月は未来が頼りじゃ」
「姫さまの十二人の巫女の声が・・・・・・ 」
「未来もーー そこはかとなく聞こえておったのじゃな」
従者の未来は言葉にならずに三日月姫の口元をじっと見つめていた。
「未来、妾もーー あの向こう側から懐かしい巫女たちの声が聞こえているのじゃよ」
三日月姫と未来は高鳴る鼓動を抑え、気付くと声の方向に足早に歩き出していた。
昼間夕子はマンションと保養所の間に進む三日月姫と未来を目で追いかけるのが精一杯だった。
夕子たちの視界の中に突然霧が湧き、ひんやりとした季節外れの冷気が三日月姫と未来の二人を包み込んだ。二人の姿が霧に覆われ見えなくなった。霧の色が徐々に紫色に変わり大きな渦巻きが夕子の眼前に現れた。
渦巻きの中心に神社の社と大きな茅葺き屋根が見えた。黄金の光に包まれ金色に反射した屋根の真下に屏風の襖絵が見えている。襖が音もなく両側にスルっと大きく開いた。
社の左右には朱色の鳥居が鎮座して正面の大きな鳥居と結界を結んでいた。
鳥居の間に見えている石段の奥の襖から巫女が姿を現した。
石段を巫女装束の娘たちが並んで三人降りて来た。三人また三人、最後尾も三人だった。
巫女たちが石段を降り終わり、夕子たちのいる場所に向かっている。
三日月姫と従者未来の姿が見えない。
東富士見町の雲はキラキラと光を帯び輝きを増した。そこだけが切り取られた別空間のように輝いている。
昼間夕子の頭を神隠しの文字が過る。
「・・・・・・ きっとこれは目の錯覚よ。ここは東富士見町マンションの玄関の筈よ」
昼間夕子の前に淡い桃色の巫女装束の娘が次々に現れた。
夕子が目を凝らすと、巫女たちの中心に三日月姫と未来がいることに気付く。
「三日月姫さま、その娘たちは・・・・・・。どなたですか」
「夕子、忘れたのじゃな。この巫女装束の子らは妾の従者じゃよ。そして未来の下で仕えている巫女たちじゃ」
夕子は三日月姫の言葉を聞き巫女たちに視線を向けた。
巫女の一人が夕子の波動に気付き夕子に駆け寄る。
「如月でござりまする。未来さま」
夕子の前世の脳裏に如月と名乗った娘の記憶が突然蘇る。
「如月、懐かしいお名前に言葉が見つからない」
「未来さま・・・・・・ 」
星乃紫と朝霧美夏が眼前で起きた超常現象に口を片手で覆いながら言った。
「昼間先生、巫女は十二人います」
「星乃先生も、数えていたのですね」
朝霧美夏が星乃に言った。
「星乃先生、これは口伝で耳にしたことがある、かぐや姫の十二巫女じゃないでしょうか」
昼間夕子は興奮して上擦った声で言った。
紫色の渦巻きの奥に見えていた神社の社が消え十二人の巫女だけが現世に残って夕子の前にいる。
同じ時刻、夕子たちに遅れてマンション玄関に到着した帝も事態に気付く。
「三日月姫の従者も来たのじゃな。今宵は賑やかになるじゃな」
「帝さま」
安甲神社神主の次郎だった。
「なんじゃな、神主」
「はい、よろしければ、安甲神社にお連れしたいのですが」
「うむ、良かろう。じゃが今宵の宴のあとが良かろう」
神主は帝の言葉に小さく頷き言った。
「では明日、ご一緒させてください」
「うむ、良かろう」
帝と神主のやり取りを耳にした夕子は我に帰り大きなため息を漏らす。
夕子は十二人の処遇を何も考えずにいた。
そんな夕子の様子に気付いた星乃紫が助言する。
「昼間先生、隣の東富士見町保養所が使えないかな」
夕子が黙っていると朝霧が星乃に言った。
「そうーー それがいいわ。ここのマンションより広いし」
「朝霧さん、星乃さん、斉藤さんに聞いてみるわね」
夕子は言葉より早く斉藤由鶴司令の携帯に連絡を入れた。
「夕子さん、今は、それでいいわ。今はね・・・・・・ 」
「斉藤さん、なんか奥歯に物が挟まったように聞こえたのですが・・・・・・ 」
「夕子さん、今はまだ言えないの。世の中には知らない方が良いこともあるので」
「わかったわ。じゃあ、ここにいる巫女たちは保養所滞在で良いのね」
「申請は受け付けたわ。今夜は、保養所の夕子さんのお部屋が良いと思うわね」
斉藤の言葉を聞いて水戸保養所の日々を思い出す昼間夕子の心に思い出が込み上げた。
三日月姫と従者の未来が夕子の前に来て言った。
「夕子、妾の従者も今宵から世話になるのじゃが良いか」
「姫さま、夕子は今も姫さまの従者でございます」
「そうじゃな、夕子は生まれ変わっても妾の従者じゃ。過去未来関係なく」
東富士見町マンション玄関に出現した紫色の渦巻きは消え、上空のキラキラ雲も消えていた。
快晴の青空から春の日差しが降り注ぎ暖かい。
夕子たちはマンションに戻らず東富士見町保養所の正面玄関を目指した。
夕子の携帯が鳴った。
「夕子さん、山下です。ちょっと前に保養所に到着していますが、何かありましたか」
「山下さん、徳田理事長にお伝えください。今宵は賑やかになりそうですと・・・・・・ 」
「わかったわ伝えるけど、さっき紫色の大きな渦巻きを目撃したのよ」
「あれはもうないけれど、今は保養所の上空に大きなどす黒い雨雲が現れているわ。さっきまで快晴だったのに」
夕子が山下に連絡をしていると上空が光始めた。
「夕子さん、お天気悪そうね」
「東富士見町のお天気はいつもと同じだから大丈夫よ」
「そうねーー この町は東都の特異点ですものね。常識で判断出来ないわ」
夕子は秘書の山下との会話を終えて従者の未来に伝えた。
「今夜は、水戸の続きの宴になるわよ」
「夕子、帝も三日月姫もお喜びでござりまする」
「未来、あなたは昔と変わらないのね。私は十二人の巫女たちとの再会の奇跡に胸がいっぱいよ」
夕子が姫の従者の未来との会話中ーー 夕子の中から精霊の囁きが聞こえた。
「夕子、前世の契り・・・・・・ 」
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三日月未来




