第九十話 東富士見町保養所
この話は約二千三百文字です。
三日月姫の従者未来が昼間夕子の後ろを見てため息を漏らしている。
三日月姫が未来の肩にそっと手を置いて言った。
「あれが生まれ変わりとは・・・・・・。など思うて見ても何も変わらぬでござる」
「三日月姫さま、時間とは時に残酷でござりまする」
夕子たちは東富士見町の見慣れたスーパーの前に到着した筈だった。
三日月姫が夕子の紺色のジャケットの袖を引いた。
「三日月姫さま・・・・・・ 」
「夕子よ、景色が・・・・・・ 」
夢乃神姫と真夏が囁く。
「季節が変な」
「姫兄、違うよ。スーパーが新しくなっているわ」
「でも桜が咲いているけど」
避難生活の長さを忘れていたことに気付く頃、安甲次郎神主が昼間の前に駆け寄って来た。
隣には兄の一郎と巫女の花園舞が緊張した様子で夕子を見つめる。
「夕子さん、信じられないことですが、我々は集団でタイムスリップしているようです」
「神主さん、意味が分からないわ」
「目の前の桜の木、覚えていますか」
「知っているわよ。昔からここにある木じゃないの」
「ここの桜の木は植樹して間も無いのですよ」
「あら、木が変わっているわ。町ごとインフラを変えたのかしら」
「昼間先生冷静になってーー 周囲を見てください」
夕子は安甲に諭されて改めて景観に違和感を覚える。
「ここは東富士見町スーパーじゃあないの」
「東富士見町ですが・・・・・・。ただ時間軸が」
「神主さん、だって私たち何も変わってないわ」
「多分、以前起きたことの逆かも知れないと・・・・・・ 」
真夏の兄のヒメが夕子たちのマンション方向を見て指先を向けた。
「お兄ちゃん、なにしているの」
「真夏も視力いいよね。あれを見て」
「ええええ、なにあれ。水戸保養所じゃあないの」
「そうなんだ。水戸保養所がマンションの右側にある」
夕子たちが真相に気付くまで時間はかからなかった。夕子の携帯がけたゝましく鳴り響く。
星乃紫と朝霧美夏が夕子に冷ややかな視線を向けて囁いた。
「先生、マナーモードよ」
夕子は二人の囁きに答えず携帯の相手の声に驚く。
「斉藤さん、それ本当なの」
「ええ、私が未来で見た出来事の一部よ」
「わかったわ。じゃあ、あとで」
夕子は斉藤由鶴司令との会話を終えて安甲次郎神主に向いて言った。
「今、斉藤由鶴司令から連絡があったわ」
「・・・・・・。なんと」
「私たちはみんなーー 時空を飛ばされているそうよ」
「先生、よくわからないのですが」
「斉藤さんが未来で見た出来事は、天変地異だけじゃなかったの」
神主の双子の兄一郎が夕子を見てため息を吐く。
「まだ終わっていないのか・・・・・・ 」
夕子は呆然としている夢乃兄弟を見て言った。
「真夏ちゃんとヒメが見ているのは、水戸保養所じゃあないわ。
ーー あれは昼間財閥と徳田財閥が共同で建設した東富士見町保養所よ」
「先生、じゃあ・・・・・・。あれは」
「私たちは少しだけ未来に行ってしまったそうよ」
「少しだけって言うけど、東富士見町スーパーの燻んでいた壁が真っ白よ」
「そうね。何かが少しずつ違うわね」
夕子たちは状況を整理することを諦めてスーパーの店内に向かおうとした。
酒田昇が夕子の前に出て彼女を止めた。
「昼間先生とりあえずーー 先にマンションを確認してみませんか」
「酒田さんの言う通りね。買い物袋下げて自宅に入れ無ければ最悪ですから」
夕子の手に旗があればツアーガイドに見えただろう。
マンションに通じる緩い上り坂の歩道上を行く昼間夕子の横を酒田昇が随伴している。
その真後ろに三日月姫姉妹、帝、従者の未来と零が続いた。少し遅れて安甲神社の神主兄弟と巫女の花園舞、神聖学園の夢乃兄弟、日向黒子、白石陽子と母の式子の八人。最後尾に星乃紫、朝霧美夏、昼間春雄、御坂恵子の四人が他人の顔をして歩いている。
「星乃先生、目立つわね」
「朝霧先生、まるでマラソンの集団見たいよ」
「なるほど」
沿道にある染井吉野の桜の蕾が開花を待っている。
ヒメが真後ろから来る星乃を見て言った。
「先生、もうお花見シーズンですね・・・・・・ 」
ヒメは酒豪の紫を見てにやけている。
「こら!大人を揶揄うと高いわよ! 」
ヒメはペロっと舌を出して隣の真夏がヒメの腕を抓る。
「あのねヒメ兄、今のはイエローカードよ」
「そうかな、セーフと思うけど」
ヒメたちを他所に縦長の先頭グループは、東富士見町マンションの玄関に到着した。
「酒田さん、隣に保養所が出来ている以外に異変はないけど」
「昼間先生、とりあえずマンション内に入ってみましょう」
酒田がマンションの玄関で立ち往生している。
「昼間先生、やっぱりダメだよ」
夕子は斉藤由鶴司令の携帯に連絡して指示を仰ごうとしたが繋がらず苛々を隠せない。
ジレンマの中、安甲神主兄弟と同僚の星乃先生と朝霧先生が到着して夕子の様子に気付く。
星乃が心配顔で夕子に話し掛けようとした時、携帯が繋がる。
「あっーー 斉藤さん話しがあるの」
夕子の焦りが斉藤には声色で分かった。
「夕子さん、どうしたの」
「マンションの玄関がロックされていて入れそうにないの。そこで隣にある保養所、なんとかならないかしら」
「夕子さん、ロックの解除方法を教えるわ。それに保養所も利用できるから安心して、私もあとで行くから」
斉藤由鶴司令の遠隔解除後、昼間夕子と酒田昇を先頭に東富士見町マンションの玄関を通り抜ける。
マンションの右奥には水戸保養所を彷彿させる東富士見町保養所が建設されている。保養所の前庭は大きな発着ヘリポートになって植樹された真新しい桜の木が取り囲んでいる。
赤い遊覧ヘリがプロペラのけたゝましい爆音を響かせながら前庭の”H”マーク上空に接近してホバリングを始めた。
昼間夕子の携帯電話がブルブルと振動した。
「はい、昼間です」
「秘書の山下瑞稀です。まもなく到着します。理事長と代わります」
「はい」
「夕子さん、これから行くわ」
「はい、お待ちしています。徳田理事長」
お読みいただき、ありがとうございます!
ブックマーク、評価を頂けると嬉しいです。
投稿後、加筆と脱字を修正をする場合があります。
三日月未来




