第七十九話 理事長、筑波ヤマ晴れ!
『第七十九話 理事長、筑波ヤマ晴れ!』
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三日月未来
酒宴の翌朝、茨城の水戸保養所の周辺に靄が立ちこめていた。
徳田財閥の学園理事長は、特別室の中からガスに隠れて見えない筑波山の姿に思いを重ねている。
理事長は天気さえ良ければと思いながら秘書の山下に話掛けた。
「ーー はい、理事長。その件は、これからになります」
「山下さん、私はね、この先、百年続く大きな学園都市にしたいのよ。
ーー 昼間財閥さんには、モノレールや滑走路などの付帯施設の協力を考えているわ」
「じゃあ、理事長、学園都市の宿泊施設や女子寮はどうされますか」
「そこの青写真は昼間さん次第ね。
ーー 私の所はあくまでも、学園部分が中心なので」
「理事長は、未来で何を見られたのですか」
「そうね、今からだと百年以上先になるわ。
ーー 徳田財閥の子孫が、この皇国の大統領になっていたわ」
「理事長、皇国は大統領制ではありませんが」
「そうね、でも未来では変わっていたの。
ーー 私は、その時、きっと生きていないわ。
ーー でもね、その時代で必要な街を残して上げたいのよ」
精霊が徳田理事長と秘書山下瑞稀の前に現れた。
[あなたも、あなたも、その時生きている]
二人は意味が分からずに顔を見合わせていた。
[その時、生まれ変わっている]
精霊は消えて光になって輝いていた。
「理事長、今のは」
「噂で聞いたことがあるわ」
「ーー あの、生まれ変わりとか」
「山下さん、私はそういう考え方が好きよ。
ーー だって、そう考えないと世の中の矛盾が埋まらないわ」
「カルマとか言うのを聞いたことがあります」
「確かに、そういう仕組みがないと、悪事を働いても無罪放免になるわね」
「理事長と私は、百年後のこの国で生まれ変わっているのですか」
「分からないけど、もしもそうなれば、興味深いわ。
ーー ちょっと、脱線したみたいね。
ーー お天気、どうなるかしら」
[心配ない・・・・・・ ]
精霊が呟く。
徳田理事長と山下には、最初の驚きはなかった。
「さて、山下秘書、このあと、どうされますか? 」
「理事長、お天気回復しています」
「そうね。お空のお散歩をしましょうか。
ーー あの人たちも呼んでね。
ーー 山下さんは、御坂さんとヘリパイロットに伝えてください」
山下は、携帯から連絡を入れる。
「理事長が、あなたにスタンバイするよう言ってますが」
「分かりました。山下さん・・・・・・ 」
「ーー はい、御坂です。
ーー ええ、分かりました。みなさんにお伝えしておきます」
「昼間会長、徳田理事長から提案がございました」
「お天気回復で筑波山までの遊覧飛行を如何ですかと?」
「功と私は遠慮しておくが、若い人たちは楽しんでください」
「会長、ありがとうございます。
ーー 他の人に確認してみます」
御坂は携帯を切り、昼間夕子を呼び出す。
「ーー あっ御坂さん、何か」
「あの先方の徳田理事長が、遊覧飛行を如何かと打診しています」
「分かったわ。聞いてみるわね」
夕子は、酒田、安甲兄弟、ヒメに最初に尋ねてみた。
「夕子さん、高い所苦手ですから」
「私たちも、今回は遠慮しておくよ」
「先生、真夏と違って高い所は・・・・・・ 」
「男性四名なしね」
夕子は、呟いた。
夢乃真夏、白石陽子、日向黒子は二言返事で参加になった。
帝と白石式子は、保養所で留守番をしたいと言って逃げた。
前世の三日月姫姉妹と零が参加を決めたことで前世の未来も姫たちに従うことになる。
「御坂さん、男性四名と帝と式子さんが留守番になったわ。
ーー 女子生徒三人と三日月姫たち四名が参加ね。
ーー あと、私と星乃さんと朝霧さんも参加するわ」
「じゃあ、女性十人ですか」
「御坂さん、今時のヘリって、そんなに乗れるんですか」
「私も、知らないけど、遊覧専用ヘリなら大丈夫かも」
筑波山遊覧飛行に御坂を含めた女性十一人が参加した。
ヘリは、ホバリングをしながら高度を上げ、ジェットにパワーが点火され速度を増して飛んだ。
赤い遊覧ヘリコプターの機影が大地に映る。
「徳田理事長、古典教師の昼間夕子です」
「あら、あなた昼間会長のお孫さんだったのね。
ーー 本当、偶然です。
ーー 今、学園は建て替え計画で臨時休校を予定しているわ」
「理事長、それは、いつごろですか? 」
「この冬休みから春休みの間よ」
「長くありませんか? 」
「一年の中で調整するから心配ないわね」
星乃紫と朝霧美夏も半身を乗り出す勢いで狭い機内で理事長にすり寄る。
「星乃さん、朝霧さん、あなたたちの思惑通りにならないわね。
ーー だって、それって物理的な建て替えの問題ですから」
徳田理事長の奥歯に物の挟まった物言いに星乃と朝霧は肩を落とす。
「山下さん、今は、どの辺りですか」
「ええ、男体山と女体山が目の前に見えてきました」
「千メートルを超えていないわね。
ーー 昔ね、暗号で、こんなのがあったのよ。
ーー それは、“筑波ヤマ晴れ”なの
ーー 意味は、“直ちに帰投せよ”だったそうよ」
「理事長、私も“ニイタカヤマノボレ”なら映画で見たことがあります」
「あなた、女子高生なのに、そんな大昔のことを知っているの」
「ええ、これでも文芸部ですから」
「お名前、教えてくれる」
「はい、理事長、夢乃真夏と申します」
「昼間先生、真夏さんの通知書、良くして上げください」
「理事長、それは拙いでしょう」
「うちは私立なのよ。私が良いんだか良いのよ」
「分かりました」
「じゃあ、このヘリにいる女子生徒全員もね」
赤い遊覧ヘリコプターは、男体山を周り、大洗方向に機首を向け引き返す。
「理事長、筑波ヤマ晴れ」
真夏が理事長に微笑みを返していた。
ヘリのプロペラの爆音が耳障りに真夏の声をかき消す。
「真夏ちゃん、なんか言った」
「・・・・・・ 」
[ブルブル ブルブル ゴー]
『第七十九話 理事長、筑波ヤマ晴れ!』
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