第七十三話 夕子、元気そうで良かった!
昼間夕子たちは、御坂恵子を十三階に残し温泉に行く途中だった。
一階のエレベーターホールで一般エレベーターに乗り換え、八階の女湯の入口に到着する。
「先生、専用エレベーターって、ちょっと不便ですね」
真夏が夕子に言った。
「そうね、緊急時以外は途中下車出来ないわね」
「じゃあ帰りも、一階で専用エレベーターに乗り換えですか」
「そう言うことなるわね、真夏ちゃん。
ーー あそこのエレベーターはタッチパネル式だから大丈夫よ」
夕子たちは女湯の入口を抜け、脱衣所で衣服を取り、湯浴みに着替えた。
「先生、湯浴みは自由ですか」
「そうね、決まりはないわ」
夕子は日向黒子の質問に答えた。
「先生、凄い」
真夏が大きな声で言った。
「真夏ちゃんだって、凄いわ」
夕子が真夏に応酬する。
「わらわは、先にお風呂に浸かるのじゃあ」
三日月姫は、そう言って、内湯の外にある露天風呂に全裸で移動した。
未来と妹が、湯浴みを持って、慌てて後を追う。
「姫さま、湯浴みでござります」
「現世は、変わった着物じゃあな」
女湯の露天風呂は、八階のバルコニーの上に設置されている。
岩風呂の周囲を垣根模様の壁が取り囲んでいた。
「あれは、竹林でごじゃるかな」
「三日月姫さま、あれは模様でございます」
薄い緑色の湯浴み着を着た夕子が説明した。
「左様か、夕子、模様じゃな」
「はい、姫さま」
夕子は、内湯の檜造りの湯船に移動した。
「昼間先生、ここも外が見えないのですか」
白石陽子だった。
「覗き防止には、良いと思うわよ」
「でも」
「そうね、どこかにディスプレイリモコンがあるでしょう」
夕子は脱衣所に戻り、それらしきリモコンを見つけ露天風呂に戻った。
「多分、これかな」
夕子がリモコンを垣根模様に向けボタン押す。
露天の岩風呂を囲んでいた模様が左右に開いて行き、激しい音が聞こえた。
「あっ、これ開閉式なの」
「夕子、目の前にある、お山は何じゃ」
「あれは多分、愛鷹山でございます」
「あしたか」
「はい、富士山の前衛峰かと」
「美しいお山じゃな」
「はい、人気の名山でございます」
夕子は、温泉で紅潮した三日月姫の艶美な肌色に遠い郷愁が蘇っていた。
「夕子、わらわの背中を流すのじゃ」
「はい、ただいま直ぐに」
夕子は木桶に温泉を入れ、姫の背中にゆっくり掛けた。
三日月姫の生まれ変わりの星乃紫が夕子の脇に来て言った。
「姫さまが、お美し過ぎて眩しいので、ございます」
「星乃さんも、美しいのじゃあよ」
三日月姫が生まれ変わりの星乃紫を褒める姿を見て、前世の未来が緊張している。
「未来は怒るのじゃな。わらわは、ありのままを言っているのじゃあ」
昼間夕子、星乃紫、朝霧美夏、三日月姫と妹、未来の六人の女が内湯に戻った。
入れ変わるように夢乃真夏、日向黒子、白石式子、白石陽子が岩風呂に入る。
内湯は檜の香りが湯煙にアクセントを与えている。
すれ違いに、真夏が夕子に尋ねた。
「先生、窓が」
「あれも、上と同じディスプレイじゃないかな」
「先生、これ違うわ」
真夏が指を差した先に、小鳥が窓枠に止まって中を覗いていた。
「いやらしい鳥ね。きっと雄よ」
真夏は、そう言って夕子を見た。
「真夏ちゃん、ディスプレイじゃないわね」
夕子たちは脱衣所に置かれた浴衣に着替え、一階エレベーターホールに戻る。
安甲次郎と一郎の兄弟、前世の帝と生まれ変わりの酒田、そしてヒメが浴衣姿で夕子たちを待っていた。
「みなさん、お待たせしました」
「先生、衣服は、どうしますか」
「ヒメ、あとで、ここのスタッフが届けてくださるそうよ」
「先生、携帯は、お持ちですか」
「真夏ちゃん、ナイスフォロー。
ーー 今度は、ちゃんと持っているから大丈夫だ」
夕子は、妹を見るような視線で真夏を見て笑顔を浮かべた。
「御坂さん、十三階に着きました」
夕子は御坂に連絡を入れ入り口の扉前で待っていた。
夕子の背後の壁が開き御坂が顔を出している。
寝室横の廊下にある非常用扉だった。
仲居たちが、主に使用していた。
「御坂さん、この階は広過ぎて迷います」
「ここだけ、特殊ですね」
「あの女湯ですが、窓が開きました」
「この保養所は、西側に富士山、北側に湖、東側が箱根外輪山、そして南側が愛鷹山でしょう。
ーー 南側の窓には特殊外壁工事がまだされていません。
ーー 愛鷹山にはリスクがありませんので・・・・・・。
ーー 最終的な工事予定は聞いておりますが」
「じゃあ、十三階の南側もまだですか」
「いいえ、客室の周囲は完了しておりますが・・・・・・。
ーー 十三階は、司令室の斎藤さんに聞いてみないと分かりません」
「十三階の反対側は何かあるのですか」
「この建物は表向き十三階ですが、更に上があるのです」
「はい、社長室と夕子さまのお父さまご夫妻のお部屋が」
「じゃあ、南側にカラクリがあるのね」
「カラクリなんて人聞きが悪いわ。
ーー 確か、南側に螺旋階段とエレベーターがあると聞いたことがあります。
ーー ただ、立ち入り禁止エリアなので、見たことがありませんが」
「じゃあ、御坂さん、見に行きましょう」
御坂恵子チーフディレクターは夕子の性格を忘れていた。
「先生、私たちもいいかしら」
日向黒子が言った。
「黒子、一緒に行こう」
重厚な扉の前から伸びる幅広の廊下を夕子と御坂に先導されて、生徒たちが続いた。
三日月姫姉妹、未来、帝は夕子の部屋に残り、安甲神主兄弟も残ることになる。
酒田、星乃、朝霧も大人の常識を優先して探検には参加しなかった。
夕子と御坂は南側の突き当たりの扉の前で立ち止まる。
御坂が夕子にリモコンを渡し言った。
「この階の扉は、夕子さまの扉のパスワードと連動しています。
ーー なので、同じパスワード解除出来ます」
「そうなの。なんか、複雑な気分だけど、まあいいか」
夕子は呟きながら重厚な扉を開けて見た。
「御坂さん、ここ、お化け屋敷になっていないわ」
「あれは、会長の気まぐれですから、夕子さまのお部屋だけです」
廊下を突き進んだ南側の突き当たりに脱出カプセルエレベーターがあった。
その前の右側の壁に大きな観音開きの扉がある。
夕子は、薄いシガレットケースに似た銀製のリモコンを御坂から受け取り、中央に手のひらをかざした。
銀製の表面が反応して金色に変わり、二番目の扉の鍵が解除された。
金属音が夕子と御坂の耳に聞こえた。
[カッチ]
「私の部屋と同じね」
夕子たちは、大きな扉を左右に開いて驚くことになる。
「まるで、どこかの空港の待合室ね」
大きなソファがいくつ並んでいた。
部屋の南西の角にエレベーターがあり、その右隣から螺旋階段が上に伸びている。
十五階には、昼間財閥会長の部屋があり別荘になっている。
十四階が、昼間財閥次男と長男の部屋があった。
次男が夕子の父の昼間功である。
螺旋階段から、中高年のスーツ姿の男性が降りて来た。
「夕子、元気そうで良かった」
父の功が、大きな声で夕子に呼び掛けた。
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三日月未来




