第七十二話 真夏ちゃん、それは損する例えね!
昼間財閥保養所の責任者の御坂恵子チーフディレクターが、昼間夕子と同行者を奥の部屋に案内した。
一同は、突き当たりにある脱出カプセルエレベーターの前で立ち止まる。
御坂が夕子に解除をお願いして、小さなリモコンを手渡した。
夕子は、薄いシガレットケースに似た長方形の中央に手のひらをかざした。
銀製の表面が反応して金色に変わり、二番目の扉の鍵が解除された。
左側の扉の金属音が夕子と御坂の耳に聞こえた。
[カッチ]
「夕子さま、解除出来ました」
「御坂さん、この扉、出る時もリモコンが必要なの」
「いいえ、入室時のみですが」
「そうよね、万が一の時、逃げ遅れたら大変ですから。
ーー ところで、この部屋、窓もカーテンもありませんよ」
扉から伸びる幅広い廊下の床は、 ピカピカのステンレスにスモークが掛けられていた。
「なんか、地下のシェルターと同じ金属臭が鼻を突くわ」
「昨年、保養所の大改築がありました。
ーー すべての窓に防災壁とディスプレイが設置されました。
ーー 窓は噴火の高熱に対応しています」
「耐久はどうなの」
「外壁リフォームも追加され火山弾にも対応と聞いていますが・・・・・・。
ーー 私は、疑問です。
ーー 多分、時間稼ぎかと思っています」
「脱出カプセルへのですね」
「はい、そうです」
「夕子さま、万が一の場合は、館内のサイレンが鳴ります。
ーー 宿泊者とスタッフは、シェルター定員の三百名未満で調整されています。
ーー このペントハウスも含まれます。
ーー そして、各フロアに二名ずつ、非常対応スタッフが交代で待機しております」
「万全ね」
夢乃真夏が御坂恵子に尋ねた。
「御坂さん、窓がないと外が見れないから
ーー お天気も分からないわ」
「心配ありません」
御坂は、夕子に別のリモコンを手渡して言った。
「夕子さま、これはテレビリモコンと同じ原理です」
「意味が分からないわ、御坂さん」
「これは、今までのリモコンと違い、パスワードや認証が必要ありません」
御坂は、そう言うとリモコンを夕子の手から取り、真夏に渡して説明を始めた。
「これは、窓専用リモコンよ。
ーー 窓番号が並んでるいるわ。
ーー 富士山は西の三番よ。
ーー 脱出カプセルは北東の角にあるわ」
真夏はリモコンのスイッチを押してみた。
何もない壁に大きなディスプレイが表示される。
「御坂さん、このディスプレイはどう言う仕組みですか」
「保養所に設置されている監視カメラは、司令室で制御されているの。
ーー 宿泊者が、見たい方位のボタン押すだけで見ることが出来ます」
御坂の言葉を聞いた夕子は真夏からリモコンを借りて、別の方位を選んだ。
「御坂さん、すべての窓を表示したり消したり出来ますか」
「夕子さま、”すべて“を押してください」
「分かったわ。消す時は、どうするの」
「リモコンの電源を切るか、”すべて“を長押しします」
真夏が御坂に言った。
「じゃ、個別も同じですか」
「いいえ、違うわよ。
ーー リモコンには、同じ番号が左右に並んでいます。
ーー 左側がオンで、右側がオフです」
「御坂さん、オンオフね」
真夏が上機嫌に微笑んでいる時、兄のヒメが真夏に言った。
「真夏、すべての窓を表示して」
「分かったわ、ヒメ兄」
真夏がディスプレイリモコンを押した瞬間、室内が驚き声で響動めく。
三日月姫と妹、未来、零、帝の前世の五人が、北の一番の窓前に集まった。
ヒメが携帯の続報を言った。
「箱根外輪山と富士山の間の火柱は停止して、
ーー 今は火炎のみだそうです」
三日月姫と帝は、立体映像を覗き込むように見ていた。
「不思議じゃな。窓がないのじゃが窓があるのじゃ」
三日月姫は未来に言った。
未来は夕子を見て、夕子は、御坂に説明を求めた。
「それは複数のカメラが撮影した映像を
ーー 自動生成動画システムが調整して再生した
ーー リアルタイム動画と聞いています」
「御坂さん、私たちの頭じゃ無理ね。
ーー そっちは、置いといて、宴会を始めよう」
「昼間先生、生徒もいますよ」
「酒田は、相変わらず融通性がないな。
ーー 万が一、大噴火したら、老若男女に明日は無いのだよ。
ーー それなら、冥土の土産が必要でしょう」
「昼間先生、相変わらず、言い訳になっていないわね」
「星乃先生、私は言い訳していません。
ーー 飲む大義名分を説明しているだけです」
「わらわは、夕子のそう言うところが好きじゃ」
三日月姫の横で夕子の前世の未来が大きく頷く。
「御坂さん、ちょっと早いけど宴会の準備を連絡してもらえますか」
「分かりました。
ーー 夕子さんたちは、応接室中央の大きな白いテーブルで待っていてください」
御坂は、再びレストラン部の吉田松江に携帯から連絡を入れた。
「御坂さん、ご用意は出来ています。
ーー もうしばらく、仲居さんたちの到着をお待ち下さい」
「夕子さま、もうしばらくしたら、仲居たちが食事とお酒を運んで来ます」
「分かったわ。
ーー じゃあ、私たちは温泉に浸かりに行くわね。
ーー 御坂さんもどう」
「夕子さま、私にはまだ仕事がございますので」
「分かったわ、御坂さんは、宴会だけでいいわ」
「夕子さま、十三階の内湯は現在改装中ございます。
ーー 八階の南側の女湯をご利用下さい。
ーー 殿方は四階の南側の男湯になります」
酒田昇、ヒメ、安甲次郎神主、安甲一郎、帝の五人は、タオルを片手に四階の温泉に移動を始めた。
三日月姫と妹、未来、零、白石式子、白石陽子、日向黒子、夢乃真夏、星乃紫、朝霧美夏、昼間夕子の十一名も八階の温泉に移動する。
「昼間先生、御坂さんのリモコンないと入れないと思うのですが」
真夏が言った。
「そうか、戻る計算をしていなかった」
昼間夕子の携帯が鳴る。
「御坂ですが、夕子さま、十三階に戻られましたら、御坂に連絡をお願いします」
「分かったわ、御坂さん、あとでね」
真夏が言った。
「昼間先生、他のお客さんいないんですか」
「変ね、真夏ちゃん」
「先生、避難したとか」
「それは、ないわ。
ーー 闇雲に動けば、出合い頭のリスクを引き寄せるだけ」
「慌てる乞食は貰いが少ない、とかの諺ですね」
「そうね、真夏ちゃん、それは損する例えね」
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三日月未来




