第七十話 先生、あの扉の向こうからも、富士山見えるの?
十六名の男女を乗せた昼間財閥の観光バスは八王子を過ぎて高尾山の横を通過した。
上野原、大月、都留を通り、三ツ峠山が近くに見え始める。
約二時間後、バスは中央自動車道の富士吉田に入った。
星乃紫、朝霧美夏の二人は、バスの運転手のすぐ後ろの一列目の席を選んだ。
昼間夕子は、運転手が見える同じ列の左側の席に着いた。
星乃の後ろの二列目の席に、安甲次郎神主と兄の一郎がいる。
帝と酒田は二列目を選び、夕子の真後ろの席に着く。
三日月姫と妹は、帝の後ろの三列目の席を選ぶことにした。
未来と妹の零が、神主兄弟の後ろの三列目の席に、無言のまま腰掛けた。
白石式子と陽子の親子は、三日月姫の後ろの四列目に座っていた。
日向黒子は、未来の後ろの通路側席を選び四列目に着く。
夢乃兄妹の真夏とヒメは白石親子の後ろの五列目の席だ。
それより後ろの後部座席を選ぶ者は、誰もいなかった。
座席表
運転手
昼間 星乃 朝霧
帝 酒田 神主 一郎
三日月姫 妹 未来 零
白石式子 陽子 日向
夢乃真夏 ヒメ
六列目より後ろが空席になっていた。
「先生、真夏がお手洗いに行きたいと言っています」
「ヒメ兄、そんなこと言ってないわよ」
「ヒメ、ありがとう。分かったわ。
ーー 運転手さんも、お疲れなのでドライブインで休憩にしましょう」
「お嬢様、ありがとうございます。
ーー では、ドライブインに寄ります」
三日月姫と妹、従者の未来と零の四人は、帝の後ろの席で居眠りをしていた。
目を閉じているうちに眠ってしまったようだ。
「先生、姫たちは眠っていますが・・・・・・」
日向黒子だった。
「そうね、そのままでいいわよ」
夕子は、そう言って、隣で居眠りをしていた星乃紫と朝霧美夏の肩に手を伸ばし揺さぶる。
「先生、起きて、着いたわよ」
夕子の言葉に二人は、慌てて起きる。
「もう、夕子、びっくりするじゃない」
朝霧が言う。
「そうよ、夕子、美夏の言う通りよ」
「シー」
夕子は後ろを指差していた。
「ああ、爆睡しているわね」
星乃が言った。
「私たちは、トイレ休憩よ。
ーー もうすぐで終点だけどね」
ドライブインに到着して、教師たちに続き、生徒たちが降りた。
運転手が降り、観光バスの扉の鍵を閉める。
「みなさん、戻られたら、バスの扉の横でお待ち下さい」
運転手は、そう言うと洗面所に小走りで行った。
三連休のドライブインは混雑している。
教師三人は顔を見合わせて後悔していた。
「先生、ちょっと、これヤバイかも」
「仕方ないわ、朝霧先生、想定外はよく起こることよ」
夕子は、二人の会話を聞き流していた。
三十分後、バスに戻った一同は、富士箱根伊豆国立公園から少し離れた山中湖村にある昼間財閥保養所に向かった。
観光バスが保養所の入り口を入り、専用駐車場に停止する。
「運転手さんも、温泉に浸かり休んでください」
「お嬢様、いつも、ありがとうございます」
「明日の帰りまで、いつものお部屋で休んでください」
「ありがとうございます。お嬢様」
夕子、星乃、朝霧は、まだ眠っている三日月姫と妹、未来と零を起こすことにした。
零と未来を起こしたあと、未来に向かって言った。
「未来、姫が起きないわ。
ーー よろしくお願いします」
「夕子、そうじゃが困るのじゃ」
「未来、意味がわからないが」
「身分差のある姫を起こせるのは帝だけじゃ」
それを聞いた帝が三日月姫と妹を揺さぶり言った。
「姫、着いたのじゃ」
三日月姫は、目を擦りながら帝を見た。
「帝じゃな、わらわを揺さぶったのは」
「そうじゃよ、姫、着いたのじゃよ」
帝、三日月姫姉妹と未来と零は、バスの窓から間近に見える富士山を見て驚きを隠せない。
「未来、わらわは、大きな富士山を見たのが初めてじゃ」
「姫さま、未来も同じでござります」
未来たちの会話が終え、夕子は未来を促しバスを降りた。
専用駐車場の横には、動く歩道の地下通路があった。
保養所は、その先にあるマンションに似た建物になっている。
「夕子、この保養所、東富士見町マンションに似ていない」
「そうね、同じ頃、同じ建設会社が建てたそうよ」
夕子たちは地下通路の動く歩道から保養所の地下玄関に到着した。
入り口には臙脂色の着物を着た女性スタッフが、正面玄関の左右に並び夕子たちを出迎えた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
星乃、朝霧、帝、三日月姫姉妹、未来、零、安甲神主兄弟、酒田、夢乃兄妹、白石親子、日向黒子たちは、出迎えの凄さに驚いていた。
「まるで高級旅館の出迎えじゃない」
朝霧が呟く。
「そうね、これでも今日は、突然なので少ない方よ」
「夕子、こんなのドラマだけの話と思っていたわ」
星乃が言った。
他の者は、言葉を選べずに驚きの表情を隠していた。
正面玄関の和装スタッフとは違う女性スタッフが夕子たちの前に現れた。
背丈の高い女性は紺色のスカートスーツにピンヒールを履いたグラマラスな女性だった。
「私は、ここの責任者の御坂恵子と申します。
ーー この建物は、万が一の自然災害・・・・・・。
ーー 噴火とかを想定して地下が高温に耐えられるシェルター構造なのよ。
ーー もちろん耐震設計よ」
「じゃあ、保養所のスタッフと私が、みなさんのお部屋にご案内致します。
ーー 今回は、お嬢様のお部屋になります」
スタッフは、エレベーターホール前まで移動して、最上階専用エレベーターを選んだ。
夕子がエレベーターパネルにパスワードを入力して、十三階の立ち入り禁止が解除された。
「お嬢様、十三階が解除されました」
「御坂恵子さん、いつも有り難うございますね」
「お嬢様、私の仕事ですから」
御坂恵子に案内された一同は、廊下の突き当たりに見える大きな扉に気付く。
「夕子、あれは、なに」
「美夏、あの扉の向こうが私のお部屋よ」
「夕子、どれだけお金持ちなの、あなたは」
星乃紫が皮肉を夕子に言った。
「分からないわ。父に聞いたことがないので」
昼間夕子の言葉に星乃と朝霧が深い溜息吐く。
保養所の外では、晩夏の日差しが溢れて、富士山の尾根に反射している。
夏富士の黒々とした山肌が、冬富士の荘厳な印象を打ち消していた。
高山の夏山シーズンは既に終わっている。
「先生、あの扉の向こうからも、富士山見えるの」
夢乃真夏が満面の笑みを浮かべながら夕子に言った。
「真夏ちゃん、それはまだお預けよ」
お読みいただき、ありがとうございます!
ブックマーク、評価を頂けると嬉しいです。
投稿後、加筆と脱字を修正をする場合があります。
三日月未来




