第六十六話 帝さま、現世の時代にようこそ!
陰陽師の安甲晴明の話のあとで酒田に似た帝が、奥の部屋に手招きしていた。
側室の式子が、現世の者たちを促す。
「さあ、こちらじゃ」
帝の奥の部屋は、殺風景なほどに何もなかった。
部屋の南側にある大きな縁側からは別邸の田畑が見えている。
縁側には陽だまりが出来ていて猫が数匹、昼寝をしていた。
「ここの猫は、我が邸に棲みついて帰らないのじゃ」
「帝さまが、お優しいからじゃ」
そう言って、式子が笑った。
昼間夕子は何も無い部屋の隅に、父のイラストと似た絵を発見して嗚咽のような声を漏らす。
「これは、・・・・・・」
帝も気付いて、夕子に言った。
「ある時、我の前に大きな紫色の光が出現したのじゃよ。
ーー そして、その中から、男が現れたのじゃ。
ーー 昼間功とか、名乗っていたようじゃ」
帝の話が夕子の中で確信に変わった。
「その男は、私の父です」
「そのようじゃな、よく似ておるからのう」
昼間夕子は、帝の言葉に顔を赤くしながら尋ねた。
「帝さま、なぜ、父の絵がここにあるのでしょう」
「それは、なあ。安甲晴明に聞くのが良いのじゃ。
ーー 晴明よ。覚えておるかのう」
「帝さま、あの時、帝さまの従者が、あの者を神社の境内に連れて参った。
ーー あの者が絵を描きたいというので筆を与えたのだ。
ーー 神社の絵を描き始めたのじゃよ」
「晴明さん、それで、どうしたのですか?」
夕子が尋ねた。
「あの者は、和紙に器用に絵を描いてなあ、
ーー 三枚の瓜二つの絵を完成させたのじゃよ」
「じゃあ、一枚目は神社、もう一枚は帝の部屋、そして残る一枚が現世ですか」
「現世かは分からんのじゃが、そうなるようじゃ」
昼間夕子は、一連の超常現象と父のイラストの接点に気付き始めた。
父が下書きと言っていたモノクロのイラストが本物だったこと。
そして、カラー版のイラストがコピー版であることを夕子はこの時に知った。
陰陽師安甲晴明との会話を終えた時だった。
帝が晴明と夕子たちの前に立ち、予期せぬことを口にする。
「我も、現世とやらを見てみたいのじゃ。晴明も、どうじゃ」
「帝さま、晴明は、こちらの世界に止まりたくござります」
「左様か、じゃ、余が留守中は晴明にお願いしても良いかのう」
「帝さまの御心のままに」
翌日の早朝、帝は従者を従えて安甲神社の境内に入る。
神社の巫女が数人並び、帝を丁重に出迎えた。
帝は、神社の奥座敷に案内されて、陰陽師安甲晴明が続く。
女神降臨の詠唱の前に巫女が帝の前で”剣の舞“を披露する。
現世の六人は、この前世の時代の巫女舞の美しさに見惚れていた。
巫女舞が終わり、巫女たちは座敷の隅に下がる。
帝と陰陽師は、上座の掛け軸と絵画の前で、詠唱の確認をした。
「帝さま、では・・・・・・」
陰陽師が詠唱を始めると、帝が別の詠唱を始めた。
昼間夕子たちの耳には輪唱のハーモニーが奏でる音楽に聴こえている。
帝の詠唱が終わり、部屋の中がひんやりした空気に変わった。
座敷の中央に眩い大きな光の輪が広がり、中から女神が現れた。
「帝と陰陽師、わらわに何のようじゃ」
「女神さま、現世の扉を開いていただきとう存じます」
「陰陽師、何がしたい」
「現世の者を帰らせて頂きたく存じます」
「で、帝は」
「余も、この機会に現世に」
「じゃあ、帝には、契りが必要じゃ」
「時間ですか・・・・・・」
「契りを宣言するのじゃよ。
ーー この時代との契りじゃ」
「女神さま、教えて頂きとうござりまする」
「戻る契りが必要じゃ」
「女神さま、契りを受けとうござりまする」
「帝よ、忘れるじゃないぞ」
女神が、帝に伝えると、座敷の隅に紫色の大きな渦状の光が溢れ出した。
現世の六人は、その神々しい光に身を固め動けない。
光輪の中から、金髪と銀髪の女神が二人現れた。
先の黒髪の女神が二人に何やらかを伝えているが人間には分からない。
金髪と銀髪の女神は、黒髪の女神に恭しくお辞儀をした。
黒髪の女神は、金色の光に包み込まれ光になって消えた。
金髪の女神が、帝の前に立ち、帝の手引く。
銀髪の女神が、現世の六人の前に立ち、紫色の大きな光の渦の中に招き寄せる。
夢乃神姫、真夏兄妹、白石陽子、昼間夕子、朝霧美夏、星乃紫の六人は催眠状態に陥り、夢遊病患者のように無言で紫の渦の中に銀髪の女神と一緒に入って行った。
金髪の女神と帝が、そのあとに続く。
神社の陰陽師安甲晴明と巫女たちは、無事を祈りながら手を合わせていた。
座敷の隅にあった紫色の大きな光の渦は、跡形もなく消えて、女神も帝も現世の六人も消えた。
現世の安甲神社の境内の中央に紫色の大きな光の渦が現れ、目撃した巫女が安甲神社の神主、安甲次郎を呼びに行った。
「境内に大きな不気味な光が浮かんでいます」
「それは、いつのことですか」
花園舞は、安甲に伝えると神主と一緒に境内に向かった。
境内の中央に巫女が言う不気味な光は消えてなくなっていた。
中央に、帝装束の男性と昼間、朝霧、星乃、白石、夢乃兄妹の六人が倒れている。
陰陽師の神主は、応急処置の覚醒術を六人に施した。
しばらくして、六人は眠りから覚めるように背伸びして欠伸をしている。
「あら、安甲神主さん」
「昼間先生、他のみなさんも倒れていたので覚醒術の詠唱を施しました。
ーー ところで、酒田さんに似ている、こちらの方はどなた様ですか」
星乃紫が、夕子に代わって答える。
「驚かないでよ、神主さん、
ーー こちらは、かぐや姫の時代の帝さまです」
陰陽師は、驚きの声を飲み込み帝に言った。
「帝さま、現世の時代にようこそ」
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三日月未来




