第六十五話 神さまとの契りじゃな
帝の従者が鬱蒼とした小道を確認しながら歩を進めていた。
両脇には、雑草が生い茂り、現世の道の面影は無かった。
現世の書店があるビル付近には大きな森がある。
神聖学園に通じる大通りは、狭い田畑の畦道になっている。
道の両側に広がる畑では、お百姓さんたちが畑仕事をしていた。
お百姓さんたちは、帝に気付くと、その場で正座して一礼をしている。
帝に代わって、従者がお百姓さんたちに正座を止めるように指示を与え、畑仕事に戻るように伝えていた。
陰陽師の安甲晴明は、帝の後ろを側室の式子と並んで進んだ。
現世の六人も無言で、不慣れな畦道を歩く。
樹々の枝に止まっている数羽のカラスが一行に気付き鳴き出す。
やがて、畦道が終わり、前が開けた。
奥には黒々とした小高い山と森が見える。
山の裾の奥に横長の大きな建物の赤い屋根が見えた。
その前には大きな赤色の門があり、入り口の両側には、大太刀を腰に差した侍が数人いる。
帝に気付くと侍たちは、その場でお辞儀をした。
現世の六人は、この時、帝の存在を改めて知る。
前を歩いていた側室の式子が振り向き白石陽子に言った。
「陽子、お屋敷に着いたのじゃ」
陽子は、入り口の奥に見えた大きな門の門番に気付き緊張する。
帝の従者が大柄な体格の門番に、開門を大きな声で伝えた。
門から木が擦れる音が聞こえる。
[ギギーギギー]
一同は門を抜けて中に入り驚くことになる。
お屋敷の前にあるのは庭でなく、大きな畑が左右に広がっている。
赤色の平屋造りの建物は、横に長く左右に広がっていた。
神社に似た形をした帝の別邸は、神聖学園が引っ越して来たかのように見えた。
建物正面には、玄関らしき入り口が見えない。
従者たちは、正面を右に曲がり進む。
やがて、渡り廊下らしき上がり口が左手に見えた。
数人の家来が上がり口の前で下足番をしている。
帝と従者に気付き、下足番が従者に帝に頭を下げ、お辞儀をした。
現世の六人も渡り廊下で下履きを預けて中に入る。
昼間夕子、星乃紫、朝霧美夏、白石陽子、夢乃兄妹の六人は、頭の中で神聖学園の校内をイメージしていた。
「ここは、廊下付近かしら」
白石が呟く。
「ここ部室に近い」
ヒメが言った。
一同は、幅の広い畳の廊下を進む。
井草の何とも言えない香りが一同の鼻をくすぐる。
「お屋敷の中が森のように空気が澄んでいるわ」
星乃が言った。
「星乃先生、ここは自然の中みたいね」
朝霧の呟きに昼間が反応している。
「朝霧先生、この畳廊下の長さ、普通じゃないわ」
昼間が呟く。
「昼間先生、ここは帝の別邸よ」
星乃が釘を刺す。
「星乃先生、つい庶民感覚で考えてしまった。
ーー でも、この体験は使えるわね。
ーー 永遠に続く畳廊下か」
昼間夕子は、次の小説の構想を考えていた。
「昼間先生、戻らないと取らぬ狸の皮算用になるわよ」
「大丈夫よ。
ーー ”待てば海路の日和あり“とか言うでしょう」
夕子は自分に言い聞かせていた。
超常現象の四面楚歌の中で、落胆しても始まらないと考えるのが関の山だったからだ。
「星乃先生、私たちジーンズで良かったわね」
朝霧が星乃に言った。
「そうね、この格好なら無理が効くわ。
ーー ごろ寝もできるわね」
従者の男たちが、部屋の前の廊下で跪く。
廊下の脇の部屋から、別の従者の女性が数人現れて帝を招き入れる。
側室の式子が現世の者たちに説明した。
「帝さまは、お着替えをされるのじゃ。
ーー ここで、しばらく皆は待つのじゃよ」
しばらくして、女性の従者を従えて帝が現れ現世の者に言った。
「さあ、こちらじゃ、入られよ」
帝の言葉を聞いた側室の式子が、陰陽師と現世の者を促し帝の部屋に案内した。
帝の部屋の壁には、大きな絵画が幾つも飾らせている。
夢乃真夏が声を上げると白石陽子が言った。
「その絵は、どなたが書いたのですか?」
「前世の陽子が書いたのじゃよ」
白石陽子の記憶の断片の糸が心の中で繋がり始めた。
無意識で書いていた絵が前世記憶と気付いたのじゃ。
現世の者、六人は、大きな絵画の前で釘付けになっていた。
側室の式子がお子たちを呼ぶ。
「陽子、神姫、真夏・・・・・・」
帝の部屋の大きな絵画の前で、生まれ変わりのお子三人と前世のお子三人が遭遇して、お互いの顔を見つめあった。
「陽子じゃな」
「神姫じゃな」
「真夏じゃな」
前世の三人が、現世の者に言った。
側室の式子が言った。
「あとで従者にお願いするのじゃから、お子たちは戻るのじゃ」
三人のお子は、自分たちの部屋に戻って行った。
「なぜ、お子たちは、驚きが少ないのですか」
「陽子、このことは陰陽師に聞くといいのじゃよ」
式子の言葉を聞いた安甲晴明が陽子に言った。
「このことは、神隠しが起きた時に知ったのじゃ。
ーー こちらの世界と、もう一つの世界のことじゃよ」
「陰陽師さんは、占いもするのですか」
「占いも迷信もないのじゃよ。
ーー この時代も、あの時代もないのじゃよ。
ーー あの時、それに気付いたのじゃ」
陰陽師は、そう言って帝と式子を見た。
「帝とわらわは、陰陽師に聞いていたのじゃから、安心しておるのじゃよ」
陰陽師が言った。
「起こることは、すべて決まっていたことじゃよ」
「陰陽師さん、私の世界では、それをアカシックレコードというの」
星乃が言うと陰陽師が言った。
「聞き慣れぬ言葉じゃが、
ーー 人の運命はすべて決まっているのじゃよ。
ーー 余程のことがない限り」
「陰陽師さん、契りもですか」
「そうじゃな、神さまとの契りじゃな」
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三日月未来




