第五十五話 双子の陰陽師と酒田の失態
「夕子、これは、なんじゃ」
「三日月姫の部屋着です」
「わらわは、部屋着など聞いたことないのじゃ」
藤色の部屋着、水色の部屋着、若草色の部屋着の三着を通販の箱から取り出した。
どれも無地の浴衣だった。
夕子は、浴衣を部屋着と呼んでいた。
零の分の黄色は、別に用意してあった。
三日月姫は、浴衣を見て夕子に微笑みを返した。
三日月妹と前世の未来も同じだった。
三人は浴衣に着替えてダイニングテーブルに戻った。
「夕子は、昔と変わらず気が利くから、わらわは大好きじゃ」
隣にいた前世の未来が、照れていた。
酒田と前世の未来が、新しい物語の企画を三日月姫に伝えた。
「未来、次の打ち合わせは、わらわと妹も行くが良いか」
「とんでもござりません。
ーー 未来が姫さまに断る理由などござりません」
「左様か、未来、次が楽しみじゃ」
大勢の集まりが終えた時だった。
[夕子、時間がない]
夕子は、精霊の言葉の意味が分からず頭を抱えた。
夕子たちは、明日の神社での約束を決めて散会した。
翌日、神社では、安甲次郎神主と兄の一郎が相談していた。
安甲兄弟も双子だった。
神主は、これまでの出来事を兄の一郎に説明した。
「なるほど、時空の歪みの拡大か?
ーー 面倒だな」
「多分、このままだと、
ーー あのマンション全体が時空の落とし穴に吸い込まれてしまうかも知れない」
「秘術で出来るかどうかは、分からんが選択肢はないな」
「じゃあ、兄さん、アレをするつもりですか?」
「次郎、それしかないだろう」
「その前に、転移者と生まれ変わりに、
ーー 被害が出ないようにしてもらえませんか」
兄の一郎は髭を摩る癖があった。
困った時は、髭を摩る。
「次郎、女神召喚の話を言ってたな。
ーー アレをする前に、もう一度だけ、その酒田とか言う男性にしてもらうのも選択肢だが・・・・・・」
兄は、言葉を切って髭を摩り始めた。
側室の生まれ変わりと分かった巫女の花園舞が神主の次郎を呼びに来た。
「みなさん、到着しましたが、お連れしてよろしいでしょうか」
花園舞は、兄の一郎を見て会釈した。
「お通ししてください。
ーー そして、今日は舞も同席してください」
舞は、神主に言われた通り、三日月姫たちと夕子たちを手前の座敷に呼んだ。
神主は、酒田を見て女神召喚をお願いした。
「神主さん、お役に立てば、協力は惜しみません」
生徒の日向黒子、白石陽子、夢乃真夏、夢乃神姫の四人は神主の話に耳を疑っていた。
三日月姫、三日月妹、前世の未来、零の四人も怪訝な表情を浮かべている。
昼間夕子、朝霧美夏、星乃紫は、緊張していた。
酒田昇が零から教わった詠唱を唱え始めた。
部屋の中に金色の光が溢れ、光の中に女神が浮いて現れた。
「生まれ変わりの帝よ。予に何用じゃ」
酒田は、神主に言われた通り説明をした。
「時空のことじゃな。時空など、最初から存在していないのじゃ。
ーー 綻びは、よく起こる。その度に人間どもが神隠しと騒ぐ。
ーー 神も人間も実体がない存在だが人間はあると信じておる。
ーー 元々、無いのだから消えても現れても問題は無いのじゃよ」
女神は薄い若草色の羽衣もを大きく広げ、その中に部屋の人間全員を包み込んだ。
「どうじゃ、皆の者よ。己の実体が見えたであろう。
ーー 皆の実体は投影した姿に過ぎない。
ーー 夢で毎晩、己自身に戻っているのが本質じゃよ。
ーー すべては杞憂じゃ。そこの者、気軽過ぎじゃよ」
女神は、酒田を注意して消えて金色の光になった。
初めて、女神を見た神主の双子の兄は放心状態になっていた。
しばらくして、神主の安甲次郎が兄の一郎を、同席者に紹介した。
「私の双子の兄です。あだ名が魔法使いです。
ーー 私より術が凄いので・・・・・・。
ーー じゃ、みなさん、東富士見町のマンションに行きましょう」
安甲神主は、大型ワゴンタクシーを二台呼んだ。
三日月姫、星乃紫、三日月妹、朝霧美夏、前世の未来、昼間夕子、零、日向黒子の八人は一台目に乗車した。
酒田昇、安甲次郎神主、安甲一郎、花園舞、白石陽子、夢乃真夏、夢乃神姫の七人は二台目に乗車となった。
安甲双子兄弟は、神事の装束に着替えていた。
巫女の花園舞、巫女装束のままだった。
「先生たち、あっちの車か、スーパーマーケット寄るのかな」
「真夏、何言ってんだ」
「だってさ、先生たちは、呑兵衛じゃない」
酒田が真夏に言った。
「先生たちは、今夜の晩酌準備は出来ているから心配ないよ」
「そうなの、酒田さん」
「呑兵衛さんはね、お酒だけは切らせないんだよ」
タクシーの中の屈託ない真夏と酒田の会話が終えた頃、東富士見町マンション前に到着した。
安甲兄弟はタクシーの精算を済ませ降りた。
「請求書は、昼間先生かな」
酒田が苦笑いして呟く。
安甲一郎が次郎に耳打ちをして告げた。
「次郎、これ時間ないぞ」
次郎がマンションの庭の一部を見て言った。
「次郎、あそこ見て見ろよ」
蜃気楼みたいに庭の隅が浮んで消えかけている
安甲双子兄弟は陰陽師の秘術の詠唱を、その場で始めた。
「昼間先生、神主さんたちが、呪文を唱えているよ」
真夏が昼間に告げた。
「そうね、待ちましょう」
蜃気楼化したマンションの隅が徐々に回復している。
安甲双子兄弟は、マンション全体に向けて詠唱を唱えた。
「昼間先生、魔法使いが頑張ったお陰でなんとか峠は、越えましたが、
ーー まだ、油断出来ませんよ」
弟の安甲神主が言った。
近くで聞いていた酒田昇が安甲兄弟に言った。
「これから、昼間先生の部屋で晩酌をします。
ーー 晩酌のあとは、私、酒田の部屋でお休みください」
「酒田さん、折角のお誘いですが、今夜は、晩酌を頂いたら、
ーー 神社に戻りますので」
「酒田さん、あなた相変わらず鈍いわね。
ーー あれだけの詠唱したら体力の消耗も激しいのよ」
星乃が言った。
「先生、そういうものなのかな」
「酒田、気遣いはいいけど、ズレているようよ」
「そうなんですか。昼間先生」
酒田が頭を掻いているのを見て、夢乃真夏、日向黒子、白石陽子の女子生徒三人が大笑いしていた。
「みんな、そんな大笑いしたら、酒田さんが可哀想よ」
朝霧は、そう言って、星乃、昼間と一緒に笑っていた。
「先生たち、相変わらず情け容赦ないね」
夢乃神姫だった。
「夢乃君は優しいな」
酒田が言うと、昼間が酒田の背中を押した。
「酒田さん、早く、行きましょう」
「先生、晩酌ですね」
「そうよ、ところで、零と未来と三日月姉妹がいないけど、何処よ」
「さっき、四人でエレベーターに乗っていたけど」
酒田が言うと昼間夕子が大声を上げた。
「酒田さん、なんかあったら、どうするのよ」
「昼間先生、なんかって」
「神主さんたちが秘伝の秘術していたでしょう」
「昼間先生、その前に行ってしまいましたが」
「酒田!」
昼間は大声で酒田を叱責した。
精霊が夕子に囁く。
[夕子、時間ある、大丈夫]
星乃と朝霧も精霊の声を聞いた。
[夕子、杞憂じゃ]
前世の四人を除いた十一人は、昼間夕子の部屋に移動した。
夕子が扉の鍵を開けた。
三日月姫、三日月妹、未来、零の四人が上がり口で倒れている。
イラストのある部屋から眩しいほどの光が溢れていた。
「安甲神主、早く来て!」
夕子が必至で安甲を呼んだ。
「神主、イラストが暴走して、四人が倒れていました」
安甲次郎と一郎が、二人の応急処置を始めた。
「詠唱を浴びた可能性があるかもしれない」
酒田が後ろで首を項垂れていた。
「多分、あのイラストのエネルギーのお陰で助かったかも知れん」
「神主、どういうことですか」
「我々現世の人間とは住んでいる時間領域が違う。
ーー イラストのタイムトンネルからのエネルギーで、
ーー ギリギリ支えられたかも知れん。
ーー とりあえず、応急処置して置いたから命は大丈夫でしょう」
昼間夕子、星乃紫、朝霧美夏の三人は掛け声を掛けた。
「セイノ」
酒田が叫んだ。
「うわー」
三人の女教師は酒田の尻を思いきり抓り上げた。
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三日月未来




