【短編】剣聖になれなかった師範代、道場抜けて冒険者始めたら弟子達がパーティ組みたいと駆けつけて来た〜自由を手に入れた剣士は可愛い弟子たちと第二の人生を始める〜
王都に名をとどろかせる剣術流派「グレアス一刀流」、師範代のオレ――「アスラン・ミスガル」は分刻みのスケジュールであちこち走り回っていた。
先代が流行り病で急に亡くなった。
それからは、泣き暮れることも許されず、師範代として文字通り代役を務めるため走り回った。
王宮剣術師範として若い王侯貴族の剣術指導や、軍師たちを交えての兵法指南。
変わったものでは道場破りとの他流剣術試合。
「剣聖」としての仕事を肌で感じて、改めて先代の偉大さを思い知っているところだ。
慌ただしく過ごしていると、あっという間に3か月が立った。
今日は新たな「剣聖」の就任式。
グレアス一刀流は一度も他流試合に敗れたことはないし、「剣聖」は今回もうちの流派から選ばれるだろう。
他流試合を一手に任されている師範代のオレは、意気揚々と就任式の会場へ向かった。
――箔をつけるためだろうけど、王宮の一室を借りて「剣聖」の就任式は行われる。
軍務大臣は咳ばらいを一つして、手持ちの原稿に目を通し話し始めた。
「ユトケティア王国第39代、【剣聖】に選ばれたのは、グレアス一刀流【マリク・サイード】」
え?
目の前が真っ暗になった。
「剣聖」に選ばれたのは、オレでなく――弟弟子の「マリク」だった。
★☆
先代が亡くなってからというもの、剣術指導も兵法指南も、代役を務めたのはすべてオレだった。
それなのに、オレの剣よりマリクの方が上だって言うのか。
隠しきれない苛立ちが沸き起こる。
会場を出て、グレアス一刀流の長老たちに詰め寄った。
「教えてください。
マリクの剣はオレより上なんですか」
長老たちは押し黙っていたが、やがて一人の長老が重い口を開いた。
「グレアス一刀流の最高の剣士はアスラン、お前だよ。
ワシも剣士として、それに嘘はつけない」
他の幹部達もうなずいていた。
「だったら何で……」
「なあ、アスラン」
長老はオレをなだめるように話し出した。
「剣術はおぼつかなくとも、寄付をした貴族に免許状を与える。
この件、考え直してはくれんか?」
「……何度も申し上げました。
先代は、たとえ貴族だろうが金で免許状を与えるような真似はしてはならない、と申しておりました。
私もそう思います」
長老たちは眉をひそめ、ぼそぼそと何やら話しあっていた。
「アスラン。
先代と同じで、お主は頭が固いのお。
じゃから、お主は【剣聖】になれんのじゃ」
「あらあら、むさくるしい男たちだけで、どんな難しい話をしているのかしら?」
先代の後妻、マーガレットがいやらしい笑みを浮かべながら話に入ってきた。
すでに高齢だった先代に一目ぼれしたとかで後妻に収まった年若い女。
マーガレットのむせかえるような香水の匂いが、オレは大嫌いだった。
「師範代は私です。
どうしてマリクが【剣聖】に選ばれたのでしょうか?」
率直な質問に対し、マーガレットは扇を広げて口元を隠す。
「あらあら、うふふ。
剛剣のアスランに、柔剣のマリク。
私としては、これからも二人でグレアス一刀流を盛り上げて欲しいのだけど……」
話しながら体をくねくねとマーガレットは揺らし続ける。
彼女のその曲線美に、長老たちが鼻の下を伸ばしているのがオレにもわかった。
「そうねえ……強いて言えば、『型』ね。
マリクの方が美しかったのよね」
「あなたは何もわかっていない。
グレアス一刀流は、一撃必殺を掲げる剣。
マリクが得意な、流れるような剣舞など本来必要ないものだ」
マーガレットは笑いながら話し続ける。
「あら。
だって今、王都では流麗な剣舞を見世物にする剣術流派がブームなのよ?
マリクの華麗な剣の方が、門下生を増やせるわ。
長老たちも、みーんな賛成してくれたのよ?
まあ、少しだけ金色に光るお菓子が必要だったけどね」
マーガレットは乾いた声で笑い、長老たちはオレから眼をそらした。
「……あなたたちは結局金か」
薄汚れた長老たちの顔を見たくなくて、頭を下げたまま一礼した。
「今までお世話になりました。
オレがグレアス一刀流で学ぶことなど、この先何一つありません」
「あらまあ、辛辣ねえ。
アスランったら」
足早にその場を去るオレに向かって、遠くから声が投げつけられた。
「悪いな、アスラン。
先代からもらえるもんは、さ。
全部オレがもらってやるからよ。
剣聖も、女も、な」
マリクはそう叫ぶと、振り返ったオレにみせつけるようにマーガレットの腰に手を回した。
「フフ、マリクったら」
なでまわすような、マリクのいやらしいその指先と、嬉しそうに微笑むマーガレットの表情を見ただれもが、この二人の関係を悟っただろう。
先代の喪が明けた途端に、か。
いや、今こういった関係だと言うことは、喪が明ける前から二人はつながっていたのだろう。
はは、お盛んなことだ。
オレが師範代として駆けずり回っている間、二人で仲睦まじく過ごしてたってことか。
……あの二人を人として尊敬できはしないが、オレにはもう関係ないことだ。
好きにするがいい。
――失意のまま、道場へ荷物を取りに向かった。
木造りの道場には、いつものようにガツガツと木剣のぶつかり合う音が響いていた。
グレアス一刀流の上層部は腐り果てているが、手に汗握り、木剣を打ち込む生徒たちの姿は、眩しい輝きを放っていた。
「「先生!」」
オレを見かけて剣を握る手を止め、女生徒たちがオレの近くに集まってきた。
オレの受け持ち生徒はほとんどが女性だ。
あの、勘違いをしないで欲しい。
マリクは年若い女性ならば、隙あらば手を出そうとするので、仕方なくオレが女子を受け持っているだけだ。
オレは正直、子どもだろうが女の人は苦手だ。
そこが年頃の娘を持つ親御さんからしたら妙に受けがいいのか、オレの受け持ちは女の子ばかりだった。
「みんな聞いてくれ」
「「はい!」」
みながすぐに姿勢を正す。
「今日を持って、グレアス一刀流から抜けることになった」
「「え?」」
「だが、オレは剣を手放すつもりはない。
自分が輝ける場所で、自分なりの剣をふるって、もう一度高みを目指すつもりだ。
お前たちにも世話になった、ありがとう」
「「先生!」」
皆いい生徒たちだった。
話せば未練が残るから、駆け寄ってくる生徒たちの方を振り向かず、オレは足早に道場を後にした。
「「先生、ありがとうございました!」」
姿勢を正して、一列に揃った礼を見せてくれた生徒たちへ、オレも精一杯の礼を返す。
「ありがとう、みんな」
――荷物を持って街へ出る。
街の大広場には、美味しそうな匂いが漂っている。
……そういえば、何も食べてないな。
王都の大広場には露店が出ていて、仕事が忙しい時はささっと露店で昼飯を済ますことが多かった。
露店の近くには、簡単な食事をすますことが出来るよう、テーブルも無造作においてあるんだ。
焼き鳥とシチューを買ってテーブルの上に並べる。
「いただきまーす」
「おい、平気でオレの焼き鳥を食べようとするなよ。
お前、まだ練習中だろ?
ユイカ、なんでこんなところにいるんだ?」
門下生のユイカが勝手にオレの向かいに座り、手を合わせて焼き鳥を狙っていた。
「先生と同じだよ」
「え?」
「私も道場やめちゃった」
ユイカは平然と言うと、髪をかき上げ焼き鳥にかぶりついた。
「先生がいないなら道場なんて意味ないもんね」
ユイカが6歳のころから指導しているから、オレにとってはずっと子どもみたいなもの。
だけど、通りすがりがちらちらと顔を覗いてく程度には、ユイカも美少女になってるんだよな。
今はたしか14才だったっけ?
大人っぽく見られたいってことで、ここ数年伸ばしてる黒髪は腰くらいまであって普段は二つ結びにしている。
後ろ姿は十分大人に見えるんだが、今は焼き鳥をむしゃむしゃほおばってるから、色気も何もあったもんじゃないけど。
「私のことはいいんだけどさ、先生これからどうするの?」
「んー、そうだな」
ずっと剣の道に生きてきたんだ。
目標は「剣聖」。
その夢は叶わなかったけど……言い換えればその道から自由になったということ。
「剣を握れる仕事と言えば……」
「騎士団と傭兵、それと……冒険者だよね」
ユイカは指折り数えているが、オレもそれくらいしか思いつかない。
「考えてみたけど、剣聖から離れて自由になってみたかった」
「じゃあ、もう決まってるんだね」
「ああ、オレは冒険者になる」
「いいね。
それはいいんだけど、先生食べないの?
もう無くなりそうだよ?」
少し目を離している間に焼き鳥もシチューも残骸と呼べるレベルに変わってしまっていた。
「あのな、ユイカ。
これはな。
『無くなりそう』じゃなくて、『無くなってる』っていうんだよ!」
「えへへ、成長期なの。
だから、私がくいしんぼさんでも仕方がないんだよ?」
上目遣いでモジモジしたって許さないからな。
「まったく……」
オレは懐の小袋から銀貨を取り出し、ユイカの手の上にジャラジャラと乗せた。
「焼き鳥とシチュー、後お前の好きなもの買ってこい」
「えへへ、ありがと先生」
ユイカは皿の残りを胃にぶち込み、颯爽と露店に駆け出して行った。
――軽く済まそうと思った昼食だが、ユイカが預けた銀貨全部を食べ物に変えてしまったので、結局たっぷり食べてしまった。
ユイカはご丁寧におやつまで買ってきてくれた。
クリームをたっぷり詰めたパイ生地のおやつを食べながら二人で歩く。
このおやつ知らなかったけど、だいぶおいしいな。
「それでさ、先生、今から冒険者ギルドに行くの?」
「いや。
まずは家探しだ。
今まで道場に住み込んでたからな」
「そっか。
先生、家が決まったら教えてね」
ユイカと別れ、不動産屋へ。
――オレの出した家の条件はなかなか難しいようだ。
「……稽古に使えるような部屋のある物件ですか。
大声を出しても周りに迷惑をかけない立地。
いやあ、それこそ本物の道場じゃないとないですよ?」
「やはり難しいですか」
グレアス一刀流から離れたオレは、住む場所と、稽古場を一緒に失ってしまった。
「そうですねえ……我々の管理物件じゃないんですが、一つだけ情報を持っています」
店員は何やら勿体をつけた言い方をした。
「街の外れに古ぼけた道場があって……剣士の方でしたら泊めてくれるといいます」
「剣士だったら……ですか」
「ええ。
この街にアスラン様を知らない方はいらっしゃいませんし、のぞいてみてはいかがですか?」
――結局、まともな情報は街の外れの道場しかなかった。
すでに夕刻、町はずれの道場へ。
「誰かいますか?」
門をくぐっても、返事がない。
建物は木で作られていて、古くはなってきているが、基礎や躯体は問題なさそうだ。
小部屋も多くて、弟子を多数抱えられそうな作りだ。
「え?
アスラン先生ですか?」
そこにいたのは、オレの教え子の保護者。
グレアス一刀流を離れたことは、その保護者にも既に伝わっていた。
「そういうことでしたら、いつまでも居てくださって結構です。
先生の稽古場も必要でしょうし」
好意に甘え、しばらく居させてもらうことにした。
――寝床と稽古場を確保し、ほっとしたのだろうか。
その日は早く寝てしまった。
★☆
朝早く起きて剣の稽古を済ませ、軽めの朝食の後、冒険者ギルドへ向かう。
「いらっしゃいませ」
ギルドの受付が爽やかな笑顔で挨拶してくれたが、オレの顔を見るとすぐに血相を変えた。
「……アスラン・ミスガル」
その言葉で、ギルド内にいた冒険者が全員オレの方へ向いた。
一瞬でピリついた空気が広がる。
「私、ギルドマスターを呼んできます!」
受付の女の子は小走りで建物の奥へ向かっていった。
「へへへ、すさまじい殺気だな。
アスランさんよ」
長髪の剣士が、剣に手をかけながらこちらへ向かってくる。
いや、別に殺気など出してないけど……
「先日、アンタんとこに道場破りに行ったベンとティアニーについての苦情だろ?
……道場破りを挑んだほうが悪い、そんなことはわかってる。
でもよ、あんなにボコボコにする必要ないだろ?
あいつら腕と足全部折られて、まだベッドから起き上がれねえんだぞ!」
「何の話だ?」
「おい、しらばっくれるのかよ!」
剣士が剣を抜くと、それに呼応してこの場の冒険者がみな抜刀し、オレを取り囲んだ。
「……オレは、ただ冒険者ギルドに用があっただけだが」
「アスランさんよ、アンタが強いのはここにいるみんな知ってるんだ。
だがな、ただじゃ死なねえぞ!」
「「おお!」」
異様な殺気が冒険者ギルド内を包んだ。
「やめないか!」
長身の女性が、響く声でその場を制した。
「いきなり抜刀してすまないな、アスランさん」
駆けつけてきた長身の女性が頭を下げた。
「レイラ、なんでアンタが頭をさげるんだ!」
レイラと呼ばれた女性は駆け寄ってきた剣士の手を振り払った。
「黙れ!」
レイラは冒険者たちを睨みつけながら一喝した。
「ベンとティアニーのこと、アンタらの怒りはわかるよ。
ただね、アンタたちは何の話も聞かず抜刀して集団で取り囲んだ。
それはね、肝っ玉が小さいんじゃないかって言ってるんだ。
ギルドマスターの私に恥かかせるんじゃないよ!」
辺りは静まり返った。
「……レイラ、すまなかった」
「わかってくれりゃいいんだよ。
早く武器をしまいな」
冒険者たちは一斉に武器をしまった。
「ははは、すまない。
アスランさん、こいつら気のいい奴らなんだが早とちりでね。
取り囲んだことについては、こちらから謝罪をするよ」
「謝罪はいい」
「じゃあ、お言葉に甘えるとして……アスランさん、いったい何の用でここに来たんだい?
事と場合によっては、お帰り頂くよ」
レイラはいつでも剣を抜けるよう、冷静にオレの一挙手一投足に視線を向けていた。
「グレアス一刀流を抜けた。
働かなくちゃ飯が食えないから、冒険者登録をしたい」
「え……それだけか?」
レイラはがくっと肩の力を抜いた。
周りの冒険者もぽかんとしていた。
「ああ、それだけだ」
「何だよ。
こっちは昨日道場破りに行ったベンとティアニーの件で、やり返しに来たのかと思ったよ」
気が抜けたのか、レイラの顔に笑みがこぼれる。
「ベンとティアニー……ああ、昨日来た道場破りか。
いつものように軽くひねってやったが、怪我はさせてないぞ」
オレは嘘を言っていないが、レイラも嘘をついているわけではなさそうだ。
「奴らは両手両足に大ケガを負っていた。
うちの冒険者はやんちゃな奴も多いんだ。
だからさ、グレアス一刀流に喧嘩ふっかけるような奴らもいるんだ。
馬鹿な奴らが道場破りに行くのは、ずっと前からだが、最近ひでえ怪我をして帰ってくるようになったんだ」
レイラはオレを見定めているようだ。
「そう、それはグレアス一刀流の先代が病に倒れちまった時からだ」
レイラだけでなく、冒険者たちの視線がオレに集中しているのがわかる。
「なるほど。
先代が病に倒れてから、道場破りは全員オレが相手をしてきた」
「てめえ、やっぱりお前が……」
先ほどの剣士が剣に手をかけ、近づいて来た。
なるほど、そうであればオレを睨むのも状況的に仕方ないな。
オレは頭を下げた。
「な……」
突然頭を下げたことに面食らったのか、剣士は後ずさった。
「話を聞いてくれ、頼む」
「……アスランさん、顔を上げてくれ。
アンタの話を聞き終わるまでは、こいつらに手は出させないからさ」
レイラは剣士の肩に手を置いた。
「なあ、話を聞きなよ。
ここまでしてくれてるんだからさ」
「……わかった」
剣士は近くの椅子に腰かけた。
「先代が倒れてから、道場破りはすべてオレが対応している。
というのも、相手に怪我をさせたくないからだ。
腕に差があった方が手加減しやすいからな。
レイラと言ったか?
ギルドマスターほどの腕であれば同意してもらえると思うが」
「レイラでいいよ。
たしかに相当力量の差がないと、手加減っていうのは難しいからね」
レイラは何度もうなずいていた。
「擦り傷などは、木剣であっても多少仕方ないところだ。
ただ、骨折はいままで一度もさせたことがない」
「じゃあ、あいつらはなんでボコられたんだよ?」
剣士は腑に落ちないといった表情だ。
「アスランさんが一騎打ちした後に、調子にのった弟子たちがリンチしてしまったんだろうね」
レイラの想定が当たってるのかもしれないな。
「おそらく。
……ただ、そうであってもグレアス一刀流の落ち度だろう。
だから、オレから謝罪させてもらおう。
先代が倒れた後、道場の指揮はオレが行っていたからな。
正直、グレアス一刀流は一枚岩ではなかった。
師範代として、力が及ばなかった」
しっかりと腰を入れて謝罪をした。
結局、オレはマリクたちをまとめきれなかったからな。
「アスランさん、顔を上げてくれよ。
アンタ、今はグレアス一刀流はやめたんだろ?」
「ああ」
レイラはオレと肩を組んできた。
「冒険者登録をしに来たって言ってたな?」
「ああ」
「ようこそ、冒険者ギルドへ!
アンタの剣の腕は知ってる、試験は免除だ。
ランクは一番低いとこからだけど、アンタだったらすぐにてっぺん取ってしまうかもね」
ギルドマスターのレイラが歓迎の意志を示したためだろう、冒険者はわらわらとオレに集まってきた。
「ジーナ、酒持っておいで」
「は、はい!」
レイラの指示で受付嬢のジーナが走り出す。
「みんな、元グレアス一刀流、稀代の剣士アスラン・ミスガルは今日からうちの仲間だ!
今日は私のおごりだよ。
目いっぱい新入りのアスランさんを可愛がってあげな!」
「「おお!」」
レイラの合図で酒盛りが始まった。
後でレイラに聞いたんだが、死と隣り合わせの冒険者たちは何かにつけて酒盛りを繰り返す性分の奴が多いらしい。
「すまねえな、アスランの旦那。
いきなり抜刀しちまってよ」
先ほどの剣士が肉を持ってお詫びに来てくれた。
「ベンとティアニーさ、俺と年が近くて何度も冒険に行った友達なんだよな」
「オレの腕を知ってて、友達のために一番に突っかかってきたんだ。
君はいい奴なんだろうな」
キョトンとしたあと、剣士は頬をゆるめた。
「……アスランの旦那、オレのこといい奴なんて言ってくれたのアンタが初めてだぜ」
「おい、トロサール。
なんで泣いてんのさ」
「う、うるさいぞレイラ!」
トロサールと呼ばれた剣士は、レイラにからかわれて怒っているが、レイラは気にせずけらけらと笑っていた。
「あ、先生だ。
何やってるの?
ごちそうじゃん」
ユイカが冒険者ギルドにいつの間にかいた。
「お、ユイカ。
先生の歓迎会だよ、食べていきな!」
どうやらユイカとレイラは知り合いだったようで、ユイカはオレの隣で肉や魚をガツガツと胃袋に流し込んでいた。
「食いしん坊だな」
「もう。
食いしん坊じゃなくて成長期っていうんだよ」
いや、ユイカは成長期かつ食いしん坊だと思うが……
結局、その日は宴会をしたら終わってしまった。
★☆
――何だか、騒がしくて目が覚めた。
オレが住んでる道場の2階の寝室から下へ降りると……
「「アスラン先生! おはようございます!」」
うら若き生徒たちが廊下を雑巾がけしていた。
「おはよう」
とりあえず挨拶を返したが……どういうことだ?
廊下に女生徒がたむろしてるんだが……
「あ、先生。
珍しくねぼすけさんだね」
「おい、ユイカ」
ユイカの肩を掴んだ。
「何がどうなってる? 説明しろ」
「私だってわからないよ。
先生のところで朝稽古しようと思ったら、すでにみんな来てたんだよ」
「グレアス一刀流のところの生徒がここにいるのはまあいいとしよう。
全然見たことない子がいるんだが?」
「なんかね、いい剣術道場が出来たって冒険ギルドから情報を得たみたいだよ?」
昨日そんな話したっけな? ところどころ覚えてないぞ?
レイラが無茶苦茶飲ませてきたからな。
「まあいいか、とりあえず稽古を始めるか」
グレアス一刀流の生徒が15人、まったく見たことない子が15人か。
でも、オレは剣術指導をするなんて言ってないぞ。
見て学びたければ、見て学べばいい。
さて、稽古をはじめるか。
オレが息を吸った途端、みながオレに見入っている。
動きの一つ一つを、見逃すまいとする熱のこもった視線だ。
なるほど、グレアス一刀流の中でも、熱心だった子たちがここに来てるんだな。
新しく見る子も指を見ればわかる、間違いなく剣をふるって来た子たちだ。
女の子しかいないのが気になるけどな。
吸った息を吐き、自然な呼吸をして棒立ちの状態を作ってから、下に落ちた剣を握る。
連戦の中での初太刀を意味するこのルーティーンが、グレアス一刀流の基本の型だ。
一撃必殺を掲げるグレアス一刀流は、初太刀にて敵を葬るのを一番としているため、もっとも重視するのがこの【初太刀の型】だ。
流麗な連撃を得意とするマリクはこの型をないがしろにしていたけど、オレは今でもこの型が最強だと確信している。
棒立ちの態勢から、身体を斜めに、いわゆる【半身】の態勢を作り、剣を振り上げる。
重力と腕の振り、腰、胸、肩、背中の筋力をすべて使って相手に斬り下ろす。
「はあッ‼」
渾身の一撃での素振り。
風切音とともに、心地よい衝撃が全身に跳ね返る。
どよめきと拍手が巻き起こる。
生徒たちはオレの身体の動かし方をトレースしようと、熱心に体を動かしていた。
初太刀を5回ほど繰り返した後、他の型に移る。
一撃必殺を掲げる流派グレアス一刀流。
しかし、間合いで劣る弓矢、槍、魔法に対しては、回避や防御からの戦闘を余儀なくされるため、それらに対する型もある。
剣で槍をいなす【槍破の型】。
足さばきで弓を交わし、ナイフを投擲する【弓殺の型】。
硬い外殻を持つモンスターに対する殴打技、【岩砕の型】。
詠唱中の魔導士にナイフを投擲し、急接近して斬る【魔制の型】。
それぞれを5回ほど素振りし、朝稽古は終わりだ。
グレアス一刀流の素振りは、完全に集中し、全身の力を使って行うため、あまり回数はこなせないからだ。
時間に余裕があれば、試合形式の組手を行うわけだが、今日は相手がいないからな。
「「ありがとうございました‼」」
生徒たちは動きをトレースして微細な違いを修正しながら、何度も繰り返し練習していた。
朝ご飯を食べ終わった後も、生徒たちは自主練を繰り返したり、周りと話したりして動きの確認を行っていた。
いや、熱心だけどさ。
ここはオレの家で、剣術道場じゃないよ?
「よし、オレは冒険者ギルドに行くからもう帰れ。
明日からは各自道場で練習するんだぞ」
わかったな?
オレんちじゃなくて、道場に行くんだぞ?
「「はい、わかりました! 明日またここの道場に来ます!」」
ピタリと息の合った返事をして、彼女たちはそそくさと帰っていった。
「あれ?
オレの言うこと、なぜ伝わらないんだ?
ここ道場じゃないんだってば……」
自分の道場へ行けといったつもりだったが、彼女たちはここを道場だと思ってるらしい。
ふう、とりあえず今日の仕事をしないとな。
――鍵をかけて、冒険者ギルドへ。
昨日にぎわっていた冒険者ギルドだったが、今日はガラガラ。
受付嬢に聞いたところ、冒険者の中で二日連続働かなくても大丈夫なほどお金を持ってる人は珍しいとのこと。
なるほど、あいつら昨日宴会したから今日は稼がないと飯が食えないわけだな。
掲示板をのぞく。
しかし、みんな危険度と報酬の高い依頼を取ってしまっていて、薬草の採取や落とし物捜索など、めんどくさそうで報酬の安いものばかり残っている。
まあ、とはいえオレは初心者冒険者なんだから、この辺の人気のない依頼でいいか。
掲示板からボードを取り、ギルドの受付嬢に渡して依頼を受ける。
街道で落としたネックレスを探すのはなかなか骨が折れたが、気合と根性で見つけてみせた。
道中、リザードマンやゴブリンの襲撃を受けたので、斬る。
なるほど子どもが、ギルドに依頼を出すわけだ。
「ありがとうございます!」
落としたネックレスの報酬は、果物二つと子どもの笑顔だ。
それと、親御さんが焼いてくれたホットケーキと紅茶。
ありがたく頂き、その甘みと温かさで舌と心が満たされた。
懐は全く温まらなかったが、こんな日があってもいいだろう。
日が落ちる前に依頼を終えて、道場に戻った。
★☆
「先生、先輩たちが来てくれたよ‼」
道場に帰るなり、ユイカが大喜びで駆け付けてきたが……
いや、その前になんでユイカがいるんだ? オレ鍵かけたはずだぞ?
黒髪の侵入者ユイカには笑顔がこぼれていた。
「おい、どうやってここに入った?」
「そんなことどうでもいいんだって、ビックリするよ!」
ユイカに手を引かれ、道場へ。
「「先生、お久しぶりでございます‼」」
座布団の上にお行儀よく座っている美女二人から、息のそろった挨拶を受け取る。
「お前たち、どうしたんだ!」
嬉しくなって思わず二人と握手をした。
「二人とも偉くなったって聞いたぞ? 忙しいところ、出向いてくれてありがとうな」
「いえ、久しぶりに先生にお会いしたかったものですから」
王国魔術師長エメラルド・クレイ。
代々魔術師長を輩出してきた公爵家の令嬢でありながら、グレアス一刀流に剣術の指導を求めた。
体力は難があったが、持ち前の向上心で魔導だけでなく剣術さえ修めて見せた。
ただ、エメラルドは練習中に頑張り過ぎて、よく目を回して倒れていたものだった。
「もう倒れたりしてないか?」
「先生ったらそんな昔の話を……今は私だって体力がついたのですから」
よく倒れていたことはエメラルドにとって恥ずかしいらしく、少し頬を赤くした。
「はは、悪い。
いや、ホント心配してただけなんだ」
エメラルドは照れながら長い金髪をかき上げた。
目鼻立ちは整っていて、大きな碧色の瞳に魅了された男は数知れず。
道場の出待ちでデートに誘うとする男子たちがあまりにも多くて、オレが追い払ったこともあったほどだ。
「お前も元気そうだな、イリヤ」
「うん。
……ボクに先生が教えてくれた剣、役立ってるよ」
イリヤ・スイレム。
他国からの留学生で、なんと王族だとのこと。
武芸全般に優れ、特に俊敏性においては他の生徒とは比べ物にならないほど。
「良かった。
今までは自分の国にいたんだろ?」
「うん。
騎士団長をしてた。
先生に教えられたこと、教えてあげたらみんな大喜びで一生懸命練習してたよ」
「すごいな、偉くなったんだな。
オレも嬉しいよ」
「えへ。
先生に褒められると、ボク、やる気出るよ」
褐色の肌に、切れ長の金色の瞳を持つイリヤは、どこか神秘的な魅力を持っている。
武器を振り回すのに邪魔にならないよう、艶のいい黒髪を肩で斬りそろえている。
騎士団長といってもイリヤの国は軽装騎兵を基本とするため、鎧などは身に着けない。
スリットの入った白いロングワンピースからチラリと長い脚がのぞいていた。
エメラルドもイリヤもしばらく合わないうちに立派な女性に成長したようだ。
感慨深いな。
自分をボクと呼ぶイリヤの言葉遣いはどうやらまだ治ってないみたいだけど。
「先生。
今日はもうお仕事終わりですか?」
エメラルドの質問。
「そうだな、もう終わりだ」
「良かったです、再開の記念に宴席を設けたいのですが……」
「そうだな。
ただ、急な話だからな、どこか食堂にでも行くとするか」
エメラルドとイリヤは二人で顔を見合わせて、ニヤリと笑った。
「もう準備はできています。
さあ、みなさん。
宴席の準備をお願いしますね!」
エメラルドの一声で女給や料理人がわらわらと慌ただしく動き出した。
「おい、随分と手際がいいな」
イリヤはうなずいた。
「フフ。
ボクの家の料理人も呼んであるよ。
先生に食べてもらいたいからね」
女給たちはわらわらと道場に料理を運んできた。
「ん?
オレ達だけで食べるなら食堂でいいんじゃないか?」
「いえ、ユイカさんと話したのですけれど、先生の門下生がこちらの道場にすでにいらしていたそうで。
ぜひ、門下生とも話をしたいと思いまして」
「え?
今朝来てた門下生とかまで呼んだのか?」
後でグレアス一刀流と揉めそうだけどな……
「それとね。
この街のギルドマスターレイラさんとボク知り合いだから、冒険者たちも来るように言っておいたよ」
「冒険者もか?」
おいおい、清楚な門下生たちと会わせて大丈夫か? あいつら野蛮だからなあ。
「「お邪魔します!」」
大声が道場の入口から聞こえてきた。
わらわらと清楚な女学生たちと、野蛮な冒険者たちが次々と入ってきた。
「アスランさん、昨日に引き続いて飲み会を開くとは、やる男だね。
ククク、今日もいっぱい飲ませてやるからね」
「ははは、今日は軽めに頼むよ」
レイラが辺りを見渡していた。
「うわ、女の子がいっぱいだねえ。
清楚って感じの女の子が多いね」
「ああ、オレの元教え子たちだ」
「じゃあ、グレアス一刀流の門下生じゃないか。
こんな清楚なお嬢さんたちがベンとティアニーをボコボコにするとは考えづらいけどね」
「ボコボコにしたのはたぶんオレの教え子じゃない。
弟子たちを指導していたのは、オレの他には数名。
疑いたくはないが、おそらくそいつらが指導してたやつらだろう」
「アスランさん。
自分の教え子じゃないことも知ってて、それでも私に頭を下げてくれたんだな」
レイラはしみじみとつぶやいた。
「今日来てる冒険者たちにさ、悪い奴はいないと思う。
けどさ、綺麗なお嬢さんが多いからさ。
あいつら舞い上がってしまうかもな。
お嬢さんたちにちょっかい出さないよう、私が睨みを効かせておくよ」
「助かるよ。
あの子たちの親御さんが、オレを信用して指名してくれてたからな」
いつの間にか道場には大量の料理が用意され、門下生と冒険者たちもお行儀よく着席していた。
「先生、乾杯の音頭をよろしいですか?」
エメラルドが司会を取り仕切っているようだ。
あまりこう言った場で話すのは得意じゃないけどさ。
「……急な声かけだったが、集まってくれてありがとう。
オレは幸せだ。
弟子たちが成長して、一回り大きくなって集まってくれた。
王宮魔術師長に、他国の騎士団長はじめ、グレアス一刀流を抜けたオレなんかを慕って、みなが集まってくれた。
そのことが本当に嬉しいよ。
剣聖になれなかったオレだけど……これから、新しい道を歩もうと思う。
その門出に集まってくれたみんなに感謝したい、ありがとう」
「「先生……」」
エメラルドとイリヤ、ユイカの眼には涙が溜まっていた。
剣聖になれなかったこと、お前らも悔しく思っててくれたんだな。
……ありがとう。
「乾杯!」
「「乾杯!」」
オレとレイラ、エメラルドとイリヤと冒険者たちは酒を、ユイカはじめ門下生たちは果実水を楽しんだ。
エメラルドが手配したユトケティア王国伝統的な魚料理と、イリヤの用意したガ―ファ王国のスパイシーな肉料理。
エメラルドとイリヤにどちらが好きか聞かれたので、ガ―ファ王国の料理と答えた。
オレはスパイシーで肉汁滴る肉料理の方が好きだったけど、両方とも美味しいよ?
エメラルドにフォローはしたが、あいつ、本気で悔しがっていたな。
楽しい夜はあっという間に過ぎていった。
――次の日の朝。
素振りの風切音で目が覚めた。
まったく、ユイカか?
あいつ勝手に忍び込んでくるからな。
階段を下りて稽古場へ向かうと、門下生たちが一斉に素振りを行っていた。
「みなさん、集中が足りませんよ!」
「キミ、足先に力が入ってないよ」
エメラルドとイリヤは門下生たちの素振りを見て回り、元気よく指導していた。
明らかに門下生は昨日より多く……というか、オレが教えていたグレアス一刀流の生徒、全員ここにいるんだけど?
さらに今日は男子生徒もいるし、全く知らない顔もさらに増えていた。
昨日30人だったけど、ざっと数えて100人くらいいるんだが……
「先生が見えられました!」
エメラルドがオレに気づき、みなに大声で語り掛ける。
「整列!」
「「はッ‼」」
イリヤの掛け声でみなが一糸乱れぬ整列をした。
おいおい、新顔のやつもいるのにいつその整列仕込んだんだよ……
「多忙なアスラン・ミスガル先生から、一言いただきたいと思います。
では、先生、一言」
何でこいつら勝手にオレの家で練習してるんだろうな……
まあ、一応作りは道場だからさ。
広いからいいんだけど。
「……いつも決まった時間に起きて、剣を振るう。
それだけだって皆ができることじゃない。
昨日よりも少しだけ集中して剣を振るう。
それが出来たら、少しずつ強くなれる。
じゃあ、頑張ってみようか。
オレも剣を振るうからさ」
「「ありがとうございます!」」
門下生たちは生き生きとした表情を見せて素振りに戻った。
「エメラルド、門下生の指導もいいけどさ。
お前仕事はいいのか?」
「辞めましたからね」
「は? 王宮魔術師長をか?」
エメラルドはさらっとすごいことを口にした。
「ええ。
先生がグレアス一刀流を辞めて冒険者になると聞き、居てもたってもいられず、気づけばここにいました。
ということで、先生が冒険者になるのなら、パーティーを組むのは私です」
エメラルドの碧色の瞳は情熱に燃えていた。
「まさか、イリヤ。
お前も……」
「ボクも騎士団長やめてきたよ。
先生とパーティー組みたいからね」
イリヤもさも当然といった様子で仕事を辞めたことを口にするが、国の要職をホイホイと投げ捨てるように辞めるなよ。
周りがビックリするだろ?
思わず頭を抱えてしまった。
「……オレそこまでお前たちの人生背負えないぞ。
二人とも優秀なんだから、何もオレと一緒に組まなくてもいいんじゃないか?」
「いえ、先生とじゃないと世界一のパーティーになれませんから」
「うん、ボクも先生と一緒がいい。
世界一位がいいよ」
エメラルドもイリヤも真剣そのものだ。
「……のんびり冒険者やりたかったんだけどな」
「フフ、ダンジョンなどのお供をしていただければ十分です」
「じゃあ、パーティーを組みたくなったらお前たちに一番に声掛けるよ。
それでいいか?」
「「もちろんです‼」」
二人とも喜んでくれた。
やれやれ。
退屈せずに済みそうだけど。
「それにしても、家はどうするんだ?」
「ここ、2階に部屋いっぱいあるね」
「っていうか、昨日泊まった時にベッドを持ち込んでますけどね」
オレいつのまにか寝てしまってたけど、こいつら昨日ここに泊まってたのか?
「まさか、ここに住む気じゃないよな?」
「ボクたちが門下生の面倒見るには、ここに住むしかないね」
イリヤは当然といった顔でうなずいている。
「だって毎朝稽古ができる大きな家なんて近くにありませんものね」
エメラルドは冷静にここしかないと思い込んでいるようだ。
「でもなあ……」
嫁入り前のお嬢さんを預かるのはどうかと思案して、天井の方を見上げてみると……
道場の壁の上の方に「アスラン一刀流」と書かれた看板が見える。
「おい、アスラン一刀流という看板、あれはなんだ?
お前らの仕業か?」
プイっと二人ともオレから目を逸らした。
おい、犯人わかってしまったんだが?
いつオレが剣術道場を始めたんだよ?
いや、いつのまにやらそんな空間になりつつあるけど、オレは剣術道場開く気なんてないぞ?
「アスラアアンン‼」
突如男たちが大声とともになだれ込んできた。
「何事だ!」
抜刀した男たちが門下生を威嚇しながら稽古場に入ってきた。
十数名といったところか。
「エメラルド、イリヤ」
「「はい!」」
頷いた二人は剣を取り、怯える門下生を下がらせて、かばうように先頭に立った。
特に指示しなくても、後輩の安全を最優先に考えてくれているようだ。
「アスラン、てめえ。
なめやがって……死ぬ覚悟はできてるんだろうなあ!」
抜刀したまま入って来たマリクは額に血管を浮かび上がらせていた。
「自分を育ててくれた道場に喧嘩売るような真似しやがってよ」
「何のことだ?」
「とぼけんじゃねえぞ!」
マリクが顎で指示をすると、大柄な男が看板を取り出した。
「こんなもん玄関に掲げやがってよ」
その看板には【アスラン一刀流】と書いてあった。
「おい、誰だ。
この看板用意したのは……」
オレの質問にエメラルドとイリヤが目を逸らした。
おっと、ユイカも目を逸らしやがった。
真犯人を見つけてしまったようだな。
「こんなもん掲げてうちの門下生ごっそり連れて独立するとはいい度胸じゃねえか!
お前の教え子だけじゃなく、オレの教え子まで連れていくとはよ。
おい、ヒョードル。
今だったら許してやる。
オレの元に戻ってこい。
メスどももだ。
お前らも今うちの道場に戻らねえと許してやらねえぞ」
ヒョードルと呼ばれた少年は震えながらつぶやいた。
「……嫌だ」
「ああ?」
マリクはヒョードルを睨みながら近づいた。
「よせ」
見ていられず、オレは前に出る。
「オレの弟子をどうしようが勝手だろうが!」
「お前の弟子だというのなら理由くらい聞いてやったらどうだ?
オレは弟子に無理強いはしないし、少なくとも嫌がる理由くらいは聞いてやるけどな」
「チッ……」
マリクはヒョードルを睨みつけた。
「言いたいことがあるなら話してみろ。
君に手は出させないようにするから」
「……はい」
ヒョードルはオレを見つめた。
オレの家に来るのは、マリクの教え子のこの少年にとってはとても勇気のいることだっただろう。
にこりと笑いかけ、緊張感を解いてやる。
ヒョードルはうなずいて息を吸った。
「アスラン先生が道場破りの人たちを倒した後、マリク先生が門下生を集めてリンチをしろって言ったんだ」
「ヒョードル!」
「……うう……」
マリクが大声で脅すと、ヒョードルは震えあがった。
震える身体を鎮めようと心臓に手を当て、ヒョードルは覚悟を決めて話を続けた。
「僕、怖くてマリク先生の言う通りにした。
それで、ボクはある貴族に言いに行ったんだ。
『アスラン先生が門下生の手足を折る暴行をした』って……」
「「えっ!?」」
ヒョードルはオレに向かって土下座をした。
「ごめんなさい、アスラン先生。
ボクに勇気があれば、アスラン先生が剣聖になれてたかもしれないのに……」
後悔に涙を浮かべるヒョードルを責める気にはならなかった。
「その貴族から軍務大臣に報告をあげさせてたってことかしら」
エメラルドはマリクを睨んだ。
「マリク、ボクは許さないよ」
イリヤは思わず抜刀した。
「アハハハハハ!」
後妻のマーガレットが高笑いしながら歩いて来た。
「そんなの関係ないわよ。
結局ね、軍務大臣にはうちの道場から推薦状を書くの。
剣聖はマリクにしてくださいってね。
軍務大臣はただ原稿を読むだけよ。
剣聖はマリク。
うちの幹部達全会一致で決まったことよ?」
「アスラン先生の剣が、マリク以下だなんて、みなさん見る目が無さすぎるのでは
ないですか?」
エメラルドがマーガレットに食って掛かった。
「エメラルド。
父親が偉いからって偉そうにしないで欲しいわね。
アスランの剣はいつも一振りで決めるじゃない。
同じ勝つにしても、観客に魅せてほしいのよ。
そうしないと集客できないじゃない」
マーガレットはマリクにしなだれかかった。
「その点、マリクは弱い奴らには流麗な剣舞で戦うのよ?
うふふふ、剣聖の就任式での演舞、王様や王女様も褒めてくださったわ」
「グレアス一刀流は一撃必殺を掲げてる。
アスラン先生の剣が一番教えを守ってるし、強いんだよ。
剣も知らないのにいい加減なこと言わないで」
イリヤは眉を吊り上げていた。
「あら、マリクの方が強いわよ。
ねえ、マリク。
今からこの人たちにそれを示してみせたら?」
マーガレットはマリクにささやいた。
「ああ、そうだな。
アスラン、お前んとこの弟子がうるさいこと言うからよ。
1対1の試合で叩きのめしてやるよ。
ただし……オレが勝ったらここにいる門下生全員連れて帰るぞ。
嫌とは言わせねえ」
随分と余裕のある表情だな、何か秘策があるって言うのか?
「オレが勝ったらどうする気だ?」
「あ?
万にひとつもねえけどよ、お前の言うこと一つ聞いてやるよ。
剣聖になりてえなら、譲ってやってもいいぜ。
ひゃははははは」
「「先生!」」
エメラルドとイリヤがオレの近くに来た。
「先生、よかったね。
剣聖になれるよ」
「そうですよ、ずっと先生は剣聖を目指してたではありませんか。
私、先生が剣聖になれなかったって聞いて悔しくて」
そうか、エメラルドもイリヤもオレが剣聖になれなかったのが悔しくて心配で、オレの元に駆け付けてくれたんだな。
でも……
「わかった。
オレが勝ったら、今ここにいる門下生から手を引け」
「何だと?」
マリクの顔が引きつった。
「このままヒョードルをお前に返すわけにはいかないからな、どんなひどいことをされるかわからん。
他の女生徒たちもだ」
「ひゃはは、分かったよ。
お前の言うこと聞いてやる」
「マリク、失敗しないでよね?」
「わかってるっつーの。
一対一だからな、アスラン」
「わかった」
オレとマリクは向かい合って、それ以外の者たちは、オレたちを遠巻きに取り囲んだ。
マリクの門下生が、オレと近い方にばかり寄っているのが気になるが……
「それでは、はじめ!」
エメラルドが試合開始を告げた。
互いに抜刀し、隙を伺う。
「今だ、やっちまえ!」
「「うおおおおおおお‼」」
マリクの合図で、配下の者たちが懐から機械弓を取り出してオレに向かって射出、その後抜刀して突っ込んできた。
「「先生!」」
乱戦となり、エメラルドとイリヤもオレを心配して突っ込んできた。
「ひゃはははは、死ね!
死ねええええ!」
マリクは機械弓を取り出して、オレに向かって打ち続けた。
イリヤは双剣を手に、エメラルドは氷魔法で乱戦に立ち向かう。
「ぎゃ」
「うぐう」
痛みに耐えきれず叫び声が響き渡る。
「ぎゃーっはっは。
いい声で鳴くじゃねえか、アスラン」
バキイィン
大きな音がして、氷壁が崩れ去った時には3人しか立っていなかった。
「馬鹿な!」
もちろん、オレとエメラルド、イリヤだ。
「ほとんど先生が倒してましたけどね」
「ボクたちの手助けいらなかったね」
「そう言うなよ、助かったってば」
二人が血走った眼をしてたからさ。
手加減できない気がしてオレが先に倒したんだよ。
でもそう言うと『手加減くらいできる』って怒りそうだから、二人に言うのはやめておくけど。
「それとさ、マリク。
お前下手くそだな、弟子を撃つなよ」
「「うう……」」
倒れてたマリクの弟子たちには、すべて機械弓の矢が刺さっていた。
「クソが!
のろまな奴らだ!」
「まったく弟子想いじゃない奴だな」
「ねえ、マリクさん。
汚い罠は終わったことですし、今から1対1で正々堂々と戦ってくれるんですよね?
もし嘘だとしたらここで見聞きしたこと全て、私の父に報告させてもらいますが」
エメラルドの父は、内務大臣を務めるクレイ公爵。
「ボクも帰ったらガーファ王国に報告させてもらうよ」
イリヤは他国の王族だ。
うちの王様だって国際問題を起こしたくはないだろうな。
「クソ……やりゃいいんだろうが、やりゃあよ!」
マリクは剣を構えた。
「マリク、気合入れなさいよ」
マーガレットはマリクの背中を叩き喝を入れた。
「わかってるよ!」
「先生、頑張って!」
ユイカが応援を届けてくれた。
「先生が一騎打ちできるようボク頑張るよ」
「変なことするようでしたら、私が凍らせてしまいますからね」
エメラルドとイリヤはマリクたちの動きに備えてくれるようだ。
「頼むよ」
「「はい!」」
はは、いい返事だな。
軽くジャンプして、全身から余計な力を取り払う。
その後、オレとマリクはもう一度向き合った。
「剛剣のアスランと柔剣のマリクの戦いか」
その時、レイラが冒険者たちを数名連れて道場にやってきた。
「レイラか。
何の用だ!」
マリクがレイラに凄んだ。
「ははは、マリクが手下を連れてアスランさんのところに押し入ったって話を聞いたんでね。
揉め事を解決するのも冒険者ギルドの仕事だからね」
レイラはオレとマリクの間に立った。
「ふふ、どんな流れかはわからないけど剣士同士、それも同門同士の決闘だ。
もし良ければ立会人をさせてもらおうかな?」
「「お願いします!」」
エメラルドとイリヤは頭を下げた。
立会人がいれば正式な決闘となる。
決闘の勝敗や約束事の内容は、立会人が王宮へ報告する義務を負う。
約束事を守らなければ、罪人として投獄されるし、決闘の結果について嘘をつけばそれも処罰される。
レイラが立会人をやってくれるなら安心できるな。
「キミたちだったら立会人もできそうだけど、教え子がやるのはタブーだからね。
私が決闘の勝敗を見届けさせてもらう。
準備はいい?」
「ああ」
「来いよ、クソが!」
オレは呼吸を整えた。
「では、アスラン、マリク。
自分の思いを賭けて、決闘するがいい。
……はじめ!」
抜刀したマリクはいつものように下段で構えた。
それを見て、オレも下段に構える。
「アスラン先生が下段に構えた!」
「珍しく下段ですね……」
イリヤとエメラルドが構えに驚いていた。
道場破りなどの真剣勝負は、いつも上段に構えていたからだ。
上段はオレが一番強いと思っている構えだ。
だからこそ、真剣勝負では相手の思いを受け止めるべく、最強の構えでいつも相手をしていた。
「なめやがって!」
だからこそ、マリクはなめられると感じ、憤ったのだろう。
「はああああ!」
斜め下からの斬り上げから始まるマリクの剣舞に対し、すべて同じ技で返し、食らいついていく。
「技の応酬が凄い」
ヒョードルは叫んだ。
「何よ、アスランの奴なめたことをして……マリクの真似をして勝てるわけないじゃないの?
マリクの柔剣は、うちの流派の一番綺麗な型よ。
長老たちからも認められているんだもの」
マーガレットはマリクの勝利を信じ込んでいるようだ。
辺りを動き回りながら連撃を加えてくるマリクに対し、鏡のように動き回り同じ技を正確にぶつけていく。
「マリク、これがお前の剣の限界か?」
オレの挑発に対しても、マリクは反応する余裕すらない。
剣をぶつけるのを繰り返していくと、段々とマリクは押されていった。
「く……クソぉ」
マリクの顔にすでにもう余裕は消えていた。
オレの動きについていくのが精いっぱいだ。
「ねえ。
エメラルド気づいた?」
「ええ、気づきました。
流麗と言われるマリクの剣より、アスラン先生の剣の方が綺麗だってことに」
イリヤとエメラルドはうっとりとした目をして、剣舞を見つめていた。
「そんな訳ないじゃない!」
マーガレットは慌てていた。
「でも……どうして私にもアスランの剣が美しく見えるのよ!」
「わかった!
アスラン先生はきちんと斬るときに力を込めてるんだ!」
ユイカが叫んだ。
「ご名答」
イリヤが拍手をした。
「剣とは相手を斬るためのものです。
アスラン先生はしっかりと一撃一撃に力を込めている。
それに比べて、マリクの剣は流れるような剣舞です。
力が込められてない弱い剣……要はただの踊りです」
エメラルドは冷静に分析をしていた。
「く、くっそおおおおおお!」
「遅いんだよ」
今までマリクが繰り出してきた技の数々を、マリクが技を出すより速く、連撃を叩きこむ。
「ぐああああ」
マリクは受けるのが精いっぱいとなり、吹っ飛ばされて道場の壁に激突した。
「……クソがぁ……」
壁にめり込んだマリクに剣を突きつけた。
「魂の入ってない剣だったら、オレだって型どおり綺麗に振れるんだよ。
マリク、お前の剣は弱い。
剣聖だか何だか知らないが、お前は一からやり直せ」
「ち、ちくしょう……」
マリクは、か細い息を吐き続けていた。
「「先生!」」
エメラルドとイリヤ、ユイカがオレに駆け寄ってオレの手を握り、飛び上がって喜んでくれた。
「お、覚えてなさいよ!」
マーガレットは捨てセリフを吐いて、一人で逃げ出した。
「ははは、おめでとう。
剛剣の勝利ってところかな?」
レイラが拍手をしてくれた。
「剛剣か。
いつものオレの剣であれば、マリクはいったい何をされたかわからないまま一撃で負けただろうからな。
マリクの態度が目に余ったからな。
いわゆる『わからせてやった』ってヤツだ」
昔はマリクも熱心に剣を振るっていたもんだけどな。
いつしか人に取り入る汚い生き方を覚えて、金と女に執着するだけの人間になってしまった。
「マリク、聞こえてるんだろ?
オレはお前のような生き方はできない。
だが、マーガレットに取り入って剣聖の免状を手に入れたことまでは、頭から否定する気はない」
マリクの髪を掴んだ。
「ただな、お前は真っ当に生きてる弟子、ヒョードルを使って悪さをした。
先代はもういないから、オレがお前にお灸をすえるが……
次はないぞ」
「……だまれよ、クソが」
マリクが吐いた唾をかわす。
「さて、このために来たようなもんだからさ。
私たちがマリクを連れてくよ」
レイラの指示で冒険者たちがマリクを担いだ。
「各所に報告しておくけど……マリクは現役の剣聖だ。
任命した軍務大臣の手前、牢屋にぶちこまれることもないだろうし、剣聖をクビにも出来ないだろうね」
「そんな……」
ユイカは怒っていた。
「そうだ。
ひとつだけアスランさんの耳に入れておきたいことがある。
先代の剣聖は病に倒れるまで、ずっと剣聖を務めていたけど、それは先代が対外試合に負けたことが無かったからなんだ」
レイラは稽古場に掲げられた「アスラン一刀流」と書かれた看板を指さした。
「例えば、来月王宮で行われる御前試合があるんだけどさ。
剣聖は負けるわけにいかないだろうね。
ああ、そうそう。
来月の御前試合は新参の道場でも予選からだったら、だれでも出場できるみたいだよ?
もう王宮で受付やってるみたいだから、印鑑忘れずにね」
「「貴重な情報ありがとうございます!」」
エメラルドと、イリヤ、ユイカはレイラにお礼を言った。
3人は互いに目くばせすると、そそくさと2階へ駆けあがっていった。
「おい、お前ら何するつもりだ?」
3人はすぐに2階から戻ってきた。
「机の引き出しにありましたわ」
「やった」
「わーい」
エメラルドは後ろに手を回して何かを隠し持っているようだ。
「お前……まさか」
「私たち、王宮に用ができました」
エメラルドたちは脱兎のごとく走り出した。
「おい、こら待て!
お前ら、御前試合に出場登録するつもりじゃないだろうな?」
「ボクに任せて。
アスラン一刀流が世界に名を広げるチャンスなんだから」
イリヤは楽しそうに笑っていた。
「ええ。
剣聖という名前があるべき場所に戻る。
ただそれだけのことですわ」
エメラルドは涼しい顔で走っていた。
「先生、露店のある大広場で、焼き鳥とシチュー買って待ってるからね!」
ユイカは口からよだれを垂らしていた。
「ユイカ、お前はオレに昼飯おごらせたいだけだろうが!」
「私たち、先に行って大広場で待ってますからね!」
笑いながら3人は外に出て行った。
大広場に向かっていったのだろう。
「まったくあいつら……はしゃぎやがって」
オレが勝ったことがそんなに嬉しいのかよ。
きっと、オレに王宮に行って登録してほしいんだろうな。
「剣聖」になる権利を得るために。
ふと、辺りを見渡せば男の生徒は倒れた奴らを連れて帰り、女の子は壁の補修や片づけを自主的におこなってくれていた。
「みんな、ありがとな」
オレの声掛けにみんな泣いていた。
マリクから決闘に勝ったら剣聖を譲ってやると言われたのに、オレが生徒に手を出すなと言ったことが嬉しかったらしい。
気にするなと声掛けをして、とりあえず、みな道場から返した。
ふう……自分で剣術道場するつもりなんて無かったけど……いい子たちなんだよな。
ぐるるる。
はは、腹が減ってやがる、真剣勝負のあとだから当たり前だけどな。
剣聖を目指すかどうか。
ふふ、何をするのもオレの自由だ。
これからは、好きに生きよう。
とりあえず、エメラルドたちと飯でも食うか。
軽やかな足取りで大広場の露店を目指した。
お読みいただきありがとうございます!
剣士アスランのお話いかがだったでしょうか?
感想もお待ちしています。
ps
2月9日新連載はじめました!
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