第伍ノ巻 備えしは丑三つ時のため、されどその前に果たすべき事
一話あたりの字数が増えてきたのはなぜだろう?
そして、なぜ奇数日に更新しているのだろうか?
屋根の上に出て夜空を見上げていたソウは、何かに気づいて身を伏せた。
その途端、突風が吹き荒れたが動じることもなく、ジッと風の流れを見つめる。
そして吹き荒れる突風の中に巽風の神気が含まれているのを感じ、突風が収まるとソウは、ついと視線を市街地へと動かした。
「行ったか……」
ソウは巽風の発する神気の風を追うように、視線を動かす。
風が向かった先は、今回の仕事場であるのは間違いないだろう。
ソウがそのように考えていると苛烈だがどこか澄んだ熱気、『炎』の気配が生じた。
『置いていかれたな』
突然、降りかかってきた言葉はどこかソウを笑っているような口調だったが、それに動じることなくソウは答えた。
「別にかまわん、今からでも十分に間に合う。むしろそっちはどうなんだ?」
ソウは笑いかけるように自分の後ろを見上げた。
するとそこには、月明かりに写る20代前半で薄く紅をさした女性が一人、口元に笑みをうかべ立っていた。
その身には巫女装束にも似た白い衣をまとっているが、肩と袖の部分は何本かの赤い紐で繋がってあるだけで肩を外気にさらしており、足の方も動きやすいように入れられたスリットは、太腿までその姿をさらしていた。
「誰かさんの画策のせいで、居残るように言われたはずなのだが?」
女性は笑みをうかべながら答えると、首の後ろで二つに分けられた腰まである赤みがかった黒髪を夜風になびかせ、ソウの隣りに片膝を立て腰を下ろすと、どこか意味ありげの口調でソウを見下ろした。
「別に強制をしてはいないぞ。それ以前の問題として、お前に何を言おうと関係ないだろ……離蓮」
一方、そういわれたソウは片目をすがめ、不機嫌そうに尻尾を振った。
その視線の先で離蓮、と呼ばれた女性は口元をさらに緩めた。
八卦神将の一柱、『離蓮』。
八卦に置いて『炎』を司る彼女は、八卦神将の中でも二番手の実力の持ち主である。
そして、式神である彼女に命令できるのは、主である昌享だけである。
「……確かにな、少なくとも『残れ』というのは主の命ではないからな」
「だろ」
言い聞かせるように語る離蓮に対し、ソウは肯定する。
しかし、離蓮は何かを払うように頭を振って口を開いた。
「だけど今回は残らせてもらうよ、ここを守るのも私に与えられた命の一つだよ」
「……そうか」
ソウは離蓮の言葉が意図するものを確認するかのように呟いた。
その隣で離蓮は、ああ、と頷いた。
どんな式神であろうと、主の命は絶対なのだ、と言うのをソウは改めて感じた。
そして、おもむろに立ちあがると重くなった空気を払うかのように、体を振い四肢を伸ばした。
「行くのか?」
「ああ、いつまでもここに居るわけにも行かないしな」
立てた片膝に肘を置いた離蓮の問いに対し、ソウが答えて駆け出そうとしたとき、ソウは声をかけられた。
『……待って』
幼い少女の声が聞こえたかと思うと、体毛が雨にぬれて体にへばりつくような……そう、『水』の気配が生じた。
ソウが慌てて振りかえると、そこには驚いた様子で自分の隣を見ている離蓮と一人の少女の姿があった。
10歳ほどの少女であるが赤い目を持つその顔にはほとんど表情はなかった。
髪は、薄い水色の髪で赤地に黄色の刺繍の入ったパオで左右のとがった耳の上あたりで、まとめられているがそれは、ほんの一部だけで残りのほとんどは腰までおろされていた。
また、身にまとっている衣装も薄い水色や翠を基調としていて、袖は自信の腕よりも長い。
ソウは首をかしげ、質問した。
「どうした、宵坎?」
「……これを昌享に……」
八卦神将の一柱、宵坎。
八卦に置いて『水』を司る彼女は、ソウの質問に抑揚のない声で答えると一包みの風呂敷をソウの前に出した。
「なんだこりゃ?」
「風呂敷だな」
離蓮は座ったまま、宵坎が差し出した風呂敷を持ち上げた。
「見た目よりも軽いな」
風呂敷の大きさは、ソウよりも一回り小さい位だったのだが、持ってみると案外軽かった。
一体中身は何なんだろうと、ソウと離蓮が風呂敷に意識を向けていると、宵坎が口を開いた。
「……昌朗が昌享に必要だろうから、って言ってた」
「なるほど……って、なんだ!俺は使い走りか!?」
使い走りされようとしていることに驚くソウに対し肯定するかのように宵坎はうなずく、その様子を見ていた離蓮は再び風呂敷へと視線を移す。
改めてみると、風呂敷は二ヵ所が結ばれており子供ならリュックのように背負える形になっていた。
「なるほど」
離蓮は感心言ったように呟くと、唖然としているソウの背中に風呂敷を背負わせた。
すると風呂敷はソウの背中にまさにピッタリ!
ここが私の居場所です、と風呂敷が言うのではないかと言う程、ピッタリであった。
「おいっ!」
「文句を言うな。それにいい加減、行かないと間に合わないぞ」
「……」
短刀の利いた声と、どこに生えていたのか牙を立てソウは異を唱えるが離蓮はそれを棄却し、宵坎は無言で見つめてきた。
ソウは沸々と湧き上がる衝動を抑える。
いつも昌享をからかっているが、実際にされると嫌であるというのを改めて知らされながら、昌享たちが向かった方向に頭を向ける。
風呂敷を背負ったまま、ぽてぽてと屋根の端まで行くと、ソウは振り返らずに真剣な面持ちで、離蓮と宵坎に声をかけた。
「留守を頼むぞ」
その言葉に対し、二人はうなずいた。
背を向けたままであったが、ソウは二人が頷いたのを感じるとそのまま木枯らしだけを残して、屋根の上から姿を消した。
一方、ソウが荷物を持って出たころ昌享たちは目的地に着くところだった。
周囲の木々を揺らしながら、巽風の風はとあるビルの上に昌享を下ろした。
「よっと」
昌享は危なげもなく風の中から飛びだした。
最初のころはよく転んだり、腰を打ったりしたのだが最近は慣れてきていた。
「だいぶ、馴れたな」
降りたった、昌享の隣にこれまた危なげもなく震電と巽風も降り立った。
とはいっても巽風は、自身の周りに風を作って地面から20センチほど浮いていたりする。
「さすがに、いつまでも転けてたらカッコ悪いし……」
「ふ~ん」
頬を指で掻き、苦笑いで答える昌享に対し、巽風は興味深そうな顔で空中で胡坐をかいた。
「ま、咲の願いを聞けるように頑張るんだな」
「うるさいっ!!」
「二人とも静かにしろ、気づかれるぞ」
二人の声が徐々に大きくなってきたので震電が止めに入った。
巽風はともかく昌享の声は一般人にも聞こえてしまう。
震電の言葉に巽風は軽く返事を返すのに対し、昌享は慌てて自分の口を押さえると人差し指を自分の額に当て、目を閉じると詠唱を始めた。
「我の眼に宿りし光は、闇を切り開く光なり」
指先が、ぼぅと輝いたかと思うと昌享はおもむろに目を開くと周囲を見渡した。
今、昌享が見ている景色は昼間のそれと何ら変わりなかった。
「よし、暗視の術は成功」
暗視の術。
それは、その名の通りどんな暗闇でも太陽が照る昼間のように景色を見せる術である。
いくら満月に近い月明かりと、街灯があるとはいえ所々には暗闇という死角があり、そこからの急襲に反応できるように掛けたのだった。
術が成功したのを確認した昌享が次の準備を始めると、その後ろから巽風が声をかけてきた。
「なぁ、昌享。今回はどうするんだ?」
「ん?」
昌享が振り返ると、そこでは巽風が何やら風を操りながら首をかしげていた。
「瘴穴が出るまで、まだ時間があるだろそれまでどうするんだ?」
巽風が言うとおり瘴穴が出現するのは丑三つ時、時間で言うと午前2時から午前2時半までの約30分間だけである。
瘴穴は丑の刻、つまり午前1時から活性化して丑三つ時に出現するが、それが過ぎると姿を消し瘴気も徐々に沈静化していき丑の刻が終わる、午前3時を過ぎると完全に分からなくなる。
それ以外の時間に瘴穴は姿を現すことはないが、丑三つ時になれば再びその姿を現す。
そのため、昌享たちは大まかな目星を付けてきたのだが、時間はまだあった。
巽風の質問に昌享は少し考える風情で答えた。
「そりゃ、通り魔を倒す。多分だけど、瘴気に呑まれた妖怪か妖が犯人だろうし……」
昌享はこれまで数は少ないが、瘴穴の瘴気に呑まれた妖怪や妖を見てきた。
瘴気に呑まれれば、自我はなくなり本能と執念で行動し関係のない一般人を襲う。
そして昌享は、そうなるのを防ぐために陰陽師になるという道を選んだのだ。
ふ~ん、と昌享の答えに巽風が納得していると震電がスッ、と手を挙げた。
昌享と巽風が震電の方を見ると、震電は腕を組んで質問した。
「なんで通り魔がそいつだと思ったんだ」
唐突な質問に昌享は一瞬、戸惑った。
そう言えばなんで、この通り魔事件に瘴穴がかかわっていると思ったのだろう?
思わず自問自答してしまう昌享であったが少し考えて、1つの答えを出した。
「う~ん……何となく、直感っていったら良いのかな?」
昌享が答えた瞬間、震電の目が細められ少しだけその身から放たれる神気が、鋭さを増した。
「直感?」
「う、うん。直感……」
震電の神気に思わず慄き、自信な下げに答える昌享に対し震電はふっ、と口元を緩めた。
「そうか……」
「震電?」
思わぬ反応に驚いている昌享に対し、震電は納得した顔でうなずいた。
「お前がそう言うなら、それでいい」
「……ありがとう」
昌享は震電に礼を言いながら、なぜあんな答えで納得したのだろうか、と思い巽風の方を向いた。
すると巽風もまた納得した顔でこちらを見ていた。
二人の神将の様子に疑問を抱きながらも昌享は再び別の準備を始めたがすぐに手を止めた。
「でも、すでに被害者が出ているんだよな……」
昌享は一般人に被害を出さないようにと心がけているが、すでに3人の被害者が出てしまっており、その中には友人である忠の姉も含まれていた。
拳を強く握る昌享の様子を見た巽風は声をかけた。
「これから毎晩、占ったらどうだ?」
その言葉に昌享は苦虫を噛み潰した様な顔をした。
確かに、瘴穴の出現場所はある程度は占うことができ最初に出現した段階で封印することも可能である。
しかし、昌享は巽風の案に対しすぐに反論した。
「書物だけじゃ全然、分からなんだよ!」
一応、昌享も被害者を出さないようにするためその手の書物を紐解いていたのだが、如何せん占いと言うのは、基本部分以降は全て本人の経験によって賄われることになる。
そして、昌享にはその手の経験と言うものがなく、今では苦手意識を感じるほどになっていた。
「だったら、次に来るのは打って付けだな」
いきなり話しかけてきた震電の方を見ると、面白そうな表情で昌享を見ていた。
「打って付け?」
「ああ、確かに!あいつは占いとか予測が得意だからな」
思わず質問する昌享の隣では、納得した風情の巽風がポン、と手を叩いていた。
震電と巽風は面白そうな表情で昌享を見つめ始める、二人の意図していることが分からない昌享は率直に質問をぶつけた。
「あいつ、ってだれ?」
「それはだな……」
「きゃあああああああああああああああ!!」
胸を張った巽風が自信満々で答えようとした時、女性の悲鳴が響いた。
慌てて悲鳴が聞こえた方を見ると、髪の長い女性が肩を押さえ走ってくるのが見えた。
そして、その後ろからは唯人には見えない影が女性を追ってくるのが見えた。
「ちっもう、来たか!」
昌享は舌打ちをするが、すぐに先ほどまでいじっていたものを取り出した。
それは人型に切られた8枚の符で、息を吹きかけると宙に放り投げた。
「巽風、頼む!」
「了解!」
巽風はそう言うと目を瞑り、両腕を大きく広げ、昌享が放り投げた符を風に巻き込ませるとその8枚の符は、まるでレールの上を走るがごとく八方に散って行った。
先ほど巽風がやっていたのは昌享の符を遠くに飛ばすために風の道を作っていたのだ。
そして、巽風がうなずくと右手で刀印を作り天高くへと掲げ叫んだ。
「我、今ここに現世と幽世を隔てし、籬を築くものなり、八柱によって成される籬の内は伊吹が吹く所なり!」
その瞬間、先ほどの人型を軸にした結界が結びあがり、昌享は屋上の手すりに手をかけそのまま飛び降りた。
結界さえ張ってしまえば人目を気にすることは無いが、いくらなんでもビルから飛び降りるという、その行動は無謀にさえ思えた。
しかし、昌享が地面にぶつかる瞬間、風が取り巻き何事もなく着地し、震電は風を纏うことなく隣に着地した。
「いくら巽風の風があるとはいえ、無茶はするな」
「震電の言うとおりだぞ、思わずあわてちまった」
いきなりの昌享の行動に注意をする震電と巽風だが、二人の式神が、放つ神気は徐々に強まっていった。
その様子を見ながら昌享は周りを見渡しある一点でその視線を止める。
現在、結界の中に居るのは昌享と、震電と、巽風。
そして……………
「シャァァァァ…………」
今、目の前で尻尾を立て、威嚇をしている奴だけである。
恐らくこれを読んでいられる多くの読者の方々はご存じでしょうが、現在、本作品のキャラ達がコラボのゲストとして神威先生の『精霊の瞳』にて登場しております。
神威先生はアンダーラインを引くようにと言っておりましたが、こちらはアンダーライン+10回ノートへの筆記を推薦します。
作者である自分が言うのもなんですが、本作よりもきれいな表現なのでぜひご覧ください。
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