第弐ノ巻 強敵の幼馴染現る
「ハァ、ハァ……あと少し!」
「陽野君……ハァ、ハァ」
息も絶え絶えの二人はすでに誰もいないホームへとつながる階段を上っていた。
なぜ二人がここに居るのかと言うと二人の通う高校は山をひとつ越えないといけないため昌享たちがいる方面の学生たちは電車を使っていた。
現在二人は遅刻しないギリギリの電車に乗ろうとその最寄り駅である金堀駅のホームへ続く階段に居るのだがこの階段は家から全力疾走してきた二人にとって最後の難関ともいえた。
『間もなく1番線より上り列車が発車いたします。お見送りの方は黄色の線までお下がりさい』
発車の構内アナウンスとともに階段を登り切った昌享の先には満員だがなんとか二人が入れるだけのスペースがある電車のドアがあった。
肩で息をしながら昌享は後ろに居る咲へ振り返る。
「ハァ、ハァ……堺さん急いで!」
「ちょっと……、待って……、もう限界……」
最近修行で体力をつけ始めた昌享はともかくあまり運動のしていない咲にとって全力で走ってきた後のこの階段はあまりにもきつく咲は昌享のいるところから一つ下の踊り場でダウン寸前だった。
そしてついに発車の合図である電子音が鳴り響いた。
マズイ!昌享がそう思った瞬間、咲の後ろの空間がゆらりと動いたかと思うと不自然かつ強烈な突風が起きた。
「うおっ!」
「きゃっ!」
その突風に煽られ……と言うより吹き飛ばされる形で昌享と咲はなんとドアの閉まる電車の中へと放り込まれた。
そして中の人とぶつかる瞬間、誰かが支えるような感覚があったがすぐに消えると共に電車のドアは完全に閉じた。
それから約4分、ギュウギュウの満員電車に揺られ二人は目的地である火輪駅に着いた。
「う~、明日はもっと早く出よう……」
改札を出た昌享の顔はまだ朝だというのに疲労の色が濃かった。
一方、咲はと言うと昌享の言葉に笑いながらもこちらも疲れている様子だった。
しかし、いつまでこの調子でいるわけにもいかないので昌享は自分の頬を二、三回叩くと気合を入れた。
ここからは少々ゆっくり歩いても登校時間に十分に間に合うので二人は比較的ゆっくりと足を進めることにした。
二人が住んでいるのは天埜市という市で人口は約8万人、北にある方莱山を源流として南北に馬飼川と戸子達川という二本の川が流れており前者が市の西側を、後者が東側を通っており共に市の南側にあるには八重湖と言う湖に流れ込んでいる。
市の中心部は二本の川の間にあってこの地域周辺の中心都市となっており川の東側と西側は住宅街となっている。
ちなみに余談ではあるが昌享の家は市の西側、金堀と言う所である。
そして二人が通っているのは天埜学園高等学校(通称:天学)と言う私立の高校でここ天埜市ではそこそこ有名な私立高校である。
駅から学校へ行くには駅前の通りを抜け、馬飼川にかかる橋を渡るというのが最短ルートで二人は何時もその道を通っている。
その間昌享と咲は昨夜の修行についての話や今日学校で行われる小テストなどについての話などをして歩いていたのだが咲が急に足をとめた。
「どうしたの堺さん?」
昌享も咲にならって足を止め不思議そうに尋ねた。
この橋さえ渡ってしまえば学校はすぐそこである。他の学生の邪魔にならないように歩道の端によると咲は意を決して口を開いた。
「陽野君、初めて会ってからそろそろ2ヵ月だよね……」
「う、うん」
昌享はうなずいた。
そう、もう二ヶ月経つのだ。
自分の持つ力の存在を知り、咲に初めて出会ってから……
「そろそろ……名前で呼んでくれない?」
「えっ!?」
「会ってからだいぶたったし……だから私のこと名前で呼んでくれない?」
「……………」
咲の訴えを聞いたいきなりの衝撃に昌享はただ黙っていた。
なんというべきか昌享は何となく分かっているがそれを口にすることができない。
黙っているのを見た咲はあわてて続けた。
「も、もちろん、無理しなくて……いいから……ね……」
咲に言葉は徐々に勢いを無くし消えてしまいそのまま二人は黙ってしまった。
微妙な空気が二人を取り巻き、その様子を感じ取り他の学生は避けて通って行く。
それを肌で感じていた昌享は唐突に後ろから迫る気配に気づいた。
「おっはよ~!」
「のわっ!!」
「陽野君っ!」
昌享と咲の間に合った微妙な空気をものともしない明るい声とともに昌享の肩に衝撃が走る。
察知したとはいえ何も対策をとっていなかった昌享はそのまま顔面から倒れこむこととなった。
「痛ってぇぇ!!」
鼻を思い切り強打して悶絶する昌享に咲はあわてて駆け寄る。
「大丈夫?」
鼻血が出ていないのを確認した昌享はうなずくと後ろを振り返った。
そこには咲と同じ制服を着た女子生徒が立っていた。
背は咲と同じくらいか少し高く、赤縁の眼鏡と肩で切りそろえらた黒髪が目を引いた。
「鈴!いつも朝っぱらからド突いてくるなって言っているだろ!!」
「だってマー君も咲ちゃんもなんか元気がないみたいだったからね~」
『だから景気付けに一発……』などと昌享の怒声もなんのそのでその生徒は笑顔で返してきたのを見て昌享と咲は思わずため息をついた。
彼女の名前は信濃 鈴。
昌享や咲の通う天埜学園高校の同級生である。
また昌享のそうである昌朗と鈴の祖父は昔からの知り合いらしく昌享が子供のころ昌朗の家に遊びに来るたびによく遊んでいた幼馴染であるがいつも振り回されていたという記憶しか昌享にはなかった。
昌享は言いたい事が幾つかあったがあることを最優先事項としていた。
「……とにかくいろいろ言いたいけどまずはその『マー君』って呼び方をやめてくれないか?」
さすがに高校になってもそう言われると恥ずかしいからと訂正を求めるが鈴は首を横に振った。
「だって、マー君はマー君だもん!」
頬を膨らませ反対する鈴と本当に幼馴染で同級生なのだろうかと思わず頭を抱える昌享、その二人のやり取りを咲はどこかうらやましそうに見ていた。
「あのな~、前々から言っているけどこの年になってそのマーk……」
「あ~!そう言えば通り魔のこと知ってる!?」
昌享の話を見事に蹴飛ばし鈴は別の話を始めた。
今度は両手で頭を抱え始めた昌享を励ましながら咲が話をつないだ。
「通り魔?」
「うん!何でも最近この辺で夜な夜な髪の長い女の人が襲われているんだって~」
怖いね~と言ってはいるものの鈴の目は好奇心一杯の子供の目そのものであった。
そんな鈴に咲は苦笑いしながら「そ、そうなんだ……」と言うしかなかった。
「いったいそんな情報どこから持ってきているんだ?」
何とか頭にあったものを振り払った昌享が話に入いってきた。
と言うのも鈴はテレビや新聞にも載らないようなこの手の情報をどこからともなく仕入れてくるのだ。
「気になる~?」
鈴は面白そうに質問してきた。
それに対し昌享と咲は大きくうなずいた。
「そりゃ勿論」
「気になります」
二人の反応に満足したのかうんうんと鈴はうなずくと左手を腰に当て右手の人差し指を大きく突き立て堂々と言い放った。
「秘密!」
その瞬間見事に二人はズッ転けた。
しかも転けたのは昌享と咲の二人だけではなく周りを歩いていた学生も何人か転けていた。
そりゃいくら隅に寄っているとはいえここまで大きな声だと聞こえているだろう。
肩の力が抜けた状態で二人が立ちあがると鈴は話を再開した。
「でも、被害にあった人は誰も犯人の姿を見ていないんだって~。なんか不思議な匂いがしない?」
「そんな匂いしないから、絶対しないから、断じてあり得ないから」
「少し落ち着こうね信濃さん、今日の数学のテスト内容忘れちゃうよ」
さらに目を輝かせる鈴を昌享と咲はなだめるように言いくるめにかかった。
これ以上、鈴が興奮したら大変そうなので昌享も咲も必至である。
「あれ?今日って、数学のテストってあったけ?」
「うん、確か今日のテストは信濃さんのクラスもやるって先生が……」
咲がテストについて話していると学校の予鈴のチャイムが鳴るのが聞こえてきた。
「えっ!もうこんな時間!?じゃあ、マー君、咲ちゃん、先に行っているね~」
「だからマー君言うなって……」
開口一番、鈴は昌享の反論を無視して猛スピードで走りだす。
「信濃さん、テスト大丈夫かしら?」
咲はどうやら鈴のテストの方が気になっているらしい……
「ってそんなこと言ってる場合じゃない!」
「私たちも急がなきゃ!」
最初は鈴の行動の早さに唖然としていた昌享と咲の二人だったが我に返った二人は鈴に遅れまいと本日二度目の全力疾走を開始。
その後、本日二度目の疲労という代償を払い昌享と咲の二人は無事に教室に着くことができた。
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