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第拾陸ノ巻 待つ者たち

土蜘蛛にまさゆきを攫われ膝をついて落胆する召兌であったが、すぐに隣に先程のやってきた猫に気づいた。

猫は全身が汚れているものの大きな傷は追っていないらしい、そして猫は召兌がこちらを見たのを確認したかのようにスッと視線を入り口に向ける。それにつられ召兌がそちらを振り返ると工場の敷地の入り口、ちょうど召兌が張った結界の外側に一匹の炎獣の姿があった。召兌がその姿を見つけ、急いで駆け寄ると炎獣は口を開く。


『巽風、召兌、何があっても一度家まで戻ってこい』


はなたれたのは同胞である離蓮の声、炎獣はあくまで伝言用らしくそれだけ言うとそのまま火の粉となって消えていった。

召兌は立ち上がると杖を持ち直すと、地面をつくとわずかに風が流れ始めた。

それは倉庫に入る前に召兌が作った外部からの遮断の結界が解かれたことを示しており、外部から流れこむ気によってわずかに残っていた気が霧散していく。

その中でさらに召兌は杖を一振りすると、今度は気の流れが変わり霧散しきれなかった気を押し流し、浄化したのである。

一通りの浄化を確認していた召兌は先ほどの猫の姿がないことに気が付き、周囲を見渡すが気配すら感じられない。

自身の力をもってすればある程度の足跡をたどることも可能であろうが、状況が状況のため離蓮のいる昌享の家へと神速をもって走り出す。


『ヨク鍵ヲ見ツケタ。後ハ時ガ来ルノヲ待ツノミ』


先ほどの土蜘蛛はそう言っていた。

言葉の通りだと考えればその『時』が来るまでは昌享を生かしておく可能性が高いが、問題はその時である。

走りながら召兌が空を見上げると日が暮れて、少しずつその姿を現した星々が輝きだしていた。


「昌享様、どうか御無事で」


召兌はそう祈りながら走り続けた。






「咲さん、失礼しますよ」


突然の問いかけに賑やかだった部屋の声は静かになった。

そして、部屋にいた三人の視線が部屋の入口へと向けられると襖が開き昌朗が顔を出した。

昌朗が部屋を見渡すと咲はベットに腰かけており、忠と鈴は床で何やらとっくみあって互いの顔を引っ張り合っていた。

二人とも制服なので忠はともかく鈴はスカートのままである。

一応、対策はとっているようだがさすがに年頃の女子学生がとって良いような状況ともいえない。

鈴を小さいころから知ってる昌朗であっても一瞬戸惑うような状況に思わず目を丸くしてしまったが、軽く咳払いをして昌朗は口を開いた。


「……せっかくのお楽しみ中で申し訳ないけど、二人とも時間は大丈夫かい?」


そう言って昌朗は咲の部屋にある時計を指した。

すでに7時近くになっており、室内も明かりをつけていた。


「あ~、そろそろ帰るか」


「そうだね~」


そう言って忠と鈴は取っ組み合いをやめ、それぞれの荷物の整理を始めた。

とはいっても脇に置いていたカバンくらいしか荷物もなく、着崩れた制服を直す程度ですぐに準備は終わった。


「じゃ、またな」


「学校で待ってるよ~」


そう言って二人は部屋を出て、昌朗も玄関先まで見送るためについていく。

三人を見送った咲はふと思いそっと部屋の扉を開け廊下に顔をだした。

鈴と忠が来た時、離蓮の神気が広範囲に放たれたのを咲は気づいており鈴と忠の訪問で誰にも聞けずにいた。

そして、暫くしてから時折であるが神気が流れているのも感じており今もわずかであるが感じている。

その神気に馴染みは薄いが、昨夜に昌享が召喚したと言う召兌と言う神将だろうか。

心配した様子で昌享の部屋のほうを見ていると、二人を見送った昌朗が戻ってきて声をかけた。


「咲さん?」


「あ、ちょっと気になって……」


そう言うと咲はそのまま部屋の中に戻っていく。

昌朗は困ったように息をつくと咲の部屋の入口へと近づいた。


「……どうやら厄介ごとに巻き込まれたようで、もしかしたら今日は帰ってこないかもしれません」


「それって……」


ベッドに腰かけていた咲の表情が曇るが昌朗は首を振った。


「安心してください、神将達が必ず昌享の手伝いをしてくれます」


「…………」


いつもの昌朗の優しい声であるが、咲の不安はなぜか取れそうになかった。

その咲の様子に昌朗も気づいていたが、これ以上話すことはかえって不安にさせるだけだと考え昌朗は咲の肩をポンと叩いた。


「もう少しで晩御飯の準備ができますから、それまでもう少し待っていてください」


「あ、私も……」


咲は慌てて手伝おうとするが昌朗は首を横に振ると横になるように言い、そのまま部屋を出て襖を閉めると蔵のほうへと目を向ける。

先ほどから流れている神気から察するに蔵の地下で召兌の力を使って昌享の捜索をしているのだろう。


「今はここで待っているしか出来ないとは……」


そう小さくつぶやくと昌朗は晩御飯の準備をするために台所へと足を進めていった。






昌朗が台所へと足を運び始めた頃、神将達は全員が儀式の間に集合していた。

とはいっても神将たちは祭壇へは上がらずに祭壇下の開けた場所に陣取っており、杖を構えて読流を行う召兌から少し離れた場所には宵坎が何時もの無表情のまま座っている。

その隣には落ち着かない様子の巽風とその肩を押さえる震電がいた。

震電が巽風の肩を押さえているのは巽風がしびれを切らして神気を暴れさせないようにするためである。

しかし、震電の意識は巽風とは別の存在も気にしていた。

震電の視線は召兌から離れた三神将よりも更に離れた場所にいる離蓮へと時折、向けられていた。

その離蓮は背を壁に預け、腕を組んだまま目を閉じている。

一見、何時もと変わらない様子であるが、よく見ればその周囲の土は乾いており、その範囲は徐々に広がっている。

表情にこそ出てはいないが恐らく離蓮が一番落ち着いていられないのだろう、しかし、それを留めているのは彼女が現状で神将をまとめる立場にあり、なおかつ昌享の場所が分からないというのもあった。

最もそれももう間もなく終わるだろう。

そう震電が思った矢先、読流を行っていた召兌が口を開いた。


「……見つけました」


その言葉に、その場にいる全員の神気がわずかに高まるがすぐに収まる。


「どこまでいけそうだ」


視線をこちらに向けた離蓮の問いに召兌は顔を曇らせた。


「さすがにすぐそばまでは……ただ、土蜘蛛の巣の入り口までは行けるはずです」


「よし、準備を頼む」


「はい」


召兌はそういうと杖を地面に軽く突いてから回し始める。

その動きに合わせ水が空中を流れ始め、円を作り出す。

それは徐々に面状に広がると、巨大な水鏡を作り流れによる波の合間に暗い風景が映し出される。

読流と並ぶ召兌のもう一つの能力、動流どうりゅう。それは召兌現在いる場所と探知した場所をつなぐ門を作り出すものである。

しかし、これは召兌側からの片道のみで距離もさほど長くなく、作り出すのにも時間がかかり場合によっては敵に待ち伏せをされる可能性もあり場合を選ぶものともいえた。

そのため普通は召兌が探索、巽風がその情報をもとに風で運ぶというパターンだったのだが今回、巽風は待機となった。

その理由は巽風の今までの失態もあるが、一番の理由は昌享の奪還に向かうのが震電と離蓮の二人だからであった。

主が危機に瀕している以上、八卦神将の双璧である二人が出ない訳にはいかない。

しかし、そうなれば咲の護りがどうしても薄くなる。

主の大事であるが同時にその命も守らなくてはならない。

一応、救援は頼んでいるがそれでも守りを得意とし、攻めが苦手な宵坎や召兌だけを残すのはあまりいいとは言えなかった。

それらの理由から巽風が残ることになったのである。


「巽風、今度の役目しっかり果たせよ」


「わかってるよ……」


離蓮の言葉に巽風は俯いて答える。

巽風は現状を理解し、また自身の立場の重要も知っていた。

しかし、それでもこの場に残ると言うのはある意味屈辱にも近かった。

本来、八卦神将は主の道を切り開く四将と主を守り、支援をする四将に別れている。巽風の立ち位置は前者であり誇りでもあった。

その先将たる自分が奪還の戦闘に立てないのは悔しい事ではあったが、現状では仕方のないことでもあった。


「俺と離蓮が出るんだ、そうなればお前が一番の戦力になる……しっかりな」


「……たのむ」


頭に手を当てられたまま巽風はただそう言った。それ以外の言葉を話せば余計な事まで話しそうだと巽風は感じていた。

そんな巽風の心情を察してか震電は何も言わず、最後にポンと頭を叩いた。


「宵坎、俺たちが出て行ったらここの守りを強化しろ」


「……了解」


声こそ普段と変わらない様子で答える宵坎であったが、縦に振る首の動きには力が込められていた。

皆が昌享を心配していると震電が感じていると何処からともなく気配が降り立った。

その気配に召兌以外の視線が向けられる。

視線の先には今まで姿を見せていなかったソウの姿があった。


「準備は万端といったところか?」


道を作っている召兌を見ながらの反応には離蓮が一歩前に出る。


「一応はと言ったところで、ただ……」


意味ありげに言葉を止めた離蓮にソウは目を細め視線を向ける。

視線がしっかりと向けられたのを確認した離蓮は改めて口を開いた。


「今回の事案、四神の主のが出てくるかも知れない」


その言葉に細められたソウの目は一気に開き、そして苦渋の表情へと変化した。


「それなりの理由はあるんだろうな」


明らかに不機嫌といった様子のソウに離蓮は召兌から聞いた話を一通り話すと、ソウは唸ったまま黙ってしまった。

離蓮の召兌からの話を聞くからにはほぼ間違いないだろう。しばらく唸っていたソウであったが、諦めたのか大きく息を吐いた。


「借りはほぼ確定か……」


ソウの呟きに離蓮は「だろうな」とスパッと言い切るとソウは頭を抱える。

現状を考えれば願ったりかなったりなのだが相手が相手なので素直に喜べなかった。


「今の主がどんなのか分からないが、今の昌享では借りを返すまでは時間がかかるな」


「それを言うな……あいつの場合、更に増やしそうだ」


離蓮の追撃にソウは唸ってそのまま黙ってしまうが不意に視線を地下の祭壇へと向けた。

八卦神将を召喚するための祭壇の奥には一連の水晶の数珠が掛けられており、一際大きな8つ水晶は5つが光を蓄えているようだった。

ソウはその水晶の光を見て目を閉じた。


「でも、あいつはあいつなりに頑張っているようだな……」


「ああ」


「そうだな」


ソウの言葉に離蓮と震電が答えると召兌が声を上げた。


「通じました」


全員の視線が召兌へ、そして召兌の前で静かに渦巻く動流へと向けられた。

そこには薄暗い中にわずかに浮かぶ廃墟が映し出されており、そこが土蜘蛛の巣のある場所であるということを示していた。

召兌は動流の前を開けるように脇によけるとソウは動流の前へと移動し、その中を覗き込むように目を細める。


「行くぞ」


ソウは尻尾を振るとそのまま動流へと躊躇なく飛び込む。

その後に続いて震電が飛び込み、離蓮も召兌に一瞬視線を合わせるとそのまま二人の後を追っていく。

召兌は離蓮が入ったのを確認すると、杖を構え直してそのまま動流を上下に切り払うと切り払われた動流は形を崩すと床に吸い込まれるように消えていった。

動流を繋いだままではこちらの位置がばれてしまうためであるが、それは同時に昌享を助けた後はここまで自力で戻ってくるしかないことでもあった。


「どうか御無事で」


召兌はただそう祈るしかできなかった。






すごい倦怠感が襲う中、昌享は意識を取り戻した。

とはいっても瞼が重く、なかなか開くことができない。

しかも、時折望める瞼の隙間から見えるのは暗闇であった。

取り敢えず術を掛けようとするが、そこで昌享は腕が拘束されていることに気付いた。

手から肘にかけてぎっちりと恐らく糸で固定されているのだろう。

幸い毒の類は糸に付いては無いようで、あくまで固定用の糸のようだ。

横になったまま昌享は周囲の様子を感じる。

暗闇のため見ることは出来なくても感じることは出来た。

と、その時近くでカサカサと何かが動く気配がした。

昌享はその気配へと集中するが、すぐに集中を止めた。

それは、目の前に無数の赤い光が現れたためであった。

そして、そのなかでも特に大きい八つの赤い光ががゆっくりと動いた。


『目ヲ覚マシタカ』


声と共に暗闇の中から巨大な蜘蛛が姿を現した。体高だけでも10メートルはありそうな姿に昌享の頬が思わずひきつるが、すぐに殺意がないことに気が付いた。

その様子に赤い光を放つ八つ目が僅かに輝いた。


『……ドウヤラ我々ハ運ガ良イラシイ』


『母上ヲココヘ、今宵コソ我ラガ一族ノ宿願ヲ晴ラサン』


その掛け声と共に周りの赤い光がザワザワと動き出した。


(宿願?)


状況の把握が追い付かない昌享ではあったが、妙にその言葉が気にかかった。

その時、昌享の体が浮き上がった。

何事かと周囲を見れば、昌享を傷つけないように二匹の土蜘蛛が昌享を釣り上げ、運び始めた。

どうやら『宿願』とやらを果たすための場所に連れて行くのだろう。

少ないだろうがまだ時間があることを確信し、昌享は懐に意識を向ける。

土蜘蛛の糸で札がダメになっていないか不安だったが、ほとんどの札は無事なようである。

しかし、今の手持ちでこれだけの土蜘蛛を相手に何とかなるような札はない。

もし何か事を起こすとすれば儀式が始まった時しかないだろうが、それもはたしてどれほどのチャンスがあるだろうか。


(後は神将たちが俺を見つけてくれるのを祈るしかないか……って、それでいいのか?)


己の命かかけた賭けに近い状況でありながら案外落ち着いていることに昌享は驚き半分、あきれ半分と内心苦笑すると、昌享の視界に光がさした。

それほど強い光ではなかったが思わず昌享は視線をそらすとその光、月明かりが照らす周囲の様子が目に入ってくる

どうやらここはどこかの廃墟の一階らしく、天井が大きく抜け落ちたのかぽっかりと夜空が姿を見せていた。

土蜘蛛たちは昌享を抜け落ちた天井の穴の中心部へと連れて行く。

どうやらあらかじめ片づけていたらしく、きれいに更地になっている地面に昌享を置くと糸を切りそのまま逃げるように暗闇の中へと消えていった。

あっという間に消えていった土蜘蛛に少し驚きながら夜空を見上げ、昌享は納得したようにつぶやいた。


「月光か……」


基本的に妖は陽である光を嫌い、陰である闇を好む。

それゆえ、満月から欠け始めたとはいえいまだに強い力を持つ月光を嫌うのは当然のはずである。

しかし、それでもわざわざここ運んだということは儀式が近いことを意味しているのだろう。


(いったい何をする気だ)


本来嫌うはずの月光の降り注ぐ中で行う儀式……

少ない知識を懸命に掘り起こす昌享であるが何も出てこない。

しばらく考え続けた昌享であったが結局何もわからず、仕方なく力を少しでも温存するために静かに目を閉じた。

月光は夜の中で得られる数少ない陽の気である。

それを少しでも体内に取り入れようと深呼吸をするが、その時この場の違和感に気づいた。


(本当にここが奴らの住処なのか?)


いくら月光が降り注いでいるとはいえあまりにも陰の気ともいえる淀みが少ないのである。

土蜘蛛が住み着いている以上、ある程度その土地には淀みがたまる筈であるがここにはほとんどたまっていない。

妖が住み着いていながらここまで淀んでいないということは、土蜘蛛たちがここに淀みがたまらない様にしていることに違いなかった。

それは本来ならば土蜘蛛たちが望んでするわけではないが、そこまでする儀式とはいったいなんなんだろう……

今までの知識と異なる状況に昌享の思考は混乱し始めたが、ふと馴染みのある神気を感じた。


「震電と離蓮?」


次の瞬間、轟音が廃墟内に響いた。

今回は約二年ぶりの更新となりましたが、今後も更新は不定期となりますがご了承ください。

詳しくは活動報告をご覧ください。

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