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第拾伍ノ巻 夕暮れの影

夕日はすっかり傾き、すでに一部は西の山に隠れ始めている中、昌享は周囲に気を凝らしながら歩いていた。

現在、昌享達がいるのは学校の最寄り駅である火輪駅から離れた住宅街である。しかし、住宅街とはいっても天埜市の中ではそれなりに古くに開発された場所で住人も年配者が多いせいか人通りも少なかった。


『昌享、本当に何か感じたのか?』


「うん、そのはずなんだけど……」


巽風の問いかけに頷きながら、昌享は不安げに首をかしげた。

放課後、お見舞いに来る鈴と忠ともに不安を抱きつつ駅まで来た昌享であったが、そこで不穏な気配……に近いものを感じたのである。

最初は気の疲れかとも思ったのだが、なかなか不安が拭えず二人に用事があると言ってと別れた。

しかし、未だにその気配の正体はつかめずさすがに歩くのもつらくなってきた。

鈴や忠と別れて時間もたっており、すでに二人は咲のお見舞いを済ませているであろう。

二人のお見舞いに当初は困惑していた昌享であったが、しばらく外に出られないであろう咲のことを考えればまだいいのかもしれないと思い


「やっぱり気のせいだったのかな……召兌も何も感じない?」


『はい、少なくとも今ここから感じ取れることは何も』


「仕方ない、帰るか」


周囲の気配の探知が得意だという召兌でも何も感じられないのであれば、やはり思い過ごしだったのかもしれない。

それにこれ以上、遅くなるとさすがに帰るのも大変になる。

今は問題ないが制服姿なので遅くなりすぎると警察に補導されるかもしれないので日を改めて調べたほうがいいだろう。

昌享の決定に巽風と召兌はうなずいた。

二人としても疲れている昌享にこれ以上、無理をさせるのはできるだけ避けたかった。

帰るために昌享は駅のほうへと足を向けるが、視線が自然に別な場所に向けられる。

視線が向いた先には廃墟になった倉庫と空地があった。

住宅街の中にある倉庫としてはそれなりの敷地を持っており、空地も広く膝丈ほどの雑草に覆われていた。


「昌享?」


昌享に見えるように姿を現した巽風が急に止まった昌享に声をかけるが反応はない。

巽風は召兌のほうを見るが召兌は首を横に振った。どうやら召兌も特に違和感を感じ取ってはいないらしい。

首をかしげる二人をよそに昌享は倉庫の敷地へと一歩踏み入れた。その瞬間、強烈な視線を感じた。


「召兌!」


三人は強い視線を感じ、体制を整える。

昌享は懐の符をすぐに使えるように構え、召兌は杖を構えそのそばに寄り添い、巽風は二人の一歩前に出て周囲を警戒する。

おそらく視線の主は今までこちらの動きを見ていて、昌享が敷地に入ったため警告の意味でこちらが気付くほどの視線を向けたのだろう。

そして、それは巽風や召兌が気付くことができないほど巧妙に気配を隠すことのできる相手ということである。

周囲を警戒していた巽風はやがて倉庫の屋根の上に一羽の鳥がいることに気づいた。


「あれは今朝のヤツ!」


「今朝の……?」


今朝の出来事は二人とも昌享に話していなかったので、状況を理解できない昌享であったが巽風が警戒する鳥が普通の鳥でないことはすぐに分かった。

普通の鳥とは明らかに違う気配を出していたからである。しかし、それと同時に昌享は違和感を抱いた。

確かにこの鳥はこちらに対して強い視線と気配を向けているが、どことなく警告だけとしか感じられなかった。


『なんで……』


不思議に思う昌享の前で鳥は唐突に飛び上ると、三人をかすめるようにそのまま敷地の外へと物凄い速度で飛んでいく。

それは普通の鳥では考えられない速度であった。


「待ちやがれっ!!」


言うが早いか巽風も風を纏い、あっという間にその場から消えていた。

どうやら、今朝の事もあってか、いつも以上に力が入っているらしい。


「巽風!もう……」


風で煽られた髪を直しながら召兌は昌享とともに巽風の後を追おうとしたが、すぐにその勢いはなくなった。


「昌享様?」


召兌は隣にいる昌享に視線を向けたのである。

昌享は巽風を追わず、先ほどまで鳥のいた倉庫を見つめていた。

その事に昌享本人も不思議に思ったが、先ほどの鳥に意識は向けられる事はなく別な何かに引き付けられたのであった。


「なんだろう……」


昌享は警戒しつつ一歩踏み出す。

と次の瞬間、目の前を何か小さな影が横切った。


「っと!?」


「お下がりください昌享様」


思わず後退りをした昌享と影の間に召兌は滑り込むと杖を構える。

巽風が居ない以上、主である昌享の側にいる召兌が昌享を守らなければならないのである。

一方、昌享は呼吸を整え、召兌の後ろから影の正体を確認するがその姿に眉をひそめる。


「猫?」


警戒する召兌の前に居るのは白に黒い縞の入った虎猫であった。

そして姿は違えど、先ほどの鳥に似た不思議な感覚を放っており、その力は先ほどよりもはっきりと感じ取れた。

それは、全身の毛を逆立て威嚇しているのも関係しているかも知れない。しばらく、猫の様子を見ていた昌享であったが何かを決め、召兌にそっと声をかけた。


「召兌、あの猫を吹き飛ばせる?」


「出来ないことはないですけど……倒さないのですか?」


主の意外な問いかけに召兌は警戒しつつ表情を険しくした。

吹き飛ばすこと自体はできなくはないが、本当にそれだけでいいのだろうか?

相手は明らかに敵意を見せている。


「うん……退かすだけでいい。それに、あの先に何かある気がするんだ」


昌享のはっきりとした命令に召兌はうなずいた。


「わかりました」


そういうと召兌は杖をクルリと回すと杖の両端から水があふれ出でる。

水は召兌の杖の動きに従い、円状に水流を作り出しながら猫へと向かってゆく。

猫はすぐさまその場から普通の猫では考えられない高さで飛びのき水流の渦をかわす。やはり、あの猫はただの猫ではない。

そう思った昌享の耳に召兌の声が響いた。


「今です!」


視線を前に向けると召兌の作り出した水流がトンネル状になっており、倉庫の中へと続いていた。


「よしっ」


昌享は気を引き締めると、重くなった足で渦の中へと走り出す。

召兌のおかげか水流の激しさに反し、水流に足を取られることはなく昌享はそのままトンネルの中を走る。

そのわずか後ろを召兌がついてくるが、倉庫の入り口付近につくと足を止め新たな水流を作り上げる。


「召兌!?」


召兌の行動に昌享は思わず足を止め振り返る。

その瞬間、召兌の作り出した水流の壁が大きくたわんだ。

険しい表情を浮かべる召兌の前、作り上げた水流の前に先ほどの猫が体当たりをしたのである。

その威力はその体の大きさからは想像もできないものであった。


「ここは私が食い止めます」


召兌はさらに二つの水流を作り出すとまるで鞭のように縦横無尽に操り始めるが、猫はそれらを絶妙にかわしてゆく。

その状況に召兌はわずかに表情をゆがめる。元々、召兌は神将たちの中でも戦闘が得意ではないのである。

そのことを思い出した昌享であったが、わずかに向けられた召兌の視線が昌享の出かけた言葉を止めさせた。


「……頼む」


せめて何があるかだけでも調べることができればと考え、昌享は倉庫の奥へと足を進めていった。

少しずつ離れる昌享の気配に召兌は小さく息を吐いくが、次の瞬間二つの水流を潜り抜けた猫の体当たりがさらに水流の壁を大きくたわませる。

召兌はさらに水流を動かし牽制けんせいする。

確かに召兌は戦闘に関しては宵坎ほどではないが苦手であった。

しかし、それでもこの猫相手なら十分だと考えていたのだが、召兌が予想した以上にこの猫の持つ力は大きいらしい。

水流の壁のさらなる強化やけん制の水流を増やそうにも、これ以上力を使うとなれば主である昌享にも負担をかけかねなかった。


『せめて、昌享様の力が回復していてくれれば……』


そう考えて召兌は首を振った。

いくら神将とはいえ式神である以上、主の持つ力によって式神自身の力、特に新規に関しては大きく左右されるのである。

まして、昌享は現在すべての神将を召喚しておらず、召兌の力も本来の力と比べればだいぶ小さなものとなっていた。

それでも、それなりの力を使うことはまだ可能であるがその際には主にその力の一部を負担させることになり、ただでさえ召兌の召喚の疲労が残っている現状では難しかった。

召兌はせめて少しでも時間を稼ぐために猫へと集中してゆく、ただその姿や動きを見るのではなく猫の放つわずかな力の流れを見るために。


『これは……』


集中する中で召兌は猫の流れに違和感を覚えた。

力の流れがあまりにも中途半端であったのである。

確かに内包する力はすさまじいのだが、出ているのはわずかでまるで力を抑えているかのようであった。

しかし、それ以上に気になったのはさらにその奥に見え隠れする力の本質。それは召兌のしるあるものと非常に似ていた。


「まさか、あなたは……」


そう言いかけた瞬間、召兌は後ろから巻き起こった瘴気の噴出にとっさに振り返った。

振り返ると倉庫のほぼ中央で瘴気をまとった大きな黒い影に引き摺り込まれようとする昌享の姿があった。


「昌享様!」




召兌に猫をまかせ、昌享は警戒しながら倉庫を見渡す。

打ちっぱなしのコンクリートの床に、鉄骨のみの柱や梁はあまり劣化しておらず、使われなくなってさほど立っていない。

更によく中を見渡せば、倉庫の隅には何やら錆びた工具のほかについ最近おかれたであろうおもちゃも見受けられた。

どうやら近所の子供たちも遊び場として出入りしているらしい。

そして、倉庫のほぼ中央につくかというところで昌享は足を止めた。

正面に不穏な気配を感じたからだ。


「この気配は……妖気?」


コンクリートの床からじわりとにじみ出るかの様に妖気は漂っているが、それはあまりにも薄くこの位置に来てやっと感じる程である。

しかも、この妖気の元の正体まではわからないがわずかにもう一つのやっかいな物が混じっていた。


「瘴気……」


昌享は咄嗟にその場から離れる。

本来ならば妖怪等を活性化させるはずの瘴気を浴びれば、その姿を隠すのは難しい。

しかし、この妖気の主はその活性化による凶暴かもせず、こうして気配を隠しているのである。

その事がこの主の厄介さを示していた。

準備もなく、まして疲労している今の自分がまともに対応は出来ない。

退くことを決めた昌享は召兌の所へと戻ろうと足を動かそうとしたが遅かった。


「なっ!?」


気が付けば昌享の左足には白い糸がトリモチの様に絡みついていた。

引き千切ろうにもびくともせず、逆にズボンの裾から染み込み足に直接つこうとしている。

糸を断ち切るべく、昌享は制服の内側に隠していた符を取り出す。


「放ちたるはっ!?」


風刃を放つべく符の詠唱を行うが、 足を引かれ詠唱が途切れる。

足を引く糸の先を見れば、先ほど昌享が感じた瘴気の場所にマンホールの様な穴が空いていた。

そしてそこから覗いていたのは複数の赤い光。

粘着質の糸、地面の穴、そして先ほどの光。

それらが昌享に一つの妖怪の名を引き出させる。


「……土蜘蛛」


土蜘蛛は昌享のその言葉を待っていたかの様に、黒い影のような妖気を爆発させ一気に糸を引いた。


「昌享様!」


異変に気付いた召兌が水流を放つが、それは別な妖気によって阻まれた。

周囲を見れば同じ様な穴が空いており、大型犬程の大きさはある蜘蛛が数匹、姿を現していた。


「まだ、他にもっ!?」


引き摺られながらも、その様子をなんとか見ていた昌享であったが、その体はすでに土蜘蛛のすぐ側まで引き摺られていた。

そして、近くまで来た昌享に更に糸を吐きかけて糸で雁字搦がんじがらめにする。


「このっ!」


昌享が糸に絡め捕られる姿を見た召兌は力を解放を決め、背後の水流の壁以外の水流を止めた。

多少の負担より昌享の身に何かあっては遅い。

瞬く間に召兌の放つ神気の質が変わり、清流の様な神秘的な物から激流の様な激しさが溢れる物へと変わった。

召兌が杖を振るうとその姿は水を纏う槍へと姿を変え、今までの水流よりも勢いのある水流が周囲の土蜘蛛へ無数に放たれる。

土蜘蛛らは先ほどと同じ様に糸を吐き水流を妨害しようとするが、水流は弾かれることなく突き進み周囲の蜘蛛を切り裂いた。

切り裂かれた蜘蛛は声にもならない断末魔をあげそのまま塵と化した。どうやら相当瘴気を取り込んでいたらしい。

残るは昌享をとらえているのも含め三匹だけある。


「昌享様を返してもらいます」


そう宣言した召兌が杖を構えた瞬間、背後の水流の壁が大きくたわんだかと思うと壁を突き抜け先ほどの猫が飛び出してきた。

その出来事に土蜘蛛に一瞬の虚ができる。

猫は一声あげると一瞬のうちに残っていた三匹の蜘蛛へと突撃をかけた。

まるで疾風のようにかける猫は先ほどよりも大きな力を開放し、土蜘蛛の全身を細切れにしていった。

その出来事はあまりにも早く、土蜘蛛は反撃はおろか断末魔を上げることもなく塵になった。

一方、召兌は驚くこともなくその間に抑えると急いで昌享に駆け寄る。

あの猫の正体に薄々気づいた召兌は主である昌享の確保を選んだのであった。

糸に覆われた昌享は塵となった土蜘蛛の下におり、召兌は水流を作り出すとその塵を押しのけるように放つ。

塵が払われ、糸に覆われた昌享がわずかに動くのが見えると召兌は息を小さく吐いた。

どうやら、最悪の状態は避けられたようだ。

召兌はちらりと先ほどの猫へと視線を向ける。

猫は召兌たちから離れた工場の隅のほうで座ってこちらを見ており、先ほどの力はほとんど感じられない。


『借りが出来ましたね』


複雑な心境を抱きつつ、召兌は塵が流されたのを確認し水流を止めた。

召兌は昌享についた糸を何とかしようと手を伸ばしたその瞬間、昌享の後方から先ほどよりも強力な妖気が吹き上がった。


「なっ!?」


爆風を思わせる妖気の噴出に、全く予想だにしなかった召兌はもちろん、倉庫の隅のほうにいた猫すら弾き飛ばされた。

体が地面に打ち付けられる寸前に召兌は体勢を立て直すと着地をし、妖気のお元へと目を向ける。

そこには、先ほどの土蜘蛛よりも明らかに大きな、倉庫全体を占領しかねない土蜘蛛がいた。

全身は剛毛で覆われ、頭部には人の頭ほどはある巨大な八つの赤い目が周囲を見渡せるようについている。


『オオ、何トイウ……』


土蜘蛛は同族の気配がなくなった倉庫を見まわし、悲しみの声を上げる。


『ダガ、ヨク鍵ヲ見ツケタ。後ハ時ガ来ルノヲ待ツノミ』


そう言うと土蜘蛛は足元にいた糸を纏っって動けない昌享に糸を吐きかけ、傷つけないように器用に釣り上げた。

当然、それを召兌が黙って見過ごすわけでもなく、無数の水流を放ち昌享をとし戻そうとする。が、土蜘蛛は前足を上げコンクリートの床を思いっきり踏み込んだ。

その衝撃と込められた妖力により、砕かれたコンクリートは召兌の水流を阻む瓦礫の壁となって、すべての水流が防がれる。

しかし、それは召兌にとって想定内のことであった。

土蜘蛛の意識が召兌に向けられている隙に、後方から先ほどの猫が突撃をかけていたのである。

猫が狙うのは無防備な巨大な腹、更にその中央であった。

その小さな体が土蜘蛛の腹へと突き刺さる。が、それはわずかにめり込むだけでそのままはじかれた。


「ひゃっ……」


はじかれた猫の姿に召兌は反応しようとしたが、それよりも早く別な前足が召兌の体を薙ぎ払った。

召兌は大木のような前足の払いを何とか杖で受けたものの、そのまま倉庫の壁へと叩きつけられる。

土蜘蛛は、八つある視線を起き上がろうとする召兌と弾かれながらも次の攻撃の機会をうかがう猫へとそれぞれ向けた。


『我ラガ一族ヘノ仕打チハ、一族ノ祈願ガ叶ッタソノ時ニ返サレルト覚悟ヲシテオケ』


土蜘蛛はそう言い放つと全身の剛毛を逆立て、まるで煙幕のように大量の妖気と瘴気を纏った毛を暴風と共にまき散らし始めた。

その勢いは凄まじく、倉庫内の物がすべて舞い上がり壁にぶつかって大なり小なりの穴をあけていき召兌は防御をせざるを得なかった。

水流の幕を張ってこらえる召兌の耳に再び突撃をかけた猫の鳴き声が聞こえるが、すぐさま先ほどと同じように何かに弾かれる気配とうめく猫の声が聞こえ、更に追撃と思しき衝撃が伝わってきた。

それから暫くしてまき散らされた毛が落ち着くころには、巨大な土蜘蛛の姿はなくわずかな妖気と瘴気の気配が残っているだけだった。


「昌享様……」


連れ去られた主の名を呼び、召兌はその場に膝をついた。

そして、時をほぼ同じくして夕日が完全に西の山に隠れえ、夜を迎えたのであった。

何とか目標6000字越えに成功……次回も頑張ろう。

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