第拾弐ノ巻 万流の沢に在りし神将
巽風と宵坎のいざこざの翌日の深夜、昌享は庭に面した縁側に出ていた。
その格好は普段の寝間着姿ではなく仕事用のコートを着ており、夜空をジッと見上げている。
昌享の視線の先には無数の星々が輝き、真円となった月が天頂に上り月光を降り注いでいた。
一見すれば美しい物であるがそれらは吉凶など様々な物事が隠されており、古来はもとより昌享の先祖であるの陰陽師達もそこから様々なものを得ていたと言う。
もっとも、今の昌享にはそこに記された物事を全て読み解くには知識、経験、力、全ての面で不足しているのが現状である。
しかし、それでも今夜の儀式で必要とされる条件を読み解く位は出来るようになってきていた。
「よしっ!」
すべての位置を確認し条件が整った事がわかると、昌享は極力音を立てずに地肌が向き出ている庭に降りた。
雑草こそ無いが所々に小石が転がる庭を見渡し、昌享は蔵へとその足を向けた。
自室からすぐのそれはかなり大きなものであるが、白壁に黒瓦といったパッと見では一般的な蔵である。
しかし、これからすることを考えると近づくにつれ緊張感が増してゆく。
召喚の儀式はこれで5度目であるが、この緊張感はそう簡単にはぬぐえていない。
そして、蔵の前にたどり着くと扉の前で立ち止り、月明かりに照らされた扉を見つめる。
その扉の所々に篆書体を主とした漢字や凡字など、様々な文字が所々に隠されるように彫られていた。
以前、昌朗から聞いた話によればこれらは先祖代々の陰陽師らが、それぞれの力でこの蔵に様々な封印を重ね掛けした名残だと言う。
そんな事を思い出しつつ開けようと扉の取っ手に手を置いた。
『今回で5回目……大丈夫』
昌享は自身を振え立たせるように言い聞かせ、深呼吸をするとゆっくりと蔵の扉を開けた。
すると、埃っぽい空気が中から流れてくるが、その空気の中には若干異質な空気も混じっていた。
その気配に昌享は思わず顔をゆがめるが、そのまま蔵の中に入り後ろ手に扉を閉じる。
扉を閉じると、明り取り用の窓から月光が差し込みちょうど蔵の真ん中を照らすが、そこ以外はほとんど真っ暗で何も見えない。
しかし、昌享は臆することなく足を進め月光が照らす部分に立つ。
そして大きく深呼吸をすると柏手を打った。
『パンッ』と乾いた音が蔵の中に響き、空気が僅かに動く。
昌享が先ほどと同じ様に柏手を打つと、先ほどよりも大きく音が響き空気が動く。
気がつけば昌享の目の前にある柱と背後にある小屋束が光っており、昌享が三度目の柏手を打つと更に大きく音が響と共に風が吹き、今度は東側の柱が光り始めた。
その後、昌享が柏手を打つたびに音は大きく響き、西、南東、北西、南西、北東の柱が光を宿す。
「導きたるは天地の卦象より生まれし八卦の将、我に仕える者の道を今ここに開き賜う」
昌享がそう唱えると八方向の光が徐々に増し始める。
そして、大きく深呼吸をして昌享は柏手を打った。
すると蔵の中を光が満たし、光が昌享の体に負荷となって襲いかかる。
「………っ!!」
分かっていたとはいえ、それなりの負荷に昌享の表情がゆがむが、何とかこらえ術に集中する。
あくまでこの術は召喚の儀の前座である。
この程度で弱音を吐いてしまっては召喚の儀が成功するわけがない。
しばらくすると、光が収まり始めると同時に負荷が徐々に和らぎ始めた。
一時的に光に視界を奪われていた昌享であったが、光が収まり視界が戻ると足元の床の一部が開いていた。
その先には階段が見え冷たい風がひやりと流れてくる。
最初の関門である『儀式の間』への道の開放はうまくいったらしく、流れてきた風を受けた昌享は思わず大きなため息をつく。
「はぁ……まずは成功……っ!」
ホッと胸をなでおろした昌享であるが、胸を締め付けられるような痛みに胸元を抑えた。
無理な術の行使は体へ大きな負担になるが、それは時として直接的な痛みにでてくることがある。
しかし、今回の要因は違う。
痛みにこらえながら昌享は、足元にある階段に目を向ける。
そこから流れ込んでくるのはあからさまに異質な空気、それこそがこの痛み元凶である。
「儀式の間……」
額に僅かであるが脂汗をにじませながらも昌享は息を整え足元の階段をゆっくりと下り始める。
足元は暗闇でまったく見えず、普通ならば暗視の術が必要であった。
しかし、これからの事を考えれば負担が少ないとはいえ暗視の術を使うのは出来るだけ避けねばならない。
そのため、昌享は見ないながらも慎重に足を進めて始めた。
それから1時間ほど経っただろうか……ある程度目も慣れてきたがそれでも見えるのは暗闇のみで足元が見えない。
それでも暗視の術を使わず慎重に階段を下りる昌享であったが、不意に足元の感覚が変わったのに気づいた。
「ふぅ、やっと着い……ッ」
無事に降りられたことに安堵の息をつこうとするが、胸元の痛みが邪魔をしてくる。
痛みに多少は慣れ始めてきたが、あまり長居をするわけにはいかない。
幸い目的の場所はもう目の前である。
後は……
昌享は深呼吸をすると、儀式を進めるべく一気に式に下した神将の名前を呼んだ。
「震電、巽風、離蓮、宵坎」
間を置かず、四柱の神将が昌享を取り囲むようにその姿を現した。
すると、神将達の出現に答えるように暗闇に変化が起こる。
何かが現れる気配がすると突如として風が起きた。
突然の風に昌享は顔を腕で庇うが、庇った腕の隙間から強い光が漏れるがすぐに収まってゆく。
昌享が庇っていた腕を戻すと目の前には、円形状に石が並べられた祭壇が姿を現していた。
その大きさはかなり大きく、一般的な家が一軒まるまる入りそうな大きさである。
そして、祭壇には昌享が使う八芒星が使われた陣が祭壇一杯に描かれていた。
「さすが……っと!?」
「おっと!」
震電たちに声を掛けようとした昌享であったが、気が緩んだせいか力が抜けるかのように倒れかけた。
しかし、震電が咄嗟に支えきちんと立たせた。
「ありが……」
「礼は後でいい……立てるか?」
震電の問いに昌享は申し訳なさそうに頷くと何とか姿勢を戻して立つ。
すると、その左右に巽風と宵坎が無言で並んだ。
おそらくまた倒れそうになった時のためなのであろうが、何故か二人は昌享を挟んで睨み合っている……
あまりにも微妙な雰囲気に昌享は思わず震電と離蓮に視線を向ける。
昌享の視線に震電は少し困ったような表情を見せるが、その中には『我慢してくれ』の意思が隠れていた。
一方、離蓮は困った様子で小さく息をつくが昌享と視線を合わせると祭壇の方へ視線を向ける。
「準備はいいな?」
祭壇に視線を向けたままの離蓮の問いに昌享は一度深呼吸をして、無言のまま離蓮の脇を通り祭壇へと足を踏み出した。
その反応に今まで睨みあっていた巽風と宵坎は驚いた様子で慌てて離蓮の様子を見る。
すると離蓮は怒りもせずむしろ満足したのか口元に笑みを浮かべ、震電と並ぶと後を付いて歩き出した。
そして、祭壇まであと一歩という所で昌享は立ち止まると左右に付いた巽風と宵坎、後ろにいる震電と離蓮に声を出す。
「始めるよ」
苦しみを押さえた昌享の声に四神将は即座に行動で答える。
神将達は各々がつくべき場所である描かれた八芒星の端へと移動した。
昌享はそれぞれが位置に付いたのを確認すると、陣の中央に立ち印を確認するように組み上げる。
そして、最後に一度だけ柏手を打ち鳴らす。
すると、描かれた陣がまるで電源が入ったかのように燐光を放ちだし始めた。
それと同時に今までよりもきつい重圧が昌享を襲うが、構わず術を行使する。
「天の凪がれより生まれし魂たる存在、人知が生みし万物の卦象……其より生まれし魄に寄り付き賜う」
重圧により若干声に詰まるものがあるものの詠唱は言霊としてその力を発揮している。
「我、主として……使令とせし下の神将を導く……道を……ここに開かん」
神将達がいる世界とこちらの世界を結ぶ新たな道をつなぐべく、昌享は周囲の神将に目を向ける。
「初芽より生じし……雷」
昌享の詠唱に答えるように、震電が雷撃を方陣全体に流し昌享を取り囲む。
「新緑を撫でし……風」
続いては巽風の風が吹き荒れ、全体に広がった雷撃を複雑にまとめ始める。
「全てを浄化せし……炎」
今度は離蓮が炎を生み出し、雷撃を纏めていた風の一角を弱めそこから雷撃が方陣の一角に集まる。
「生と死を定めし……水」
最後に宵坎の水が雷撃、風、炎を取り込む様に伝って方陣の一角に流れこませる。
そこには水の流れが生まれており、今回の道を開く準備が整ったことになる。
昌享は神将達が作り出した水の流れに意識を集中させる。
「ここに新たに開きたるは……、万流の…………沢」
水の流れが引き裂かれ、今まで以上の清冽な空気が流れこんでくると昌享は思わず目を閉じる。
そして同時に今まで以上の負荷が昌享の体に襲いかかるが、昌享は構わず切れ切れの詠唱を続けた。
「我が……使令……に……願うは、森羅……万象……の沢に……在りし……神…将」
書物に記された姿や震電たちから聞いた神将の姿を思い描きながら、意識を空気の流れへと向ける。
「寄り代に成りし卦象は……兌」
清冽な空気の流れが徐々に強くなり、全身がまるで冷水の流れにつかるような感覚になる。
「つかさ……どりたるは……水流…、風流……事象の流れ……呼び……賜うは……八卦神将が一柱……」
術の行使による負担、神気による重圧、そしてそれらによる感覚の麻痺により昌享は口を動かすのもつらくなって来ている。
流れに呑まれそうな感覚に襲われる中、ここに呼び出す一柱の神将の名だけを意識する。
「……水将『召兌』!」
昌享がそう叫んだ次の瞬間、方陣の中に新たな神気の濁流が訪れた。
轟々と方陣内を暴れる神気の濁流であるが、方陣の中央に立つ昌享と端に配置された神将達に影響は見られない。
そして、濁流の轟音が響く中、昌享は澄んだ女性の声を聞き取った。
「汝の名は?」
その声と共に濁流は瞬く間に収まり、昌享の目の前には一人の女性が優しく笑みを浮かべ立っていた。
しかし、昌享に向けられる薄緑の目は冷たくどこか見下しているようでもある。
「汝の名は?」
「ひのっ……」
先ほどよりも強めの問いに昌享は答えようとするが、突如として全身に重圧がのしかかる。
特に手足への負担が大きく、まだ残っていた感覚が徐々に無くなっていく。
『これはっ……』
昌享は視線を目の前の女性へと向ける。
これと同じ様な事を昌享は召喚の儀のたびに経験しているが、やはり慣れられるようなものではない。
神将の神気による重圧……これが自身を呼びした者への一種の試練である。
召喚した神将によりその強さや身体への影響は変わってくるが、最終的に求められるのは神気に耐え己の……主の名を神将に直接伝える事である。
「汝の名は?」
先ほどよりも強い抑揚で放たれた問いに重圧も更に大きくなる。
昌享の状態は周りに居る神将達もわかるのか、心配している様子が伝わってくるが彼らには何もできない。
いや、正しくは召喚の儀で最後の段階で手助けをすることは禁止されていた。
見下ろす女性と見上げる昌享は3度目の問いからしばらく無言のまま睨みあう。
女性は今までと同じ表情であるが、限界が近いのか昌享は苦しそうな表情がにじみ出るがその視線には強い意志があった。
そして、睨み合い続けた二人であったが、女性の口がゆっくりと開き始める。
「汝の……」
再び問いによって重圧をかけようとした女性であったが、突如として問うのを止めジッと昌享を見下ろす。
途中だったとはいえ問いによって僅かに重圧がかかったのか、先ほどよりも表情は苦しそうで肌色も悪くなっている。
しかし、その視線だけは変わっておらず絞り出すように声を出した。
「……陽野……昌享」
聞き取りづらい答えであったが、そこには『これが主の名である』という力が込められていた。
女性が昌享の答えにクスリと笑みを浮かべると、今まで昌享にかかっていた重圧が一気に遠のく。
また、それと同時に昌享も限界が来たらしく視界は闇に覆われた。
涼しい風……いや、それよりも冷たい感覚に昌享は目を覚ました。
僅かに開いた瞼から目に入ったのは先ほどよりも低くなった月と、それに連なる星々だった。
どうやら、震電たちがここまで運んできてくれたらしい。
「ふぅ」と昌享がため息を漏らすと視界の隅に薄い水色の髪が入って来た。
視線を動かすと、いつもの様にほぼ無表情の宵坎がこちらを見ている。
「……おはよう」
「おはよう……なのか?」
首をかしげながら宵坎に返事をした昌享であったが、あることに気づきゆっくりと上半身を起こし周囲を見渡した。
昌享が寝ていたのはちょうど蔵の前で近くには宵坎のほかに震電が、母屋の方にはいつものように柱にもたれる離蓮がいた。
しかし、いつもならすぐ声を掛けてくるはずの巽風がいない。
「あれ?巽風は……ぐはっ!?」
再び周囲を見渡そうと昌享が首を動かすと、後ろからものすごい衝撃に襲われた。
次いで探していたにぎやかな声が聞こえてくる。
「おっ!起きたか~昌享!」
首にしがみついて嬉しそうにする巽風であるが、しがみつかれている昌享の顔色が徐々に悪くなっていく。
「ギ、ギブ……」
昌享は必死に巽風の腕を叩くが全く気付いておらず、更に力が加わって行く。
その様子に震電が頭を押さえながら巽風に忠告した。
「巽風、その位にしておけ」
「え?」
いまいち昌享の様子がわかっていない巽風に宵坎が冷めた目線を送る。
「……昌享、虫の息」
宵坎の言葉に巽風が慌てて昌享の顔を覗きこむと、真っ青な顔の昌享が再び気を失いかけていた。
「わあああ!!昌享しっかりしろおおぉ!!」
巽風は昌享の肩を掴んでガクガクと乱暴に揺さぶる。
その様子に震電が止めに入ろうとするが、その前に宵坎の口が動いた。
「……馬鹿」
「何っ!?」
召喚の儀の際にあった睨み合いをぶり返したかのような召兌の言葉に巽風は見事に食いついた。
その際、昌享の肩を素早く離して食い付いたため昌享の体は支えを失い倒れかける。
薄れた意識の中、昌享はその事に気がつくが体に力が入らずこらえられない。
しかし、昌享の体は途中で涼しい何かが倒れるのを止めた。
そして、それが誰かによって支えられたのだと昌享が感じる前に背後から優しくも鋭い声が放たれた。
「二人ともそこまでですよ、よもや昨日のことを忘れたわけではありませんよね」
背後からの声に巽風と召兌は何かを思い出したのか体を小さくする。
ここで一段落したのを確認したのか今まで黙っていた離蓮が動き、昌享の後ろへと回って来る。
昌享が何事かと体を動かそうとするが、うまく体は動かせず確認が出来ない。
そうこうしている内に今まで支えていた物が涼しい物から暖かい物へと変わるのを感じ取れた。
そして昌享の視界に一人の女性……召喚の儀で向き合っていた女性が入って来た。
女性は昌享の前に回ると片膝をついて頭を下げる。
それに対し、昌享は一度深呼吸をすると先ほどよりは動くようになった手を差し伸べ口を開いた。
「よろしく、召兌」
新たに従えた式神の名を昌享は出来るだけ優しく呼んだ。
すると、召兌は頭を下げたたま昌享の手を取ると口を開いた。
「よろしくお願いします。昌享様」
その声音は初めて対峙した時よりはもちろん、巽風たちに対しての声音よりもずっと優しいものであった。
昌享が召兌の手をしっかりと握ると、召兌は顔を上げゆっくりと立ち上がった。
そこで昌享は改めて召兌を見る。
身長は離蓮と同じ位だが年は若干低く感じられる。
髪は宵坎よりも濃い水色で腰まで纏めることなくおろしているが、何故か動きにくそうという感じはしない。
また、同じ水将ということもあってか服装は宵坎によく似ていた。
しかし、宵坎と違い頭には角帽に似た物をかぶっており、手には自身の身長とほぼ同じ長さで水晶によって所々装飾が施された杖を手にしていた。
一方、立ち上がった召兌はそのまま昌享に声を掛ける。
「立つのを手伝いますか?」
「え?う、うん。ありがとう……」
召兌の言葉に少し違和感を感じながら昌享は召兌の手助けで立ちあがる。
まだ気だるさはあるものの、目覚めた時よりも気分は良い上に召兌の手助けもありずいぶん楽である。
しかし、昌享は召兌の言葉がどこか落ち着かなかった。
召喚の儀の際の対立は一種の審判であるのでその時との温度差は仕方がないのだが、震電や離蓮といった今までの神将とはどこか違う気がしていた。
すると、どこか違和感を感じている昌享に気がついたのか離蓮が声を掛けてきた。
「敬語はくすぐったいか?」
離蓮の言葉に昌享は「あっ」と納得した。
今まで昌享に仕えた神将達はみんな普通に接していたのに対し、召兌は一歩下がった位置から敬語で接してきている。
「うぅ……なんか今までよりも主としての責任が重く感じる」
違和感の原因が分かった上、主として意識せざるを得ない召兌の言葉に昌享はがくりと肩を落とす。
そこに離蓮とのやり取りを見ていた召兌が声を掛けてきた。
「辛いかもしれませんが、私以外にも同じ様に接する神将もいますので私で慣れてください」
その言葉に昌享は思わず頭に手を置いた。
どうやら召兌以外からもこの主としての重圧をうけることになるらしい。
そんな八卦神将の主としての重圧を改めて感じ始めた昌享に震電が助け船を出した。
「召兌、すまないがあれを見せてくれないか?」
今まで様子を見ていた震電が動いたので自然と視線が集まる。
一方、召兌は震電の問いに少し考えると首をかしげながら答えた。
「あれって……『読流』?」
「ああ、昌享はその手が苦手みたいだからな」
そう言って、震電は昌享の肩をぽんと叩いた。
当の昌享と言えば、以前の震電と巽風の言葉を思い出したのか苦虫を噛んだような表情になっている。
「勝手は違うが、お前なら何らかの補助、もしくはきっかけを作ることが出来ないか」
召兌は震電と昌享を見比べて少し悩む様子を見せた物の頷いた。
「分かったわ」
召兌はそう言うと全員を母屋の方へと移動させた。
そして、召兌は一人庭の中央に立ち杖を正面に構える。
昌享をはじめ神将達の視線が集まる中、召兌はおもむろに杖を地面に突き刺した。
すると突如として召兌の周囲に水があふれ出て召兌を取り囲んだ。
「召兌!」
いきなりの事に昌享は動揺するが、他の神将達はむしろ面白そうに見ていた。
召兌を取り囲んだ水であるが、すぐに飛散し召兌の周りを大きく囲む輪の様な流れになって行く。
その流れは清流の様な穏やかな流れで、月明かりに照らされたそれは幻想的に見える。
「おお」
「相変わらずだな」
「……綺麗」
先ほどの驚きとは別な意味で昌享は声を漏らした。
月明かりに照らされた水の流れとその中でジッとその流れを見つめる召兌……その二つが不思議と心に強い印象を残していく。
そして、それは巽風や宵坎も同じらしく声を漏らしている。
横目で見れば無言でいる震電と離蓮もどこか嬉しそうであった。
それからしばらくの間、昌享と神将達は召兌の『流読』に見惚れていたが召兌の顔色が急に変った。
「どうした」
今まで黙っていた震電が口を開くと、召兌は一度こちらに視線を向けてすぐに流れに戻した。
そして、険しい表情でその流れから見た情報を伝える。
「影……」
「影?」
今度は離蓮が考えながら召兌の答えに問い掛けると、召兌は頷き更に話しを続けた
「主から離れた影が悲しい出来事を起こす……いえ、起こしているようです」
「それって……」
「……何者かが動いている」
はっきりと言いきった召兌の言葉に巽風と宵坎も険しい表情で視線を合わせる。
神将達が気を張り詰める様子に昌享もまた気を引き締め召兌に問いかけた。
「召兌、もっと詳しくは分からないの?」
「私が読めるのは客観的な出来事だけですので……」
召兌は顔を俯きながらそう言いい地面に突き刺していた杖を抜き取ると、今まで綺麗に流れを起こしていた水がすぅと地面にしみ込むように消えた。
あくまで召兌が読めるのは客観的な出来事だけで『誰が何をする』などの細かい事は読むことは出来ないのである。
「そうなんだ……」
その事に昌享も顔を俯かせるが、その肩を巽風が叩いた。
「後は昌享がやればいいことだよ」
「そうか、俺が……ええっ!?」
巽風の言葉に昌享は驚愕の表情を浮かべた。
そこに更に震電が追い打ちを掛ける。
「少なくとも何かが起こるかもしれないという事は分かっただろ、後はお前が詳細を占じればいい」
「いや、それは……無理というかなんというか……」
占など自他共に苦手と認める物である。
いくら、召兌のサポートが得られるとしても正直まともなものが出るとは思えない。
巽風と震電の提案にあたふたし始める昌享であるが、その袖を宵坎がクイッと引っ張った。
「……雨」
「え?」
いきなりの指摘に空を見上げるとポツンと頬に滴が落ちてきた。
そして、徐々にその数が増え始め本格的に降り始めた様である。
「とりあえず今日はもう休んだ方がいいだろ」
離蓮はそう言うと、昌享の手を取って家の中へと入らせる。
「確かにそうですね。占については私にも考えがありますので今日はお休みください」
それに呼応するように召兌もまたその背を押す。
震電たちも今日は仕方がない言った様子で庇の下へと移動した。
昌享はひとまずは安心したのか部屋の障子に手を掛けると一度振り返った。
「みんな今日はありがとう」
昌享の礼に召兌を除く全員が小さな笑みを浮かべ、昌享もまたつられて軽く笑みを浮かべ自室へと入った。
そして昌享が部屋の障子を閉めると同時に神将達の気配が全員消えた。
それは神将達全員が戻ったことを示していた。
昌享はコートを脱ぎ、寝間着に着替えると敷いていた布団に潜り込んだ。
『影……か』
召兌の言葉を思い出してふと先日の鎌鼬が思い浮かんだ。
『何で……』
そう思ったとたんに、今までの疲れがどっと出てきたのか一気に眠気が襲ってきて昌享はそのまま眠りに付いた。
どうも、カメどころか一年草の成長よりも遅い更新です。
遅くなった理由はモンハン執筆&私生活(就活的なもの)の関係。
おそらく震災がなければもっと遅れてたかも……
さて、今回やっと書けた八卦神将の召喚。
かなり無茶ぶりの詠唱でしたが、いかがだったでしょうか?
正直、長くなりすぎました……ある程度、短くする技術を持たなければ(泣)
次回更新はこれまで同様未定となりますのでご了承ください。