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第拾ノ巻 巻き起こる暴風雨

……纏めるか分割するかで悩んだ結果、今回も分割。

纏まらない……

夕日が西の山に掛かりかけた頃、昌享と咲は鈴を残して足早に病院から出てきた。

そして、昌享は沈みゆく夕日と先ほど病室で見た時刻を思い出してガクリと肩を落とす。

この時間ではとてもではないが、咲の買い物はできそうになかった。

と言うのも今までのゴタゴタによって気がつけば想像以上に時間が経っており、そろそろ帰らないといけない時間になっていた。

普通の学生ならまだ行けなくもない時間帯であるが、咲の特異な体質の事を考えるともう帰らないといけない。

おそらく次かその次の電車に乗って帰らないと、ソウと昌朗から小言をもらう事になるだろう。

ちなみにそれ以上に怖いのが、咲を遅くまで連れ歩いた、と言う名目で落ちる母の雷であったりする……


「どうしたの昌享?」


少し残念そうな声音で名前を呼ばれ昌享は、嫌な想像から引き戻された。

咲を見るとどこか不安そうな表情でこちらを見ている。どうやら、先ほどの想像が顔に出ていたらしい。


「いや、何でもないよ。それよりごめんな、買い物に行けなくて」


昌享は首を振って申し訳なさそうに謝罪をする。

すると、咲も「そんなことは無いよ」と首を振った。

本当は残念だったのだが、自分の事を思っての決まり事なので仕方のないものだと咲は割り切っており、その事は昌享も感じ取っていた。

少し残念そうな表情の先から目をはずし、昌享は夕日に染まる空を見上げる。

その脳裏に浮かぶのは、血に染まりながら人にすがりついてなく咲がいる情景。

それは昌享と咲が出会って間もない頃でありただ一度、約束を破ってしまった日……


『もう二度と約束を破るわけにはいかないからな……』


約束を破ってしまった日から、この約束は咲と昌享にとって絶対に破るわけにはいかない特別な約束となっていた。

昌享が空を見上げているとその頬を一陣の風が叩く。

視線をそちらへ向けるとそこには、病院の敷地ギリギリに立ってこちらに強烈な視線を向ける巽風と、その背に白けた視線を送る宵坎がいた。


「怒っているみたいね」


「ギリギリだからなぁ……」


同じ様に巽風の方を見ている咲の感想に昌享は頭を掻きながら答える。

何せ看護師の人に2回も怒られたうえ、帰る間際には、昌享達にとってはある意味恒例の鈴の駄々が始まったのである。




数分前の病室

鈴はきちんとした理由を伝えても頬をプクッと膨らませながら昌享を見つめて訴えてきていた。


「もう帰っちゃうの~?」


ふくれっ面でそう言いながらジッと見つめてくる目は『もっと、もっと遊びたい!』と言う気持ちが、これでもかと込められている……気がする。

昌享は鈴の何とも言えない視線から目をそらし、忠と香の二人を見た。

すると忠はやれやれと言った様子で肩をすくめ、香は笑みを浮かべながら頷いた。

二人から援護をもらえる事がわかった昌享は、感謝しながら深々と頭を下げた。


「では、失礼します」


「そんなにかしこまらなくていいわよ。また、うちに遊びに来てね」


手をヒラヒラと振る香に見送られながら、昌享と咲は病室を出ようとする。

鈴はそうはさせまいと、咲の制服の裾をつかもうとする。


が―――――――


「鈴~、トランプするぞ~」


忠の言葉が、その行動を止め鈴の意識を昌享達からそらした。

鈴が振り返ると、どこから取り出したのかわからないトランプの束が忠の手にあった。


「神経衰弱ね~!」


「どああああああ!!」


トランプに目を輝かせ、鈴はそのまま忠の方へと駆け寄る……いや、飛びついく。

忠の悲鳴を背に受けた昌享は、締まって行くドアに向かい静かに敬礼を送る。

昔から鈴は無類のトランプが好きで、神経衰弱とババ抜きしかできない割には長い時間遊ぶ。

そのため、鈴にトランプをさせると2時間以上は確実に付き合わさられる事になるのだ。

昌享と咲は心の中で忠と香に何度も礼をしながらエレベーターへと向かったのだった。




それから数分後の現在。

とりあえず忠と香の援護もあって無事に病院から出た昌享と咲であったが、どこかその表情は浮かなかった。

と言うのも待たせっぱなしにしている巽風と宵坎が気になっていたからである。

二人とも起こっているだろうなぁ~、と思いながら昌享と咲は足早に巽風と宵坎の元へと足を向け謝罪の言葉を掛ける。


「ごめん。遅くなっ……」


「俺は子供じゃないよな!」


「……はっ?」


謝罪をよそに返ってきた言葉に昌享は思わず変な声を出す。

その言葉は昌享が予想していたものとは違ったものであったためもあるが、何故いきなりそのような質問を……と言うよりなんか変な空気が流れている気がする。

昌享が困惑していると、隣にいた咲が遠慮がちに巽風に質問した。


「えっと……巽風、何があったの?」


「宵坎の奴が俺の事を『ガキ』って言いやがった」


咲の質問に巽風はビシリと宵坎を指差す。

一方、指差された宵坎は気にする風もなく白けた目で巽風を見返すと、いつもの抑揚のない静かな口調で話しだした。


「……あのくらいの時間で、『まだか、まだか』って言っているうちはガキ」


「なにをー!!」


「二人とも落ち着けって」


白熱する二人の式神の論争を止めるべく昌享が仲裁に入る。

ただでさえ時間がないのに、これ以上遅れるわけにもいかない。

しかし、火がついた巽風の闘争心は早々収まるわけがなく、周囲では巽風の怒りに当てられたのか風が渦巻き出している。


「これが落ち着いていられるかっ!」


「いや、とりあえず落ち着けって!」


今にも宵坎に襲いかかりそうな勢いで叫ぶ巽風を昌享は背中から腕を回し、徐々に勢いを増す風の中で必死に抑え込む。

そして、どうしたものかと不安そうな表情を浮かべる咲の隣で無表情で巽風を見つめる宵坎に目を向けた。

八卦神将『宵坎』

現在、昌享が従える八卦神将の中では最も新しく召喚した式神であり、守護を得意とする神将である。

八卦で『水』を差す『坎』の名を持つ彼女は水を操る事に長けているが、その力を実際に見た回数はさほど……いや、ほとんど見た事がない。

というのも現在修行中である昌享にはいつも震電か巽風が付いている上に、仕事の際は付き合いの長さから先の二人かそのどちらかがつく事が多い。

そのため主である昌享はその性格を把握し切れておらず、分かっている事と言えば無表情で物静かと言った事くらいである。

最もその物静かさゆえ把握するのが難しかったりしている……


『そう言えば前、ソウが巽風と宵坎の中がどうのこうのと話していたな……』


昌享が宵坎の事について色々と考えていると、今まで沈黙を保っていた宵坎がトドメとばかりに一言、付け加えた。


「……そうやってすぐに熱くなるのも、ガキである証拠」


その瞬間、その場の空気が凍りついた。いや、荒れていた風が急に凪いだ。

そして、いつの間にか放たれていた宵坎のじっとりとした水の神気が昌享たちを包むが、それ以上にいつもの抑揚のない声とは違い明らかに『ガキ』と言う単語が強調された宵坎の言葉が気になった。

昌享は反射的に巽風から離れると、咲と巽風の間に割り込み制服の内ポケットに手を伸ばした。


「咲っ、伏せろ!」


「えっ!?」


何が起こるか全く分からない咲が驚くのと同時に、巽風の神気が爆発した。

突如として起きた爆発音に咲は目を閉じ耳をふさぐが、それ以上の衝撃は来なかった。

いや、巽風の爆発した神気によって爆風が巻き起こり周囲の木々が大きくしなるが、それ以上は何も起こらない。

恐る恐る目を開けるとそこには息を切らせた昌享が印を組んで立っていた。


「ま、間に合った……」


冷や汗をかいた昌享は印を組んだ体制で大きく息を吐いた。

巽風が爆風を起こす直前、昌享は念のためにと常備している結界用の人形を使い結界を使って周囲の空間を隔離したのであった。

最も昨日の今日での使用の上、術の手順を簡略化したため昌享自身の負担が大く、強度と維持に大きな不安はあるが、今はそんな事を言っているわけにはいかない。

しかし、心の中でほんの少し弱音が出る。


『でも、あまり無茶はしたくないな……』


「ぶっ飛ばす!」


「……ガキが」


『……無茶するか』


まるで昌享の心を呼んだかのような二人の反応に、昌享は肩を落とした。

まぁ、いつの間にやら戦闘態勢に入っている二人を見れば無茶をしないわけにはいかないだろう。

昌享が気を引き締め直すと巽風が動いた。


「誰が……ガキだあああああ!!」


叫び声とともに巽風が腕を振り抜くと無数の鎌鼬が宵坎に向かって放たれた。

周囲のアスファルトやブロック塀を切り裂きながら押し寄せる鎌鼬に、宵坎は動じることなく己の腕がすっぽり覆われた袖をあげる。

次の瞬間、宵坎は水球の様な水の膜に包まれ巽風の放った鎌鼬をあらぬ方向へとはじき飛ばす。

この水球状の水の膜こそ宵坎が作り出す結界であり、阻む事より受け流す事を得意としているものであった。


「……甘い」


宵坎はそう呟くと下げていた片腕をあげる。

すると己を取り巻く結界とは別の……サッカーボール大の水球が複数、姿を現した。

そして宵坎は無言のまま、何かを投げるように腕を振ると姿を現した複数の水球が、巽風めがけ突撃する。

しかし、巽風は避けようとせず腕に纏う風の渦を強める。


「甘いのはどっちっだ……よっ!」


巽風が両腕を突き出すと竜巻のごとき風の渦が巻き起こり、アスファルトをえぐり、迫る無数の水球を薙払い、それでも勢いは衰えず宵坎へと突き進む。


「宵坎!」


思わず昌享が叫ぶが、宵坎は動かなかった。

そして、障害物を薙払い突き進んできた風の渦が宵坎を呑みこみ、四方へと拡散した。


「なっ!」


あれだけの破壊力のある風の渦を受けたと言うのに宵坎を覆う結界は、僅かにたわむだけですぐに元に戻る。

その強度に驚く昌享であったが、宵坎の結界によって拡散した風の渦により結界に衝撃が走るのに苦悩の表情を浮かべる。

先ほどの攻防で結界に小さな罅が走るのを昌享は感じていてた。


『まずいな……』


今の昌享が補強しても、せいぜい見た目が直るくらいで強度の面ではさほど変わらない。

でも、と昌享は自分の背にしがみついている咲を横目で見た。

陽が落ちるまでの時間を考えると、このまま何もしないわけにはいかない。

巽風と宵坎を見れば神気を渦巻かせながら互いに罵っている。


「……ぬるいわよ、ガキ」


「へっ、そう言うお前もまともに攻撃できてねーぞ小娘こむすめ


「……ガキ」


「小娘」


「……ガキ」


「小娘」


もはや互いのやり取りが「ガキ」と「小娘」を言うだけになっている。

何とかしたいのは山々であるが、あの間に入って行く自信は現在の昌享にはない。

それ以前に今の昌享には結界を維持し続けるので手一杯で、簡単な補強ですら大きな負担になる。

とはいえ自分が結界を張った事に震電たちも気づいているはずで、時間さえ立てば必ず来るはずである。


『やるぞ、陽野昌享!』


そう、心の中で自分に言い聞かせると昌享は結界の補強のために印を作る。

ところがその瞬間、予想外の事が起きた。


「小娘がっ!」


「……ガキ」


今まで互いを罵っていただけの二人が動いた。

いや、正しくは神気が再び爆発したのだ。

しかも、互いを呑みこまんとする神気がぶつかりあい、重なった衝撃が昌享と咲のいる方へと迫ってきた。


「きゃああああああ!!」


「「!!」」


その事を昌享の後ろで感じた咲が悲鳴を上げる。

さすがにその悲鳴に巽風と宵坎はしまった、と表情を強張らせるがどうにも出来ない。

迫りくる神気の衝撃に昌享は咄嗟に考える。

ここまで強烈な神気となれば、昌享でもきついであろう。まして、守るすべのない咲にとってこの神気の衝撃は凶器と同じものだと言える。

ならば……

昌享は刀印で素早く空中に五芒星を描き叫ぶ。


「禁!」


刀印の軌跡が光り輝き、五芒星の盾が顕現し衝撃から昌享と咲を護る。


が―――――――


ビシリと五芒星に早くも罅が入る。

この術は即応性が良く、咄嗟の際には役に立つものの強度はさほど高くない。

しかし、昌享はこれを承知の上であった。

罅が大きくなっていく中、昌享は再び五芒星を描く。


「禁!」


昌享が五芒を書き終え叫んだ瞬間、最初の五芒の盾は砕け散ったが新たに作られた盾が衝撃を防ぐ。

その後も昌享は何度も同じことを繰り返す。

盾を築き、壊れる前に新たな盾を築く……

これが、今の昌享に出来る精一杯の方法であった。

そして五回目の盾が壊れた時、昌享と咲の頬を緩やかな神気が流れた。


「ハァ……ハァ……」


「昌享……」


最早、息も絶え絶えの昌享であったが咲の支えで何とか立っていた。

無事に衝撃を乗りきったが昌享にはもう力は残ってはおらず、周囲を覆う結界に罅が広がってゆく。

しかも、視線を巡らせば巽風と宵坎がまた言い争っている。


「……巽風のせいで昌享と咲が危険な目に会った」


「お前のせいだろ!」


「……違う。巽風のせい」


「なんだと!」


互いの呼び方が戻っていることから先ほどよりは落ち着いているようであるが、二人の周囲では再び神気が渦巻きだしている。

しかも、言い争いに夢中になっている二人は結界の崩壊が近い事に気が付いていない。

何とかしようにも昌享は術を使ってこれ以上何もできなかった。


「早く……止めさせないと……」


咲の肩を借りて二人に歩み寄ろうとするが、すでに遅かった。

巽風が鎌鼬を放ち、宵坎の結界がそれをはじきボロボロの結界へと向かっていく。

まずい、と昌享が思った瞬間、状況は一変した。

弾かれた鎌鼬が結界に触れる直前に結界が崩壊したのだ。

しかし、結界が崩壊したにもかかわらず周囲の状況は変わらない。

何故と不思議に思う昌享であったが、ある気配に気が付きハッと空を見上げた。

そこには二つの火球が巽風と宵坎に向かっていくのが見えた。


「巽風!宵坎!」


言うが早いか巽風は火球の着弾地点から飛びのき、宵坎は結界で火球を防いだ。

何事かと驚いていた二人であったが、火球を作り出した人物を見つけ表情が一気に強張ってゆく。


「やはり、組ませないべきだったな……」


落ち着きしっかりとした声音であるが、どこか刺々しさを感じる。

昌享と宵坎が慌てて声の主へと視線を巡らせるとそこには、片手で持つにはあまりにも大きすぎる蛮刀を二振り持った女性が立っていた。

その身から発せられる神気は先ほどの巽風たち以上であり、腰まである自身の赤みを帯びた黒髪すらもその影響を受け棚引いている。

そして緋色の瞳が目立つその顔には後悔と怒りが見え隠れしていた。

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