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客間のソファーに小さくなったベルナと隣にディートリッヒが座り、机を挟んだ前にベルナの両親が座っていた。
説明を聞いたベルナの父は信じられないと小さくなった娘を見ている。
「信じられないが、小さい頃のベルナに間違いない。それに、話せばベルナだとはわかるが・・・元に戻るのか?」
「解らないわ。今、バージル王太子が調べて下さっているの」
「王族と関係があると思うと恐ろしい。我が家は普通でいいのに・・・」
遠い目をしているベルナの父ブレイダの腕をミレイユは叩いた。
「でもいいお話もあるのよ。こちらのディートリッヒ様がベルナと結婚してくださるのですって」
「なんだって!」
ブレイダは驚きながらも、ディートリッヒを見つめて眉をひそめた。
「ディートリッヒ君、ベルナはそのぉ・・・私に似ているが・・・それでもいいということか?ベルナの姉目当てではないのか?」
「お父様!余計なことは言わないで!」
小さなベルナが父を睨みつける。
怒っている姿が可愛らしくて、ディートリッヒとミレイユが目を細めた。
「ベルナは可愛いな」
「本当、小さい頃はもっとおとなしかったのにねぇ。懐かしいわ」
ベルナの頭を撫でまわしてディートリッヒはブレイダを見る。
「ベルナの姉君がどれだけ美しいかは存じ上げませんが。僕はベルナに結婚を申し込んでいるんです。僕も愛する者に正直に告白するという妙な術を掛けられました。僕もこの顔のせいで自由に感情を出すことができなかったようで、術のおかげで長年想っていたベルナに結婚を申し込む事が出来たんです」
「たしかに、ディートリッヒ君はかなり美しい顔をしているが・・・それが本当にベルナでいいのかい?」
尚も聞いてくるブレイダにディートリッヒは頷いた。
「ベルナがいいのです。僕の顔だけを見ずに接してくれるそんな彼女を僕は愛しました」
「はぁぁぁ?ディートリッヒ様やっぱり術で可笑しくなっているんじゃないですか?」
両親の前で何を言っているのだとベルナは立ち上り叫んだ。
幼い子供が真剣に怒っているようなベルナが可愛くてディートリッヒはまた頭を撫でる。
「可笑しくなっていない。むしろ正直になったと言ってほしい」
「じゃぁ、私の姉に会っても心が動かなかったら私も真剣に考えますよ」
思わず言ってしまったベルナは口を押さえてディートリッヒを見上げた。
ディートリッヒは嬉しそうに微笑む。
「ありがたい言葉だな。ベルナもどうせ術にかかるなら愛する者に正直に告白する術にかかればよかったのに」
ディートリッヒは小さいベルナを抱き上げると自らの膝の上に乗せ顔を覗き込む。
優しい顔をした美しいディートリッヒに見入ってしまいそうになり慌てて顔を逸らした。
「良かったわね、ベルナ。それだけ想ってもらえれば幸せになるわ」
ミレイユはのほほんと微笑んで隣に座る夫を見た。
渋い顔をしているブレイダは首を横に振っている。
「でもなぁ。あれだけ美しい顔をした城の騎士様の様な立派な方がベルナでいいのだろうか。ベルナは私に似ている・・・」
「だから可愛いではありませんか。私もあなたに愛されて幸せだわ。イーリカも悩みながらお嫁に行ったけれど幸せでしょう?」
「・・・・そうだな。二人でよく話し合いなさい」
ため息をついたブレイダにディートリッヒは頭を下げた。
「ありがとうございます」
「どうしてあんなことを言ってしまったのかしら」
ベルナは一年ぶりに帰ってきた実家の自室で頭を抱えた。
懐かしい我が家なのだがちっとも落ち着かない。
終始穏やかな雰囲気でベルナの家に溶け込んでいるディートリッヒ。
人並外れた美形であるが、同じように人並外れた美しさを持っている姉と母が居る関係かベルナの父も違和感なく接していた。
自分の事を愛しているなどと言う言葉を思い出して手で顔を覆った。
「どうせ、姉さんに会ったら気持ちが変わるかもしれないわ」
ベルナは呟いて高まった胸を収めようと息を吐いた。
いつもそうだ。
ちょっといいなと思う男性は誰もが姉に恋をしてしまう。
姉の方が綺麗だから。
「思い出すのよ、ベルナ。みんな私より、姉さんが好きになるんだって」
両手で自分の頬を叩いて気合を入れる。
ドアがノックされミレイユが部屋に入ってきた。
「一緒にお風呂入りましょう。小さな体では大変でしょう」
儚げな笑みを浮かべてベルナの頭を撫でる。
ベルナが小さい時から変わらない外見のミレイユを見上げて首を振った。
「大丈夫よ」
「昔を思い出してしまって・・。ベルナが小さいときは一緒に入ったでしょう」
懐かしそうに微笑まれてベルナは頷いた。
「ねぇ、お母さん。私は見た目だけが子供なのよ。一人で洗えるわ」
昨晩泊まった宿屋よりも狭いバスルームでベルナは母親の手を振り払った。
小さい頃のように体も髪の毛も洗おうとしてくる。
「可愛いからつい。昔を思い出すわ。私も年を取ったのね」
小さなベルナの体を見て、ミレイユは頬に手を当てて遠くを見つめている。
「母さんは変わらず綺麗ね。とても子供が二人いるとは思えないわ」
ベルナが頭に付いた泡を流しながら言うと、ミレイユが頷いた。
「よく言われるわ。嫁いできたときから変わらないって」
「でしょうね」
見た目は20代といってもおかしくないほど、若々しい母親にベルナは頷いた。
「小さかったベルナもいい結婚相手が見つかって良かったわね」
「まだ、結婚するとは決まっていないわ。湯船は一人では恐ろしいから一緒に入って」
泡を流し終わって湯船につかっている母親に両手を伸ばす。
ミレイユは喜んでベルナを持ち上げると湯船にそっと入れて膝の上に乗せた。
「可愛いわね。二人でゆっくりお風呂に入るのは初めてね」
ベルナの耳の後ろを撫でながらミレイユは微笑んだ。
「・・・ねぇ、お母さん。ディートリッヒ様はきっと姉さんを見たら気が変わると思うの」
「あら、どうして?」
ベルナは水面を手で揺らしながら唇を噛んだ。
「だって、今までみんなそうだったじゃない。私より姉さんが綺麗だから。みんな姉さんが好きなのよ」
「ディートリッヒ様は違うと思うわよ」
ミレイユはベルナの頭を撫でながら言った。
「姉さんに興味が無くても、私が大きくなったら興味を無くすかもしれないわ。もしかしたら術のせいかもしれないし・・・」
早口に言うベルナの頬をミレイユは両手で包み込んだ。
「もし、そうなったら。私がお父様と一緒にディートリッヒ様を殴りに行くわ」
美しい母親から出た物騒な言葉にベルナは噴き出した。
「ディートリッヒ様は城の騎士よ。無理よ」
「それでもよ。二人で同時に襲えば一発ぐらい入るわ」
「私も入れて三人ね」
やっと微笑んだベルナをミレイユは抱きしめる。
「きっと大丈夫、ベルナは幸せになるわ」