7
身支度を済ませて風呂場から出ると、ディートリッヒはベルナの体を持ち上げた。
小さな体を楽々と持ち上げ、ベルナと同じ目線にする。
「自分が小さい姿だと忘れないでほしい」
「解っています。すいませんでした」
反省しているベルナの様子にディートリッヒは納得したように頷いてベッドの上に降ろす。
「明日は早く出るつもりだから、ゆっくり休んで」
ディートリッヒはそういうと風呂場へと消えていった。
「恥ずかしぃ」
裸を見られたことも、これから二人でこのベッドで寝ることもすべて恥ずかしくてベルナはベッドの上に転がった。
「昨日から信じられないことが起こりすぎて整理ができないわ・・」
ベルナは呟いて仰向けに寝転がった。
ディートリッヒの事は嫌いではないが、もし結婚を受け入れてしまったら女性達の嫉妬で殺されてしまうかもしれない。
実際、サイア姫の嫉妬のせいで体を小さくさせられてしまったではないか。
ベルナはぐるぐると考えてため息をついた。
「サイア姫が怒るのもわかるわよ。結婚が決まっていたのに、ディートリッヒ様が変なことを言うから・・・」
ベルナは欠伸を一つすると、重い瞼を閉じた。
普段であれば到底眠れる時間ではないが、慣れない旅のせいか体が小さくなったせいか眠くて仕方がない。
ベルナは考えるのをやめて眠りについた。
次にベルナが目を開けた時はすでに外は明るくなっていた。
いつのまにか寝ていたベルナに布団が掛けられており、暖かさに気持ちが良くなりもう一度寝ようかと瞼を閉じようとして違和感に気づく。
布団ではない暖かいものに包まれている。
ゆっくりと首を動かすと、ディートリッヒの綺麗な寝顔が目に入り悲鳴を上げそうになる。
彫刻のように完璧な顔は寝顔も美しく見とれてしまう。
プラチナブロンドの長い髪の毛は窓から差し込む朝日に当たりキラキラと輝いている。
呼吸をしていなければよくできた人形にも見える。
ディートリッヒの厚い剥きだしの胸にベルナの小さな体がしっかりと乗っている。
ディートリッヒの腕がベルナのお腹に回されて抱きかかえられている状況に抜け出そうとするが力が強くピクリとも動かない。
(どうして、上半身裸なの)
悲鳴を上げたいが、まだ寝ているディートリッヒを起したくはないのでゆっくりと動くが彼の腕は重く動かない。
四苦八苦していると、ディートリッヒが声を上げずに笑い出した。
「あまり動かれると、くすぐったいのだが」
「起きていたのなら、放してください」
ムッとしていうベルナの髪の毛を乱暴に撫でてディートリッヒは微笑んだ。
「我が家の犬を思い出す。可愛いな、ベルナは」
「私は犬ではありません」
犬と同列に好きだということなのだろうかと疑問に思いながらなんとかディートリッヒの腕から抜け出す。
ディートリッヒは軽く笑ってベッドから降りると、ベルナを抱き上げた。
「どうして持ち上げるんですか」
朝からスキンシップが激しすぎると目が回りそうなベルナにディートリッヒは肩をすくめた。
「大きなベッドだから降りるのが大変だろう」
「・・・それはどうもありがとうございます」
確かにベッドは大きく床から高い。踏み台が無いと昇り降りが出来そうにないのを見てベルナはお礼を言った。
「朝食を用意してもらってくる」
「はい」
ディートリッヒはワイシャツを羽織ると髪の毛を撫でつけて部屋から出て行った。
朝から疲労感を感じてベルナは息を吐く。
「あの格好で出て入ったら女性達が倒れるのじゃないかしら」
あれだけの色気を醸し出しているディートリッヒは見たことが無い。
普段は騎士服を着て無表情な姿に誰もが近寄りがたかったが、昨日からの彼は少しおかしい。
ディートリッヒが戻ってくる前に着替えてしまおうと、鞄を開けた。
ベルナが髪の毛を梳かしているとディートリッヒが朝食を持って戻ってきた。
朝食が乗ったワゴンを押し、疲れたような顔をしているのでベルナは首を傾げる。
「どうかしました?」
ワゴンから朝食をテーブルに乗せるのを手伝いながら聞く。
「僕の妻の事を質問攻めにされた」
「あぁ、私はディートリッヒ様の子供って思われていますからね」
ベルナもうんざりしたように言うと、ディートリッヒは微かに唇の端を上げる。
「無視をしていたけれどしつこくて、仕方ないから妻の事を詳細に語った」
「はぁ、そうですか」
妻などいないのにと、頷いてベルナは髪の毛をとかし始める。
嫌な予感がしてゆっくりとディートリッヒの顔を見上げた。
「・・・ちなみにディートリッヒ様は誰の事を語ってきたのですか」
「もちろん大きなベルナの事だよ。こうして愛する人を語れるのは嬉しいものなのだね」
「本当に、ディートリッヒ様おかしいですよ」
ベルナは無表情であるが喜びに満ちているディートリッヒを見上げ指をさす。
彼は気にした様子もなく、ソファーに座って膝を叩いた。
「ベルナ」
犬でも呼ぶような仕草に、ベルナはため息をつく。
「犬じゃないんだから・・・」
ディートリッヒを無視してベルナは机を挟んだソファーによじ登って座った。
ちょこんと座ったベルナの姿を見てディートリッヒは目を細める。
「可愛い」
「私は大人ですからね」
「わかっている」
そう言いながらもディートリッヒはいそいそと立ち上がるとベルナの隣に腰を降ろした。
「ちょっと、離れてくれません?」
ぴったりと体をくっつけてくるディートリッヒから離れようとするが力強い腕が体に回されてますます抱え込まれる。
ディートリッヒはベルナの体に腕を回しながら器用にパンをちぎってジャムを塗るとベルナの口元に持っていった。
「だから子供じゃないんですから・・・」
顔を背けるベルナにディートリッヒは悲しそうな顔をする。
「大きなベルナにだって僕は食べさせてあげたいと思うが」
ぐいぐいと口元にパンを押し付けられてベルナは仕方なく口を開ける。
小さな口でパンを食べているベルナを見てディートリッヒは感動したように目を細めて微笑んだ。
「食べた」
「ディートリッヒ様が食べさせたんでしょうが。生まれたての鳥じゃないんだからあとは自分で食べます」
「今回は一口だけで我慢しようか」
名残惜しそうにディートリッヒはベルナを見て自らも朝食を食べ始める。
(信じられない、ディートリッヒ様は私をペットだと思っているんだわ)
ベルナは上機嫌に朝食を食べているディートリッヒを見上げながらパンをちぎって口に放り込んだ。
良く寝たはずなのに疲労を感じながら、ディートリッヒと馬に乗り昼過ぎにはベルナの実家へと着いた。
「ここが我が家です」
貧乏でも一応は貴族の家。
荒れている庭を指さしてベルナが言う。
「大きなご自宅だな」
「それ以外褒めようがありませんよね。最近そこまでお金に困っていないので内装は手を入れているので中は綺麗ですよ。裏に馬小屋があります」
ディートリッヒは馬から降りると、手綱を引いて門から入り裏へと回る。
「適当につないでおいていいですよ。あとで言っておきましょう」
馬から降ろしたベルナを抱いたままディートリッヒは玄関へと向かう。
当たり前のように運ばれていることに疑問をもたなくなっているベルナはディートリッヒを見上げた。
「実家に帰ることを知らせていないから大丈夫かしら」
「自分の家だろう?」
ディートリッヒはそう言ってドアを叩いた。
すぐに、足音がしてドアが開かれる。
50代半ばのエプロン姿の女性が、ディートリッヒとその腕の中に居るベルナを交互に見て不思議そうに見上げた。
「どちら様でしょうか・・・」
騎士服のそれも彫刻のように美しい姿のディートリッヒに顔をこわばらせている女性にベルナは手を振る。
「ただいま。ウバラ」
「・・・どちら様でしょうか?」
手を振るベルナをじっとウバラはじっと見つめた。
「私よ。ベルナ!説明は後でするから、お母さんたちを呼んできて」
「はぁ?お嬢様の小さい頃に似ているような気はしますけれど・・・・。まさかお嬢様の隠し子?」
騎士であるディートリッヒが連れている子供を見てウバラは顔を青くした。
「城に勤めているから安心だとは思っていましたが・・・これは大変!奥様―!ベルナお嬢様の隠し子ですよ!城の騎士様がおつれになりましたよ」
廊下を走ってくウバラにベルナは小さな手を伸ばす。
「違うわよー!ウバラ」
ディートリッヒは無表情にベルナを見下ろした。
「どうする?」
「中に入って待ちましょう。説明するのが大変だわ」
ため息をついてベルナは部屋の中を指さした。
仕方なくディートリッヒは屋敷の中へと入る。
ベルナに案内されながらリビングへと向かうと、ウバラがベルナの母ミレイユを連れているところと出会った。
「奥様、城の騎士様がベルナお嬢様の隠し子を連れてきましたよ」
ディートリッヒに抱っこされているベルナを指さすウバラにミレイユは目を見開いて驚いている。
「ベルナの隠し子?あの子の幼い頃によく似ているわ・・・」
「本人よ!私はベルナ。信じられないかもしれないけれど、妙な術で小さくなってしまったの!ほら、見てここに黒子が二つ並んでいるでしょ?」
ベルナは自分の首元を指さした。
綺麗に縦に並んでいる黒子を見てミレイユは頷く。
「黒子なんて見なくてもわかるわ。母ですもの・・・。本当にベルナなのね」
ディートリッヒに抱かれているベルナの頭をそっと撫でる。
「それで、こちらの方は?」
ミレイユはディートリッヒを見上げて尋ねた。
「ベルナとの結婚の許しをもらいにまいりました」
「まぁ、そうなの。よかったわね。ベルナ」
ベルナが口を挟む間もなくディートリッヒはミレイユに軽く頭を下げる。
「違います!送ってもらっただけよ」
「とりあえず、詳しい話をききましょう。お父さん呼んでくるわね」
ミレイユが廊下を歩いていく。
後姿を見送ってディートリッヒはベルナを見下ろした。
「美しい姉というのはベルナの母上と似ているのか」
「そうですよ。私の母は見ての通り、妖精みたいに儚い美女ですよね」
ディートリッヒは頷く。
白い肌に、風が吹けば吹き飛びそうな細い体、いつも笑みを称えているミレイユは儚い美女と言った感じだ。
「私は父親にそっくりなんです。母親の遺伝は茶色い髪の毛ぐらいですかね」
「目元は似ていると思う」
「そんなに似ていないので無理に言わなくていいですよ」