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「買ってきたわよ!幼児用の服」
侍女の控室に入ってきたサノエが紙袋から小さな洋服を取り出した。
「あははっ、可愛いー」
ベルナを囲むように集まっていた侍女たちが小さな洋服を広げて笑っている。
ベルナは不貞腐れて机の上に顔を乗せた。
「そんな小さい洋服、赤ちゃんじゃない」
「だってあなた今の見た目は4歳ぐらいよ?」
サノエがベルナの頭を撫でながら言うと、集まっている侍女たちも頷いた。
「可愛いわねぇ。うちの娘の小さい頃を思い出すわね」
「しかも、ディートリッヒ様に結婚を申し込まれたんだって?城中大騒ぎよ。あんたが幼女になったから同情されているのが唯一の救いね」
サノエが言うと先輩侍女が頷いた。
「ディートリッヒ様、幼女趣味って言われているわよ。逆に気持ち悪いわーって一部の女性は言っているわね」
「なんで私がディートリッヒ様に気に入られたのか分からないわ」
小さい洋服を広げてため息をついた。
小さなピンク色のワンピースは確かに可愛いが、小さくなってしまった自分が情けなくてもう一度ため息をつく。
「幼女趣味か、犬好きかよね。あんた、犬みたいだもの」
サノエが言うと他の侍女が頷いた。
「人の趣味は分からないわねぇ。顔がすべてでは無いのね!」
「失礼ね!それはまるで私の顔が悪いみたいじゃない」
ムッとするベルナに侍女たちは顔を見合わせた。
「悪くはないけれど、美女ではないわよね。ディートリッヒ様と釣りあえる顔ではないわね」
「ディートリッヒ様と釣り合うような顔をした人はこの世にはいないわよ。完璧な人だもの・・・それがベルナみたいな子がいいなんてねぇ」
しみじみと言われ、ベルナはますますムッとする。
「失礼よ」
「ベルナは、希望よ。人間顔じゃないって教えてくれたものね。沢山の女性達が希望を持ったと思うわよ」
真剣に言われてベルナは納得がいかないと腕を組んだ。
そんな姿のベルナの頭を侍女たちは撫でまわす。
「可愛いー。小さな子が大人ぶっているみたいで可愛いわねぇ」
「大人だってば!」
侍女達に頭を撫でまわされながらベルナは呟いた。
「ベルナが幼女にされてから、パーティー会場はあんたたちの話でもちきりだったわよ」
小さな洋服に着替えているベルナを手伝いながらサノエが言った。
「そうでしょね」
どうせ面白おかしく言っているに違いないと思いながらベルナは頷く。
小さな洋服が自分のサイズにピッタリ合い、ピンク色のワンピース姿を見下ろしてため息をついた。
控室に置いてある大きな鏡の前に行って自らの姿を見つめた。
鏡の中には幼い頃の自分の姿が映っており、21歳だった頃の姿はどこにもない。
記憶にも無いほどの幼い姿の自分を見てベルナは息を吐いた。
「それで、これからどうするの?元に戻るの?」
先輩侍女に、ベルナは首を振った。
「元に戻るかどうかは分からないらしいです。時間が経てば戻る人もいれば戻らなかった人もいるみたいで・・・。バージル王子が調べてくれるってことなのでとりあえず実家に戻ります」
「そうね、それがいいわね」
サノエを含む侍女たちが頷いた。
翌朝、ベルナが部屋で荷物をまとめているとドアがノックされた。
サノエあたりだろうと返事をすると、顔を出したのはディートリッヒだった。
いつもと変わらず、黒い騎士服に無表情だが心なしか顔が少し柔らかい。
「今日、実家に帰ると聞いた。送って行こう」
「あぁ、そうでしたね」
一晩経ってもディートリッヒの様子は変わっていない。
「まだ小さいままなのだな」
床の上で荷物をまとめているベルナにディートリッヒは複雑な顔をして言った。
「小さいままです。小さいと不便なことが多くて大変です」
「そうか、何か手伝おう」
ディートリッヒは当たり前のようにベルナを持ち上げて膝の上に乗せた。
「ちょ、何するんですか」
「荷物をまとめるのを手伝おう」
ニッコリと微笑むディートリッヒの美しさに思わず頷きそうになるが慌てて首を振った。
「結構です」
「僕がやりたいと思ってやっているだけだ。迷惑だろうか」
しょんぼりとして目を伏せるディートリッヒが可哀そうになりベルナは慌てて頷いた。
「か、鞄を持ってもらうだけでいいです。今の私には荷物がすべて重くて」
慌てて言うベルナにディートリッヒは微笑んだ。
「ありがとう」
(こんな素敵な人が私に結婚を申し込むなんてありえないわ)
美しすぎる顔を見て高鳴る胸を押さえる。
(駄目よ、顔のいい人と結婚なんてしたらその後の生活が大変なのよ)
自分に言い聞かせてベルナは荷物を鞄に詰めた。
「もし元に戻った時の為に、数枚洋服を持っていくだけなのでこれで全部です」
「そうか。では出発しようか。早く実家に帰ってゆっくりしたいだろう」
荷物を持ち、ベルナの体を持ち上げて歩き出そうとするディートリッヒの腕を叩く。
「ちょっとぉ?ディートリッヒ様、私は運ばなくていいです」
「小さな足では歩くのも大変だろう」
「は、恥ずかしいので。それに仕事は大丈夫なんですか?私の事なんて構わなくていいんですよ?」
「レナード王子より特別に休暇を頂いた。何も問題は無い」
「はぁ、そうですか」
何を言ってもディートリッヒのペースで進んでしまい、ベルナは適当に相槌を打つ。
抵抗しないベルナの小さな体を片手で抱いて、荷物を持ってディートリッヒは歩き出した。
城の廊下を歩く二人に、すれ違う人は瞬きすらせずに見つめてくる。
注目されながら歩いていることにベルナは身を隠したくなるが、生憎ディートリッヒの腕から逃れることができない。
「本当に小さくなっている・・・」「それより、ディートリッヒ様の顔・・・少し表情がないか?」
すれ違う人たちが、驚きながらもヒソヒソと話している声がベルナにはよく聞こえた。
ディートリッヒも聞こえているであろうが、全く気にしている様子はない。
微かに唇の端が上がっているのを見て、機嫌は悪くないのだと判断できるが、ベルナには注目されていることが恥ずかしくて彼の耳元に顔を寄せて囁いた。
「注目されていますよ。回り道していきませんか?」
「噂話など慣れているが、可愛いベルナに囁かれると胸の奥がうずくな」
「はああぁぁ?」
照れたように微笑むディートリッヒの様子はやはり普段とは全く違う。
表情が変わることが無いディートリッヒは人形ではないかと言われるほどなのに、目の前に居る彼は目を細めて微笑んでいる。
驚くベルナよりも、周りに居た女性達が悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。
「あぁぁ、素敵!笑顔が見られるだけで満足。もう私、死んでもいいわ」
「幼女趣味でもいい。ディートリッヒ様の笑顔が見られるなら私、二人を応援するわ」
胸を押さえて荒い呼吸を繰り返す女性達にベルナは顔をしかめる。
ディートリッヒは馬小屋とたまに城の廊下で見かけるぐらいだったが、これほど女性達の注目を集めているなど知らなかった。
過呼吸になっているのではないかというほど息を荒くして倒れている女性が心配になりベルナはディートリッヒの腕を叩いた。
「あの女性達大丈夫ですかね」
「いつもの事だ」
あっさりと言うディートリッヒにベルナはますます顔をしかめる。
(やっぱり、こんな人と結婚したら生活が大変だわ。絶対に好きになんてなるものですか)
心に誓いベルナはディートリッヒに運ばれながら廊下を歩いた。
裏口へと向かうと、ディートリッヒの騎士仲間とベルナがお世話になっている侍女たちが待っていた。
その中に、レナード王子の姿も見える。
ディートリッヒがベルナを腕に抱いている姿を見てニヤニヤと笑っている。
「親子に見えるな」
「婚約者同士に見えないのは困るな」
ディートリッヒが呟くと、ベルナは声を上げる。
「違いますよね!幼くなった私が心配だから送ってくれるだけですよね」
「今はね」
しれっと言うディートリッヒをベルナは睨みつける。
「“今は“ってなんですか?」
「状況は変わる。さぁ、ベルナの両親にご挨拶に行こうか」
ディートリッヒは、準備されている黒い馬に荷物を乗せた。
その様子を見ていた騎士達がディートリッヒを信じられないものを見るような目で見つめる。
「人って変わるんですね。こんなに感情豊かになって・・・」
呆然として呟く若い騎士に、レナード王子が頷いた。
「いい兆候だな。ディートの母上も喜ぶな。成長するごとに感情を無くした人形のようで心配だと言っていたから。あとでバージル王太子にお礼の手紙を書こう」
妙な感動をしている騎士とレナード王子をベルナは睨みつける。
「お礼のお手紙ではなくて、私の体を治す方法が見つかったかどうか聞いてください」
「ついでに聞いておくよ」
「ついでって・・・・」
怒っているベルナを馬に乗せてディートリッヒは頭を撫でた。
「子供姿のベルナはとても可愛い」
「やっぱりおかしいですよ、ディートリッヒ様。私この人と実家に帰る旅路が恐ろしくなってきました」
普段ならば絶対に言わないであろう甘い言葉を吐くディートリッヒを気味が悪いと言うように見るベルナに、集まっている人々も頷いた。
「いつも無表情で、無感情だったディートリッヒは居なくなったんだ。きっとこれが本当のディートリッヒの性格なのだろうね」
レナード王子はそう言ってディートリッヒの肩に手を置いた。
「今まで苦しかったな、ディート。もう感情を殺して生きる必要はない。自由に生きろ。僕は幼女趣味でも仕事から外したりしないからな」
「幼女趣味ではないが、ありがとう。サイア姫に妙な術を掛けられてから心の霧が晴れたようだ。こうしてベルナに、愛を伝えることができる」
目元を和らげて言うディートリッヒに集まっている女性達は胸を押さえて息を吐いた。
「素敵。感情豊かなディートリッヒ様を見ているだけで幸せな気分になるわね」
「そうね、見ているだけで幸せ」
うっとりしている侍女たちを見てベルナはため息をつく。
あれだけディートリッヒには興味なさそうだったのに実際傍で彼に会うと、サノエも含めて顔を赤くしている。
「まだ出発していないのにとても疲れたわ。実家まで一泊二日もあるのに私大丈夫かしら」
憂鬱な顔をしているベルナに、先輩侍女が思い出したように袋から子供用のコートを取り出した。
「これ、うちの子が昔着ていたコートなんだけれど高かったから捨てられなくて。良かったら着てね。あと、編み掛けの手袋もあったから昨日急いで仕上げたの。ほら、ちょうどいいわ」
馬の上に座っている小さなベルナに子供用のコートを着せると、先輩侍女はニッコリと笑った。
「可愛い!懐かしいわね、うちの子もこんな小さい頃があったのね。この手袋も、編み終わらないうちに成長してしまって、ずっと心残りだったのよ」
頭を撫でまわそうとする手を避けて、ベルナは頭を下げる。
「ありがとうございます。物の供養をしている複雑な気分ですけれど」
コートまでは考えが無かったとベルナは小さくなった自分の体を見下ろした。
小さな体にぴったり合うコートは暖かく冷たい風を遮ってくれる。
「そろそろ行こう」
ディートリッヒはひらりとベルナの後ろに跨った。
小さなベルナを見下ろすと微かに眉をひそめた。
「ベルナが小さすぎて馬から落ちないか心配だ」
「大丈夫です。しっかり掴まっているので。何度も言いますけれど私は大人なのですよ」
「知っている。だが、小さすぎる」
二人のやり取りを見ていたレナード王子はため息をついた。
「いい加減出発したら?何か動きがあれば手紙で知らせるよ」
そう言って馬のお尻を叩いた。
「そうだな。では、留守を頼む」
無表情に言うと手綱を引いて馬を走らせた。
遠くなっていく二人の姿を見送って、レナード王子は呟く。
「さぁーて、バージル王太子に手紙でも書くか」
「本当に、お礼を言うんですか?」
驚く騎士に、レナード王子は軽く笑った。
「あの二人の様子が知りたいから逐一教えてくれって言われている。幼馴染のディートの恋も応援したいからお礼と、元に戻る方法も聞くけれどね」
「確かに、あの二人がどうなるかは興味がありますね」
妙に納得している騎士に、侍女たちは頷いた。
「今はお城で働いているすべての人が注目しているわ」
「だろうね」
レナード王子は頷いた。