4
レナード王子の仕事部屋に通されたベルナはなぜかディートリッヒの膝の上に座らされている。
ブカブカの洋服を上手く体に巻き付けているベルナの姿を見てレナード王子の護衛騎士達が目を見開いて見つめている。
大人だったベルナの体が小さな幼女になっている姿とディートリッヒが幼女を膝の上にのせていることが珍しいのだろう。
レナード王子の仕事部屋は小さくは無いが、バージル王太子の護衛騎士も同室しているためかなり圧迫感がある。
ジロジロと見つめられているベルナは居心地が悪くなり顔を伏せた。
「いやー、本当に助かったよ。サイア姫は僕の腹違いの妹なんだけれど、素行が悪くて。性格も最悪で、どうにかして処分したいと思っていたんだけれど決め手がなくてね」
バージル王太子は上機嫌に語りだした。
ディートリッヒの隣に座っているレナード王子は頷いた。
「話には聞いていたが、まさか本当に妙な魔法を使うなどとはね。他にも魔法を使われた人は居るのか?」
「沢山いるよ。サイア姫の侍女は声を奪われたものもいるが、行方不明になったものも多い。カエルや猫にされたのを見たなどと言う情報もあったけれど、証拠がなかった。侍女たちのいう事は嘘だとサイアが言い張れば僕達は罪には問えなかったんだ。なんてったって、僕のバカな父がサイア姫を可愛がっていてね」
「それで今回ついてきたんですか?サイア姫が何かをするかもって」
ベルナが言うと、バージル王太子は肩をすくめた。
「そこまでバカではないと思っていたけれど、まさか目の前で人間に危害を加えるところみられるとはね。まぁ、何もしなくてもディートリッヒと結婚できれば魔法は使わないと約束させたし、妙な本は奪ったし、この国にサイアを置いておけるからどっちでもよかったんだけれどね」
「そんな姫をウチに置いておかれても困るとこだったな」
レナード王子がため息を吐いて言う。
「悪かったよ。埋め合わせは必ずする」
固い握手でもしそうな雰囲気にベルナは顔を上げた。
「それで、私は元に戻るんですか?」
「解らない。行方不明になった人は戻ってこなかったところを見ると体は元に戻らない可能性もある。そして、声を奪われた人は半年や一年ぐらいで戻った人もいれば、まだ戻っていない人もいる」
バージル王太子の言葉にベルナは自らの体を見下ろしてため息を吐いた。
このまま一生小さい子供の姿で生きていくのだろうかと最悪の気分にポロポロと涙がこぼれる。
まだ鏡を見ていないが自分の体の様子からして3歳か4歳児ぐらいの大きさだ。
「せっかくお城で働いて頑張っていたのに、あんまりだわ・・・」
膝の上で泣き始めたベルナに困ったようにディートリッヒが顔を覗き込んだ。
あまりにも美しい顔が近づいてきてベルナは慌てて体を逸らす。
「体が小さくなっても、結婚したいという意志は変わっていないから安心してほしい」
「うぅぅ、ディートリッヒ様、やっぱり少しおかしいですよ。そんなことを言う人じゃなかったじゃないですか」
涙を流しながら言うベルナに室内に居た同僚の騎士達が一斉にうなずいた。
様子の可笑しいディートリッヒを騎士達は遠巻きに見て顔をしかめている。
「いつも無表情のくせに、今日は微笑んだり、心配そうな顔をしたりおかしいですよ」
「人に愛を囁く人じゃないだろ?結婚したいなどと一回でも言ったことがあったか?」
同僚の騎士達に言われてディートリッヒは真面目な顔をして頷いた。
「心の奥に秘めていた想いはある。僕だって人間だからな」
ディートリッヒの言葉にレナード王子の護衛騎士達が驚いて口を開けている。
レナード王子はディートリッヒを見つめて頷く。
「多分、サイア姫の妙な術で感情の制御みたいなのが外れたんじゃない?僕はディートリッヒとは子供のころからの付き合いだからわかるような気がするよ」
「感情を制御しているってことですか?」
騎士の一人が言うと、レナード王子は頷いた。
「多分そうなんじゃない?ディートリッヒと目が合っただけで女性が恋をしてしまうんだよ。微笑んだりしたら付きまとわれて大変だったよね」
遠い昔を思い出したのかディートリッヒは眉をひそめて頷いた。
「それで、無表情を貫いているのか・・・。顔がいいと言うのも大変なんだなぁ」
若い騎士がしみじみと言った。
「体が小さいままと言うのも可哀そうだから、僕も国に戻ったら色々調べてみるよ。サイア姫が使っている妙な呪文が載った本を取り上げているからね。少し時間がかかるかもしれない」
今すぐに元に戻してほしいのだが、バージル王子が国に戻ってからだとどれぐらいの時間がかかるのだろうと不安になりつつベルナは頷いた。
「よろしくお願いします」
小さな姿のベルナを見てバージル王子はにやりと笑う。
「小さい犬みたいで可愛いからそのままでもいいんじゃない?」
「嫌です・・・。せっかく成長したのに・・・・こんな幼児みたいな体型だと不都合があります」
きっぱりと言うベルナにバージル王子は頷いた。
「そりゃそうだよね。仕方ない、急いで帰って解析するよ。行方不明になった人も元に戻せるかもしれないしね」
「ベルナさんはどうするんですか?」
騎士の一人がディートリッヒの膝の上に座ったままのベルナに聞いた。
「私は、田舎に帰ります・・・。こんな体では働けませんから」
気落ちして言うベルナに部屋に居た誰もが頷いた。
小さな少女が落ち込んでいる姿はとても可愛く見え、ディートリッヒはベルナの頭を撫でた。
「止めてください。私はいい大人なんです」
「ベルナの実家には僕も行こう」
「なぜ?」
首を傾げるベルナにディートリッヒは当たり前のように言う。
「結婚の挨拶をご両親にしないと」
「はぁぁ?私、結婚するっていいましたっけ?」
目を見開いて驚くベルナに部屋に居た全員が声を上げた。
「えぇぇぇ?ベルナさんがディートリッヒの求婚を断るの?」
レナード王子とバージル王太子も目を見開いて驚いている。
レナード王子はベルナに身を乗り出しながらディートリッヒを指さした。
「身分も高いし、王子の護衛騎士をしているという名誉な職にも就いていて、顔だって超美形だよ。こんなに美しい人は居ない。しかも僕といとこ同士なんだよ。王族の関係者なんだよそして性格も穏やか?だと思うんだけれど、何が不満なの?信じられないんだけれど」
ベルナは子供らしく唇を尖らせてレナード王子を見上げた。
「私は平凡な人がいいんです」
「平凡ったって、こんな優良物件を振る方がどうかと思うけど!」
目を見開いて言うレナード王子に、ベルナはますます唇を尖らせる。
「だって、私の姉はディートリッヒ様みたいにすごい美女なんです。あまりにも美しくて妙な男に付きまとわれたり、同性からはやっかみみたいなこと言われたりしていて大変だったんです。もし、私がディートリッヒ様と結婚したら平穏な生活ができる気がしません」
「・・・一理ある」
レナード王子は頷いて、固まったままのディートリッヒを見つめた。
「ショックで固まっている。おーい、ディート?」
レナード王子はディートリッヒの顔の前で手を振るが反応が無いので頬をつねった。
痛みで意識を取り戻したディートリッヒは膝の上に座っているベルナを自分の顔の前に掲げる。
「なぜだ?どんな姿でも、僕はベルナを愛している。もしベルナに危害を加えるものが出てきたらすべて排除しよう。ベルナの母君も女性は愛されて結婚するのが一番いいといっていたのだろう?一生愛すると誓う。お姉さまも、どうしてもと請われて結婚して今は幸せだと言っていたではないか。あの話は嘘なのか?」
ディートリッヒを励ますために言った言葉が見事に自分に返ってきてベルナは顔を逸らした。
ディートリッヒはベルナを抱え上げながら懇願をしてくる。
「たのむ、頷いてくれ。ならばせめて、好かれるように努力しよう。ともに実家に帰ることを許してくれないか」
悲壮感を漂わせながら今にも泣きだしそうなディートリッヒにベルナの心が痛む。
静かに見守っている騎士達の視線も気になり、ベルナは仕方なく頷いた。
「解りました。実家に送ってもらうだけですからね」
「ありがとう、ベルナ」
ディートリッヒは微笑んでベルナの頬に自らの頬をくっつけた。
「わぁぁ、なにをするんですか」
驚いて頬を離そうとするベルナだが小さな体では力も敵わずされるがままだ。
嫌がるベルナを眺めていた騎士が感心して頷いている。
「顔が良ければいいってものでもない女性も居るんだな。なんか希望がでてきた」
「そんなのは一部の女性だよ・・・」
レナード王子は疲れたように呟いた。




