カエルになったベルナ 5
マスターの服があったという裏庭に案内されながらディートリッヒは肩に乗っているベルナに囁く。
「サイア姫は、殺されたな」
「グェ(えっ)」
驚くベルナにディートリッヒは周りに配慮しながら低い声で言う。
「ロンド王子という予測不可能な人間が出てきたことによって、アスケラ嬢のようにカエルになったサイア姫を奪われて各国に危害を加えることを考えたらそれぐらいはするだろう。そもそも、バージル王子はサイア姫をどうにかしたかったのだからな」
「グエ(たしかに)」
怖い話を聞いてしまったとベルナはカエル姿のまま身震いする。
王族はやはり恐ろしいと少し後ろを歩くバージル王太子をちらりと見た。
護衛騎士に守られて軽く笑みを浮かべているバージル王太子は何を考えているかさっぱりわからない。さすが次期王という雰囲気だ。
「こちらにドネツク殿の洋服が落ちていました」
城の裏口から庭へと出る。
裏口からは雑草や木がうっそうと茂っており奥が見えない。
少し歩いた場所で一人の騎士は雑草が茂っているところを指さした。
ディートリッヒは屈んで雑草をかき分けながら注意深くマスターの姿を探す。
「カエルになっていたらどこかに居るはずだ」
「我々も探しているのですが、カエルは見つかりません」
騎士はそう言うと奥の方を指さした。
夕暮れ時になり木々が生えている薄暗い裏庭に騎士達が雑草をかき分けて探している姿が見えた。
「ドネツク殿!いたら出てきてください~!」
「ドネツク殿~」
口々に呼びかけながら呼びかけている騎士を見てディートリッヒは立ち上がった。
「雨が降ってきたら厄介だな」
ディートリッヒの呟きにベルナは空を見上げる。
昼にはいい天気だったがいつのまにか薄暗い雲が広がっていて沈みそうな太陽に照らされて赤黒く照らされている。
「グェ(そうね)」
ベルナも頷いて地面をディートリッヒの肩越しに地面を見つめた。
姿を変えたかもしれないドネツクを探すがカエルの姿も声をも聞こえない。
不安になっているところに、騎士の悲鳴が聞こえた。
「仲間がカエルになった!騎士の服だけが落ちている!気を付けろ、敵がいるかもしれない」
森の奥から聞こえる大声に、周りに居た騎士達が一斉に剣を抜いた。
ディートリッヒも剣を抜いて周りを見回す。
「気配は無いが……。ロンド王子かアスケラ嬢のどちらだ?」
呟くディートリッヒに護衛騎士に囲まれたバージル王子が口元に笑みを浮かべながら肩をすくめた。
「二人で来られたら厄介だね。ここでは危険な気がする、一度室内に戻ろう」
バージル王太子の言葉に守るように囲んでいた護衛騎士達がじりじりと後退していく。
ディートリッヒも警戒をしつつゆっくりと裏庭から抜けようと後退をした。
「ベルナ、もしなにかあっても僕から離れるな」
「グェ(わかったわ)」
ベルナも敵が居ないかと周りをみながら頷く。
じりじりと下がっていると、また大きな声が聞こえた。
「またカエルにされた奴が出た!」
バージル王太子がゆっくりと後退し、城の裏口から中に入ったのを確認してディートリッヒも裏口へと向かう。
「残念でしたー。お前もカエルになりなさい。私を振った罰よ」
アスケラ嬢の声が聞こえたかと思うと城の裏口の扉の影から飛び出してきた。
ディートリッヒが剣を構えるより早くアスケラ嬢が手の平を向けた。
手の平が青白く光りベルナはもうダメだと絶望的な気分になって目を瞑った。
(ディートリッヒ様がカエルになってしまう)
「ギャッ」
聞こえてきたのはカエルになったディートリッヒの鳴き声ではなく、アスケラ嬢の悲鳴だった。
恐る恐る目を開くと、ベルナはまだディートリッヒの肩に上に載っている。
横を向くといつもと同じ綺麗なディートリッヒの横顔が見えた。
ホッとしながらも、正面を向くと数人の騎士に剣を突きつけられているアスケラ嬢が地面に横たわっていた。
呪文を言えない様にアスケラ嬢の口の中に騎士の一人が布を詰め込んでいた。
両腕から血を流しているアスケラ嬢は手を上げることができず血を流し、横たわったままディートリッヒを睨みつけている。
「グェェェ(もうダメかと思ったわ)」
ベルナは水盤のついたカエルの手でディートリッヒの頬を撫でた。
「なぜかアスケラ嬢の術が効かなかった」
血の付いた剣を綺麗にしながらディートリッヒが呟くとバージル王太子が進み出てきた。
どうやらアスケラ嬢を斬りつけたのはディートリッヒのようだ。
「何かの奇跡かね。よくやった」
ディートリッヒに礼を言うと、アスケラ嬢を見下ろした。
「ずいぶんいろんな国でやりたい放題していたようだね。我が国の騎士達もカエルにしてくれてお前の命は無いと思え」
冷たく言い放つとアスケラ嬢を捕まえていた騎士に目で連れて行けと命令をした。
騎士達は無言で頷くとアスケラ嬢を抱え上げてどこかへと連れていかれた。
「むぅぅぅー」
ぐぐもった悲鳴を上げながら連れていかれるアスケラ嬢を見つめてベルナは首を振った。
「グェェ(辛いわ)」
彼女が行ったことは決して許されることではない。
それでも人が裁かれるのを見るのは辛い。
「ベルナは優しいな」
ディートリッヒは肩に乗ったベルナに頬ずりをして呟いた。
「さて、カエルになった騎士を保護して、マスターの捜索をしよう」
バージル王太子は何事もなかったかのようにベルナとディートリッヒを見つめて言った。
気持ちの切り替え方にさすが王子とベルナは頷く。
「雷が鳴っているな。雨が降る前にマスターを探そう」
ディートリッヒの言葉にベルナも耳を澄ませた。
遠くのほうでゴロゴロと雷が鳴っている音が聞こえ空を見上げる。
日はすでに落ち辺りは気づけば真っ暗になっている。
遠くの空がチカチカと光っているのが見えた。
「グエェ(雷の光が見えるわ)」
ベルナは呟いて雷の音が聞こえるか耳を澄ませる。
くぐもったマスターの声が聞こえた気がしてベルナはあたりを見回す。
「どうした?」
「グエェェ(マスターの声が聞こえる気がするわ。どこかに閉じ込められているような声がする)」
ベルナが耳を澄ませながら言うと、バージル王太子が目を見開いた。
「閉じ込められていて外っていうと……そこに井戸がある」
「なるほど」
ディートリッヒは頷くと、騎士達が灯りを持って走ってきた。
「井戸を捜索しろ」
灯りを受け取りながらバージル王太子が命令をすると騎士達が井戸へと向かう。
雑草をかき分けながら騎士達に続いてディートリッヒも井戸へと向かった。
草むらに覆われるように古びた井戸が奥まった裏庭にあった。
「グエェェ(こんなところに井戸があったのね)」
騎士が明かりを差し出すのでベルナはカエルの手で受け取ってディートリッヒの足元を照らした。
(意外とカエルの手でも持ちやすいわね)
妙な発見をして井戸へと近づく。
井戸の中に明かりを照らしながら覗き込んでいた騎士が叫んだ。
「カエルを発見しました!」