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カエルになったベルナ 3


「ベルナ、大丈夫か」


休憩を挟みながら馬を走らせること一日。

朝早くに屋敷を出てからすでに夕方になっていた。


「グエェェ(私は乗っているだけだから大丈夫。むしろディートリッヒ様の方が疲れているのでは?)」


ディートリッヒの肩に乗ったままのベルナが言うと、ディートリッヒは軽く微笑んだ。


「僕は騎士だから。丸二日馬に乗りっぱなしでも大丈夫だ」


「グエェェ(安心したわ)」


「国境は越えた。あと少しでバージル王太子の城へと着くが、そろそろ日が暮れる」


「グエェェ(そうですね)」


「ベルナに無理はさせられない。どこか宿入ろう」


森を抜けて、家もポツポツと見え始めた景色に呟くディートリッヒにベルナは申し訳ない気持ちになった。

カエルの姿になったために、なにもしてあげることもできない。

迷惑をかけているのではないかという気分になる。


「ベルナ、大丈夫だ。心配するな」


そんなベルナの気持ちがわかったのか前を向いたままディートリッヒはきっぱりと言った。


「グエェェ(なんでわかるの?私が落ち込んでいるって)」


「ベルナの事なら何でもわかる。夫婦だからな」


「グエェエ(ディートリッヒ様、ありがとう)」


本当なら抱きついてキスをしたいところだが、ベルナは自分の手を見つめた。

指先についている吸盤みてため息をつく。


(こんな手ではディートリッヒ様に触ることもできない)


愛するディートリッヒに励まされても心は沈んだままだ。

流れそうになる涙を堪えるべく空を見上げた。

目が痛いほどの綺麗な夕暮れを見つめて、涙を堪えた。




田舎町へ入り、少し寂れた宿屋の前でディートリッヒは馬を停める。


「仕方ない、ここで今夜は休むか」


とてもディートリッヒのような貴族が泊まるような宿屋ではなくベルナはまた申し訳ない気持ちになった。


「ベルナにこんな宿屋に泊まらせてすまない」


「グエェェ(実家に帰るときはこういう宿屋だったけれど、ディートリッヒ様に泊まらせるのが申し訳ないわ)」


「僕はどんな所でも泊まれる。騎士と言っても修行時代はかなり酷いところに泊まったこともあるから気にするな」


ディートリッヒは軽く微笑むとベルナを肩に乗せたまま荷物を持って宿屋へと入った。

軋むドアを開けるとすぐにカウンターがあり、年老いた男性が振り向いた。


「いらっしゃい」


「一晩だ」


看板に提示されている料金をカウンターに置いて無表情に言うディートリッヒに宿屋の男性は頷いて鍵を置いた。


「はいよ。騎士様がいれば今日の治安は安心だ」


ディートリッヒは鍵を受け取ると肩をすくめて歩き出した。

その背に宿屋の男性が語り掛けた。


「騎士様、夕食は食堂で頼むよ。カエルは持ち込み禁止だよ」


「カエルではない僕の妻だ」


立ち止まって振り向いたディートリッヒの肩に乗っているカエルを宿屋の男性はゆっくりと見る。

赤い洋服を着たカエルを見て片眉を上げた。


「妻?」

「妻だ」


そう言って歩き出したディートリッヒに宿屋の男性は首を傾げる。


「おったまげたなぁ、騎士様なのに少しおかしんだな」


宿屋の男性の呟きを聞いてベルナはディートリッヒの肩を叩く。


「グェェ(ディートリッヒ様、頭の可笑しい人だと思っているわよ)」


「言わせておけばいい」


ディートリッヒの他人に何を言われても気にしないスタンスにベルナは関心をする。


(私も見習わないと)


ベルナは決意をして吸盤のある手を握りしめた。



宿屋の部屋は外観にくらべて綺麗だ。

広いとは言えない部屋にはベッドが一つと机と椅子が置かれている。

ベッドの上にベルナを置くとディートリッヒは隊服のボタンを何個か外した。


「グエェ(お疲れさまでした)」


「ベルナは疲れていないか?」


「グエェ(大丈夫です)」


カエルの姿になってしまったベルナに気遣ってくれるディートリッヒ。ありがたいと思いつつベルナは布団の上に伏せた。

コップに水を入れるとディートリッヒは一気に飲み干しベッドの上のベルナを見つめる。


「ベルナ。喉は乾かないのか?昨日から何も食べず、飲まずで心配だ」


「グエェェ(本当に喉も乾かないし、お腹もすかないのよ)」


眠たそうに答えるベルナの隣にディートリッヒは腰を降ろした。


「具合が悪いのか?」


「グェ(眠いの)」


本当にそれだけだろうかと心配そうに見てくるディートリッヒにベルナは顔を向けた。


「グェェ(大丈夫よ)」


ベルナかが答えるとディートリッヒまだ心配している様子だが、時計を見ると立ち上がった。


「夕食を食べるか」


当たり前のようにベルナを持ち上げると肩に乗せる。


「グエェ(カエルは食堂に行ってはいけないと言われたわよ)」


「一人にはしておけない」


綺麗な緑色の瞳に見られてベルナはカエル姿であるが肩をすくめる。

その姿が可愛く思えてディートリッヒは頬をすり寄せた。


「ベルナはカエルの姿でも可愛い」


「グエェェ(宿屋のおじさんじゃないけれど、少し頭がおかしいんじゃないの?)」


妻がカエルになったショックでどうにかなってしまったのかと逆に心配になってきたベルナが言うとディートリッヒは少しムッとする。


「失礼な。ベルナだからだ」


「グェ(はぁ、そうですか…)」


きっぱり断言されてベルナはカエル姿の自分に喜んでいいのかそれとも本当に少し可笑しくなってしまったのではないかと複雑な気分になりながらも頷いた。


(ディートリッヒ様は意外と言ったら聞かないから仕方ないわね)


ベルナは諦めてディートリッヒの肩に乗ったまま食堂へと向かった。



一階の食堂へと向かうと、すでに食事の時間のピークは過ぎてるせいか、若いカップルだけが座っていた。

ディートリッヒが食堂へ入ると、宿の女将さんが近づいてくる。


「聞いているよ、騎士様。カエルが奥さんなんだって。仕方ないから今回だけだから、動物を入れるのは」


「動物ではない、妻だ」


おかみさんは赤い服を着ているカエル姿のベルナを見て口元を歪ませて笑うのを堪えているようだ。

騎士である頭の可笑しいであろうディートリッヒに深く関わらないようにとおかみさんは思ったのか、できる限り真剣な顔をして頷いた。


「解っている。奥さんの食事は?」


「いらない。食欲がないそうだ」


「カエルの言葉が解るのかい……あっ、今のは失言だった、悪かったね」


剣を持っているディートリッヒに警戒をして言う女将さんにディートリッヒは一つ息を吐く。


「僕が本当にカエルを妻にしていると思うか?これは人間が妙な術でカエルにされた妻だ」


「……。その話は聞いたことがあるよ。噂だと思っていたけれどねぇ」


それでも信じられないと言う女将さんを無視して、ディートリッヒは椅子に座った。

女将さんが机の上に食事を用意していく。

通り過ぎるたびに女将さんはカエル姿のベルナを見ていくので、ベルナは仕方なくそのたびに軽く手を振った。


「本当に人間?まさかねぇ。よく躾けられたカエルかねぇ」


首を傾げている女将さんが面白くてベルナはカエルの姿のまま苦笑する。


(そりゃ、信じないわよね)


「ベルナ、少し膝の上に居てくれ」


ディートリッヒは優しく掴むとベルナを膝の上に乗せた。


「本当に食事はいいのか?」


「グェェェ(何度もしつこい!お腹が空いたら言うわよ)」


心配しているのは分かるが、何度聞くのだとベルナが頬を膨らませて言うとディートリッヒはなぜか微笑んでベルナを見下ろした。


「カエル姿で頬を膨らませているベルナは可愛い」


「グェ(もう!)」


ベルナは呆れてディートリッヒの膝の上で伏せて目を瞑った。


(しばらく寝ていよう)


目を瞑ったベルナを確認して、ディートリッヒは食事を開始した。


「ねぇ、あなたすごく綺麗な顔をしているわね」


ふて寝をしていたベルナの耳に女性の声が聞こえて目を開けた。

食事をしているディートリッヒの横に立って女性が微笑んでいる。


「グエ(さっきカップルで食事をしていた人じゃない)」


ベルナは呟いて、彼氏はどうしているのかと視線を向けると椅子に座ったまま唖然とした表情を浮かべてこちらを見ている。


ディートリッヒは女性の存在自体を無視して食事をしている。

そんな彼に腹が立ったのか女性は少し声を荒げた。


「無視するなんてどういう事?私、田舎では一番の美女なのよ」


ベルナはカエルの姿なのをいいことにまじまじと女性を見つめた。

自分から美人だというわりには、目を見張るほどの美しさでもなく礼儀もない女性はさすが田舎の町民という所だろう。

見かねた女将さんが間に入って女性の背中を押した。


「隣国の城の騎士様に失礼をしてはいけないよ。それに彼は奥さんをつれているんだ、失礼だろう」


女将さんの言葉に女性は目を輝かせた。


「城の騎士なの?いい給料取りじゃない。顔もいいし気に入ったわ」


(何が気に入ったよ)


ベルナはカエルの姿のまま女性を睨みつけた。

城の騎士はほとんど貴族の息子だ。

町人の女性など結婚相手に選ぶことなどほぼ無いことを知らないほどの身分の女性なのだろう。

女将さんもそれを知っているのか呆れた顔をしている。


「それに奥さんなんて、どうせ嘘でしょ」


女性が言うと女将さんは膝の上にいるカエルを指さした。


「ほら、あれが奥さんだってよ」


「……ただのカエルじゃない」


女性は馬鹿にしたように言うと、ディートリッヒの膝の上にいたベルナを掴み取ろうと手を伸ばす。


「僕の妻に触るな」


素早い動きで女性の手を取るとディートリッヒは座ったままその手を捻り上げた。


「いたーい。痛い!折れちゃう」


力を加えられてミシミシと骨が音を立てた。


「次に妻を侮辱することと、妻に触ろうとしたら骨を折るからな」


ディートリッヒが腕を捻りながら言うと苦痛の顔を浮かべて女性は頷いた。


「誓うわ。もう、あんたには関わらない」


女性の言葉を聞いてディートリッヒは突き飛ばすように手を離した。

床の上に転がった女性は這いながら座ったままの男性に近づく。


「あいつ頭おかしいわ。カエルを妻だって言っているのよ」


男性は首を振って息を吐いた。


「君が一番可笑しいよ。そこまで男にだらしないと思わなかった」


そう言って静かに立ち上がって去っていく。


(本当よ。とんでもない女ね)


ベルナは立ち去っていく男性を唖然として見送っている女性を見て鼻を鳴らして頷いた。

とんても無い女性がいたもんだ。

ディートリッヒも無表情に机の上に飛び乗っていたベルナを持ち上げた。


「部屋に戻ろう」


「グエェ(とんでもない目にあったわね)」


ベルナが言うとディートリッヒは頷いた。


「全くだ」



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