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最終話

鳥の鳴き声にベルナは目を覚ました。

見慣れぬ部屋の天井を眺めて何度か瞬きをする。


(そういえばディートリッヒ様と結婚して新しい家に住み始めたのだったわ)


ベルナは息を吐いてそっと同じベッドに眠るディートリッヒの姿を見つめた。

相変わらず上半身裸の彼は彫刻のように美しい姿で眠っている。

息をしているのだろうかと心配になるほど身動きしない彼はベルナが首を動かした気配に目を覚ましたのか長いまつ毛が何度かまばたいた。


ディートリッヒは蕩けるような瞳をベルナに向けて微笑むとあっというまにベルナの体を抱き込んだ。

暖かいディートリッヒの胸板を感じベルナは慌てて逃れようとするが力が強くピクリともしない。


「ちょっと離してください」


ペチペチと筋肉質な腕を叩くベルナの頭頂部にキスをしながらディートリッヒは微笑む。


「何度も言うが、僕達はもう結婚もした夫婦だ。ベルナに敬語で話されると距離感を感じて寂しくなる」


「そう言われても癖みたいなものですし。勘弁してください」


女性の憧れの対象でもあり、身分も上のディートリッヒに敬語を使わないで話せと言われても急にできるはずもなく、ベルナは首を振った。


「譲れない」


顔は無表情だが、ディートリッヒのからかうような瞳に見つめられてベルナは顔を伏せた。

伏せるとディートリッヒの裸の胸板に顔をくっつける状態になってまたベルナは顔を上げる。

そんな彼女の様子がおかしかったのかディートリッヒは声を上げて笑った。


「可愛いな、ベルナは」


「もう、からかわないでください」


恥ずかしいと顔を赤らめるベルナの頬をディートリッヒは掴んで引っ張った。

痛くは無いがなぜ引っ張るのだろうかと目を丸くしているベルナにディートリッヒはまた微笑んだ。


「ベルナが僕に敬語を使うたびにこうして頬を引っ張る罰を与えようか」


「はい?罰って…」


「こうした方がベルナは僕に敬語を使わなくなるだろう?」


「無理ですよ」


ベルナが答えると強く両頬を引っ張られた。


「痛いです」


「ほら、また敬語を使うからこの手は離せないよ」


「痛いわ。放して」


ベルナは敬語を極力使わないように言うとディートリッヒは満足して両手を離した。


「僕はどんな場所でもベルナが敬語を使ったらこうやって頬をつねるからね」


「酷いわ」


少し痛みが残る頬を摩るベルナが可愛くてディートリッヒはベルナの体をますます抱き込んだ。

慌ててディートリッヒの体から逃れようとするベルナだったが鍛え上げられたディートリッヒの腕からは逃れられない。

そうこうしていると、ベルナとディートリッヒの寝室のドアがノックされディートリッヒの母ナルアーニの声が聞こえた。


「お二人とも起きているかしら?今日、ディートリッヒは休暇みたいだけれど急遽レナード王子が昼過ぎに来るってことだからそろそろ起きてー」


「知らせたいことならば仕事に出た時にしてくれと伝えてくれ」


ベルナを抱き込みながら言うディートリッヒにドアの向こう側に居るナルアーニが困ったように返答をした。


「でも、あなたは5日間休暇を取っているじゃない。急遽知らせたいことがあるらしいわよ」


「面倒だな」


ディートリッヒは呟いてため息をついた。

ベルナはディートリッヒの腕をペチペチと叩く。


「王子自らお越しになるのに面倒だなんて失礼ですよ」


また両頬を摘ままれてベルナは顔をしかめた。


「敬語」


すっかり忘れていたとベルナは頬を摘ままれたまま言い直す。


「せっかく来るのだから王子にお会いしましょう」


「仕方ないか。すぐに用意をするからと伝えておいてくれ」


「わかったわ」




身支度を済ませたベルナとディートリッヒが食堂へ行くと、食卓に座ってお茶を飲んでいるナルアーニが居た。


「おはよう。ごめんなさいね、突然押しかけてしまって」


「とんでもないです」


ディートリッヒに抱きしめられて放してくれ無さそうだったので助かりましたと心の奥で言いつつベルナは微笑んだ。


ベルナとディートリッヒの新居はナルアーニが住んでいるお屋敷の敷地内だ。

広大な土地を持て余しているディートリッヒの実家の離れのお屋敷を少し改装して二人の新居となっていた。

ナルアーニは二人の邪魔をしないと決めているようで新居に来たことなど無いが、今日はどうしても王子が来るから早く起きろと伝えたかったのだろう。

ナルアーニはお茶を飲みつつ困った顔をして前に座る二人を見つめた。


「本当は二人でゆっくりしてほしかったのだけれど、レナード王子がどうしても来るっていうから。それに使用人たちはベルナちゃんとディートリッヒに気を使って声を掛けられないと言っていて、私がしゃしゃり出てしまったのよ。本当にごめんなさいね」


「迷惑だ」


無表情だが、不機嫌さを醸し出しているディートリッヒにナルアーニが頷いた。


「そうよね。でも本当に息子が幸せそうでお母さん嬉しいわ。感情豊かになって…」


今にも涙を流しそうなナルアーニにディートリッヒはため息をついた。


「それで、レナード王子は何を伝えたいのだ」


「さぁ、何かしらね」


ナルアーニが首を傾げると後ろから声がかかった。


「重要なことだから直接伝えようと来たんだけれど。新婚の家に来るもんじゃないね」


執事に案内されて部屋に入ってきたのはレナード王子。

その後ろには護衛の為に若い騎士と大きな体をした隊長がニヤニヤと笑って立っている。


「まったくですな。しかし、豪華な家だな」


隊長はジロジロと部屋を見回して勝手に王子よりも先に椅子に座った。

レナード王子はそんな隊長に苦笑しつつ食卓の椅子に腰を降ろした。


「で、なんの用事ですか?」


無表情なディートリッヒにレナード王子は肩をすくめる。


「突然申し訳ない。ナルアーニおば様は新婚夫婦を寝室から呼び出すことに成功してくださり感謝しております」


かしこまって頭を下げるレナード王子にナルアーニは笑って手を振った。


「嫌な役目だったわよ」


「そうでしょうね。まぁ、直接お知らせしたいことがあっただけなんだけれどね」


「それだけでウチに来るな」


ディートリッヒに鋭い目で睨まれてレナード王子はまた肩をすくめた。


「手紙を書いてもすぐ見ないだろうなと思ってさ。まぁ、例のロンド王子が国際手配されたってことを伝えたくてね」


「国際手配?」


驚くベルナにレナード王子は頷いた。


「人を動物に変える術を使っている事と、それを教えた人間が悪さをしているから仕方ないよね」


隊長も出されたお茶を飲みほして頷いている。


「とんでもねぇ奴らだからな。ロンド王子も王族という事でひた隠しにしていたらしいけれど国を点々として動いているうえに、人間に戻ったアスケラ嬢が人を動物に変えているっていう事件も起きているようだ」


レナード王子が続けて口を開いた。


「終いには、王族争いをしている一人に加担して他の兄弟たちをカエルに変えただの、アスケラ嬢が気に入らない女性をカエルに変えているだのと噂が出てね。実際行方不明者が多く出ていて大変な状態らしい。ウチの術師を派遣してくれという依頼が多くて困っているよ」


「大変なのは、マスター殿でしょうね」


律儀に王子の後ろに立って護衛をしている若い騎士が同情をしながら言った。


「マスターは世界中を飛び回っているよ」


レナード王子の言葉にベルナは急に不安になった。


「もし今私の体が小さくなったらすぐに元に戻れないですね」


「そうだね。今や売れっ子の術師だからどこに居るかすぐに分からないから大変だよね」


絶望的な気分になっているベルナの肩をディートリッヒは抱き寄せる。


「そんなことにはならないから心配する必要はない」


男前と言える発言だが、ベルナはディートリッヒの顔をじっと見上げた。

これから先も世界一美しいと言われるディートリッヒに恋をする女性もいるだろう。

そんなディートリッヒと結婚をしたベルナは女性から嫉妬されることも増えるだろう。

もし、その一人がロンド王子に術を教えられた人だったらと思うとベルナはゾッとする。


「女性から嫉妬されたらまた私小さくなってしまうかもしれないわ」


「小さくてもカエルの姿でも僕はベルナを変わらず愛するよ」


ディートリッヒの何度目かのセリフにベルナは軽く頷いた。

それでもやはり人間の姿でそれもちゃんとした自分の姿でディートリッヒの傍に居たい。

そんな二人を見てレナード王子はため息をついた。


「やっぱり来るんじゃなかった。何が悲しくて新婚さんがイチャイチャしている姿を見ないといけないのか」


「はっはっはっ、独り身は辛いですな」


大きな声で笑って隊長はディートリッヒを見つめた。


「そういうことだ、もしロンド王子とその関係者らしきものを見つけたらすぐに捕まえろ。多少傷をつけてもいいという許可は下りている」


「なるほど。ロンド王子の国も大変だな」


ディートリッヒが頷くと、レナード王子は思い出したように手を叩いた。


「そういえば、サイア姫はまだカエルのままバージル王太子が飼育しているらしいよ」


「かわいそうに」


ベルナが呟くとディートリッヒは首を振った。


「同情など一切感じないな。可愛いベルナを悲しませた女だ」


「はぁ、もういい加減帰るよ。これ以上、新婚さんの所に居たら心が歪みそうだ」


そう言ってレナード王子が立ち上がった。

隊長も慌てて出されたケーキを口に押し込んで立ち上がる。


「ではな、5日後に職場で待っているぞ」


「どうも、お知らせありがとうございました」


とてもお礼を言っている顔をしていなディートリッヒに苦笑してレナード王子は軽く手を振った。


「ベルナちゃんもお邪魔したね」


そう言って帰って行く一同を見送った。




ナルアーニも帰って行きディートリッヒは居間のソファーで書類を捲っている。

休暇中でも仕事をしているディートリッヒの姿を見ることができてベルナは感動をしつつお茶を机に置いた。

書類から顔を上げてディートリッヒはベルナを見つめると自分の横に座るようにジェスチャーで伝えてくる。


「お仕事中ですよね?」


「ただ書類を見ていただけだ」


ディートリッヒの横に座りながらベルナは言った。

すかさずディートリッヒの長い指がベルナの頬を摘まんだ。


「敬語」

「ごめんなさい」


謝ったベルナの体を持ち上げると自らの膝の上に座らせる。


「もう私は子供ではないわ」


「知っている。たまにはベルナをこうして膝にのせて愛でたいんだ」


「愛でたいって…」


呆気に取られているベルナに軽くキスをしてディートリッヒは微笑んだ。

あまりにも美しい微笑に見とれているベルナをディートリッヒはぎゅっと抱きしめた。

ディートリッヒの体温を感じながらベルナはフト思い出して首を傾げる。


「そういえば、アンドレ王子の女性に嫌われるという術は解けたのかしら」


「別の男の話は聞きたくないな」


少年のようなことを言うディートリッヒにベルナは苦笑をする。


「アンドレ王子は私達の結婚式にも来てくれたから心配なのよ」


「呼んでいないが勝手に参列したな」


結婚式の日を思い出して眉間に皺を寄せるディートリッヒにベルナは微笑んだ。


「お祝いを持ってきてくれたわ。意外といい人よね。ウチの姉の顔を見ても“似ていない姉妹だな”で終わらせたし。姉さんに恋をしない男性は好感が持てるの」


「自分が大好きな人だからな」


ディートリッヒの言葉にベルナは頷いた。


「自分が大好きだけれど結婚したいって言っていたわ。どうにか女性に嫌われないようになってほしいわね」


「ベルナ以外の人間などどうでもいい」


ベルナに深い口づけをしてディートリッヒは目を細めた。


「ベルナがずっと傍にいてくれればそれでいい」


あまりにも美しいディートリッヒの顔が近くにありベルナは顔を赤らめた。

今更顔を赤らめるベルナが可愛くてディートリッヒは柔らかい下唇を舌で舐めとり、少し空いた小さな唇に音を立ててキスをした。

ますます顔が赤くなるベルナにディートリッヒは声を上げて笑う。

そんな上機嫌なディートリッヒの姿にベルナも声を上げて笑った。


暖かな日差しが差し込む部屋の中でこうして何年も笑い合っていたいとベルナは想いディートリッヒの胸に頬を寄せた。



一応これで完結です。

お読みいただきありがとうございました。

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