カエルの王子様 5
レナード王子の執務室でベルナは不服な顔をしてディートリッヒの膝の上に座っていた。
ディートリッヒは上機嫌な顔でベルナの頭を撫でている。
「よく服があったね」
前に座るレナード王子が聞くとベルナは不機嫌に頷く。
「もったいなくて捨てていなかったんです」
「それは良かったね。しかし、めんどくさいことになったねぇ」
レナード王子は机の上に居るカエル王子と小さくなったベルナを見てため息をつく。
「面倒とは何事だ。カエルの身になった僕が可哀想だと思わないのか、と申しております」
カエル王子の言葉を通訳して言うベイカー。
レナード王子はため息をついてカエル王子を見つめた。
「可哀想だとは思いますけれどね。あのアスケラ嬢はアンドレ王子と、どういう関係なんです?カエルにされるぐらいだから振った女とかですか?」
冷たく言うレナード王子にカエル王子は顔をしかめて話し出した。
それをベイカーが通訳をする。
「振った女ではない。勝手に婚約者だと名乗り出てきた可笑しな女だ。双子の兄上に付きまとっていたかと思ったが兄上が居なくなったら僕にまとわりついてきた。迷惑をしている、と仰っています」
カエルの話を聞いてディートリッヒはベルナの頭を撫でながら鋭い瞳を向けた。
「あの女が呪文を使えたのはどういうことだ?」
「解らない。…もしかしたら兄上か?と不審がっております」
「アンドレ王子の双子のお兄さんってロンド王子か…。確かに、すこし悪い雰囲気の人だったね」
レナード王子が思い出しながら言うとカエルは何度も頷いた。
「昔から、魔法だなんだと古い文献をあさって研究しているような人だった。きっと兄上にアスケラ嬢は何かを吹き込まれたのではないだろうかと、申しております」
カエル王子の言葉にレナード王子はため息をついた。
「まぁ、明日術師が来れば二人は元に戻るかと思う。それからロンド王子を調べようか」
疲れたように言うレナード王子に一同は頷いた。
ディートリッヒに抱っこされたまま城の廊下を歩くベルナ。
通り過ぎる人達は微笑ましい顔をして二人を見ているがベルナの気分は上がらない。
何度もため息をつくベルナの顔をディートリッヒは覗き込む。
「どうした?何度もため息をついた」
「ため息もつきたくなりますよ。こんな小さな体になってしまって、来週は私たちの結婚式ですよ!元に戻らなかったらどうするんですか」
不安で今にも泣きだしそうなベルナにディートリッヒは無表情に首を傾げた。
「ベルナの姿がそのままでも僕は良いと思うが。小さなベルナと結婚式をするのはそれも嬉しい」
「はぁぁ?私は嫌です。普通のいつもの姿で結婚式はしたいです。ドレスだって、ドレスだって何度も話し合って決めたのに…」
「それは…そうだろうな」
ディートリッヒは無表情だがベルナは睨みつけた。
「思ってないのに頷きましたよね。今」
「そんなことは無い」
慌てて首を振るディートリッヒにベルナはため息をつく。
「送っていただいてありがとうございました。部屋についたのでもう大丈夫です」
「小さくなったベルナが一人で過ごすのは心配だ」
「大丈夫です。湯船には入りませんので」
ベルナは冷たく言って無理やりディートリッヒの腕から逃れると部屋のドアを開けて頭を下げた。
「ではまた明日」
まだ何か言いたそうなディートリッヒを無視してベルナは扉を閉めた。
部屋の中でベルナは一人ため息をつく。
「あのままだとディートリッヒ様、絶対一緒にお風呂入ろうとか言うわよね。絶対無理」
ベルナは呟いて自分の小さくなった体を見下ろした。
「まさか本当に幼女趣味?」
まさかねぇとベルナは首を振った。
翌日、昼過ぎに到着した術師のドネツクは小さくなったベルナとカエル王子を交互に見た。
「また小さくなっちまって。そしてカエルになった人間を何人見てきたか…」
カエルを見てうんざりして言うドネツクにベルナは問いかけた。
「そんなに多いんですか?」
「多いな。あの姫さんがかなりの数の人間を動物に変えやがったからな」
ドネツクの言葉に聞いていたレナード王子が顔をしかめた。
「怖いね。ただもっと怖いのはサイア姫だけじゃなかったってことだよね」
ドネツクは顔をしかめる。
「らしいな。こんな古い呪文使える人間がいるっていうのが驚きだ。さて、まずは王子さんから元に戻すかね」
ちょこんと机の上に座っているアンドレ王子を見て言うドネツクにベルナは慌てて止めた。
「そのままだと机の上に裸のアンドレ王子の姿が出てきますよ」
小さな洋服を破いて大きくなった自分を思い出して言うベルナにドネツクは不満そうに唇を尖らせた。
「なんだよ。突然、裸の男が出てくるっていうのが面白いのに」
「面白くありません」
ベルナとレナード王子が声をそろえて言うとドネツクは仕方なく引き下がった。
「アンドレ王子の衣装も持ってきていますので、別室でよろしくお願いします」
ベイカーが頭を下げながらカエル王子を持ち上げると、ドネツクは仕方なく頷く。
「仕方ねぇな。道具はもっているから違う部屋で元に戻すか」
ぼやきながら別室へと向かうドネツクに続いてカエル王子を手に持ったベイカーが続いた。
別室に行ったカエル王子を見送ってベルナはディートリッヒの膝の上で不安になる。
「私も元に戻りますよね」
「大丈夫だ」
ディートリッヒはベルナの頭を撫でて言うと、レナード王子がからかうような顔をした。
「ディートは、小さいベルナちゃんの方がいいんじゃない?みんな噂しているよ」
「私もそれは思っていました」
二人の視線にディートリッヒは無表情に首を振った。
「ベルナならばどちらでも構わないが、幼女趣味と言われるぐらいなら大きな方が都合がいい。犯罪者のようないい方をされると気分が悪い」
「…ディートの美貌を持っても幼女に手を出す男は嫌われるのだな」
妙な関心をしているレナード王子の言葉にベルナも頷いた。
「戻った!人間に戻ったぞ!」
別室からカエル王子の喜ぶ声が聞こえ、一同は振り返った。
ドアを開けて入ってきたアンドレ王子の恰好を見てベルナは絶句する。
金色の刺繍が入った上着に、ふんだんにレースが使われた白いシャツが袖から出ている。
首元何重にも重なったレースに顔が埋もれそうになっている。
白いパンツはタイツのようにぴったりしており、白く長いブーツを履いている。
金色の髪の毛は胸まであり縦にロールされている。
額にはカエルの時もしていた銀色の王冠のようなアクセサリーがついているのでカエル王子だったとわかるが、奇抜な王子の恰好にベルナは口を開けて見つめた。
「レディー。僕の美貌にうっとりしているようだね」
前髪をかき上げながら鼻につく声で言うアンドレ王子にベルナは首を振った。
「美貌って…」
そこで初めて顔を見ると確かに整ってはいるが、自分に自信を持っている嫌な雰囲気が鼻につく。
カエルの時にもやっていた流し目をされてベルナは顔をしかめた。
「どうしてどのレディーたちも僕を見て恥ずかしくて口が利けなくなってしまうんだろうか。美しいとは罪だね」
「美しいって…」
それならよっぽどディートリッヒのほうが美しいと言いそうになりベルナは口を噤んだ。
ディートリッヒは人間に戻ったアンドレ王子には興味が全くないとベルナを抱えて立ちあがった。
「ベルナも元に戻してもらおう」
「そうですね。ちゃんとした姿で結婚式をしたいです」
二人で顔を見合わせていると、アンドレ王子が髪の毛をかき上げてベルナにウィンクをする。
「レディー。そんな男と結婚するより、僕と結婚しないかい?」
「結構です」
即答で断られてアンドレ王子は大げさにソファーの上に倒れ込んだ。
「どの女性も断るなどと…何たる悲劇」
傍に居たベイカーも頷いている。
「唯一結婚をしてもいいと言ってくれたのが、アスケラお嬢様ですね」
「あの女の事は言わないでくれ。頭が痛くなる」
ベルナはそこでアスケラ嬢の事を思いだしてレナード王子を見た。
「アスケラ嬢はどうしているのですか?」
レナード王子はにやりと笑った。
「マスターの術でカエルに変身したよ。他の人間を動物にかえられたら困るからね」
「そう…なんですね」
聞くのも恐ろしいと身震いをするベルナにディートリッヒは抱き上げている腕に力を込めた。
「大丈夫だ。ベルナは僕が守るから」
「ありがとうございます」
心からの言葉に、幼女趣味だと思って悪かったなと思いベルナはお礼を言った。