カエルの王子様 3
「いい天気ですね」
ベルナは赤いベルベットの布で作った台座に乗っているカエル王子に話しかけた。
城の庭園に置かれているベンチに座っているベルナの隣にカエル王子を置いて後ろにはディートリッヒが立っている。
ディートリッヒまで付き合う必要はないと思ったが、カエルであろうとベルナと男を二人きりにはさせたくないと言い張るためカエル王子の護衛ということで二人に付いてきている。
「いい天気だけれど、可愛い女性の姿をもっと見られる所に行きたいなぁ」
カエルのくせによく言うわと言葉を飲み込んでベルナは微笑んだ。
「人間に戻ったらいくらでも行ってください」
「つれないなぁ、レディーは。仕方ないからベルナの膝の上で日向ぼっこも悪くないかもしれないな」
ただのカエルを膝の上に乗せるのならば問題ないが、気味が悪い話し方をするカエル王子を乗せるのは嫌だとベルナは顔をしかめた。
「何を言っているのだ?そのカエルは」
冷たい視線でカエルを見ながらディートリッヒがベルナに聞いてくる。
「私の膝の上で日向ぼっこがしたいそうです。そして、可愛い女性が居る所に行きたいって言っています」
「ろくでもない王子様だな」
冷たく言うディートリッヒにカエル王子は鼻で笑った。
「無表情の騎士に言われたくはないねぇ。こんなつまらない男と本当に結婚する気?」
「ディートリッヒ様と結婚できるのは嬉しいですよ」
「面白みがない男なのにねぇ。僕ならレディーを楽しませられるよ」
舌なめずりしているように見えるカエル王子にベルナの背筋がゾゾッとして首を振った。
「結構です」
(どうしても生理的に受け付けないわ)
ベルナはカエル姿ではなく、話す内容なのか、態度なのかは分からないがカエル王子に対して嫌悪感が出てしまうのだ。
こうしてベンチでいつまでも話していても気持ちが悪いだけだ。
気分を変えて何かすることでもないかと思案してベルナは手を叩いた。
「そうだわ。ディートリッヒ様知っています?あの劇団の人達が新しい劇をやっているって」
意外なことにディートリッヒは頷いた。
「噂で聞いた。なんでもあの我儘姫の事を題材にしているとか」
「そうらしいですよ。よかったら見に行きません?」
自分たちも出ていると言う噂だがどれぐらい美化されているのかは興味があるが一人では行きにくい。
ちょうどいい機会だとベルナはディートリッヒが共に行ってくれないかと見上げてみる。
少し考えてディートリッヒは頷いた。
「よかった。ではカエルさんもよろしいですか?」
眠そうな顔をしているカエル王子は欠伸をしながら頷いた。
ベルナは大きなカエルを見てわずかに眉をひそめた。
「でもこの大きなカエルをそのまま持って歩くと色々不都合がありませんかね?」
大きなカエルを気持ちが悪いと思うものや、人間がカエルに変えられた人ではないかと思われても面倒だ。
「たしかに…袋にでも入れるか」
冷たく言うディートリッヒにカエル王子は大きな目で睨みつけた。
「酷い男だ!王子である僕を袋に入れるなんて信じられん」
文句を言っているカエルの言葉は通じていないが態度で分かるらしくディートリッヒは軽く眉を上げる。
「それ以外いい方法がありません。あとは鳥かごに入れるかだな」
「鳥かごいいですね」
ディートリッヒの提案にベルナが名案だと頷いた。
「……レディーがお願いするなら鳥かごでも譲歩しよう。お洒落な奴にしてくれたまえよ」
ベルナがカエル王子の言葉を伝えるとディートリッヒは面倒だと軽く息を吐いた。
「いい鳥籠を探してくる」
ディートリッヒが城へと歩いていくのを眺めていると、後ろから女性の大きな声にベルナは振り返った。
「お探ししました!アンドレ王子」
こちらを指さしているピンクのドレスを着た女性の姿にカエル王子が低い声でゲコリと鳴いた。
「お知り合いですか?妹さんとかですか?」
駆け寄って来るピンク色の派手なドレス姿の女性は可愛い顔をした少女だ。
ベルナが小さく聞くとカエル王子は首を振った。
「僕の婚約者予定の女性だ……。ちょっと苦手なんだよねぇ。我儘で、自分勝手だから僕は婚約者候補から外したのになぜあの女性がくるんだ」
カエル王子にも苦手な女性が居たのかと驚きながらベルナはベンチから立ち上がった。
「こんにちは。私、このカエルのお世話を仰せつかっておりますベルナと申します」
完璧な挨拶ができたと思いながらベルナは軽く膝を折った。
ピンク色の女性も軽く膝を折って挨拶をする。
「ごきげんよう。わたくしは、アスケラと申します。アンドレ王子の婚約者です」
「違う!婚約者候補だ」
ベンチの上に居るカエル王子が口を挟んでくるがベルナは無視をしてアスケラ嬢に頷いた。
「そうだったのですか。今日の午後に、アンドレ王子お付きの人が来るとお伺いしておりましたが……」
一人で来たのかとベルナが首を傾げると、後ろから白髪交じりの男性と騎士数人が走ってくるのが見えた。
「お嬢様。お一人でフラフラしないでください」
息を切らしながら走ってくる初老の男性にカエル王子は嬉しそうに飛び跳ねた。
「ベイカー!来てくれたのか!」
「もしかして、そのカエルはアンドレ王子でございますか?」
信じられないと言うような顔をしてカエルを覗き込むベイカーにカエル王子は頷いた。
頷くカエルを見てベイカーは声を上げて泣き始めた。
「ウッウッ。アンドレ王子が行方不明になって……どれだけ私が心配したか分かりますか!まさかこんな醜いカエルになっているなど……。しかし私にはわかります、この可愛らしい額に輝く王冠型のアクセサリーを付けているのはアンドレ王子以外いませんから」
懐から白いハンカチを出して涙を拭うベイカーの姿にカエル王子は呆れたような視線を向けた。
「お前はいつも大げさだが、今回は嬉しいよ」
(今のセリフは気持ち悪くなかった)
カエル王子の言う事はすべて無理だと思っていたベルナはまじまじとカエルを見つめる。
「レディー、ベイカーは僕が生まれた時からの付き合いで、教育係だったんだ。僕の事をよく知っているのはベイカーだからもしよかったらその言葉が通じるペンダントを彼に渡してくれないか」
至極まっとうなことを言うカエル王子にベルナは頷いてペンダントを首から外した。
それをベイカーに手渡す。
「このペンダントは動物に変えられた人間の言葉が解るものですのでよかったらどうぞ」
「ありがとうございます。レナード王子よりお手紙で知らされましたが便利なものがありますね」
感激しながらペンダントを受け取るとカエルに向かって話し始めた。
「アンドレ王子。お久しぶりでございます。突然行方不明になって、心配したのですよ」
カエルが身振り手振りで何かを話しているのを眺めていると鳥かごを持ったディートリッヒが戻ってきた。
ベイカーとアスケラ嬢を見てかすかに眉をひそめてベルナに近づいてくる。
「アンドレ王子のお付きの方でベイカーさんと王子の婚約者のアスケラ嬢だそうです」
ベルナが紹介をするとアスケラ嬢が首を振ってディートリッヒの前に立った。
「まだ婚約者候補です!貴方、お名前は?凄く素敵な方ですね」
素敵などと言う言葉を聞きなれているディートリッヒは無表情のままアスケラ嬢を無視してベイカーの横に立った。
「ベイカー殿。カエルを入れて運ぶのにちょうどいい籠です。よかったらお使いください」
「ありがとうございます。ささっ、アンドレ王子どうぞこの籠にお入りください。今説明を聞いていたら鳥に攫われてこちらの城の庭に落とされたとのこと。鳥かごに入っていれば安心ですよ」
カエル王子の返事を聞かずにベイカーは鳥かごの中に赤いベルベッドと台座ごと放り込んだ。
不満そうなカエルがベルナを見上げている。
「鳥に攫われたのですか。なおさら鳥かごに居た方が安心ですね」
ベルナも助けてくれないのかとカエル王子は諦めて首を振っている。
「アンドレ王子。明日には術師の方が来て人間に戻してくれるそうなので安心してくださいね」
ベイカーとアンドレ王子はお互い話しているのを見てディートリッヒはベルナの腰に手をまわして歩き出した。
「あとはベイカー殿にお任せしよう」
「そうですね」
専属のお付きの人が居た方が安心するだろうとベルナも頷いてカエル王子とベイカーに頭を下げた。
「では私たちは失礼します」
縋るようなカエルの目を無視して歩き出すと、アスケラ嬢が前を塞いだ。
「お待ちになって。わたくし、そちらの騎士の方が気に入ったので紹介してほしいのですが」
立ちふさがるアスケラ嬢を無視してディートリッヒはベルナの腰を抱いたまま歩く。
その前を塞ぐようにまたアスケラ嬢は立ちふさがってキラキラした瞳でディートリッヒを見上げた。
「こんなに素敵な方をわたくしは、見たことがありません。ぜひ、私と結婚してください」
一方的な申し込みにディートリッヒはため息をついた。
「もうすぐ結婚をしますので貴女と結婚はできません」
無表情に冷たく言うディートリッヒにアスケラ嬢は驚いた表情を浮かべてゆっくりとベルナに視線を向けた。
「まさか、このベルナさんと結婚されるのですか?普通の顔ですよ?可愛くも美しくもない人と?」
自分でも可愛いなどとは思っていないが、初めて会った人間に言われるとさすがにベルナの心も痛む。
ひっそりと落ち込んでいるベルナを無視してディートリッヒは頷いた。
「僕には十分可愛く最愛の人だ」
力強く腰を引き寄せられてディートリッヒに言われるが、嬉しいとは思えず落ち込んだままベルナは力なくアスケラ嬢を見つめた。
アスケラ嬢は大きな瞳を見開いてベルナを見つめている。
青い瞳に、整った顔は華やかで王子様の婚約者候補になるだけはある美しいアスケラ嬢を見てベルナは遠い目をした。
(やっぱり、美しい人やカッコいい人と結婚するとこうやって比べられて苦労するのね)
幼少期に美しい姉と比べられていたことを思い出して少し悲しい気持ちになる。
気分を害したアスケラ嬢が怒りを込めた瞳でベルナを見つめて片手を上げる。
何処かで見たような光景だなとベルナが呆然と見つめているとアスケラ嬢は勝気に言い放った。
「美しい騎士様と結婚するのはわたくしよ。あなたもカエルになればいいのよ」