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カエルの王子様 1

ディートリッヒとの結婚式が一週間後に迫っている中ベルナは普段通り侍女の仕事に励んでいた。

侍女といっても、掃除や洗濯を届けるなどいつもと何も変わらない下っ端の仕事だ。

侍女たちの憧れだったディートリッヒと婚約したことにより、女性達からいじめられるかと思ったが全くといっていいほど何もなく過ごしていた。

嫌味の一つすら言われず、ベルナは逆に拍子抜けしたぐらいだ。


寒かった季節も終わり、初夏が近づいている。

晴れている日の昼間ともなれば汗ばむほどだ。

ベルナは腕まくりをしながら箒で城の裏庭を履いて落ち葉を集める。

少し離れていた場所で落ち葉を集めていたサノエが箒を担ぎながら近づいてきた。


「暑いわねー」


「本当ね。ついこの前まで寒かったのに」


ベルナも手を休めて空を見上げた。

青い空に浮かぶ雲の形を見てもうすぐ夏が近いことを感じる。


「っていうか、あんたいい加減仕事をお休みしたら?」


呆れた様子のサノエにベルナは首を傾げた。


「どうして?」


「皆の憧れディートリッヒ様との結婚式が来週でしょう?準備があるでしょう」


「もう準備は終わったわよ。ドレスも決まったし、段取りもだいたい覚えたし。新居も準備ばっちり」


「なーにが、ばっちりよ。普通は美容系に力を入れる時間よ。マッサージに行ったり、ダイエットしたりするのよ。あの美しいディートリッヒ様の隣に並ぶのよ!あんたはそれでいいの?」


指を突きつけられベルナはあまりの迫力に身を引いた。


「今更努力しても…美しく変われるわけではないしね」


「確かに一週間程度ではどうにかなる問題ではないけれども、努力を普通はするものじゃない?」


サノエに言われてベルナはまた首を傾ける。


「そうかしら?どうせ、誰も私の事なんて見ていないわよ」


「…そうねぇ。着飾ったディートリッヒ様を見たいと誰もが思うわね。あんたの事はちっとも見ないと私も思うわ」


サノエは納得をして頷いた。


「そうハッキリ言われると辛いけれど、そうでしょうね」


「そういえば、知っている?」


何かを思い出したサノエが笑いながらベルナの脇を突っついた。


「何を?」


「あんたが助けた劇団員たちが今何を公演しているのかよ」


ベルナは箒を動かす手を止める。

一晩野宿したことを思い出してベルナは空を見上げた。


「親切な人たちだったわ。カエルにされても文句ひとつ言わずいい人達よね」


「その人たち、ベルナとディートリッヒ様の悲恋を面白おかしく脚本して公演しているわよ。いい人だけれど、あんた達をいいネタだと思っていたってことよ」


「はあぁぁぁ?悲恋ってなに?私たち悲恋なの?」


箒を担いで迫ってくるベルナにサノエは身を引きながら肩をすくめる。


「悲恋に描いているみたいよ。極悪な姫様に無理やり結婚させられそうになった美形の騎士が真実の愛に気づいて二人で逃げるお話らしいわよ。ちなみに最後、姫様は罰が当たって鳥になって羽ばたいていくらしいわ」


「…だいたい合っているような気がする?」


「公演は大人気で、巷ではあんた達の事だって言われているわよ。結婚式は大変ねぇ。みんな見に来るわよ。騎士と駆け落ちした娘は美少女という設定になっているらしいわよ」


「…最悪だわ」


ベルナはしゃがみこんで大きくため息をついた。

美少女ではない自分の容姿を見に来る人が居るかもしれないと思うと気分が落ち込んでくる。

地面を見つめていると草むらがガサリと揺れ大きなガマガエルが飛び出してきた。


「ぎゃ、でかいカエルよ!」


足元に来たカエルに驚いたサノエが箒で叩こうとするのをベルナが止める。


「待って、このカエル、本当にカエルかしら」


「どう見てもカエルよ!でかすぎるけれど」


気持ち悪いと顔を背けるサノエに構わずベルナは大きなカエルの前に膝まづいてよく見ようと覗きこんだ。

普通のカエルよりは大きく、涙を流しながらベルナを見上げている様は元人間ではないかと思わせベルナはカエルを持ち上げた。

よく見るとカエルの額には冠が付いていて中心には小さなダイヤが光っている。


「このカエル王冠を付けているわ」


ベルナが言うとサノエは顔をしかめながらカエルを覗き込んだ。


「面白半分に誰かが付けたのね。巷で流行っているあんたの物語をまねしたんじゃないの」


「人間がカエルになるって言う噂が流れているからそうかもしれないわね」


ベルナは頷いてカエルを見つめる。

カエルは懇願するように両手を合わせて拝んでいるように見えてますます人間ではないかと思いベルナはサノエを見た。


「このカエル人間かもしれないからディートリッヒ様に相談してくるわ」


「はいはい。人間だったら教えてね。私、触れることもできないわ…」


触ることを想像したのか嗚咽しているサノエに手を振ってベルナはディートリッヒが仕事をしているレナード王子の執務室へと向かった。


大きなカエルを両手で持ちながらレナード王子の執務室へ向かうとドアの前で警護をしている騎士がベルナを見て愛想笑いをしてくれる。


「どうしました?ディートリッヒ様に御用ですか?」


「用事というか、このカエルが庭に居たのですが。よく見ると王冠を乗せているんです。大きさから言って元人間かもしれないと思って…」


ベルナがカエルを持ち上げるとドアを警護していた騎士二人が覗き込む。


「本当だ。でかいカエルですね…」


「サイア姫と同じような大きさのカエルだ…」


カエルになったサイア姫を運ぶ役目を仰せつかった若い騎士が思い出したのか顔をしかめている。

バージル王太子に引き渡すまで、暴言を吐くサイア姫の世話係になっていたのが大きなトラウマになっている若い騎士はベルナが持っているカエルから顔を背けている。


「僕、あの一件からカエルを見ると嫌悪感と吐き気が出てきてしまって見れません」


もう一人の騎士はカエルを見て頷いた。


「カエルの言葉が解るペンダントはレナード王子が管理していますからね。確認しましょう」


もう一人の若い騎士が部屋をノックして中へと入る。

ベルナも許可を得て室内に入ると王子の後ろに立っていたディートリッヒが微笑んで歩み出てきた。


「仕事中にベルナに会えるなんて…」


感激しているディートリッヒに室内に居た仕事仲間の騎士達が一斉に息を吐いた。

結婚を控えているディートリッヒの甘い雰囲気に耐えられないと長いため息をつく者もいる。


「結婚式が近いから浮かれているんだ。ディートリッヒがどんどん人間らしくなっていく良い事だね」


レナード王子が書類を片しながらベルナに手招きをする。


「それでそのカエルが人間かもしれないって?」


「はい、カエルにしては大きいですし。仕草が人間っぽいのです」


ベルナがカエルを机の上に置こうとするがレナード王子が慌てて止めた。


「待って、人間だったら申し訳ないけれど気持ち悪いから直接置かないで」


大きなカエルに顔をしかめながらレナード王子は机の周りを見て後ろから少し汚れているタオルを置いた。


「雑巾だけれど…この上にそのカエルを置いてくれるかな」


「はい」


ベルナは頷いて大きなカエルを雑巾の上に置いた。

雑巾の上に置かれたカエルはかなり不満そうな顔をして王子を睨みつけている。


「やっぱり人間っぽいね」


王子はそういうと机の引き出しから黒い石の付いたペンダントを取り出して握った。


「さぁて、この石を身に着けていると人間に変えられた動物の声が聞こえる不思議なアイテムだよー。なんか話してくれ」


レナード王子がカエルに向かって話しかけるとカエルは不満そうな顔をしながらゲコゲコと鳴きながら話し出した。

見守っていた室内に居た全員が元人間だと確信し、ベルナも隣に立っているディートリッヒを見上げる。


「元人間だとすると、サイア姫様にカエルにされたんですかね?」


「多分そうだろう」


ディートリッヒは頷いてカエルと話しているレナード王子を無表情に眺めている。

レナード王子はカエルの話を聞いて驚いて椅子から立ち上がった。


「なんだってぇー!」


「大げさに驚いて…」


遠巻きに見ていた護衛騎士が呟くとレナード王子は首を左右に振って机の上に置かれているカエルを指さした。


「お前らも驚くと思うよ!この気持ち悪いカエルの正体はやはり元人間でなんと!パルス国のアンドレ王子だよ!」


「えっ」


レナード王子の言葉に部屋に居た誰もが驚いて声を上げた。

書類整理をしていた事務員も驚き手を止めてカエルを見ている。


「なぜ、パレス国の王子がカエルの姿に…本当ですかねぇ」


胡散臭いという顔をして見ている若い騎士に、レナード王子は頷いた。


「嘘ではないと思うよ。何度か会ったことがあるけれどその時のことを詳細に語ってくれたからね」


「なるほど」


室内に居た全員が頷いて雑巾の上に不服そうに座っているカエルを見る。

ベルナはカエルを見ながら手を叩いた。


「王子様だから可愛い王冠を被っているんですね!」


「確かに、アンドレ王子は額に細いアクセサリーの様な王冠を付けていた気がするな」


ディートリッヒの言葉に部屋に居た護衛騎士達が思い出して頷いた。


「確かに付けていたな。あの変な額のアクセサリーみたいなの」


騎士の中でも一段と大きな筋肉を持った隊長がカエルをしげしげとみて頷いている。


「隊長、本人を目の前にして変なって失礼ですよ」


ベルナが囁くと、隊長は大きな声で笑いだした。


「わっはっはっ。確かに!でもあの額のアクセサリーは似合ってねぇし、髪の毛も妙だったんだよ。綺麗な金髪なのに長くしてロールパンみてぇにくるくる巻いていて」


本人を目の前にしてよく言えると部屋の中に居た人は隊長を睨みつけた。

他国の王子に対して失礼すぎる。


「しかし、なぜカエルになってしまったのですか?」


レナード王子がペンダントを握って聞くと、カエルは考えるようなそぶりを見せて何かを話し出した。

「なるほど。よくわからないんだってさ」


レナード王子は真剣にカエルの話を聞いていたが結局分からないと言う結論に隊長が見事にこけた。

「自分の事だろう!」


大きな巨体でカエルに迫るがカエルは首を振っている。


「隊長、わからないものは仕方ない。アンドレ王子、すぐに貴殿の国に使いを出しましょう。多分すぐに迎えが来ると思いますがその間に、人間に戻せる術師を呼び寄せますのでそれまで我が城でお過ごしください」


雑巾の上に乗ったままのカエル姿のアンドレ王子にレナード王子は丁寧に話して軽く頭を下げた。

カエルは納得したのか、頷いている。

ベルナはやはりただのカエルではなかったとほっとして隣に居るディートリッヒを見上げた。


「良かったです。それも王子様だったなんて驚きですね」


「そうだな」


ディートリッヒは興味が無さそうに頷いてベルナを見下ろした。


「仕事に戻るなら送って行こう」


「ありがとうございます」




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